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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章27 決行


 散々危険だと忠告を促された挙句の果て。ミュゼットの揺ぎ無い心に賛同を示し、ラルズとセーラも同行の意を露わに。折角の警告も無視してバルシリア小森林へ向かうといって聞かない愚か者たちを放っておけないと、最終的にグレンベルクも動員することが決定。


 ティナとリオンの無事を祈り、ラルズたち一行は森へと目指す方針に。まだ命が無事であることを願い、踏み留まれない理性の壁を越えて助けに向かう。


 時刻は夕方を周り、月明かりが淡く注がれ夜の世界を生み出している。月が雲に覆われて光が隠れていない事実が、人探しに対しては僥倖ともいえる。


 今現在のラルズたち一同は、都市の北門を超えて街道を勇ましく進んでいるのだが――


「・・地竜って初めて乗ったけど、結構乗り心地っていいんだね。ラルズとセーラは乗ったことある?」


「一応何回かあるよ」


「私もそれなりにだわ」


 ラルズたちは自らの足で森を目指しているのではなく、地竜の力を借りて目的地でもあるバルシリア小森林へと進行中。


 乗ったことこそあるものの、手綱を握って竜を操る技術など、素人同然のラルズたちには不可能な一芸。


「持っていて役に立つ場面も多い技術だし、腐ることは無い。会得する難度も難しい訳じゃないしな」


 ただ一人だけ例外として操れる人物。今正にグレンベルクが御社台の上で地竜を見事に意のままにしている。物にするのに大した時間は要さないと口にするが、それは彼が優秀だからではないかと存じたい。


「見張りが俺に対してあまり警戒していなかったのが不幸中の幸いだったな」


「私の考えた嘘のおかげでもあるでしょ?」


 遡ること数分前。


 ラルズたちはバルシリア小森林に向かおうと決意したが、一度冷静に考えてみると現在の状況、簡単に民間人を外には出させるべきではないと厳戒態勢を敷いているギルド職員。その証拠に各門には数人の人員が配備されている。


 周囲の魔獣の一件もあり、すんなり都市を出ていこうとすれば、門番である衛兵に危険だと律せられ、咎められるに違いない。


 最初は門から抜けるのではなく、敷かれて隔てられている柵の外側から迂回して外へ向かい、現地までは走って向かうと口にしたミュゼット。


 だが如何せん人の身で向かうには距離的な問題がネックになる。体力もくたびれるし、万が一魔獣に狙われたり、ティナとリオンを回収した際の逃げ足も同時に用意しておきたいとして提案は了承されず。


 見張り問題と距離問題。この二つを解消する手段として、グレンベルクという存在の身分を利用することにした。


 その内の一つの解決策の結果がこの地竜にある。


 算段を付け始めたグレンベルクは急ぎ足でギルドに向かい地竜を一体拝借。衛兵たちは警護と先んじて依頼されている捜索の任についていた為、施設内はガラガラも同然。動員数が少ないことを見計らい、上手いこと人の目を掻い潜って地竜の仕舞われている小屋へと到着し、そのまま連れ出すことに成功。


 庁舎内を自由に行き来できる彼の立場が幸いとなり、計画は見事に達成された。


 最後の問題として衛兵を誤魔化す方法だ。そもそも地竜などと目立つ存在、門を通ることに対しては間違いなく人目に付く。すんなり通る方が難しい話なのだが、そこもまたグレンベルクの力を借りることに。


 ギルドが使役している地竜は基本的に荷台が取り付けられている。その荷台に元から積まれていた樽だのシーツだのを利用して身を隠し、そのまま門の外へ。


 当然厳戒態勢を敷いている衛兵たちからしても、外に出ようとしている民間人を見掛けた場合、すんなりとは通してくれない。


 そこでセーラからの提案。嘘を利用して言及を逃れることを決め、結果は無事に外に抜け出せた形に。


 これで四人全員、地竜に乗って目的地へ進行。今現在、地竜に街道を爆走してもらい、都市の姿が小さくなっている次第だ。


「ちなみにセーラ、どんな嘘を捏造したの?」


「簡単よ。ボルザって呼ばれてた人はギルドマスター……一番偉い人なんでしょ。その人の名前を挙げて、北門の方で他の魔獣の動きが気になるから調べておいてくれって頼まれた……なんて言えばこの通りよ」


「随分と咄嗟に話を作れたと感心するけど、少し心が痛まる嘘だね……」


 結果的にセーラの嘘は効果覿面であったことが証明されている。グレンベルクの実力が高く評価されている且つ、単身でも仕事を遂行できる信頼も含めて、彼女の作戦は悪い意味で有効に働いていた。


 護衛の任について仕事を全うしていたギルド兵に対しては申し訳ない気持ちが膨れ上がっているが、背に腹は代えらえない。


 とにもかくにも、都市を上手く出ることは叶った。あとはラルズたちがティナとリオンを見つけるだけだ。


「無断での地竜の使用。更には虚偽の内容で衛兵を騙す。最後に危険地帯でもある森へと現在進行中。全部バレれば、大目玉どころの騒ぎじゃないなこれは……」


「ごめんねグレン……。私が無理言ったから……っ」


 グレンベルクが賛同してくれなければ、ここまでスムーズに事は進まなかっただろう。名乗りを上げたミュゼット、ラルズ、セーラの三名では、地竜を操る技術は持ちえていない。この四人の中で一番負担を背負っているのは他でもない彼自身。


 許可なく勝手に地竜を持ち出し、あまつさえ任務の為と嘘をついて騙した行為。無事に事が片付いたとして、後でその責任問題を追及されるのは確実だが、一番酷い言葉を浴びせられるのはグレンベルクだ。


「どうせ聞かなかっただろう。あのまま下らない言い争いをするよりはマシだ」


「でもっ……」


「うだうだ言うな。それとも今から引き返すか? どうせ今から正直に理由を話しても怒られることは目に見えている。ここまで来たら、俺も最後まで付き合ってやる」


 怒られることも既に視野の中。ならば一度興してしまった手前、最後まで成すべきことを果たそうと決意を誓っているグレンベルク。


「・・ありがとう、グレン」


「帰ったら俺たちも一緒に怒られるよ。それぐらいしかできないのが、申し訳ないけどね……」


 本当に、彼が賛同してくれなければどうなっていたのか。衛兵に信頼されており、竜の扱い方も熟知しており、実力はボルザの折り紙付き。これほど頼りになる存在など、ラルズの中ではミスウェルを除いて他にはいない。


 今こうしている理由が、褒められている理由じゃないのは分かっている。ラルズたちの我が儘に半ば強制的に付き合わせてしまっているからこそ、グレンベルクに後ほど重い処罰が下される可能性は高い。


 そのときは少しでも罪が軽くなるよう説得に尽力する。もし処罰を設けるのであれば、一緒に罪を請け負う。それぐらいでしか力になれないのが口惜しいが、今はそれを嘆いている場合じゃない。


「――それでだ。バルシリアに着いたとして、どうやって子供二人を探すんだ? 生憎俺は森での探索における有効的な策を持ち合わせてはいないぞ」


 反省は後回しにし、建設的な話としてティナとリオンを見つける策を講じることに。彼の言う通り、暗い森の中で闇雲に探し続けても見つかる可能性は限りなく低い。


「普通に名前を呼んで探し回るのは……不味いよね。流石に私もそれくらいは分かる」


 声を挙げて捜索するのは厳しいだろう。魔獣に勘づかれる危険性もあるし、もし狙われれば人探しどころの騒ぎではない。


 小規模とはいえ森地帯。無策で歩き回ってもすれ違いになることも考えられるし、せめて明確な目利きや相手の居場所が分かると助かるのだが、そんな方法は……


「探し方に関しては問題ないわ」


「セーラっ?」


「何か策でもあるのか?」


 具体的な活路が見い出せない中、セーラがきっぱりと宣言。その物言いは手段が存在しているという確固たる自信の表れ。これ以上ない方法があると確信めいた発言であった。


「それって?」


「ラルズとミュゼットには一度話したでしょ? 私の【眼】を使うわ」


 指でトントンと目元を指し示す。セーラの眼と言うと確か……


「――そっか! 魔力の流れを色で視ることができるって!」


 数瞬の間の中で記憶の底から思い出すことに成功。彼女と時間を共にした際、魔導書の話云々に関連して耳に挟んだセーラの力。


 彼女曰く、人に宿りし魔力の色を視認することができるという、彼女自身に備えられている特別な力。ラルズは条件に当てはまらないが、ティナとリオンの身体に属性魔法の色が映らないイレギュラーな事態はまず有り得ないだろうし、眼の規則に反していることも無い。


「そうよ。この眼に今回は道案内をしてもらうわ」


「眼の力? 俺には聞き覚えが無いが、信頼できるものなのか?」


「疑られるのも仕方がないけれど、効果は保証するわ」


 自身の経験を基に質の高さは問題ないと口にするセーラ。これならば暗い森の中でも滞りなく捜索ができる。唯一の懸念点としては、視ることができるのは彼女のみという一点。他のラルズたち三人は魔力を目で知覚することはできない。


 しかしそれでも十分すぎる物であるし、活路が見いだせたのは大きい。こと今回に関しては、これ以上ないくらい有益な効代物であり、高い能力を発揮してくれることは間違いない。


「ただ、魔力は常に空気と溶け合って現存しているから、探すのは少し骨が折れるかもしれないわ」


「どういうこと?」


「例を挙げると、空気が無ければ満足に呼吸が行えないでしょ? 空気とは別だけど同じように魔力は流れている。つまり、常に色んな魔力が覆い尽くしているの」


「・・えっと、つまり……?」


「――成程。今回のケースで言うとセーラにしか見えない魔力という名の痕跡。二人の子供の居場所を追える手掛かりが、様々な代物と混同。時間と共に段々と消失……魔力の素が希薄して追跡が難しいってところか」


「・・そっか! 後を追える魔力の色……痕跡が徐々に薄まってるんだっ」


 魔力は世界に満ち足りている。満ち足りて広がっているからこそ、時間経過でその場に留まっていた魔力の塊……ティナとリオンの魔力が他の魔力と混ざってしまい、薄まっていくのだ。


「そう言うこと。昼時間近くに入ったと仮定しても、かなり時間が経過してる。魔力が現地に残っていれば追跡することは可能だけど、残ってなければ追跡は困難ってこと」


「――あ、あれね! 行方不明になった人を探す為に、犬に匂いを記憶させて居場所を案内してもらうみたいな!」


「正解なんだけど、犬の例を聞いてこの眼の価値観が著しく低下した気がするわ……」


 頭の中で情報を組み合わせ、聞いたばかりのセーラの眼の力の詳細を理解するに至ったグレンベルク。その説明を聞いて仕組みが組み上がったラルズ。最初の内は把握できなかったが、独自の解釈に基づいて力の明細を解すミュゼット。


 三者それぞれセーラの眼の力に対して理解を示すが、当の本人はミュゼットの解釈を受けて少し落ち込んでしまっている。


「失礼女の言い方があれなだけで、役に立つ以外の何物でもないだろう。第三者からは見ることができない魔力という名の目印を、文字通り本人だけが知ることができるなんて、魔獣に遭うリスクの低さを加味すれば、俺たちにとって頼りになる力になることは明白だ」


「そうだよセーラ。これなら俺たち、魔獣に隠れながら二人を探せるよ!」


「――ほ、褒めても何もでないわよっ……!」


 忖度ない賛辞の言葉。だが彼が口にした通り、セーラの力はラルズたちの動きをサポート、引いては敵と遭遇しない点に関しては、これ以上ない程有利に働いてくれることは間違いない。


「何よりも優先したいのは魔獣に見つからないことだ。戦闘になれば周囲の魔獣に気付かれる恐れもあるし、魔獣を逐一相手するのは時間的にも体力的にも面倒だ。ましてや戦闘慣れしているのが俺とラルズの二名しかいないんだ。慎重に行動できることに関しては助かる」


 真面に動ける頭数としてラルズも換算されている。確かに鍛錬は行っているが、それでも腕前は彼に遠く及ばない。


 いざ戦うとなった場合には、グレンベルクが一番頼りになるのは事実だが、ラルズも剣を腰に据えている以上、戦わざるを得ないのは必至。


 魔法も使えないラルズを頼りにしてくれている彼の気持ちには応えたい。


「――そろそろ見えてきた。バルシリア小森林だ」


 捜索方法の目途が付き、四人は地竜を走らせること十数分。目的地でもあり、ティナとリオンがいる可能性のある森へと目前に迫っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 小森林と名が打ってあることもあり、ラルズが幼少期の頃に過ごしていたオルテア森林と比べると見劣りする大きさ。

 入り口付近は真っ暗に染まっており、街を活気づける灯りの様な代物は準備されておらず、先の見えない暗闇が広がっており、大きく口を開いて踏み入る者たちを歓迎している。


 眼前まで迫り、姿を映しているバルシリア小森林。森で長い間生活してきた名残が残っているからか、空気感はラルズに場違いな懐かしさを呼び起こしていた。


「セーラ、どう?」


 注意深く観察する様な姿勢。外観的な変化は現れないが、彼女は正に自らが他者と違う特別な力を行使しているのだろう。隣で様子を窺っているラルズには、彼女からの威圧感を感じる。


「・・・・間違いないわね。僅かだけど人の魔力の波動が視て取れる。薄れてはいるけれど二人分。赤色と水色の魔力色が奥へ続いている。この森の中に二人がいるのはほぼ間違いないと言えるわね」


 自身の力によって導き出された結論。確固たる目印とも呼べる、彼女にしか視認できない魔力の渦。時間が経過している中で不安視されていた問題は尾ひれを掴むことができ、結果は逆の意味で正解。ラルズたちを森へ入らせる理由へと至る。


「できれば当たってほしくなかったけど、確定的になっているからこそ無駄骨にならずに済むって考えたほうが良いよね、きっと」


 状況を鑑みても、セーラが目撃した魔力反応が別人という線も無いと言い切れるだろう。最初からこの森にはいなくて、捜査自体が空振りに終わっては本末転倒だ。


 ならば確かな手掛かりが残されていた以上、状況を肯定的に捉えた方がいいに決まっている。


「・・よし、ここで待っていてくれ」


「――ッ!」


 低く嘶き、入り口の真ん前で地竜が手綱を握っていた操手であるグレンベルクの命令を受け止める。その場にどっしりと座り込み、再びラルズたちが舞い戻ってくるのを待つ姿勢。


「ここに置いていって大丈夫なの? 魔獣とかが襲ってくるんじゃ……」


「竜を相手する魔獣なんて少ないさ。獲物を殺すことしか頭に無い、知性の知の字も無い奴らならともかく、大半の魔獣じゃ返り討ちになるだけだと自覚する」


「確かにこんな大きくて強そうな竜相手じゃ、挑む気が薄れるのも当然か」


 生物としての序列。生きている物の中で力関係が明確に定められているのは人に限った話ではない。日々縄張りを奪い合い、命を削り合っている野生の生物も、自然の摂理の中で生きている。


 自然の特色が色濃く残されている環境下、弱肉強食という言葉が一番当てはまっている彼らに関しては、勝てない相手にむざむざ挑んで、悪戯に命を失う行為は下手に取れないのだろう。例外もおるが、大半は生物として育まれてきた本能が訴えかけ、牙を自ら折ることで退散の道を選ぶ。


 地竜と一緒に森の中を行動できれば百人力だったが、残念ながら図体の大きい彼では入ることは難しく、入れたとしても進行は遅くなる。ここに置いていくしかあるまい。


「それとお前らにこれを渡しておく」


 彼がポケットから取り出して投げ渡したのは輝石。受け取って見てみると見覚えのある代物。カイナ村でも使用が確認されていた、小さな魔結石だ。


「この程度の大きさじゃ、迫り来る全ての魔獣を退けられることは無理だろう。御守代わりだが、無いよりはマシだ」


「ありがとう、グレン」


 魔獣の嫌う波動を生み出し、迫り来ることを阻止する代物。人体に影響は及ばず、大きさは持ち運びができるくらいの軽量サイズ。光源代わりにも使えるし、持っていて損のない一品だ。


「・・改めて確認しておく。魔獣に気付かれないで二人の子供を発見。そのまま連れ帰って入り口まで戻れれば地竜に乗り込み、全員無事に都市へと帰還。これが俺たちの一番の理想だ」


「うん、分かってるっ」


 それがラルズたちの一番望んでいる未来だ。魔獣と遭遇することなく、ティナとリオンの二人とも無事であることを確認して、一緒に都市へと戻る。これが最も望ましい結末だ。


「だが、理想通りに事が運ぶなんてことは低く見積もられる。理想ってのはほとんど願望交じりの期待と、不安を目視したくない現実逃避から生み出される架空の言葉だ」


「そうね。綺麗に物事が優位に進んでいくことなんて可能性としては低い。どれだけ完璧に計画を立てたとしても、ほんの少しの綻びで全ては瓦解するもの」


 セーラの言葉に首を縦に振るグレンベルク。計画通り事が全て上手く運んでくれるのを望む半面、ほんの少しの不祥事や違和感によって全容が崩れる、なんてのは珍しくない。


「失礼女。お前にだけは強く言っておく」


「な、何よ……っ」


 自身の目線をミュゼット一人に定め、先程よりも更に鋭く唇を尖らせて話を続ける。


「酷いことを言うが、言ってしまえばティナとリオンの痕跡が残っているだけで、最悪の事態になっている。いや、既に最悪を通り越して、取り返しのつかない事態に見舞われていることも頭に入れておけ」


「そ、れって……」


 助けに向かいたいと誰よりも先に意思表示を示したミュゼット。その彼女の根本をぐらつかせて崩壊させるような物言い。言葉こそ濁した表現だが、十中八九それは死を意味する。


「どんな現実に立ち会っても受け入れろ。認めたくないと大声で喚いても構わない。だけど最後には廃れた心と、認めたくない現実を噛み締めろ。そうなってからと今とじゃ、心に生じる傷跡……後遺症がまるで違う」


 森へ入って二人を捜索すること。生きていると願い、その可能性に賭けて行動している。人助けをする以上、被害者が無事であることを切に祈り、僅かな望みを繋ぎ止めようと必死になる。


 ――だが時に現実は非常な姿をおざなりに晒す。時すでに遅しと現実が残酷に降りかかることなど日常茶飯事だ。必ずしも恵まれることばかりでないことを、ラルズも身を持って知っている。


 この四人の中で一番心が誠実なのはミュゼットだろう。良い意味でも悪い意味でも、純粋という言葉と共に彼女は成長してきた。


 そんな彼女だからこそ、誰よりも二人がまだ生きていると願っている。どころか確信していると言ってもいい。


 それ故に、グレンベルクの言葉が一番彼女に重く圧し掛かる。


「・・大丈夫。もし見たくない現実が待っていても受け止める。受け止めて認めて、涙も流さない。泣くなら全部終わって、都市に戻ってから泣くよっ!」


 悲しみの奔流に苛まれても、この場では涙を流さない。都市へ帰還してから、思う存分涙を流すと彼女は宣言。


 受け入れがたい現実を受け入れる体制は、既に敷かれていた。


「一度入れば後戻りはできない。それでもいいんだな……?」


「・・・・・・」


「・・分かった。もうこれ以上は言わない。悪かったな……」


 相手を追い詰めてしまったことをグレンベルクが謝罪する。意思の強さは未だに顕然。彼女の瞳と言葉を前に、それ以上の追及を謝辞が防いだ。


「これから森に入る。先頭は俺、次にセーラ、三番目に失礼女、最後尾はラルズ。この陣形で進んでいこう」


「一応理由を聞いても?」


「正面から魔獣が迫ってきた際に一番早く対処できるように俺。道案内兼、周囲の魔獣の感知と伝達係としての役割を担ってもらうセーラを二番目に配置。前と後ろから守られて一番安全圏に位置する場所に失礼女、最後列は後ろからの敵に警戒を示してもらう且つ、剣の扱いもあるラルズだ」


「道案内できる私が一番前の方が都合がいいんじゃない? 私だって自衛ができないわけじゃないわよ」


 異議とは言わないが、探索が自身の瞳の力の影響もあり、先頭の方が良いのではと新しく提案を持ちかけるセーラ。


「二番目に置いたのはそれだけじゃない。視界が塞がれていて暗闇が広がっている左右と後ろ方面。肉眼で見逃す恐れのある方向にも意識を向けてもらいたいからだ。人探しばかりに意識を向けて進み続けた場合、不意の奇襲に対応が遅れてしまうからな」


「成程了解よ。その陣形で行きましょ」


 今の人員と能力を考慮して最適な配置と言える。一番苦労を背負わせるのがセーラとグレンベルクになるわけだが、ラルズも自分のできることを精一杯行って援護に勤めよう。


「・・よし、準備は良いな?」


「うん!」


「ええ」


「大丈夫」


「・・行くぞ」


 先の見えない暗黒の世界。潜んでいるのは人の命を簡単に奪いに来る魔獣たち。


 緊張感故に空気に鋭敏となり、得体のしれない不気味さが森から滲み出ているのを感じる。ティナとリオンが生きていることを願い、ラルズたちは恐れを抱きながらも、漆黒の暗闇の中へと入り込む。




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