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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章39 激情一幕


 ガタガタと揺れ動く竜車の中、全員の視線が一人の青年に注がれる。


 バルシリア小森林を抜けてから約十分。あまり時間が経過しておらず、都市までの道のりを問題なく進んでいる状況。抱いている不安感とは裏腹、移動を続ける竜車に近付いてくる魔獣や、森で襲ってきた眼獣のような存在は周りを見渡しても確認されない。


 都市までも恐らくあと半分近く。遮る障害も、立ちはだかる未曽有の危機も起こらない。都市へと辿り着くまで油断はできないが順調そのものである。


 たった一つ、この場でもっとも危険な状態に位置する青年――グレンベルクを除けばの話だが。


 そんな命の危機に瀕している状態の彼だが、森に入って無事に保護することに成功した二人の子供。そのうちの一人――リオン自ら進んで治療を施してくれたことで、僅かだが命を繋げられる処置が施せて一同は一安心。


 治療を始めて数分の間の出来事。その僅かな時間の末、治療を行っていたリオンが負傷者の変化を捉えて声を上げ、全員が今し方視線を集中していた。


「・・・・っ……」


「グレンっ!」


 うんともすんとも言わなかったグレンベルク。閉じられた瞼は数十分ぶりに開かれ、前髪で隠されていない方の部分の右目が世界を映している。琥珀色の瞳が数回開閉を繰り返し、倒れた状態のまま何度か首を動かして辺りを見渡している。


「――……、はっ!!」


 数秒経過し、意識が完全に肉体に定着したのか、彼は目を見開いて身体を飛び起こさせた。だが、


「――っぐ……!」


「だ、駄目だよグレンっ。酷い怪我なんだから、急に動いたら傷がっ……!」


 忠告遅く、身体を起き上がらせたグレンベルクは自らが負った全身の痛みに苛まれる。いくら水魔法で治療していたとはいえ、時間も短いし何より傷が深すぎる。意識を失うほどの重傷を負っているのだから、こんな短時間で本調子にまで回復することなど有り得ない。


 直ぐに肉体を動かした反動と相まって痛みも倍増。全身を抱くようにして痛みに耐えているグレンベルク。だが、意識が覚醒して状況を飲み込めてきたのか、周りを見渡したのちに、彼は荒げた息を沈めないままラルズに問いかけをぶつける。


「――ここは、竜車の中……か? あいつは……あの魔獣はどこにいるっ!?」


「お、落ち着いてよグレン。ちゃんと説明するからっ」


 痛む身体も無視して詰め寄り、強引に質問に答えろと意思表示するグレンベルク。その様子に怯みながらも、ラルズは彼が意識を失ったあとの出来事を説明する。


 セーラとミュゼットのおかげで助かり、そのまま森を抜けて竜車に乗り込む。そのまま都市を目指して竜車を走らせている途中であると、あまり複雑でもなく単純な内容で纏めてグレンベルクに事情を伝える。


「――あとはこのまま都市に戻るだけ。だから、グレンはそのまま横になってて。見張りとかは俺やミュゼットがするからさ。怪我も酷いんだから、安静にしとかないと」


「そうよ。傷が深いんだから無理しないでっ」


 意識が戻ったとて安心はできない。このまま都市につくまではリオンの治療を受けてもらい、都市に戻ったらちゃんとした傷の手当てを受けないと、後遺症なんかが生まれてしまうかもしれない。


 治療に専念して欲しいとグレンベルクに投げかけ、横になるようにと気遣う。


 ・・だが、そんな心配をぶつける穏やかな声音とは裏腹に、グレンベルクはどこか様子が可笑しかった。


 握り拳を作って強く握り絞める。歯にヒビが入るぐらいに深く噛みしめ、目は血走るぐらいに見開かれている。それはまるで、怒りに染まっている以外の何物でもなかった。


「ぐ、グレンっ……?」


 そんなグレンの様子に違和感を覚え、ラルズは何の気無しに手を伸ばす。おずおずと伸ばされたラルズの右手が彼の右肩に触れると、


「――ろせ……っ」


「・・え?」


「今直ぐ、俺を竜車から降ろせっ!!」


 怒声が狭い空間の隅まで響き渡った。その叫びを前に全員が目を見張る。肩に添えていたラルズの腕は、乱暴な叫び声の際、グレンベルクが腕を乱暴に動かした拍子に弾かれていた。


 竜車の中は異様な空気に包まれており、全員がどうしたのかとグレンベルクに怪訝な視線を送り込む。圧倒され、全員が動けずにおり、先程まで治療を行っていたリオンも、怒りの声を上げたグレンベルクをすっかり恐れてしまっている。


 硬直し、静まり返る竜車。そんな中、グレンベルクは自らの痛む身体を身じろぎし、そのまま立ち上がろうとする。


「な、なにしてるのよグレンっ! 安静にしてなさいって今私たちが言ったばかりなんだから、大人しく横になってなさいよ!」


「俺はこのまま都市には帰らないっ。お前たちだけで勝手に帰ってろ」


「・・はぁ!?」


 衝撃の発言。それを受けてミュゼットが意味わからないといった様子でグレンベルクを見つめる。発言の意図を理解できないのは何も彼女だけでなく、その場にいたグレンベルク以外全員だろう。


「ちょ、ちょっと待ってよグレンっ。竜車から降りて、一体どうするつもりなのさっ!?」


「どうするつもり……? そんなの、決まってるだろっ!」


 睨み付け、他者を律する強い態度。わかりきったことを聞くなという枕詞がつく中で、察しの悪いラルズに対して視線を尖らせ、己の口からはっきりと行動理由を突きつける。


「俺は竜車から下りてあいつともう一度戦うっ。バルシリア小森林に戻って、奴を殺しに戻るっ!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 竜車は走る続ける揺れを乗客に提供する。地面を踏み進む地竜の大きな足音や、勢いによって生み出される夜の風と一緒になって音として連鎖し続けている車内。そんな外部から起こる連続の音の反応以外、乗り込んでいる乗客全員は一言も発せず呆然と固まり続けていた。


 ――正確には、一人の青年の発した言葉の意味を飲み込めず、ただその場でじっと言葉の意味を噛み砕いている最中であった。


 一人の青年――グレンベルクは、なにを馬鹿なことを口にしているのだろうと。全員が共通する疑問を抱き、その様を瞳に捉えながら、無理解を敷かれて困惑していた。


 ・・何を、言ってるんだ……?


「――グレン、奴を殺しに戻るって……本気で言ってるのっ」


 ラルズが放った言葉。それは、否定して欲しい意思のもとにか細く喉から発せられた、疑惑と当惑が重なる代物であった。


 それもそのはずだ。なにせ、グレンベルクが今どんな状態なのか、この場にいる全員が理解している。そして何より、自分自身が一番、自分の肉体がどうゆう状態なのか理解しているはずなのだ。


 度重なる出血の数々。噴出される血は身体の中の半分近くが既に体外へと流れ出ているとみて間違いない。激痛と、肉体の損傷によって意識が一時的とはいえ眠りにつき、文字通り再起不能となっていた。身体を奮い立たせようとしても、思い通りに肉体を行使することもできず、今も鋭い視線を周囲に向けている中で、揺れ動く竜車の中でどうにかバランスを保って必死に体裁を保っている様子。


 こんな……こんな負傷を抱えて、その上であの魔獣――自らを死地に追い詰めた、眼獣と勝負することばかり考えている。いや、それしか考えていなかった……


 普段のグレンベルクならば、そんなことは決して考えもしないし、望まない。技術もあって、頭も回って、状況判断も的確に行えて、この場にいる誰よりも冷静さを兼ね備えている。実力も申し分なく、武と知能に長けている存在、それがラルズの知っているグレンベルク本来の姿だ。


 ・・だが、その姿が、今の彼には見受けられない。全くの別人となっていた。


「・・セーラ、竜車を止めろ。俺を下ろせっ」


「・・・・・・」


 ラルズの質問を、顔を別の人物――セーラに答える形で返答とするグレンベルク。竜車を止めろということはつまり、先の発言通り彼は戻るつもりだ。


 そんなボロボロの肉体のまま、今でさえ危険な域を脱していない中で、バルシリア小森林へ――あの眼中と再び相まみえるために……


「ば、馬鹿じゃないのっ!!」


 フラフラな状態のまま、御社台で地竜を操縦しているセーラの元へと向かうグレンベルク。そんな彼の背中に、ラルズの隣にいた少女の、泣きそうな怒声が浴びせられた。


「ミュゼット……」


「そんな状態で、そんな身体でっ、もう一度あの魔獣と遭遇したら、命が無いなんて私でもわかるっ! 私でもわかる事実に、グレンが気付かないわけないでしょ!? なんでわざわざ命を捨てに行くのよっ!!」


「・・なんだとっ……!」


 ピタリと足を止めて、自身に向けて怒鳴るミュゼットに反応して振り返る。鋭い視線、まるでそれは敵に対して放つ代物の類で、真っ向から睨み付けるグレンベルクの姿に、一瞬ミュゼットの喉と身体が凍り付いた。


 見方や仲間には向けることのない、強い敵愾心を孕んでいる視線。一度、眼獣との戦いに参戦して手助けをしようと試みたラルズを、邪魔だと口にしながら睨みで律し、委縮させた怒りの眼光。


 怯え、言葉が喉の奥底に引っ込んでしまったミュゼット。そんなミュゼットを庇うようにラルズは間に割って入り込む。彼女の先の言葉を、意思を引き継ぐ代わりとして、ラルズがグレンベルクを説得する。


「・・ミュゼットの言う通りだよグレン。このまま君を行かせたら、君は確実に死ぬ。だから、行かせるわけにはいかないっ」


「俺の復讐に、お前や他の奴らの意思や想いなんて関係ない。俺は自分の意思で判断して、自分の意思で行動する。他人に制御される筋合いも、ましてや指図される謂れも無いっ」


「別に言いなりにしようとかじゃないっ。俺は――俺たちはただ、友達を危険な場所に送りたくないだけなんだって!」


 あくまで戻るのは自分の意志。他人に行動を縛られる必要性も、その義理も無いとしてグレンベルクは自論を展開して聞く耳を持たない姿勢。淡々と、冷淡に言葉を述べるその姿は、まるで他人を相手取っているような気概であり、近い位置にいるはずなのに、どこか距離感が広がる感覚を味わう。


 互いの溝が段々と深まっていき、気付いたそのときには既に手遅れになるような感覚。もう、一生縮めることも、復元することもできないような、目には見えない空気感。


「その傷で――そんな重傷で仮に挑んだとしても、グレンが勝てるなんて万が一にも――!」


「勝つさ」


 ・・自信満々に言い切るその姿は、状況こそ違えば、絶大な効力を発揮することこの上なかっただろう。勝利するという強い意思のもとに生まれた発言。もしその言葉を、普段の彼が口にすればどれだけ安心でき、また信頼できる代物だっただろうか。


 何の恐れも抱いておらず、自身が勝利することがさも確実なように、さも当然のように彼は自分を信じ切っていた。肉体の不調を感じさせないような言い切り。だが、そんな自信たっぷりで我を誇っている塊の根幹が、ラルズにはまるでわからない。


 虚言でしかない、虚勢でしかない。そんな言葉を堂々と正面から真に受けて、そのまま彼を後押しできる材料や信頼が、何処にあるというのか。傍目から見ても、グレンベルクの様子は正に傲慢不遜であるとしか思えない。


 仮に今の状態で百回戦いを挑んだとしても、その結末は一度として違う結果を生み出すことは無いだろう。グレンベルクを信頼していないから、などでは決してない。むしろ、普段の彼を良く知っており、心の底から信頼しているからこそ、信じられないのだ。


「――無理に、決まってるよ……」


「・・なに?」


「無理に、決まってるよっ……!」


 聞き返すグレンベルクに、二度、続けて同じ内容を口にする。ラルズの発言に眉をつり上げるグレンベルクだが、そんな様子も気にせずラルズは奥歯を噛み締めて言葉を蓄え、湧き上がってくる情と一緒に言葉を混ぜ込ませて乱暴にぶつける。


「そんな身体で――そんなボロボロな状態で、何を根拠に勝てるって思ってるのさっ。勝つ負けるって話になったら、もうとっくにグレンはあの魔獣に敗北してるっ!」


「――っ!」


 敗北宣言。突き付けられた現実を、グレンベルクは行動で否定しにかかる。ラルズに近付き、乱暴に襟首を掴むと、そのまま顔を引き寄せ、怒りに染まっている彼の顔との距離が近まる。


「ラルズっ! グレン、離してよっ!」


「お前はすっこんでろっ!!」


「――っ……」


 一声で一蹴。そして怒りを増長させたラルズへと矛先を向け直す。


「・・俺が、勝てないだとっ……!」


「勝て、ないよっ! 俺はグレンよりも弱いし、魔法も使えない。手合わせしてきた数だけ俺は負けて、その度にグレンのことを凄いって尊敬してた。同い年なのに、俺なんかよりも明らかに強くて、俺なんかと違って――自分以外の誰かを守れる強さに憧れてるっ。でも――!」


 ラルズの心の底からの、グレンベルクに対する気持ち。本音であり、自分に無いものを沢山持っているグレンベルクのことを、本当に尊敬している。そしてその度に、少し悔しい気持ちも浮かび上がって主張していたのも事実。


 ラルズは強くなろうと特訓し続けた。魔法が使えないから、他の手段として剣を教えてもらい、教えてもらった以来から模索し続けて強さを身に付けてきた。足りない物しかないラルズにとって、他の人よりも特訓の時間は熱を帯びて取り組んだし、面倒臭かったり、やる気を削がれてサボったりした日だって一度としてない。


 ・・その情熱さに反して、ラルズには武力に関して秀でている――いわゆる才能なんて呼ばれるものは持ち合わせていなかったのが、ラルズに突き付けられた事実だ。どれだけ自分を呪っても、恨んでも、無いものはない。けど、グレンベルクは違う。


 戦闘の素質。魔法の才。頭の回転が速い脳みそ。そして、天から与えられた絶対的な力。どの面から比較しても、ラルズが彼を上回っている点など、まるで無いに等しい。身体能力から魔法から、何からなにまで全てのスペックを凌駕している彼が、羨ましくて仕方がなかった。


 シェーレとレルを護るためにと、自分の身一つで護れるようにと、特訓に明け暮れた。もうラッセルのような毒牙に苛まれないように努力を続けた。魔獣に襲われても爪の一振りや、牙の一噛みすらも被害を与えないためにと、その一心で強さを求めた。


「――でも、今のグレンにはそれを感じないっ! 憧れているからっ……尊敬しているから、はっきり言えるっ! 今のグレンは、俺の知っている強くて冷静で、頼りになるかっこいいグレンじゃないっ!」


「――っる、さいっ! 黙れっ!」


 引き寄せられた襟首を乱暴に振るわれ、ラルズは投げ飛ばされる。狭い竜車の奥へと投げ飛ばされて頭から激突。鈍い衝撃が頭に生じて、近くにいたミュゼットがラルズの名前を呼びながら駆け寄って心配する。


 対して、吹っ飛ばしたグレンベルクも身体の調子が戻っていない弊害か。勢いを殺しきれずに同じように竜車の中で倒れ込む。右手をつきながらゆっくりと立ち上がり、僅かに目線の位置を高くした場所から、吐き捨てるように言葉を続けた。


「お前は言ったはずだっ! 俺の復讐を、復讐を最終的に決めるのは本人次第だってっ。俺が復讐のためにどう動こうが、お前には一切関係ないっ!」


 以前、練兵場で一度手合わせをした後に、復讐に対してどう思うかと問われて、ラルズはそのまま思いの丈を口にした。復讐を抱いた本人にしか、最終的に判断は決められない。グレンベルクは色んな人から復讐について意見を貰った。否定的な意見が多い中、それでも殺された友達との誓いを果たす為と、自ら茨の道を歩むことを決意して、今日まで行動を続けてきた。


「やっと、やっとだ……! 五年も捜し続けて、ようやく出会えたんだっ! この機を逃したら、次はいつ遭遇するかわからないっ。また五年近くかかるかもしれないどころか、倍の十年――下手をしたら二度と出会えないかもしれないっ! 今この瞬間が、運命が俺のもとに運んでくれた、復讐の【刻】なんだっ!!」


 五年の月日。それは耳にした人からしたら、捉え方が個人によって異なるだろう。一年をあっという間だと感じる人もいれば、一年が長いと感じる人物もまたいる。人によって変わる年月の経過は、そのまま年月の重さを意味する。


 それはラルズだからこそ深く通じるものがある。事情は異なるし、グレンベルクの味わった喪失感に比べれば可愛いものかもしれないが、近くて苦しい事例を身に染みて味わっていたからよく理解している。


 半年間という月日。ラッセルに虐げられてきたその月日は、当人であるラルズたちからは、永遠にも思うほどに長く感じ、苦しくて辛い毎日でしかなかった。父親がなくなり、半年後に母親を亡くして、その後の半年間は人としても扱われず、人生史上最悪の連続であった。


 他人事のようには感じられない。苦しみを理解できる、とは軽々しく言えないが、片鱗程度は感じられる。ゆえに、グレンベルクが常日頃から憎み続けた相手を前にして、誓いを――宿願を果たそうとする気持ちはわからないわけではない。


 ――復讐を止める権利など、ラルズは持ち合わせていない。他の誰にも、それは同じことだ。でも……!


「・・今のグレンは何も見えてないっ。今の自分の状況も、自分の力量と相手の力量の差も、何もっ! 復讐に囚われ続けていて、他のことについては一切っ。俺でもわかることを、グレンはわかっていないっ!」


「ラルズっ……!」


「あのとき、一緒に伝えたはずだよ……! 君が死んだら、悲しむ人が沢山いるっってことを! 自分を……忘れないで欲しいって、言ったじゃないかっ!!」


 今、正にグレンベルクは自分すらも見失っている。激情に包まれ、黒い衝動心が原動力として肉体を動かし、野望を果たすためだけ死地へ――死ぬとわかっている終焉の世界へ片足を突っ込んでしまっている。


 友達が死ぬところなんて、見たくない。ましてや――死ぬとわかりきっているのに、そこへ送り出すことなんて、できるわけがない。


「もう一度言うよっ! 今のグレンじゃ勝てないっ! あの魔獣にむざむざ殺されて、何もかもを無駄にしようとしてる!! これまで過ごしてきた時間も、殺された友達との誓いも、グレンベルクという魂自身も、全部が全部無駄になるだけだっ!!」


「――黙れっ! 黙れ、黙れ黙れ黙れ……黙れぇっ!!」


 正面から何度も勝てないと口に出され、復讐と遜色ない黒い感情が彼を突き動かし、ラルズに飛びかかる。前方からの勢いを殺しきれず、再び固い面に激突。血走った彼の表情が逆さまに映り込む。


 これだけ言っても納得してくれないグレンベルクに、ラルズも胸中で怒りが込み上げる。現時点で勝てないと、何よりもグレンベルク自身がわかっているはずなのに、彼は頑として自身の考えを否定せず、認めようとしない。


 ――どうして、わかってくれないんだっ グレンを大切に想っているから、死んでほしくないから、行かせたくないって、なんでわかってくれないんだよっ!!


「やめて……っ、やめてよ二人ともっ!!」


 ミュゼットが怒りをぶつけあう両者を止めようと、涙ぐみながら間に割って入り込む。治療をしていたリオンも、その隣で様子を眺めていたティナも、二人とも怯えて縮こまっている様子。だが、そんな二人のことも意に介さず、視界に入れるのはわからず屋のグレンベルク唯一人だ。


 余計な力を加えたからか、力なく、簡単にグレンベルクはミュゼットの手によって引き剥がされる。ラルズの方へ手で制して動きを止め、彼女は――、


「いい加減にしてよグレンっ! なんでわかってくれないの……っ。友達を失いたくないだけなのに、友達が死ぬってわかってて、心配で、不安で、仕方がないだけなのに、どうして私たちを拒絶するのっ!」


 頭を振りながら、ミュゼットを睨み付ける。それでも彼女は最初に睨まれたときと違って怯む気配を見せない。


「・・たかだか……たかだか数日間一緒にいただけで友達!? 友達だって名乗るなら、俺の復讐を邪魔するなよっ!」


「邪魔なんかしてない! その傷で、満足に走ることもできないその身体で、あの魔獣ともう一度遭遇したら、死ぬに決まってる! だから私たちはグレンを止めてるだけっ!」


 頭を掻きむしり苛立ちを表現する。ラルズたちの意見とグレンベルクの意見。互いに真っ向からぶつかり合っても、理解の範疇へと至らず、議論は収まらない。互いに押し問答を繰り返し続けるばかり。


 グレンベルクは折れない。ラルズ等も折れない。仮にこのまま無事に都市に辿り着いても、恐らくバルシリア小森林に戻ってあの眼獣を探すことは確実視される。本調子に戻っても、実力の差は激しく、事実グレンベルクも敗北を喫した。


 ラルズの邪魔と、セーラとミュゼットの風魔法がなければ、既に二度ほど命を落としている。それは彼も心のどこかで分かっているに違いないのに、復讐がそれを頑なに認めさせようとして無いし、彼自身も認めたくないのだ。


 これまで費やしてきた時間の全てを、自らの行動を否定されてしまうから、認められないのだ。


「・・友達友達って、耳障りなんだよっ……!」


「私はただ――!」


「この際ハッキリ言ってやる、ミュゼットっ!」


 グレンベルクが、初めて失礼女と呼び続けていた少女――ミュゼットの名前をしっかりと唱えた。そして、


「お前は俺を友達だと思っているかもしれないけど、俺はお前を友達だなんて思ったこと一度も無いっ! ・・いいや、あえてこう言ってやるっ!」


「……ぅ……っ」


 その物言いに、ミュゼットの瞳が大きくぐらつく。正面から、真っ向から打ち付けられた酷い言葉による衝撃。彼女がそれを耳にしてしまい、心が抉られて修復もままならない中、表情は段々と曇り始める。


 剥き出しに吐き出されたグレンベルクの感情の素を前に、心が衝撃を受けて涙が瞳に溜まるミュゼット。グレンベルクはなおも続けて――、


「友達の安売りを続けるお前なんかに、心の底から信頼できる友達なんて、できるわけ――!」


 それ以上は言ってはいけないと、強い本能が働いてラルズはグレンベルクの言葉を遮ろうとした。口に出してしまえば、ミュゼットの純粋な心に大きな亀裂をもたらしてしまうと思い、手を伸ばしたラルズだが、




 ――バチンっ!!


 ・・乾いた音が響いた。目にした光景を前に、目を丸くするラルズの視界。グレンベルクは横からの衝撃によって言葉を途中で封じ込められた。外部からの衝撃が襲い、口の中に溜まっていた血を少し吐き出しながら身体のバランスを崩して背中から壁に激突した。


 呆然とするラルズ。同じく、呆然とした様子で目を白黒としていたミュゼット。両者の視界、見つめ続けるのは血を吐いたグレンベルクではなく、御社台から隣に移動していた人物。


 グレンベルクの右頬を力いっぱいに叩いた彼女――セーラの姿が、瞳に映っていた。


 


 

 


 


 


 



 


 




 


 




 


 



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