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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章32 解決?


 魔獣との一戦が片付き、無事に勝利を手にしたラルズたち一同。近接戦で奮闘を見せたラルズと、魔法で魔獣の注意を上手く誘導したミュゼット。最後に勝負を決定付けたセーラの魔法。


 三人のうち一人でも欠けていればこの勝利は手に入らなかっただろう。今更だが、分かれ道の際にグレンベルクが片方のルートに三人全員を回してくれた配慮には感謝せざるを得ない。


 激戦を制した一同であるが、少々不安が付き纏っている。それは……


「――どう、ラルズ。動けそう?」


「・・動けない訳じゃないけど、剣を振るのは少し厳しいかな……」


 現在ラルズは近くの木々に背中を預けて傷の具合を確認している。腹部付近への強烈な蹴りをお見舞いされ、命の境界線を越える類の傷には至らないが、動きはかなり制限される事態に。


 走れないことも無いし、完全に動けないといった致命的なダメージではない。


 だが剣を振るって魔獣に攻防を仕掛けたりは無理。戦力外という言葉が今のラルズには相応しいだろう。激闘を制した三名の内、一名は戦える力を失う結果となり、戦線を共同することは不可能な形に。


「・・とにかく命に別状は無さそうで一安心だわ。無事に目的の一つも達成できたし」


「あ、ありがとうございます……。助けて頂いて、本当にっ……!」


 行方不明として捜索願を出されていた少年リオン。魔獣の脅威が払われたこともあり、大分落ち着いているご様子。彼の身なりは汚れてはいるものの目立った外傷も無く、五体は無事で不備は見当たらない。魔獣によって命を奪われているといった最悪の事態になっておらず一安心。


「どうして森の中に入ったの?」


「お、お母さんの誕生日プレゼントを探しに……。森の奥に咲いている珍しいお花を取りに向かったんですけど、探すのに夢中になって気付いたら夜に。帰ろうと思って森を戻っていたら魔獣に見つかって、必死で逃げていたらこんな奥地にっ」


 ティナとリオンを目にした商人が話していた内容の一部と、森に入ってからの時間経過。その二つが整合し、内容も段々と輪郭を帯びていく。


 大方ラルズたちの想像通りに事が運んでいた様子。幼い子供二人のみで、危険を考慮せずに魔獣が生息している森に入った彼等にも責任が課せられる。


 ラルズたちが助けに来なければ、下手をすればあのまま魔獣に追いかけられてリオンは殺されている可能性もあった。その面を踏まえても、今回の事態が身に染み、今後は危険な行為を控えてくれるだろう。


 怒るのは簡単だが、ラルズたちが怒声を浴びせるよりも、都市に戻ってから彼等の両親に叱ってもらった方が一番都合が良いだろう。今はとにかく、無事で何よりだ。


「それでお姉ちゃん……ティナちゃんの方は?」


「わ、分からないんですっ……! 途中、魔獣の件もあってはぐれてしまってっ。お姉ちゃんのことだから無事だとは思うんですけど、僕にも何処にいるのかっ」


 セーラが魔力の反応を見たとされる場所。あの三つ又に続いている道のことを指しているのだろう。つまり左側、青色の魔力反応がリオン。右側の赤色の魔力反応がティナということになる。


「・・ってことはグレンがティナを見つけている可能性に賭けるしかないわね。分担して捜索している筈だし、もしかしたらもう見つけてるんじゃ……」


「確認しようよ、ラルズ」


「うん。少し待ってて」


 ポーチから対魔鏡を取り出してグレンベルクに連絡を試みる。向こうで発見が無くても、一度連絡を通じて彼にリオンを保護したことを報告しないといけない。


 対魔鏡に魔力を通して対話を望むが、時間が経過しても鏡面に彼からの反応は見られない。


「・・駄目だ。連絡が付かないよ」


 応答は返ってこず、対魔鏡は鏡として本人でもあるラルズの顔を反射しているだけに留まり、肝心の彼の姿は映らない。


「これって……」


「非常事態。正に手が離せない状況にあるか、あるいは……」


 まさに一大事を迎えており、対処している可能性も。ラルズたちが今し方戦った様に、現在戦闘中の説も挙げられる。グレンベルクに限って有り得ないとは思うが、最悪の可能性として命を失っている……なんてことは杞憂だろうと片付けたいが、真実を知らない中で確かな情報は入ってこない。


 彼が無事かどうか不透明なことも相まって、少しばかりの不安が各自の頭をよぎる。無論それはまだ見つかった情報が入らないティナの件や、連絡のつかないグレンベルク。そして――


「リオン君。魔獣の死体について何か覚えはない?」


「魔獣の死体……ですか?」


 後回しにして、考える時間を設けなかった問題。それはティナとリオンを狙っていたであろう魔獣たちの無残な姿を意味する。これまで確認してきただけでもその数は約二十近く。いずれも死因は心臓を一突きと一撃で完結しており、鮮やかな手口。


 芸術的と称せるほど、一見して惚れ惚れする程の腕前。他の外傷が見当たらない点からも、無駄な攻撃は一つも行わず、生きている生物に対して完璧とも呼べる一発。生者を死体へと様変わりにしており、未だに正体の片鱗も掴めない存在。


「と、途中から追い掛けてくる魔獣が減っていたような気配は少しだけ。でも辺りは暗闇だったし、一々足を止めていたら殺されるに違いないって、気にする時間も余裕も僕には……っ」


 兆候は何となく肌で実感したが、その違和感を確認している暇など持ち合わせていない。ただ逃げることだけに重きをおいていたリオンの行動は間違っていないし当然だろう。そのおかげでラルズたちが発見するまで生き永らえてくれたと言える。


「と、とにかくこれからどうするっ? ここでグレンから連絡が来るのを待ってる?」


「・・そうね。もう一度魔獣と戦闘するのはラルズの負傷状況を鑑みても厳しいし、グレンと合流できるのが一番ね」


 戦力が減少してしまったラルズたちの状況もあるし、こうなると再び魔獣と戦うのは危険すぎる。一刻も早く彼と合流できると助かるのだが、対魔鏡は依然としてだんまりだ。


「じゃあ魔獣に見つからない様尽力して連絡が来るのを――」


 暗闇に紛れて魔獣をやり過ごし、彼からの連絡が帰ってくるのを祈って信じようとした途端、その音はラルズたちの鼓膜へと浸透した。


 巨大な爆発音が聞こえた思えば、続いて聞こえてくるのは獣の咆哮。その叫び声には少し耳覚えが残っており、先程倒したばかりの狼魔獣の叫び声と同一の代物であった。


「爆発……? 炎の魔法かしら?」


「炎ってことは、もしかしてっ……!?」


 森へ入ったメンバーの中、炎の魔法を扱えるのは四人の中でただ一人、グレンベルクだけだ。爆発の後に鼓膜を震わせた叫び声は魔獣の物で間違いないだろう。


「――見てっ! あそこ……っ!?」


 爆発音と暗闇に溶けていく声々に意識を割かれる中、見上げたミュゼットが指で方向を指し示す。つられて同じ方向へと視線を移せば、暗闇で視認するのは難しいが、微かに煙が昇っているのを各々の瞳が捉えることに成功。


「もしかして、グレンがあそこで戦ってるんじゃっ……!」


「向かってみる価値はあるわね」


 距離的にもそこまでは離れていない。走れば数分で現着できる筈だ。


「ラルズ、走れるっ?」


「大丈夫っ!」


「リオン君も、走れそう?」


「だ、大丈夫ですっ」


 一同は爆発の震源地を目指して駆け出す。魔獣との激闘の音波と爆発の衝撃もあり、隠れながら向かうことも時間のロスだとし判断。一刻も早く現地へ向かうことを優先する。


 ラルズたち四人は更に森の奥へ……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 腹部の痛みに対して痛くないふりを貫き、ラルズたちは尚も音が連鎖的に聞こえ、且つ距離が狭まり大きくなってくる音をキャッチしつつ現地を目指す。


 静かな夜の空気は完全にぶち壊れ、眠っている魔獣だの野生動物さえも揃って何が起こったのか状況を確認しても可笑しくない。動物程度ならまだしも、魔獣に再び遭遇すれば戦力として換算されないリオンと、負傷してしまったラルズの二名を除き、ミュゼットとセーラの二名で相手しなければならない。


 再び先の様に魔獣が立ち塞がれば脅威を退けるのは難しいだろう。状況云々よりも今は時間との勝負となっている。戦闘や逃走などの些事といった事態が訪れるのは厳しい。


 しかしそんなラルズの不安もただの杞憂に終わり、ものの数分で震源の場所へと一同は辿り着く。


「――着いたっ!」


 森の最奥地とまでは行かないが、入り口からの時間を考慮しても相当奥地に位置するこの場所。それまでラルズたちが進んできた木と木同士が密接しておらず、大きな空間が形成されている開けた土地。


 小森林の中でも恐らく一番更地の面積値が広いこの広場。森が生み出した天然の空き地と称せる様なこの場所は、足を踏み入れたラルズたちの視界が周囲をよく観察することができ、注意深く観察せずとも、音の正体を目撃し、同時に対魔鏡からの連絡に応答を行えなかった理由が判明した。


「――グレンっ!」


 連絡が返ってこないことを不安視し、大丈夫なのかと心配していたラルズたち一行。見れば現在グレンベルクは複数の魔獣と戦闘を行っていた。いつから戦闘を行っていたのかは定かではないが、恐らく先程の爆発音からして直前付近に当たるだろう。


「――見てラルズ、セーラ! グレンが抱えている人物って……っ!」


 魔獣に襲われている最中、彼が抱き抱えている一人の人物。茶髪に加えて未成熟ゆえの童顔。愛くるしい顔はリオンと一緒で泥や土で汚れてしまっており、彼女は力一杯グレンベルクに抱き着き、振り解かれないように注力していた。


 その人物はラルズとミュゼットが良く記憶に刻まれている人物であり、探し求めていたもう一人の人物……


「お姉ちゃんっ!」


 お姉ちゃん……リオンが口にした親愛の名前。少女の名は自らの姉を指し示し、ラルズたちが森に入って探していたもう一人の人物、ティナ。


 魔力の反応を追って別々のルートを進んでいったラルズたちだが、リオンを無事に発見できたのと同じように、グレンベルクは無事とは異なるが彼女を見つけることに成功していた。


 魔獣と絶賛相手取っている訳であるが、命は無事に繋がれていたグレンベルク。探し求めていたティナも無事であることを知り、姉弟が無事であると確認できただけでどれだけラルズたちが報われたか。


「グレンっ――!」


「――! お前ら、無事だったかっ!?」


 ミュゼットの声が遠くから彼の耳に入り込み、ラルズたちの存在に気付いた。必死な顔つきに浮かび上がる安堵の色。無事に姿を確認できて安心するのは彼も一緒だ。


「丁度いいタイミングだ!」


 グレンベルクが炎を生成。魔獣たちの包囲網に投じて風穴を開ける。魔獣たちも円の中に仕舞いこんだ標的を逃さないとその身で脱出を阻止。突破するには至らないが、ラルズたちとの距離を近付けると、


「――お前ら、頼んだぞっ!」


「ちょっ!?」


 自らの身で守っていたティナを両手で掴み上げると、ラルズたちの方向へとぶん投げる。突然の遠投。叫び声を上げながら彼女は空中へと身を置きながら、彼の狙い通りなのか包囲網を上空から通り抜けて迫り来る。


「馬鹿馬鹿馬鹿っ!? いきなり投げないでよ馬鹿っ!!」


「俺がっ!」


 慌ててラルズが対処。突然のことで合ったが、瞬間的に身体に命令を下し、落下地点を誰よりも先に予測して現地に到着。腕を広げてティナを待ち構える。


「――きゃっ!?」


「いっ……!!」


 タイミングばっちり。ティナがラルズにしがみ付き、反対に抱き寄せる。無事に腕の中に抱えることに成功したが、先の魔獣の一撃によって負傷を負った箇所が抱き締めた衝撃で悲鳴を上げ、微かに身体の中に痛みの電流が走る。


「ラルズ、大丈夫っ!?」


「な、なんと、か……っ!」


 激痛がラルズの全身を襲うが、どうにかこうにかティナの回収に成功。無事に魔獣たちが囲む戦地から脱出できたので良しとしよう。


「お姉ちゃんっ!」


「リオンっ!」


 何時間ぶりかの姉弟の再開。腕から降ろすと二人とも互いに身体を抱きしめ喜びを噛み締めている。当初は様々な不安が頭をよぎったが、これで森へ入ってきた目的は全て達成。


 後は魔獣たちを退き、森を抜けて都市へと帰還すれば、


「グレンっ!」


「・・お荷物が無くなったんだ。相手してやるお前たち」


「――ッ!」


 眼光が極まる。自らの動きを制限していた重りの存在は無事にラルズたちの手に。本来の彼の実力の全てを遺憾なく発揮できる状況へと戦場が更新。自身を取り囲んでいる魔獣たちに鋭い威圧を与える。


 魔獣の個体数は八匹。大将とも言える長も確認できるし、魔獣と戦闘したラルズたちと違って向こうの数も戦力も段違い。


「わ、私たちも援護した方が……っ!」


「私たちは二人を守りましょう。多分グレンなら……」


 援護の必要が無いだろう。囲まれているにも関わらず、ラルズたちの胸中は不安とは裏腹、一見して不利と見て取れる場面である筈が、グレンベルクの姿を見た途端にそんな感慨はどこかへ消え去っていた。


 万が一こちらに標的を変更することを考慮し、遠くから戦場を見守りつつ二人の護衛を務める。ラルズも一緒に戦おうと思っていたが、今の傷具合を換算すると足手纏いになってしまうことは否定できない。


「――ッ!!」


 魔獣の長、ヘッドハウンドが檄を飛ばして部下に命令を下す。唸り声を上げながら魔獣たちが一斉に標的でもあるグレンベルクに迫り行く。爪で、牙で、己の身体に備えらえた武器で命を刈り取ろうとする集団。


 そんな身の危険に対しても彼は平常心。慌てる様子など微塵も感じられず、冷静に魔獣たちの動きを観察している。値踏みするように、どこから処理していくかと言わんばかり。


「まずは……っ」


 コートの内側から取り出し、光り輝く銀色の刃。長さ短く軽量、持ち運びに最適で使い慣れている獲物、短刀を引き抜いて右手で構える。飛びずさって勢いを増しながら迫り来る魔獣の牙をさらっと回避すると、伸び切った首元に対して下から刃を入れ、そのまま一閃。


「――ッ……!?」


 喉を掻っ捌く確かな手応えを前に、彼は確認する必要もないと標的を次に移す。実際喉に短刀を当てられた魔獣はそのまま地面を滑りながら動きを停止。一撃で命が潰える形に。


 端的に静的に、まるで害虫を駆除する仕事人のように、大きな動きを見せず必要最低限の動きで次々に魔獣を屠っていくグレンベルク。


 炎も黎導も使わず、短刀一本と己の身体能力のみで死体の山を増産していく。解放された彼からしたら、迎撃用の魔法を使用して防御を強化していただけで、本来は刃一本で事足り相手なのだろう。


 最低限で最適な攻撃。迫り来る魔獣の群れが彼の手によって一匹、また一匹と簡単に命を奪われていき、そして――


「・・後はお前だけだな」


 血に染まった短刀を大型の魔獣に差し向ける。あれ程有利に立っていた状況の魔獣たちが、たった一人の男によって窮地に陥られていた。


 そもそも有利不利以前に、初めから魔獣たちに勝ち目は無かったのだろう。追い詰めていたように見えていたのはあくまでティナ……守らないといけない使命と同義の枷が掛けられていたに過ぎず、解き放たれた彼に対しては惨殺されるが常。


 あっという間に部下どもの命を根こそぎ奪われ、魔獣側からしたら彼が死神か何かに見えているだろう。黄色い双眸が微かに怯んだ様子。人に対して魔獣が恐怖するという絵面。


「・・俺も好きで命を奪ってるんじゃない。逃げるんだったら見逃すが、どうする?」


 言葉は通じないが、彼の言葉の意は汲み取れているのだろう。このまま退散すれば、足元に転がる死体の様には成らず、生き永らえると示唆する、彼なりの情。


「――ッ!!」


 グレンベルクの発言は、魔獣の神経を逆撫でするには充分過ぎる忠言であった。


 死と隣り合わせの色が濃い自然環境を生きてきたことに対する侮辱と魔獣は判断。既に大量の部下を殺され、ここで恐怖に臆して利口な行動を取ることは、これまでの生き方を否定されるのと同時に、長としてのプライドが傷つくと感じたのだろうか。


 部下を殺され、己を馬鹿にされた怒り交じりの咆哮。手を引くこと選択せず、獲物でもある斧を腕の中で振り回し気勢を助長。最後の一体も既に事切れた魔獣たち同様、グレンベルクを殺しに掛かる。


 恩情を流された彼は魔獣の意に則って交戦。既に手に掛けた子分たちとは訳が違う。それはラルズたちの記憶にも鮮明に刻まれている。三人がかりで挑み、大きな負傷を負ってようやく勝利を手に入れた相手に、彼は一人で立ち向かっていく。


「――ッ!!」


 威勢と闘志がが乗り移った斧の攻撃。片手で難なく殺戮武器を振り回す魔獣であるが、直前に身体を翻して躱し続けるグレンベルクを前に、いずれも攻撃は全て空回り。空気を巻き込むだけで、対象の肉の感覚を捉えることに至らない。


 攻撃が当たらない苛立ちが動きに加速をもたらす。褒められた動きではないが、発達した腕の力が多少の不備を手助けしており、銀色の旋風はそのまま壁としての役割を遂行しており、中々グレンベルクも近付くことが難しい印象をラルズたちに抱かせる。


「・・もう終わりだ」


 不安の感慨を催す攻撃の嵐の中。瞬時に隙を捉えた彼は懐にあっさり侵入。そのまま短刀で腹部付近を大きく貫く。


「――ッ!?」


 深々と突き刺さったナイフに苦鳴を零すが、怯む様子も無く獲物を手にしていないもう一方の腕で殴り掛かる。


 彼は跳躍して回避。叩き付ける動作の腕の攻撃も不発に終わり、同時に魔獣の身体が突如として沈み込んだ。


「――ッ……!?」


 鈍重。自身の身体に襲い掛かる圧倒的な荷重。比喩表現抜きに、身体全体に重りが背負わされたのではと思うほどの身体の硬直。脚の方から地面にめり込んでいき、事態の把握が追い付かない。斧を振ろうにも腕は命令通り動かず、脚も同じく動かせず困惑している魔獣の姿。


 傍から見たらどうしたのか理解に苦しむ図だが、それが彼の黎導……重力の力によるものだというのは魔獣が知る由もない力であり、既に手中に収められた時点で敗因に直結する。


 跳んだ瞬間に魔獣の肉体に触れ、黎導を発動していたのだろう。


 魔獣を文字通り高い位置から見下げるグレンベルク。腹部に刺さった短剣と同一の獲物を腰から引き抜く。用意していた予備の一つを再び手の中に握り絞めると、そのまま魔獣の頭目掛けて落下。


 身動きの取れない相手の頭頂部に向け、そのまま短刀を振り抜いた。


「ッ――!!」


 絶叫も無い。頭の真上から突き刺さった短刀はそのまま縦に一閃。刃の体高は浅いものの、傷を生ませるには充分過ぎる切れ味。顔面から一刀両断してそのまま胸付近まで大きな縦傷を生じるに至る。


 魔獣の手から斧がするりと零れ落ちる。着地したグレンベルクは魔獣の鮮血を大量に浴び続ける中、腹部に刺さったもう一つの短刀を引き抜くと、その動作を皮切りに魔獣がそのまま背中から倒れ込んだ。


 命の終わりを報せる音が森へと響き渡り、二つの武器を鞘に納め、勝者が確立した。


 大型魔獣一匹と小型の魔獣七匹と、合計八匹の戦果。一度も攻撃を貰わず勝利を収めたグレンベルク。彼の周りには大量の魔獣の血が飛び散っており、自身は全くの無傷。勝者を示す舞台がより一層凄さを醸し出している。


「すっごっ……!」


「・・手合わせの件、白紙にしようかしら」


 ある程度彼の実力を把握していたラルズも、それを知らなかったミュゼットとセーラも、そしてこの場に居合わせたティナとリオンも、全員が脳裏に刻まれる。


 この男は本当に、他者と実力が比較にならないと。一次元上の階段に足を掛けている存在だと、鮮烈に刻まれていた。


 彼の見事な活躍もあり、ティナを保護することにも成功。リオンと含め、森へ入ってきた目的を全て完遂となり、最高の形で事態が片付いた。

 


 






 


 


 


 


 








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