第二章21 練兵場の一戦
睨み合って互いの出方を伺いつつある状況下、先に仕掛けたのはラルズの方から。先手必勝、その言葉を掲げてグレンベルクに正面から吶喊。両足に力を込めた瞬間、最高速で彼との距離を縮める。
「――いい速さだ」
感嘆、だが冷静な佇まい。さしたる動揺も見せず、余裕の表れ。グレンベルクは普段と変わらない面持ちで構え、ラルズの動きを見定める。
最も注意すべきは直接触れられること。グレンベルクの両手、もしくは片方にでも触れられれば勝敗は簡単に決する。事前に彼の情報が頭に入っていることがラルズの唯一のアドバンテージだ。
長年屋敷の方で鍛錬を続けたラルズの経験則。間合い管理に関しては人並に行える。空気感と互いの距離を俯瞰的に認識し、踏み込んではいけない簡易的な領域を察知。下手に踏み込んでしまえば一瞬で雌雄は決してしまう。
ものの数秒で懐に潜り込む。距離を縮め、身を低くした姿勢から繰り出される木刀の一撃。横一線に振り抜く形となる、工夫も何もない雑で単調な攻撃。
最初の一撃をグレンベルクは身を翻して回転。僅かに木剣の先が及ばず、有効外へと逃れる。彼はそのまま回転した遠心力のままにこちらへ振り向き直し、そのまま攻撃へと転換。迫り来る右手、何でもないその攻撃も、ラルズの目から見れば必殺の一撃だ。
捕まれる距離感だと肌で感じ取り、後ろへ跳躍して回避。グレンベルクの手は空振りとなり、一度両者の空気が落ち着く。
「やはり光るものがあるな。俺みたいな独学とは違い、誰かに教えてもらったのか? いい動きだ」
「ありがと! でも、まだまだ――!」
たかだか一瞬の攻防。その短い時間の間でもラルズの動きを称賛し、惜しみのない褒め言葉を投げてくる。そのことに感謝しつつも、掛け声と共に再びラルズの方から仕掛ける。
再び駆け出して距離を詰める。間合いに意識を割けつつ、連続で木剣を振るってグレンベルクに猛然と襲い掛かる。反撃の機を相手に与えず、ラルズの攻撃の独壇場を形成。
下手に反撃しようにも、猛威を振るう連撃の前では立場を反転させること叶わず、暫くの間攻撃手と防御の手が一方的に、分かり易い形となって表れている。
猛攻から逃れようとするグレンベルクを逃がさず、詰め寄って攻撃の手は緩めない。武器を手にしていない彼は身をよじり、手の甲や掌で木剣の軌道を僅かに逸らして直撃を避けるという、高い技術を要求される動き。その芸当は一度サヴェジとの戦いで目撃しており、卓越された武芸の腕前は流石の一言に尽きる。
・・が、それでも押しているのはラルズの方だろう。先程のようにグレンベルクがカウンターを仕掛けてもギリギリ射程外、ラルズには僅かに届かない。
得物を手にしているラルズとグレンベルク。両者の間にある数少ない相違点。有効範囲外から攻撃を繰り出せる点で言えば、軍配が上がるのは前者の方だ。
魔法を打ちだそうにも、この間合いでは展開途中で攻撃を貰うのは必然。それをグレンベルクも分かっているからこそ、迂闊に手を変えることはできない。
如何せん攻撃が捌かれ続け、空回りしている印象のラルズであるが、その実両者の立場は逆転することなく、相変わらずグレンベルクは防御に全力を注いでいる。
魔獣ごっこを沢山行ってきた中で磨き上げた読み合い。ラルズの中で剣の腕とは別に飛躍的に向上を示したのが、特に意識して欲しいと忠言された、先を読む力と間合い管理、この二点だ。
熟練の剣士であるミスウェルとの手合わせを繰り返してきたラルズ。二人の間に生じている実力差など語る必要もないぐらい広く、埋められない溝が構築されているのは周知の事実。これまで一度として一太刀も浴びせることができなかったことからも、それは本人も自覚している。
同じように鍛錬を続けても、剣の腕や身体能力を磨いたとしても到底追い付けない。運動能力や技術といった要素では遥かに劣っている事実を補うため、徹底的に相手の動きを観察してきた。
その賜物か、明確に踏み込んではいけない導の感覚がラルズの身体に無意識化で囁いており、本能で知覚できる様に。愚直に真っすぐに、伸ばすべきところを伸ばした、努力の結晶体。
結果として、戦闘の際にのみ効力を発揮する限定的な読みの力が育てられたラルズ。手加減ありきとはいえ、ミスウェルとも剣戟を交えることができるほどに成長を見せた。
「――おいおい、グレンが押されてる!?」
「まさか……様子見してるだけだろう?」
遠くで観客である衛兵たちが様々な反応を示す。しかし一々そんな声々に取り繕っている余裕は持ち合わせてはいない。一瞬でも気が緩めば、その隙を付いてグレンベルクは勝負を付けに動き出す。
状況は有利、しかし好転こそ見れず、あえて状況を言葉に表すなら停滞。攻撃の手と防御の手が逆転することも無いが、かといって進展も無い。
攻撃を繰り返しながらは熱を帯びていく身体とは別、ラルズは冷静に頭を働かせ、思考を回転させる。
(・・やっぱりグレンの戦い方、サヴェジのときと一緒だ。こっちに攻撃を振るわせて、疲労を誘っているんだ……)
これだけの攻撃の嵐。並大抵の相手なら今の状況、防御が精一杯で反撃に転じれないと判断するのが妥当かもしれないが、グレンベルクは違う。防御に徹し、一見消極的に見える行動だが、その実好機が訪れるのを待ち構えている筈だと、彼の瞳から隠し切れない思惑が肌を刺して通告する。
サヴェジを鎮静、制圧した際もそうだった。相手の動きを完全に読み切り、溜まった疲労と焦りで動きが鈍くなった時を見計らい、一気に攻め落として状況を逆転。相手の舞台を瓦解させる。
自らの力量に任せた攻めの一辺倒ではなくて、相手の攻撃を上手く躱し、流れを獲得した瞬間、相手に対応する間も与えずに勝利を手にする。ラルズが攻撃を続ける剛の戦い方とするならば、グレンベルクはいわば柔の戦い方。
受け流し、見極めて確実な好機を狙い定めて反撃に転じる。高い戦闘技術を持ち合わせている彼だからこそできる戦闘スタイルだ。
となると、彼を追い込んでいたのはラルズの方ではなく、知らず知らずのうち、逆に舞台に引き上げられているのかもしれない。
(だったら……!)
このまま続けていても無意味であると悟り、攻撃の手段を変更する。
連続で繰り出す攻撃の波の中、大きな隙を孕んだ一撃をわざと混ぜ合わせる。
ラルズの連撃の中で垣間見える細くて小さな綻び。軌道をずらされた際、大袈裟に剣を後ろへと引いて出方を試す。すると、
「――!」
やはり予想通りの反応、大きく後ろに仰け反る様な姿勢を前にして数瞬、グレンベルクの雰囲気が変化した。
咄嗟の反応を身体に伝播して地面を蹴り出したグレンベルク。微妙で決定打に踏み込めない距離を瞬間的に飛び出して縮める。連続で繰り出される剣戟の雨の中を潜り抜け、懐に潜り込む動きだ。
(――かかったっ!)
仕掛けた餌をチャンスと誤認し、目論見通り突っ込んできたグレンベルク。彼が猛然と迫り来る中、ラルズは身体を重心ごと後ろに倒す。
剣を素早く地面に突き刺し、接している部分を支点として活用。右手一本と左足に力を加えて地面を蹴り上げる。跳躍、浮いた身体の軌道上のままに右足で防御、もとい距離を近付けてきたグレンベルクに対してそのまま攻撃へと転じる。
名称などは特に知らないが回し蹴り……サマーソルトと言うのが表現に近いだろう。
「――なっ!?」
刹那の瞬間、ラルズの目的が回避ではなく、黎導を行使しようと間合いを詰めた自分自身に対してのカウンターだと、グレンベルクは直感で理解したのだろう。彼は狙いに気付いて踏み出す足の動きを中断し、腕を身体の前で交差させて防御姿勢を取る。
攻撃は命中、グレンベルクの腕を蹴り上げる。
「――すげぇ!」
「グレンから先手取りやがったっ!」
観客が湧き上がる中、ラルズは次の手に移る。当たりこそしたが大きな代物には程遠い。あと一歩深く踏み込んでくれれば儲けものだったが、彼の冷静な判断力がそれを阻止。反応が鋭く、罠だと気付いたからこそ、あと一歩踏み込むのを躊躇させた形だ。
なので次の手、ラルズは既に空中で身を翻したタイミング、ポケットからある物を取り出して放り投げていた。
淡い緑色の代物。加工された石の正体を、グレンベルクが知るはずもない。
「――輝石っ!?」
魔石とは違う光が凝縮されている結石。暗い場所を照らすのが主な手段であり、近しい物であれば魔結石の名前が上がる。明確に違うのは光の加減。魔力に反応して効力を発揮する点は同じであるが、差別点は魔獣を退けられる力と光明の量。
言ってしまえば只の目くらまし。殺傷能力も何も持ち合わせておらず、洞窟や倉庫の私物探しに用いられる一般的な結石だ。
魔力を注ぎ、空中で投じられた物体はラルズとグレンベルクの間で落下。甲高い音が鼓膜に響いた次の瞬間、輝石としての役割を全う。強力な燐光が乱舞する。
「くっ……!?」
太陽の光が天から降り注いでおり、本来真夜中に真価を発揮する特大の光とは訳が違うが、至近距離から放たれた光の波動は、視界を遮ることに関しては申し分ない。
爆発的に光が解き放たれ、二人の視界を覆い尽くす。予め作戦を考えて備えていたラルズと比べて、グレンベルクは行動が一拍遅れる。
炸裂した煌めきにラルズの姿を一瞬見失い、上手く身を潜められた状況を活用してグレンベルクの背後に素早く回り込む。考えを纏めさせず、常に後手の選択肢を取らせる計らい。見事にここまで綺麗に成功しており、彼はまだこちらに気付いていない様子。
(――いけるっ!)
無防備の背中に木刀を振りかぶって吶喊。まだ視力が回復していない以上、流石のグレンベルクもこれには反応できないはず。
――だが、
「甘いなっ!」
機能していない、塞がれた視界でラルズの姿を映していない筈にも関わらず、グレンベルクは身体を円状に回転させた軌道上、その先に右手を伸ばしてきた。
長年戦闘地に身を置いたグレンベルクの嗅覚、あるいは勘が働いたのだろうか。肌を撫でる微妙な空気の流れをキャッチして位置を特定。完全に不意を突いたラルズに反撃をお見舞いする。
黎導の性質上、一度でも接触されれば試合終了。たった一手で勝利を手繰り寄せられるグレンベルクの力に脱帽。立ち合いを見守っていた衛兵の誰もが彼の勝利で終わると悟っただろう。
完璧な立ち回りであり、ラルズもまさかこれに対処できないだろうと、可能性は低いと見積もっていた。しかし事実、グレンベルクは経験則から反射的に身体を動かし、最適で最高の一手を捻り出した。無論、見てから回避をするのは不可能だ。
――しかしそれはあくまで見てからの話。ラルズはグレンベルクを信じていた。自分の渾身の策略に、絞り出した計略に対し一手、泥を付けてくるだろうと。
「掴んっ――!?」
グレンベルクの伸ばされた右手が対象物を捕らえる。自覚した瞬間に黎導を行使する算段だった彼だが、その力は振るわれずに困惑を示した。目が正常ではないにしても、手にした感覚が人物ではないと感覚が訴えているのだろう。
それもその筈。何故なら掴んだのはラルズの身体ではなく別物。何度も鍛錬で使用してきたラルズの愛用の武器の一つであり、先程までグレンベルクに攻撃を続けていた木剣そのものだからだ。
・・右手が到達する刹那、ラルズは蹴りを炸裂させた動きと同様に木刀を地面に突き刺して身体を浮かせた。獲物を武器としてではなく、道具として活用して難を逃れる。無事にグレンベルクの腕の更に上、届かない場所へと身を置き、そのままバランスが崩れないうち、腕の力のみで木剣を弾いて空中へ跳躍。
これで完全にグレンベルクの考え、そして器量を上回った。
「貰った!!」
本来誰かを攻撃したり傷つけたりする性分はではないラルズであるが、今回は別だ。全力で勝負している関係上、下手に手を抜くのは失礼だし、グレンベルク相手に手加減なんて毛頭ない。
跳んだ勢いのまま空中で姿勢を正し、右足を伸ばして狙いを定める。照準はグレンベルクの頭。落下して威力を高めた蹴りの一撃……かかと落としが彼の上部目掛けて振り抜かれた。
「――っ……!」
先の軽い一撃とは違った、真面に入った鈍くて重たい鈍撃。容赦のない蹴りが綺麗に炸裂し、流石のグレンベルクも痛みに苦鳴を漏らし、対象物を誤認した木剣が手から零れ落ちる。
着地し、間髪入れずに身体を捻って威力を増長。遠心力を働かせた回し蹴りでグレンベルクの腹付近を痛烈に叩き込む。蹴りの威力に押し出され、彼の身体が後方数メートルに飛んでいき、先の一発と合わせて合計二発、確かな手応えを感じた。
周囲からは感嘆と驚愕の声が連続して響き渡り、中にはラルズにエールを送る人々の声も。そんな声に後押しされながら、地面に落下した木刀を握り直してグレンベルクに意識を向ける。
「・・想像以上だラルズ。まさかここまでやるとは思ってなかった。先の自信なさげの様子も演技だったのか? 喰えないやつだな……」
ゆっくりと立ち上がるグレンベルク。頭とお腹、両方ともに渾身の蹴りをお見舞いし、ダメージは確実に蓄積されているのは間違いない。
作戦が上手くハマり、状況を優位に運んでいる現在。しかし、欲を言うなら今の二連撃でもう少し怯んでくれることを願っていた。先程の一連の流れである程度決めきりたかったラルズであったが、その願いは叶わなかった。
「今度は俺の方から攻めさせてもらうぞ!」
ラルズから攻撃を貰ったことがかえってグレンベルクの胸中に火を灯す。空気が塗り替わり、彼から放たれる圧が一層強まる。
「イーラ!」
唱えた直後、彼の周りで炎が造り上げられる。その数は都合四つ。いずれも命中すれば炎が身体を蝕み、味わったことのない激痛が全身を駆け巡るだろう。一つでも当たれば肌を貫通して肉を炙り、全身が灼熱に包まれる代物。
「――魔法っ……!」
先の調子の良かった流れから一転、ラルズにとって雲行きが怪しくなる。先程までの戦いは武術と身体機能を用いた肉弾戦。しかしここから先は、魔法が折り重なって戦況の姿が変化する。
グレンベルクの生み出した熱球が、有利に状況を運べた感慨に浸る間もなく、熱波が全て焼き尽くす。眼前、彼の周囲には巨大な火球が四つも形成されている。
距離を離していても肌が熱いと訴えかけており、汗も次第に額に浮かび上がってくる。魔力を練り上げて魔法を発動。目に見える形で魔力が現出し、ラルズの目の前で炎が広がり続ける。
「行くぞっ!」
魔力を込め終えたのか、炎の膨張が完了。グレンが腕を振り上げ下ろした直後、意思を持って炎がラルズに襲い掛かる。
「くっ――!」
着弾して爆発を起こす火球。熱波が肌を尚も焼き、熱さに意識を割いている最中、他の火球がラルズ目掛けて発射されている。直線的な動きを見せる火の玉だが、飛来してくる代物は速度が早い訳でもなく、回避自体さほど難しくない。決して避けられない攻撃ではないんだ。
魔獣ごっこを幼少期の頃から行ってきたラルズにとっては、ノエルの魔法と比べれば動きも想定通りの物であり、見てから動作を行っても充分に対処はできる。
避け続けるラルズ。グレンベルクが火炎玉を連続で生成し、完成した代物から順に連続で放出。シンプルであり強力な一手。その場を動かず、獲物を追い詰める様に、順繰り順繰り冷静に魔法を打ち続け、こちらの綻びが生まれるのを待っているような、力を見せつけるような、力に状況を任せる戦い方だ。
休む間もなく燃え盛る炎が近付いてくる。何とか炎の餌食にならないで済んではいる。しかしこれではサヴェジのときと状況は同じで、距離を一向に狭めることができない。
距離を近付けないことも当然問題の一つなのだが、その先に重要な負債がラルズに圧し掛かる。
「――駄目だ、攻撃できない!」
それはラルズの攻め手が完全に失われこと。魔法を使えないラルズは、突撃することで初めて自分の力を惜しみなく振るうことができる。攻撃方法も武器を携えての近接攻撃、あるいは肉体の力を借りた格闘技。他に換算できる手段として、目くらましの一手として用いた輝石や、露天商で販売している魔石などが挙げられる。
だがサヴェジのとき然り、現在のグレンベルクも同じくして、魔法を用いられた瞬間に攻撃力は著しく低下し、動きが消極的になってしまう。
歯痒い現状であることは鍛錬を始めた頃から自覚済み。それを補おうと動きに磨きをかけ、現在に至る。いくら魔獣ごっこで魔法への対処は手慣れているとはいっても、真正面から堂々と打ち破る様な剣術も無く、動きも非凡とは言えない。鍛錬の中で成長を遂げた、身体能力の枠内に収まっている。
何度も言う通りラルズの実力は凡庸の域であり、剣術や武術の教えこそ請うたが、他者を圧倒することなど不可能である。経験則で誤魔化し続ける戦闘スタイル、長期戦になればそれは徐々に浮き彫りになり、魔法が絡めば化けの皮が直ぐに剥がれ始める。
「くそっ……!」
火球の被害を貰わないにしても、防戦一方どころか仕掛けることもできない。焦りと無力感がラルズに重く圧し掛かり、先程までの動きが嘘の様に情けない姿へと陥ってしまっている。
「・・?」
「このままじゃ駄目だ……! 一か八か……っ」
意を決して火球の弾幕の中を掻い潜る選択肢を取る。このまま避け続けても、火球にぶつかるのが早いか遅いかの違いだ。まだ身体が動くこの状況で勝負に出たほうが望みはある。
魔球が迫り来る隙間、ルートを刹那の間で判断して、縫うように駆け抜ける。一つ、二つと身体を低く保ち、足元付近に投じられる軌道は跳躍して回避。
もう一度輝石を投じてこちらの流れに持っていく。ポケットに手を突っ込んで取り出そうとした瞬間、
「悪いが、それはもう通用しない」
頭上から熱が迫り来る感覚。意識外の外、注意がグレンベルクと正面から襲い掛かる火炎に向いている最中、死角からの一撃に対して反応が遅れた。
「――しまっ……!」
慌てて地面を蹴って直撃を逃れる。しかし気付くのが遅れたからか地面に激突した際の余波がラルズを襲う。爆風を至近距離で浴び、地面を転がりながら生じる熱を緩和。どうにか受け身を取って体制を整える。
顔を持ち上げて次の攻撃に備えようとしたラルズであったが、グレンベルクの姿がどこにも映らず、不意に身体が硬直し始めた。
「――ぅぐっ……!?」
否、硬直なんて優しいものではなく、身体を全く動かせずにいる、完全な静止状態。無理矢理身体を持ち上げようと全身に力を注ぐが、抗うラルズの意志は肉体に反映されず沈黙を決め込む。尋常ではない加重圧を全身に味わい、強い既視感を覚えたと同時、既に勝敗が決してしまったことを悟った。
「――動けるか?」
「・・それ、皮肉で言ってない?」
いつの間にか爆炎に乗じて背後に回り込んでいたグレンベルクの黎導。それが見事に対戦相手であるラルズに発動。こうなってしまえば選択肢は一つ、降参以外の方法など取れない。
彼が魔法を発動した途端あっさりと……あっという間に決着。
グレンベルクに嫌味をぶつけることだけが、敗者であるラルズにできる細やかな抵抗であった……