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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章23 復讐を誓った青年


「気になったんだが、ラルズは誰に技術を教わったんだ? 俺と一緒で独学ってて訳でもないだろ?」


「ある人に教えてもらったんだ。そう言えば話してなかったね」


 手合わせの反省話も一段落つき、落ち着いた空気に戻ってきた最中、グレンベルクがラルズに質問をぶつける。内容は誰に稽古を付けてもらったのか。


「深い意味はない。只の好奇心だ」


「・・聞いたら驚くと思うけど……」


「驚く?」


 たかだか指導相手の名前を言うだけで、何をそんなに畏まっているのか、不思議で仕方が無いだろう。勿体ぶらせるようなラルズの態度に対して怪訝顔。


「ミスウェルって言ったら分かるよね?」


 求めていた答えを、師匠という位置付けに該当する人物の名前を口にした。


 二人の間に訪れる一瞬の静寂。そして数瞬の沈黙の後、


「――ミスウェル……っ? あの英雄のか!?」


「うん、あの人に剣を教えてもらったんだ」


 名前と姿が合致したのだろう。我に返ったグレンベルは案の定、ラルズの言う通り驚愕の反応を示し、表情が崩れている。何気なく放った質問に対し、まさかの人物の名前が返答されて困惑状態。英雄の名前が飛び出してくるなど、万が一にも想定しなかったのだろう。


「・・まさか英雄の名前が出てくるとはな。冗談だって言ってくれた方がまだ信じられるが……成程。ラルズの実力を考慮すると、逆に自然と納得するな」


「正直な話、英雄に指導してもらってようやく人並に動けるようになったんだけどね……」


 英雄に稽古を付けてもらったと聞けば羨ましそうに聞こえるかもしれないが、逆にミスウェルに稽古を付けてもらってこの始末。面倒を見てくれた相手が超一流の腕前であるからして、会得しようと七年間努力を続けた人物は並と同等かそれ以下。


 聞く人が聞けば、英雄に指南を受けてこの程度の力量なのかと、呆れられるのではないかとラルズは考えている。勿論それに異を唱えるつもりも無いし、そう思われても仕方ない。待遇は一丁前、その実育成例としてはお手本に成り得ない。


「努力は続けてきたけど、俺には武術の才やセンスは備わってないみたいで、現時点の強さが限界かもしれない」


 個人によって才能は別種だ。力に覚えのある人物も、他者よりも賢い人もいる。至ってシンプルな話、ラルズには剣の才能……ひいては武力に類する輝く代物、秀でた代物は持ち合わせていなかっただけのこと。


 シェーレとレルを護る為に一番効率的で可能的な選択をしたラルズであったが、そこで偶発的に秘められていた潜在的意識が開花、なんて美味しい話も浮かばなかった。


 何なら魔法を磨き上げたシェーレとレルの方が兄よりも強く、優れていると思っている。一方は騎士団に身を置く人物から入団を誘われるし、片方についても雷魔法の威力は年齢からは想像つかないほど桁外れの威力を記録している。


「無力って訳じゃないし、人並に戦えて自分の身を守ることができるんだから、そこまで卑屈に考えなくてもいいだろ。世間一般の同じ年代なんて、武器を持って戦う道を選択する方が少数派なのは間違いないだろうからな」


 元々強くなろうとしたのも、シェーレとレルの存在が大きい。極論二人に危険が及ばないんだとしたら、剣を手に取ることも、鍛錬を継続させる必要性もなかった。強さとは無縁の人生を歩んでいたことだろう。


 皮肉だが、ラッセルとの出会いがラルズの心を変えたと言っても大袈裟ではない。あれほど悪辣で残忍、価値観が狂っている人物と出会ってしまったが故に、シェーレとレルを護ろうとする気概が膨れ上がったと言っても過言ではない。


 グレンベルクの言う通り、責任感と誇りを胸に抱いて民の安全を保障しようとする様な、騎士団やギルドに憧れて入団するものはいるだろう。


 しかし反面、決してその数は多いとは思わない。危険と隣り合わせているような立場であることは間違いなく、一般的な夢持ちの大衆で比較してみると、少ない部類に収まるはずだ。


 ラルズは運命的な境遇があるからまだしも、自ら進んで危険に身を運んでいる人物。グレンベルクの様な種の方が珍しく、異端であると認識されるだろう。

 大概はミュゼットのような、年相応の価値観を宿しながらも、毎日楽しく平和に過ごしていくのが普通の日常だろう。


「ラルズは何で強くなろうと決意したんだ?」


「妹が二人いるんだけど、護る為にね。どんな物にも変えられない、一番大切な宝物。冗談抜きで、二人がいてくれなかったら、俺はとっくの昔に死んでいたよ」


 冗談でも何でもない。シェーレとレルが隣にいてくれなければ、ラルズはあの暗い監獄の中でとっくに息絶えていただろう。ラッセル自身の快楽を満たす為だけに飼いならされ、振り続けられる暴力の数々。治療のおかげで傷跡は随分と昔に綺麗な姿に戻ったが、植え付けられた恐怖は記憶の中で淀み続けている。


 それ以前に両親を亡くしていて、心も酷く摩耗していた中での遭遇。一人身であれば三日と持たず、現実から逃げたい一心で自らの命を絶ち切っていただろう。それぐらいまでに凄惨で、耐えがたい苦しみを更新し続けていた。


「英雄と関りがあるのも、何か関係しているのか?」


「ミスウェルさんと出会ったのは偶然だよ。でもあの偶然が無かったら、妹は無事だったとしても、俺は本当に死んでいたよ」


 魔獣に左肩を喰われて皮膚を貫通、血に染まった骨が露出していて、息絶えるまで正に秒読みの状態。その瞬間に限っては痛みなんて既に何処かへ置き去りとなり、ただただ熱いという感覚しか芽生えなかった。


「英雄の件と、今のラルズの話。もしかして俺なんかが想像できないぐらいに、修羅場を潜っているのか?」


「修羅場って言うか……まぁ意味合い的には間違いじゃないけどね」


 一言では到底語り尽くせない。自らが味わった現実を無理に誇張して肥大化するつもりは一切無いが、数言程度で片付かない内容であることは間違いない。


「聞いても、いい内容か?」


「別に隠すことでも無いしね。でも、代わりに話は少し長くなると思う。それでも良ければ全然」


「ああ、問題ない」


 今日に至るまでの全容を語り始めると、年数の分と内容の濃さもあり、グレンベルクの時間を大分頂くことになるだろう。それでも大丈夫だと彼は口にし、話が始まるのを無言で待ち構えている。


 一度ミュゼットに話した手前悩む必要も特に無く、意を汲み取って言葉が滑り落ちていく。


「七年前……両親を失ってからになるかな。その日から――」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「・・そうか。両親を失って、酷い目に遭って、偶然居合わせたミスウェルに助けてもらった……か」


 ラルズの過去を全て話し終えて、総括で纏められる。痛々しい内容の代物もあったし、聞いている側としても苦い顔になってしまうだろう。


「じゃあラルズが強くなろうと剣を取ったのも、ラッセルとかいうクソ野郎の一件があって、妹を守りたかったからか」


「魔法も使えなかったしね。悩んでいたときにミスウェルさんが騎士団に所属してたって聞いたから、教えてもらえれば俺でも強くなれるんじゃないかなって」


 魔法の代わりの代替案。ノエルが励ましてくれた件と、ミスウェルの過去。あの日から七年間、自分の為よりも妹を護る為に努力を続けてきた。両親との約束を遂行する為に。


 結果として力は付いたが、その代わり無意識化で幼少の頃からの夢を封印する形となったラルズ。愛情が膨れ上がり、呪縛として縛り付けていた鎖。それを解き放ってくれたのは、屋敷のみんなと最愛の妹らによるものだ。


「・・殺したいって……思わなかったのか?」


「それは……」


 言葉に詰まる。確かにラッセルは最低な男だ。ラルズの身だけならまだしも、シェーレとレルにも危害を及ぼし、狭くて暗い一室に閉じ込めて支配を続けた。必要最低限を下回る食事に悪辣な環境下。一日進むごとに精神は擦り切れていき、表情はどんどんと沈んでいく。あんな体験は二度と御免だ。


 ・・でも、殺すって選択肢はそもそもの話浮かばなかった。酷い目に遭わされ、最愛のシェーレとレルを傷つけられているのに、黒き衝動に染まり切ることは無かった。


 誰かに対して心の底から激怒し、怒りの感情に支配されて相手へと牙を向けたことは一度としてないラルズ。触れ合ってきた人々が少なく、家族間でしか感情の譲渡をしてこなかった弊害もあるだろう。心の底から誰かを憎んだりといった経験は一度としてない。


 当然ラッセルに対しては負の感情以外の情緒を持ち合わせない。これまでの悪行を武勇伝と捉えてペラペラと宣う姿も、自身よりも力の足らない弱い人々を傷つけ続ける醜悪さも、全部が全部受け入れることなどできない。毛嫌いなんてレベルではなく、憎悪を抱いていたに違いない。


「多分だけど、人を殺すこと……殺人なんて俺には一生できないんだと思う」


 ――だけど、それ以上は踏み込めなかった。人として超えてはならない一線であり、区別される最後の理性の砦。その境界線を越えることは、ラルズにできなかった。


「一生苦しみ続けてもか? 今回は魔獣が幸いしてと言っていいか、偶然が重なって一命を取り留めたことになる。だけどもし魔獣が出現していなかったら、遠くない内に命を失って、ラルズの後を追う様に妹二人が命を落としていただろう」


 グレンベルクの言う通りだ。魔獣がラッセルを殺していなければ、ラルズはその内事切れて死んでいた。そして玩具の内の一体が死んだのだとしたら、次にあの男が標的にするのはシェーレとレルのいずれか、あるいは両方同時だ。


 所詮結果論。今になってして過去を振り返られる中でしか得られない感情損得。事態が好転して救われたからこその、その場限りの情緒を美徳化して評論している事実とも見て取れる。


 苦しい境地の中で、耐え続ける選択肢は間違いではない。だけど必ずしもそれが正しい行いとは言えない。時には立ち向かって抗ったり、逃げの一手を選ぶことも大切だろう。甘んじて現状を受け入れ続けたからこそ、ラルズたちは半年間監獄の中で最悪の日々を送り続けてきた。


「甘いんだろうね。取り返しがつかない事態になって初めて後悔するような、遅すぎる感情を持ち合わせてるんだと思う。それに関しては否定もしない。でも――」


 ラルズの逆鱗が達する瞬間は恐らく、シェーレとレルの死を目前にした瞬間において他ならない。失ってからようやく己の考えが間違っていると気付く、現実から目を背けていつまでも適応できない愚か者だ。


「これが俺なんだ。夢見がちで儚くて、勝手に理想を現実に投影してその場を凌いでいる。弱くて小さくて矮小な生き物」


「・・・・・・」


「こんな自分が嫌いなることもある。でも同時に好きなんだ」


 己に備わり根付くラルズの心魂。それは今更洗い流せない。流転させることも、価値観を逆転させることもできない。


 力が無くて魔法も使えなくて、人に強い言葉を吐けなくて、辛い現実を直視できなくて甘い考えが常に頭の中を駆け巡っている。


 でもそれは、ラルズがラルズである証明なんだ。


 今のラルズがラルズである真実そのもの。十五年間の中で形成されて今を生きている魂そのものだ。


「――なんて、自分に酔ったことばかり話して気持ち悪いよね……ごめん」


 自分自身が好きだの嫌いだの、痛々しいことをずらずらと並べ、胸中に造り上げられた自己を自ら評価するという、聞いているだけでむず痒くなりそうな内容。冷静に考えると一人で勝手に盛り上がりすぎていた気がする。


 ちらりとグレンベルクの方へ視線をやって反応を伺うと、


「――グレン?」


 強い意思を宿し、世界を捉えている瞳。凛々しい姿を常に反映している瞳が奥に潜み込んでいる。反対に出番を交代したような、寂しくて辛そうな色が浮かび上がっている。


「グレン?」


 もう一度名前を呼んだが、反応は返ってこない。項垂れている表情の最中、地面を見詰めている視線の中で、どこか遠くを見詰めている。


 肩を揺さぶって機嫌を確認しようと試みたが、


「・・ラルズ、聞きたいことがある」


 ぼそりと呟かれる、覇気のない言葉。先程までの様子とはまるで違う。


「な、何?」


「復讐を、お前はどう思う?」


「えっ?」


 物騒な響きを他者に届けるものであり、同時に黒い意思を及ぼしてる単語。復讐という、短くて単純である、直球的に本質の判断が付くもの。


「い、いきなりどうしたの? 復讐なんてそんな……」


 そんな単語、日常生活の間では耳にする機会の方が少ないだろう。他人を嫌ったり悪口を言うならまだしも、その単語が意味するところはもっと質が悪く、明確な敵対意識を自覚できる代物。


「こないだ失礼女と一緒に見せたイラスト、覚えているか?」


「あ、あの強烈すぎる見た目の奴……」


 言葉を選んだが、今まで見た生命体の中で最も異質であり、思い出しただけで身の毛がよだつほど濃い印象を放出している魔獣。あれを忘れるのは中々に時間が必要である。


「あれと関係があるの?」


 質問に対して無言。それは答えを口にしているのと同義だ。前に見せてくれた姿を模写した魔獣、それがグレンベルクの先の言葉と深い関りにあるということ。


「グレンは、その魔獣の情報を追っているみたいだけど、復讐ってことは過去に何かあったん……だよね?」


 もはや確定事項と言える。復讐なんて日常の中で簡単に芽生えることは無いし、五年間もその魔獣も追い続けていることからも、只ならない因縁が背景に潜んでいるのは想像に難しくない。


「・・殺されたんだ。俺にとって一番の友達。親友って呼べる奴をな」


 復讐の時点で、誰か大切な人を失ったのだろうと伺えたが、どうやらグレンベルクの友達であり、そして親友と称せるほどの深い間柄。


 本当に大切な親友だったのだろう。魔獣の行方を捜索する年月がそのまま顕れている。


「――じゃあその魔獣を殺そうとする目的は、殺された友達の為の……」


「ああ」


 グレンベルクの抱えている黒い感情。その正体を把握し、同時に内面を知ることになった。彼が危険な場所に赴き、戦場を渡り歩いているのも、全ては殺された親友の為。


「あいつの墓標の前で俺は約束した。お前を殺した魔獣を、必ず俺の手で始末すると。無事に討伐できた暁に、お前の墓標に再び訪れるって」


 己に課した使命。ラルズがシェーレとレルを護ることを誓ったように、グレンベルクもまた、亡き親友との約束を取り付け、宿願を果たす為に行動を続ける。


 ラルズは愛する家族を護るために。グレンベルクは親友を殺した報いを受けさせる為に。一方は親愛を掲げ、一方は憎悪を掲げている。大事なものを掲げている同士であるが、色も形も全く異なる。


「――それで、最初の質問に戻らせてくれ。ラルズは、復讐をどう思う?」


 情報が輪郭を形成しない中で聞いた最初の尋ね文。復讐についてのラルズの価値観を教えて欲しいというもの。少なくとも今の話を聞いた限り、グレンベルクが衝動に駆られてしまうのも、仕方が無いのかもしれない。


 大切な人を失うことの苦しみは理解できる。立場は違うが、ラルズも両親を失っている。父親と母親を失い、心に深い傷を負っていることもあり、実体験に及んでいる。


 ラルズの父親と彼の親友。魔獣に殺された点については同一であり、どこか他人事とは思えない。


「復讐なんて、馬鹿馬鹿しいと思うか?」


「そ、れは……」


「色々な奴に言われたさ。両親からは、自ら命を危険に晒さないでくれと。トルスト……殺された親友の両親からも、息子の為を想ってくれるのは嬉しいけど、自分の人生を大切にしてくれって。中には、復讐なんて馬鹿馬鹿しい感情に身を任せるなって。果たしたところで何が残るんだって、何度も言われた」


 復讐の道を進むことは、破滅へ近付いていると言っても過言ではないだろう。死地へ自ら飛び込んでいき、たった一つの宿願を果たす為だけに命を浪費してしまう。


 生きる上の中で、限りなく死に近付いてく行為に等しく、叶ったとしても残るものは……得るものは少ないだろう。中には、心半ばにて大願叶わず、命を落としてしまっても不思議ではない。


 グレンベルクの生き方は自ら茨の道を進んでいるに他ならない。止めようとする人の気持ちも、愚かな行為だと罵倒を浴びせる人の気持ちも、理解できない訳ではない。


「それでも俺は復讐を選んだ。誰から褒められなくても、馬鹿にされても関係ない。俺の時間はとっくの昔に、魔獣にトルストを殺されたあの日に終わった。あの魔獣を殺すことが、俺の止まっている時間を再び動かしてくれる」


 たった一人の、大切な友との誓い。その誓いを果たせるのならば、いくら時間を浪しようと、死に近づいても厭わない。その覚悟は、もはや他人に止められない。

 浅い闇の中を通り抜け、戻ることのできない深い暗黒の中にどっぷりと漬かり切ってしまっている。


「――復讐を志す俺を、ラルズはどう思う? 哀れだと思うか。それとも肯定するか。お前の考えを聞かせて欲しい」


「ど、どうしてその話を俺に……?」


 こんな大事な話を、なぜ出会ったばかりのラルズに喋ったのか。


「・・自分でも分からない。ただ、お前には話しておきたいって思ったんだ。理由を敷いて上げるなら、ラルズは自分の過去を包み隠さず話してくれた。俺も話しておかないと対等とは言えない……それが全てかもしれないな」


 正体の知らない感情に突き動かされた、もしくは先の手合わせの件然り、対等であることを望んでいるゆえの行動だと口にする。


 グレンベルクの過去について、包み隠さず話してくれたこともあるし、正直な想いを伝えようとは思っている。傷つけてしまうかもしれないけど、嘘を交えて考えを組み立て、本心であるかのように偽ってしまうのは、彼の気持ちに対して失礼だと感じたから。


 ありのままに、素体のまま言葉を投げることにした。


「俺には良く分からないかな。復讐という行為が正しいのか、それとも正しくないのか、俺にはさっぱり……」


「・・そうか。ならこの話は――」


「待って! 論点はずれるかもしれないけど、それでも伝えたいことがある!」


 話を終了しようとしたグレンベルクに待ったを掛ける。復讐についてはとやかく言えないけれど、伝えたい言葉は、想いはある。


「正確には、復讐に対して俺から何も言えないんだ。俺もそうだけど、他の誰にも……グレンに何も意見できないものだと思ってる。どう周りの人々が復讐者に声を掛けたって、それは客観的に物事を見据えているだけ。復讐を誓ってるグレンに対しては、何ら影響がないんだって思ってる」


 自分の人生を最終的に決定、道を進んでいくのは他でも自分自身だ。ここでラルズが復讐を否定しようと応援しようと関係ない。結局進む道を、選択を変える権利を持っているのは、他人ではなく当人。他でもないグレンベルク自身だ。


「ただ俺から言えるのは一つだけ。ただこれだけは知って欲しいっていう、一個人としての気持ち」


「それは?」


「――忘れないで欲しい」


「・・何をだ?」


「グレンの両親のこと。親友のこと。ミュゼットや俺、そして何よりグレン自身を」


 何を言っているのか理解できない顔をしているグレンベルク。そんな様子に頬を掻きながら、上手く言葉を繋ぎ合わせて纏める。


「グレンに限らず、復讐を誓った人々はみんな、大抵は一人で野望を遂げようとすると思う。他の人の手助けを借りないで、自らの手で宿敵を滅ぼそうと考えている」


「ラルズの言う通り、俺の復讐を誰かに横取りされる気も、ましてや別の奴の手によって助力を得ようとも考えていない。全部俺一人で片づける。じゃないと、本当の意味で俺の復讐は終われない」


 因縁の決着は因縁のある者同士。それがグレンベルクの掲げている復讐の鉄則。


「だよね……。それは勿論分かってるんだけど、俺が言いたいのは復讐に走っている瞬間じゃなくて、それ以外の時間のこと」


「・・さっきから何を言いたいんだ?」


「グレンは一人じゃないってこと」


「――は?」


 戦う者はグレンベルク一人だ。本人もそれを心から望んでいるし、助太刀も手助けも必要としておらず、むしろ邪魔だと認識している。それは仕方ないし、考えを変えようなんて微塵も考えない。


 ラルズが言いたいのはもっとシンプルなことかもしれない。しかし若干……どころか半分近くは願望交じりの願い事に等しい。


「君を大切に想っている人が沢山いるってことを忘れないで欲しい。両親に、亡くなった君の親友、ミュゼットもそうだろうし、勿論俺だってその一人。


「ラルズ、お前……」


「戦うのはグレン一人。居合わせてなくても、心が繋がっているなんて言わない。ただ、君が死んだら悲しむ人がいて、涙を流して悲しみに暮れる人がいる」


「・・・・・・」


「グレンベルクって言う人物はこの世に一人しかいない。それを自覚して欲しいんだ。他の人もそうだけど、何よりもグレン自身が」


 屋敷を出立する際、アーカードに言われた。命と魂は等分にあらず……忘れないで欲しいと忠言してくれた彼の言葉だ。


「それが俺から言える言葉。結局、俺からは何も言えないんだ。復讐については抱いた当人にしか、重さも思いも理解できない。俺はそう思ってる」


 投げやりに聞こえ、無干渉を貫いている様な姿勢。参考にならず、考えを放棄していると思われても仕方がないが、仮に熟考してもこれ以上の答えは見つからない。


 明確に分かり切っている答えなんて世の中にはそれほど存在していないだろう。復讐を抱くのが正解か不正解なのか、答えなど決まっていない。復讐という炎が燃え広がるのは、他でもない当人次第なんだ。


 だからこそラルズは復讐については何も言えない。応援することも、否定することも。ただ言えるのは、グレンベルクに対しての感慨だけだ。


 グレンベルクという一個人に対しての、ラルズ一個人が抱いている、胸中の想い一つのみだ。


「復讐については意見無し。どころか、俺個人に対しての意見をぶつけるなんて、本当に変な奴だな……」


「ごめん。答えになってないよね……」


「・・自分を忘れるな、か。考えたことも無かったな……」


 ぼそりと、小さく独り言を呟いたグレンベルク。何を呟いたのか、ラルズには分からない。


「俺が死んだら、ラルズは悲しいのか?」


「当たり前じゃん! 友達なんだよっ!」


 会って日が浅い、一緒にいた時間が短いなんて全く関係ない。グレンベルクは強くて、冷静で、ラルズにはないものを沢山持っている、かっこいい人物である。


 そして何より友達になりたいと、否、既に友達だとラルズは認識している。淡いだの薄いだの、そんなこと微塵も気にしていない。友達になるのに時間も出来事も問題にならない。


 友達になりたい、友達でありたい。その気持ちだけがあれば充分であり、他に何が必要なのだろうか。


「――変な奴だな、本当に」


「え?」


「俺と友達になったからって、ラルズの得になることなんて無いだろうに」


「得とか損とか、そんな感慨抱いて人と接したって、それは友達じゃなくて友達のふりだよ。そんな利己的な主観を常に抱えながら生きていたら、いつか独りぼっちになるに決まってる」


 純情で真摯に対等な目線で。それが一番如実に表れている例がミュゼットだろう。包み隠さず自身の気持ちをそのまま口にする彼女こそ、負の感情や黒い感情とは無縁の存在だ。


「だから、はい――!」


 右手を広げてグレンベルクに差し出す。突然目の前にラルズの手が伸ばされ、彼は代わる代わる腕と顔に目線を移し、無言のまま意味を問いかけてくる。


「友達なんだから、握手っ!」


 グレンベルクはどこか他人と距離を離している節がある。同世代のラルズに対して物理的にではなく、心の距離がどこか遠い印象だった。今、その互いの見えない距離を払拭しようという意思のもと、握手を持ち掛ける。


「ほら、早く!」


 性分に似合わず、強引な詰めよりで握手を強要。こうでもしないと、グレンベルクとの距離は縮まらないだろうと踏んでいる。


「・・ふっ。分かったよ……」


 観念したように、だけどどこか少し嬉しそうな面持ち。グレンベルクはラルズと同じ右手を差し出し、互いの手が触れ合う。


「これからもよろしくね、グレン!」


「・・ああ。友達……だからな」


 友達と口にしたグレンベルク。その広角は少し緩まれており、優しそうな表情をしていた。復讐に塗れている事実に変わりはなく、心境は深い闇の中を漂っている。


 だけど、今の優しい素顔がグレンベルクの本当の素顔なのだろうと、ラルズは同じように微笑み返した。




 


 


 


 


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