表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
4/69

第一章4 扉の先


 ラッセルからの暴力、劣悪な環境下での監禁は終わる気配がなく、相も変わらず俺は身体に新しい傷を身体に刻まれる。

 そのたびにシェーレとレルが治療をしてくれて、治りかけにもなっていないうちにラッセルによって再び傷跡をつけられる。


 終わりも見えず、体力も精神も削られている状況の中で、力もなく打開策も講じられない俺たちは、この部屋で変わらない毎日を過ごす。


 最初のころと比べると口数も減り、シェーレとレルの元気だった姿は部屋の雰囲気と環境に押しつぶされてしまい、その表情には陰りが見える。

 光明が見えないどころか出口の見えない現状を前に、少しずつだが確実に精神と体力を蝕まれていく。


(父さん……母さん。俺、どうすればいいんだろ。)


 亡くなった父さんと母さんを頭の奥で思い浮かべる。

 二人の代わりに、シェーレとレルを守るって、母さんが死んだあの日に誓ったはずなのに、無力な俺じゃ何もできない。


 情けなくて、どうしようもないぐらい空っぽだ。

 贅沢なんて望まない。ただ普通に生きたいと、こんな現実から抜け出して、またシェーレとレルと一緒に笑って陽の光のもとに飛び出したいと。


 決して我が儘な願いでもないはずだ。なのにどうして俺たちは、こんな目に遭わないといけないのか。


 ・・ひとえに、俺が弱いからかもしれない。


 俺は子供だし、まだまだ親元を離れられない小さなガキ。だけど、それだけで済ませていいのだろうか……


 俺にもっと力があれば、ラッセルに支配されることもない。

 俺にもっと知恵があれば、人よりも頭が働けば、今この状況から脱出できる手段を思い浮かべられるのかもしれない。


 だけど俺には何もない。何もないからこんな……


(情けないなぁ……俺)


 自分で自分のことが嫌いになりそうだ。自分の身体をいくら差し出そうと、それに何の意味があるのだろうか。

 一番大事なのは、俺なんかの命じゃないのに。


 最も大事なのは、最も愛しているのは――


 ――シェーレとレルの命なんだ。それ以外は何も願わない、何もいらない。


 だから、お願いだよ。


 全てを差し出していい……死ねと言われれば喜んでこの命を差し出す。


 だから、だから――


 ――助けて下さい。


 ・・


 ・・・・そう願ったところで、現実は非常だ。


 助けを求めても現実は変わらない。そんなのはふわふわとしたもの、言ってしまえば幻想だ。

 願いや祈りが作用するのであれば、とっくの昔に俺たちはこんな檻から外へと抜け出せているだろう。


 現実は甘くない。どうしようもない現実を変えるには、最も起因するものはやはり当人の能力だ。


 「――馬鹿みたいだな。」


 眠っているシェーレとレルには届かず、自分の口からそんな感想が零れる。


 自分に向けて言い放ったその言葉を聞き終え、俺はそのまま眠りについた――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 眠りについている時間は不思議だ。意識が溶けていくその瞬間のことを知覚することは出来ず、眼を閉じたばかりと思えば次の瞬間には太陽の光が昇っているなんてことはザラにある。


 特に身体がひどく疲れている場合に関しては、脳が早く眠りにつきたいと信号を送り込み、それと同時にだるさや倦怠感も流れ込む。


 結果としてそのまま倒れる様に眠りに入り、無理にでも起こされない限りはそのまま長い長い熟睡へと突入する。

 本人からしたら一瞬ではあるけれど、現実の時間ではしっかりと時間が流れている。


 だからこそ、俺は遅れたのかもしれない。


 その瞬間は唐突に、突然に――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――んっ……」


 意識が覚醒を促し、それと同時に瞳が開かれる。


 視界の先に映るのは、何度見ても同じ薄暗い世界。いつもの真っ暗な空間そのものだ。


 周りへと首を動かすと、両隣ではシェーレとレルはまだ眠っているみたいで、すやすやと可愛らしい寝息を立てている。

 幸せな夢でも見ているのか、その表情はどこか明るい。

 辛い現実が広がっている今、夢の中ぐらいは良い夢を見て欲しいと願う。


 どれぐらい眠っていたのか把握も難しく、窓ガラスもないから昼なのか夜なのか判断もつかず、体感でしか時間の物差しを図ることは出来ない。


 だが目で見えること以外に、一つだけ耳が関係のない情報を手にする。


 ――雨だ。それもかなり強い雨だ。


 豪雨と呼べるぐらい凄まじい雨が屋根を打ち付ける。耳をこらすとどうやら雷も鳴っているみたいで、今まで体感したことのないぐらいの強烈な天気だ。


 が、今の状況からしても雨が降っていようが雷が鳴っていようが特段影響があるわけでもない。

 いつもと同じ変わらない毎日。ラッセルが部屋へとやってきて、シェーレとレルを守るために自分の身体を差し出す。

 死なないように気を張って、命を捨てずにこの部屋へ戻ってくる。


 今日も残酷な現実が続いていくだけ。そう思っていたんだ――


 「・・・・?」


 雨の音に混じり、何やら大きな音が後ろの壁の向こう側からこちらの部屋へと届いてきた。

 その音は一度ではなく何度も鳴り響いた。


 木造主体の家ということもあり、音はかなり拾う家ではあるけれど、廊下を挟んで部屋の一室にまで届くというのは珍しい。


 まるで暴れているような、喧嘩をしているような、激しくて不安になる音が連続して耳へと入り込み、俺は気になってしまい壁に右耳を当てて音を探る。


 倒れる音に割れる音、走り回る音、音がひっきりなしに続く。


 そんな音の中、新しい音が耳に入る。正確には音ではなく、声が――


 「――……ぁ……ろっ」


 「・・ラッセルの声?」


 掠れて聞こえてきたが、何度も聞いてきたラッセルの声のものだというのは直ぐに身体が理解した。

 しかし疑問に思うのは何を話しているのか、その内容だ。


 そもそもの話この家の中には俺とシェーレ、レルを覗けばラッセルしかいないはずだ。

 独り言ならまだしも激しい雨の中でこの部屋にまで届くぐらいの大音量で呟いたりなど想像がつかない。


 一体どうし――


 「――――ッ!!」


 「――っ!」


 爆発したかのような轟音を耳にして反射的に壁から身体を離す。壁で塞がれている廊下の向こう側へと視線が固まる。

 弾かれたように離れた壁を前にして、直ぐに疑問が頭へと登る。


 「い、まの声は……っ」


 誰のものだろうか。長い間俺たちを閉じ込めているラッセルのものではない。そう断言できるぐらいにビリビリと訴えかけるような叫び声。


 人が出すような聞き馴染みのあるような声などではなく、咆哮のような、雄叫びのような印象。


 驚きと困惑が混合したような状態。何があったのかと疑問と疑惑が頭の中を駆け巡り、俺は気付けば隣で眠っているシェーレとレルを直ぐに起こした。


 肩を揺すられ夢の世界から現実へと意識を戻された二人は、熟睡だったからか眠い目を擦りながら瞳を開く。


「兄さん?」


「どうしたの兄貴?」


 急に慌ただしく起こされた二人からしたら、俺がどうしてこんなに焦っているのかなんてちっとも分からないし不思議だろう。

 そんな二人に今俺が耳にしたことを口にしようとした瞬間、壁の向こう側から再び音がした。


 ・・足音だ。それもかなり大きく、こちらへと段々と音が迫ってくる。


 得体のしれない音の正体に警戒を示し行動に移す。

 説明も後回しにして周りへと視線を動かす。

 嫌な予感が身体中をひた走り、どこかに身を隠さないといけないと本能が訴える。


 積み立てられた木箱の後ろ、隠れているとは言いにくいが、光源もなく光が入ってこないこの場所ならば、一瞥しただけでは視界に俺たちの姿は映らないだろう。


「こっち来て!」


 声を出してシェーレとレルを木箱の一番奥に。俺もその後に続いて隠れ、少し身体を乗り出す。

 扉を少し見える位置に陣取り、視線を一点に集中する。


 息を吐くのも忘れるぐらいに緊迫した状況。音を押し殺して次の変化を待っていた俺だが、歩いていた音がぴたりとやむと――


 ――ガシャッ!


 扉の向こう側、直ぐ傍で乱暴な音が鳴り、部屋に居る俺たちの耳にも届く。


「これ、壊してる……?」


 レルの言う通り壊しているであろう音が聞こえる。あの扉を塞いでいるのは外側からラッセルが立て付けていた木板によるものだ。

 だが頑丈なのかと言われればそうでもない。内側からは揺らしたり衝撃を与えたりしたぐらいでは落ちたりはしないけれど、手でつかんで取り外せば簡単に扉は開く。


 もちろん塞げた張本人のラッセルがわざわざ扉を壊すなんて面倒なことはするはずもないし必要ない。

 間違いなく、扉を壊そうとしているのはラッセル本人ではない。


 ラッセルでなければ誰か別の人物が助けに来てくれたのか――そう思ったが、先に聞いた獣の声。その声が俺の不安を駆り立ててしょうがいない。


 助けが来たのかと願いたくもなるけど、そうは思えない自分がいる。


 カランカランと木板が床へと落ちる音がしたと思えば、次には扉がバキッと音を立てて吹っ飛んだ。


「――っ!?」


 扉本体と破片が部屋の中で散布している中、廊下の照明の光が部屋の入り口から微かに暗い世界を照らし出す。

 その唯一の光が差し込む場所から、重い足音を出して入り込んできた存在。


 屈んで部屋へと入り込んできたのは大きな大人……ではなくそれ以上の体躯をしている狼の姿。

 頭の中で想像される四足歩行の姿ではなく、人間と同じように二本のがっしりとした足で床を踏む。全身を黒い体表で覆われ、暗闇の中でもはっきりと判別でき、睨まれれば逃げられないような印象をもらう黄色い双眸。

 口から覗く牙と手と足に備えられている鋭い爪は振るえば簡単に命を奪うことが出来る立派な凶器だ。


 そしてそれ以上に視界を釘付けにして離さなかったのが手に持っている銀色の斧。

 その斧の先端には真っ赤な赤い鮮血がこびりついており、その血は乾いておらず、先端の方から血が滴り落ちている。


 自分の身体から流れるものと同じ真っ赤で綺麗な赤い血。それを目にして、俺は身体の震えが止まらなかった。

 その血は、その血の持ち主は間違いなく――


 ラッセルのものだろう。でなければ、説明がつかない。

 騒ぎ立てていた連続した音の正体はラッセルとの争いの音。その音がやんで響いた獣の声の意味は、恐らくは獣が行う勝利の咆哮。


 ラッセルは、あれほど俺たちを虐め支配していた狂人は、殺されたんだ……


「に、いさ……」


「あ、に……」


 二人とも、俺の後ろで俺と同じように視線を一点に注いで見詰めている。

 いきなりこんなものを目の当たりにして、動揺するなというほうが無理があるだろう。


 扉へ入ってきた狼は首を動かして部屋の中を見渡す。こちらへ視線が及ぶ前にシェーレとレルを押し込んで木箱の奥へと隠れる。

 もしこっちに足を運んで来たなら、俺たちは見つかってしまう。

 見つかればあの爪か牙か、あるいはあの斧で――


 「っ……!」


 震えが止まらず、息も整わない。意識を失って死を感じたあのときとは違う、はっきりとした死が目前に迫っている。

 シェーレとレルも俺と同じように震えて小さくなっている。


「――ッ……」


 重い息を吐きながらのしのしとこちらへと音が近づく。音が大きくなりそれに比例して震えが大きくなる。


 来ないで……来ないでっ……!


 ・・


 ・・・・・・

 

 ・・・・・・・・


 こちらへ来ることは無く、音が段々と遠くなる。音が遠ざかっていくのを感じ、張り詰めていた空気が解けたように、それと同じくして思い出したのかのように深呼吸をした。


 空気を肺の中へと流れ入れ身体を落ち着かせる。シェーレとレルも息こそ乱れているが震えは収まっているみたいだ。


 ラッセルによって閉じ込められていた檻の鍵は簡単に壊れ、外の世界が顔を出してくれていた。


 その先の世界は俺たちにとって光になるのか、闇になるのか……


 その先の景色の行方は――

 


 


 

 


 

 



 


 



 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ