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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章19 特別な力


 セーラが取り出した一冊の平凡な書物。確認したものの、中身は白紙の紙が綴られているのみで、本という媒体とは遠く離れて存在している奇怪な書籍。


 正体不明の一冊を前に、セーラが魔力を本に込め始めた瞬間、先程までの無理解さはどこかへ吹っ飛んでいき、目の前の蔵書は彼女の魔力に反応して存在を新たに、真の姿へ変貌を遂げていた。


「魔導書……っ」


 口の中でセーラが口にした単語。それをラルズは舌の上で再び唱える。その響きはどこか男児としての心の底に植えられている、深い興味と強い関心を引き付けられる魅惑の語源。


 英雄や冒険、その類に属する、胸が焦がれるような衝動を一心に受ける。冒険心や知的好奇心といった感情が入り乱れ、目の前の書本、魔導書に強く興味を宿した眼差しを向けていた。

 感じ方は別物にして、反対の位置で同じように本を目にしているミュゼットも、半ばメモ帳と称した自身の感性を否定し、瞳には純粋に探究心が宿っている様子だ。


 セーラが魔導書のことを太古から存在している、叡智が生み出した一冊と口にしていたが、つまりこの本の中身には、現代とはかけ離れた、遥か遠い過去の遺失物であることの証ということになるだろう。


「・・そんなに期待の眼差しを向けてる中で悪いんだけど、もう一度よーく見てもらっていい?」


 逸る感情の行き場が熱を放出している中、至って冷静で常状のセーラが渋い顔をしながら、もう一度指で魔導書を指し示す。示される場所は浮かび上がった文字部分。空白地帯だった空間に浮かぶ金色の……


「・・? あれ?」


 自制で取り留めていた熱がという名の留飲が下がっていく感覚。あれ程全身を満たしていた感情の高ぶりが、セーラの示す見出し部分を目にし、ゆっくりと鎮静化していく。


 それは……


「――何て読むの、これ?」


「・・タイトルを聞かれたときに言ったでしょ。知らないってより、分からないって」


 先刻、魔導書が完成する前の、見出し部分が浮かんでこなかった蔵書を前にしてラルズがセーラに質問し、返答として答えらえた解答。知らないのではなく、分からないという言葉の意味。


 光に気を取られて肝心の浮かび上がったタイトルを目にすると、記されている文字……いや文字と表現しても良いものか悩まされる。


 筆跡は個人によって特色が異なる。手紙を書く際や書置きを残す際と筆を走らせる中で、当然書く人に字体は左右される。綺麗な字を書く人、汚い字を書く人と、言い換えれば個性が表現される。文字には人の性格や真相が映ると耳にしたことも何度か。


 ただラルズたちが目にしている一文からは、それらの感慨が一切含まれておらず、端的に言ってしまえば理解できないのだ。なぞり書きしていて読めないとか、字が汚なすぎて読み取れないといった簡単な問題ではない。


 シンプルでありそれに尽きる。全く読めないのだ。これまで長いこと本を読んできた中でも、ましてや常用的に用いられているものとは格別しており、一度として見たことのない言語。

 

 もはや言語と称するのも間違っているのではないかと錯覚する文字媒体。文字を覚えたばかりの小さな子供が書き記したようなミミズ体。どこからどこまでが一文字としてカウントすればいいのかも分からず、加えて文字数も把握できず、理解の片鱗すらも伺えない。


「・・ちなみにこれの中身も?」


 セーラがページを捲って、言葉無き証明。想像していた通り、開かれたページにも先程までの空白とは違い、確かに変化として文字が浮かび上がってきている。

 だが中身はタイトルと一緒。こちらもたった今困惑したばかりで解読不可能な、適当に書き連ねたような筆記でページを埋め尽くしており、完全にタイトルと一緒。何一つとして新しい情報が得られない始末。


「じゃあセーラ、これって読めないの!?」


「そうよ。随時調査中ってことになるわね」


 先の歴史の本を読み漁っていたというセーラの発言が示すのが、この魔導書に浮かび上がってきた文字媒体に対しての意味合い。持ち主でもある彼女自身が探り探りな様子だったのも、これなら自然と納得する。


「中身もタイトルと一緒で読めないんでしょ? これが魔導書だって、セーラは何で分かったの?」


 言われてみれば確かに。そもそもの話、この書物が魔導書であると見極めることができた経緯こそラルズは知らない。浮かび上がってきた代物を読めないのは当然として、幻影の内側、隠された領域部分まで見透かすことができている現実。


「この本の魔力を感じ取れたからよ」


 セーラの答えに理解が及ぼないラルズとミュゼット。魔力を備えている代物が魔導書であると、彼女が口にした内容なので覚えているが、肝心なのはその概要でもあり根本だ。今の説明ではいささか答えとして納得するには不十分な気がする。


「感じ取れたって言うと語弊があるけどね。私、他の人とは違って珍しい【眼】を持ってるの」


「眼?」


 二人のピンと来ていない表情を汲み取ってくれたのか説明に補填が加わる。自身の指で目元を優しく叩いて視線を誘導。ただこれだけでも依然としてサッパリだ。


 セーラの髪色と同じ、鮮やかな緑色の双眸をジッと見つめてみるも、違和感など特に感じられない。至って普通の瞳だ。どこも変わったところなんて見当たらない。


「ちゃ、ちゃんと説明するからそんなにジロジロ見ないで……っ」


「あ、ごめん……っ」


 セーラに言われて瞳に注視しすぎてしまった事実に気付く。見れば彼女の頬は赤く染まっていた。無論反対にラルズの方も同じく朱色が増していた。


「き、気を取り直して……。じゃあミュゼット、少しいい?」


「私?」


 一度咳払いをして仕切り直し。セーラはラルズからミュゼットの方に向き直す。


「少しの間ジッとしてて」


「わ、分かった」


 椅子を直して正面からミュゼットを見据えるセーラ。そのまま数秒間、瞳で捉えて微動だにしていない。彼女も疑問に思いながらも指示に従い続け、身体は動かさずそのまま。両者互いに互いの姿を瞳に捉えつつも、さしたる変化は見られない。先の魔導書のように光が放たれたり、場の空気には影響は感じられない。


「・・成程ね。ミュゼットは私と一緒で使える魔法は一種類。風の属性魔法が扱えるのね。」


「え!? 当たってる!!」


 沈黙の後、セーラがミュゼットの操れる属性魔法の適性について見事に的中する。質問をした訳でも、本人の口から直接聞かされたわけでもない。


 普通に考えれば属性魔法は四つ。当てずっぽうで口にした結果、偶々予想が当たったという見方もできるわけだが、中にはシェーレとレルのように二つの異なる魔法を扱える人物もいる。組み合わせの種類もかなり多くなり、山勘で絞って当てるのはいささか難しく現実的ではないはずだ。


 しかしセーラはミュゼットの扱える魔法を一種類と判断、更に風属性の一つだけであると的確に宣言。彼女の魔法適正を正確に言い当てることに成功している事実。


 確信している素振りに加えて、先の眼の話題。今し方その力を使ったのか、原理や詳細については未だに不明だが、本人の言う通り特別な眼を持っているという彼女の言い分を真に受け、気持ちが傾き始めていた。


「勘なんて言葉で片づけないでよね。一人だけじゃまぐれかと思われるだろうし、ラルズの方も視てあげる」


 一人だけではまぐれの域を超えないと自重して、セーラは次にラルズの方へと身体を向き直す。今度は先程とは逆、セーラの方からラルズの方を注視する形。


 見ただけで他社の扱える魔法が把握できるなら、ラルズを瞳に収めるセーラの反応としては、これまでの確認してきた結果とは異なる結果が映し出されているだろう。


 逆に言えば、今回の査定でラルズの扱える属性魔法を看破することができれば、彼女の眼の力が本物であることの何よりの証明に繋がるだろう。魔法が使えない事実は、本人と事情を説明したミュゼット、この場にいないステラと周知している人物が少ない。


 これでセーラが正解するものなら、もはや疑う余地など万が一にも起こり得ない。


「――? 変ね……」


 注力していたセーラの瞳がぐらつく。小言を口にしながら、瞳を一度閉じてもう一度開く。しかし彼女の怪訝の表情が変化する兆しは感じられず、ついには頭を捻り出した。


「・・ラルズから魔法の流れが……色を感じられない。こんなの初めてだわ?」


 その発言はセーラの力が紛れもない、嘘偽りのない本物の力であることを示した。内情を打ち明けたミュゼットとステラを除いて、出会ったばかりの彼女にラルズの魔法事情は知る由がない。


 セーラ自身の矜持が半端な答えを許さないのか、適当な属性魔法を上げることも無く、口から零れた疑問は正にそのままラルズに対しての答えとして変換されている。無論彼女はそんなことも露知らず、未だに真なる解答を導き出そうと双眸を細めているが、


「それで実質正解だよ、セーラ。驚くかもだけど実は俺、魔法が使えないんだ……」


「・・魔法が、使えない?」


 これまで恐らく一度として失敗したことがないであろうセーラの瞳。ラルズの様な患者に遭遇したのも恐らく初めてなのだろう。瞳と同じくして、表情には動揺が見られている。


 都合のいいタイミングと言うか、話すには打ってつけ。今更隠すいわれも何もないので、セーラ自身の疑惑を解消させることにした……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「・・そう。それで私の眼に色が視えなかったのね……」


 ラルズの抱えている問題のほどを知り、自身の眼が誤認したわけではないことを知ったセーラ。彼女の発言からして、見ている世界と言うか、捉えている事象が異なるのだろう。


「初めてだわ。自分の眼に自信を無くしそうになったのは」


 不具合や身体の調子が優れないことではなく、この件に関してはラルズが特別なのだ。これまで視てきたであろう、絶対的な自信が備わっているセーラの瞳。根本に至る働きは失われている限りではないことを知り、少し一安心しているご様子。


「けど、知らなかったとはいえごめんなさい。悪戯に眼の力を誇示したいが為に、嫌な思いをさせてしまったのは事実だわ。本当にごめんなさい……」


「セーラは何も悪くないし、俺も気にしてないしさ。これ以上気に病むことないから、ね」


 再三見てきた図だ。ラルズからしたらもはや恒例行事となりつつあるだろう。相手が必要以上に負担を感じない方がこちらとしても助かるのだが、そうもいかないのだろう。


「この話は終わりにしてさ、セーラの眼について聞いてもいい?」


 いつまでも辛気臭い話は直ぐに切り捨てに限る。影が濃くなる前に話題を別の方へと逸らすことにする。


「何だか私自身釈然としないけど……まあ本人がそう言うならそれに従うわ」


 焦点を強引にすり替え、セーラに無理矢理納得を強いる。本人であるラルズの言い分もあるので、これ以上の追及はしないと彼女も自身の気持ちに修正を加える。


「――それで私の眼なんだけど、物心ついた頃から魔力を視ることができるの」


「魔力を視る?」


「生まれ持っての体質なのか、それとも私に宿った力なのか、はたまた眼が原因なのかは分からないけれど、世界に存在する力の源。私は魔力の色を視認することができるの」


「えっと……セーラはつまり、私の周りに流れている魔力を視たってこと?」


「個人から放出されている魔力の奔流。それが空気と溶け込んでいて、周囲に色が移り宿り、纏っているみたいな視え方……オーラって言うと分かり易いかな?」


 自身の見ている世界を簡略化して、分かり易く言葉を組み合わせて理解させようと努めているセーラ。目に見えない魔力という存在を、文字通り視ることができる。


「じゃあ私が風魔法を使えるのも色で判別したってこと?」


「そうね。ミュゼット……風の力を持っていると緑色。火なら赤色で、水なら青色、雷なら黄色って具合ね」


 それぞれの属性に対応した四色が判別の基準に当たるようだ。ミュゼットに照らし合わせると風属性、つまりセーラの瞳からは、緑色の魔力が迸っており、グレンベルクの場合は赤色が彼女の眼に映るのだろう。


「とは言っても、それほど価値のある代物とは言えないわね。判別できるだけで、何か役に立つのかって言われれば用途は少ないだろうし、精々魔力を探し当てるぐらいだわ」


「他に何かできないの?」


「使えないことも無いけれど、生命体に限らず魔力が流れている対象には効果はちゃんと働くわよ。本に備わっている魔力も視れたし、だからこそこの本が魔導書だって判別もできた」


 読めない代物であることに変わりはないが、本自体に魔力が満ちており、間接的に書物が魔導書であると認知できたのは、一重にセーラの瞳の力、魔力を視ることができる能力によるものだろう。


「まあ使い方自体は色々あるし、実際助けられてもらってる場面もかなりあるわ。発動条件も普通に魔法を使うのと一緒。消費量も大したことないし、本人の意思で切り替えることも可能よ」


 融通が利かない、又は自制が効かないものなら考え物だが、本人の望む望まないで力の使役権を切り替えられるのなら、使い方は限られかもしれないが持っていて損になる代物でもないだろう。セーラ曰く、他にも使い方が存在するらしいし、腐ってしまう物でもないようだ。


「正式名称とかあるの?」


「そんな大層なあだ名とか俗称はないけど、強いて言うなら魔眼……かしら? 眼に現れる以外にも、他の身体的機能に対して、異なる反応が人体に影響を与えているケースは聞いたことあるわ。最も私自身、自分以外の特異体質な人に出会ったことは無いから、噂が本当かは微妙なラインだけど、存在するって私は思っているわ」


 人とは離れた特色の一部。眼の力が本物であることは直接体験することができた。他でもないセーラ自身が持っている点を考慮しても、彼女以外に異なる力を持った人物が世界に存在していたとして、何ら不思議ではない。


「グレンと言い、何だか珍しい力や物を知りすぎて驚きの連続だよ」


「私もそう思ってた! 一気に魔法に関する世界が広がっていく感じ!」


 この二日間でグレンベルクの黎導、セーラの抱えている魔導書、更には特殊な瞳と、様々な力に遭遇してばかりだ。屋敷にいた頃と比べて、偶然の中で新しい情報が次から次へと流れ込んでくる。


「グレン……? グレンってもしかして、魔獣殺しのグレンベルクのこと?」


「あれ、セーラってグレンのこと知ってるの?」


「ええ。直接姿は見たことはないけれど、都市を渡り歩いてたからか、何度か耳にしたことはあるわ。同い年で戦場に身を投じる凄腕の実力者だって、結構な評判よ。そんな彼と知り合いだって言う二人も驚きなのだけどね……」


「色々あってね。成り行きって言うのが一番正しいかな」


 出来事が幸いして出会った……ぐらいの感覚だ。


「――! ねぇねぇラルズ、折角こんな同年代ばかり揃ってるんだから、グレンにも声かけて四人で一緒に時間過ごさない? あいつったら友達少なそうだし、誘ったら喜んできそうじゃない!?」


「それ、完全に俺とミュゼットの二人にもブーメランなんだけど……」


「ちなみに私にも流れ弾が飛んで来たわ……」


 ミュゼットの心許ない、悪意のない真っ向からの言葉に思わず苦笑い。しかもさりげなくセーラも友達が少ない事実を口にしているし、ここまで境遇が近い、交友関係が狭く被っている人たちが集っているのも、偶然中の偶然……奇跡と言ってもいいだろう。


「どうだろうね。もしかしたら案外誘いに応じてくれるかもだけど……」


 無論グレンベルクとは近いうちにコンタクトは取るつもりだった。手合わせの件もあるし、個人的にもっと仲良くなりたいと思っている気持ちも本当だ。ミュゼットがこうして提案してくれたわけだし、彼がいてくれた方が場も盛り上がりそうな印象を受けるし、きっと今以上に楽しい空間になるだろう。


「いいじゃん! 四人で集まれたらきっと楽しいよ!」


「四人って……私も?」


「勿論! セーラももう友達なんだからさ!」


「・・友達……」


 押し売り……というと語弊が出るだろうが、ミュゼットは先日話したグレンベルク然り、今出会ったばかりのセーラのことも既に友達として心を許している。彼女の明るさは他の誰にも持ち合わせていない、太陽に匹敵するほど眩しくて暖かい。


 純粋無垢なる清らかな心と穢れなき真っ白な言葉。時折飛び出してしまう純粋さの裏に隠れた言葉のナイフも、ミュゼットの一面に備わっている一興物だ。


 断られたらそのときに考える。まずは何よりも言葉に出して感情を曝け出す。歩み寄り、手を差し伸べてくれるその姿は、他の誰にも真似できない、ミュゼットの持っている個性や長所の中でも頭一つ飛びえている代物だ。


「――そんな真っ直ぐ言われたら、何も言い出せないわ。ずるいのね、ミュゼットったら……」


「え? 私変なこと言った?」


 無自覚ゆえ、ミュゼット自身は特段可笑しなことをいった覚えも無いのだろう。セーラの言葉に対して疑問を浮かべているのがその証拠だ。


「ええ、本当にずるいわよ。ね、ラルズ?」


「うん。俺もそう思う」


「もー! 何なの二人してっ!」


 ミュゼットには伝わらない。セーラの言いたいことは、ラルズには伝わっている。人知れず自分の行いで疎外感を感じている彼女からしたら、面白くない心境だろう。


 でも、ラルズとセーラはそれを言及しない。したところで意味など無いのだろう。


 ミュゼットの綺麗すぎる心根に、二人が口を出したところでさざ波を立てることも叶わないだろうと、一片の邪さも入る余地が無いことを、知っているから……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「もう、そんなに拗ねないでよミュゼット……」


「ふんっ! 二人して馬鹿にしてたんでしょ!? 理由は知らないけどね!」


 分かり易く不機嫌なご様子。頬を膨らませ、腕を組みながら明後日の方向を向いているミュゼット。ハブられてしまったという現実を理解している反面、理由にまったく心当たりがないところが彼女らしい。


 取り敢えず機嫌が回復するまではセーラと会話をして時間を過ごそう。プリプリしている様子だが、その内寂しくなり、我慢できずに会話に参加してくるだろう。本心から嫌っていたのだとしたらこの場から立ち去り、今頃ステラのもとに慰めに貰っているだろうし。


「ちなみにセーラは明日予定ある?」


「一応。明日会うのは少し都合が悪いわね」


 セーラは明日予定が組み込まれているみたいで、会うのは厳しい感じだ。


「・・ちなみに私も明日お母さんの手伝いをしないといけないから遊べません。ふん!」


「何の報告よそれは。怒ってるのか拗ねてるのか構ってほしいのか分からないけれど、可愛いわね」


「嬉しくなーい!」


 時間が掛かると思った矢先、超特急で会話に混ざってきた。若干唇を尖らせており、元の状態に比べると斜め下。セーラと話してもらって留飲を下げてもらおう。


 二人が会話している横で、ラルズはグレンベルクについて思案する。明日は全員予定が重なっていることだから、集まるのは難しい状況だろう。


 だとすれば翌日、グレンベルクとコンタクトを取ってみるのは一番タイミングがいいかもしれない。彼自身の予定は把握していないし、実際のところ連絡を取ってみないと知りようがない。


 対魔鏡の持ち合わせがあるので連絡自体はいつでもできるので、後はグレンベルクの都合が空いているかどうかの問題だ。彼の行動の主としては直接口にしていたこともあり、ある程度は把握している。


 普段はラルズとミュゼットに見せたイラスト、名前不明、生息地不明の魔獣が出現していないかフィールドの調査が基本。それ以外はギルドと呼ばれる都市を守る団体のところに身を置いていると口にしていたこともあるし、その二つのいずれかだろう。


 前者なら都市にいないので都合が難しいが、後者なら約束を取り付けられる可能性も高いだろう。ミュゼットとセーラも都合が悪いことだし、仮に都合が合致してもラルズが一人で会いに行く形になる。


 丁度いい機会でもあるし、鍛錬も一緒に並行して行えたら幸いだ。先のサヴェジとの一戦で自分の力の情けなさには頭を悩ませていたので、立ち合いも兼ねて経験値を詰めることができれば恩の字だ。


 ――それとできれば、グレンベルクの抱えている事情について少し聞かせてもらえると助かる。尋ねたところで何か力になれることなんてラルズには無いだろうけれど、彼とはまだ少し壁があるように感じる。出会って間もないのだから当然だろうだけど、彼が隔てている心の壁は、どこか冷たくて寂しい印象を受けている。


 その氷の様な心に大きく影響を及ぼしているのは、一度だけ瞳からちらついた黒い感情。それが起因しているのはラルズも理解している。どす黒く、人が超えてはならない境界線を越えた先に身を置く、何を犠牲にしても達成するといった強い衝動心。


 だからこそ心配になる。余計なお世話かもだし、思い違いならそれで構わない。


 だけど勘違いじゃないんだったら……少しだけでも事情を教えて欲しい。力になれるかなんて二の次で、ただグレンベルクと友達になりたいだけ。


 理由なんて、そんなちっぽけで深くない、安直なもので事足りるだろう。ミュゼットがラルズにそうしてくれたように、打算や計算なんて関係ない。ただ友達になりたいって思ったから声を掛け、仲良くなりたい。これ以上に明確な理由なんて、持ち合わせる必要などないだろう。


「――ラルズ、聞いてる?」


「あ、ごめん」


「なんかステラさんって言う司書館の管理人に合わせたいってミュゼットが。年の離れた大人の人って聞くし、魔導書について尋ねてみようかな」


 考え込んでいる最中、声を掛けられ二人に注意を向けると既にミュゼットの機嫌が元通りとなっており、不貞腐れていた面影が嘘のように。更にはセーラのこともラルズ同様、管理者であるステラに紹介したいみたいだ。


 同性で同世代の初めての友達であるし、結構会話も弾んだのだろう。二人とも楽しそうな面持ちをしている。


「うん、じゃあみんなで行こうか」


 この後、ステラの部屋に三人で訪れて挨拶に。ちなみにミュゼットは倉庫に勝手に侵入したことを咎められ、結局怒られる羽目となった……




 


 

 


 


  


 


 


 







 







 


 


 




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