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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章16 一日の終わり


「――さて、時間も大分深まってきたわね」


 手を叩いて合図を送り、ステラが腰を上げる。つられて窓の外を見れば時刻は既に夕刻、茜色の光が都市全体を包み込んでいた。


「もうこんな時間になってたんだ……」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていくと口にする人もいるが、別のベクトルでそれを実感する。都市へ訪れて本格的に過ごすのは今日が初めてなわけだが、随分と強烈な一日だった。


「君は離れ者だと話してたけど、都市には一人で?」


「はい。宿場と契約してるので、仮の自室ですね」


「そう。これからもミュゼットと仲良くしてあげてね。あの子、多分君が思っている以上に君のこと、友達として仲良くしたいって思ってるだろうから」


「・・俺もですよ。初めてできた友達ですし、ミュゼットと一緒にいるのは、楽しいですから」


「なら良かったわ」


 親の様な心持ちでラルズにミュゼットと今後も仲良くして欲しいとお願いをラルズに託す。本人がここにいればきっと顔を赤らめて言葉を飛ばすだろうと予想する中、


「――先生、片付け終わったよー!」


 この場に居なかった話の中心人物、ミュゼットが部屋へと戻ってきた。先のラルズの魔法事情を調べる為に、倉庫から持ち込まれた道具類を元に戻すようにステラに命令され、倉庫から帰ってきた。これまたラルズも部屋の片付け同様手伝おうとしたのだが、彼女に「いいからいいから」と忠言を頂いて今に至る。


 道具類も全部ラルズの為に用意してもらったのだから、片付けぐらい全然行うのが自然なのだが……。

 もしかしたら本人に聞かれるのを嫌がって、わざと適当な理由を付けてラルズを残したのかもしれない。


 確かにミュゼットが聞いたら大きな反応を返してきそうな内容だし、触れないでおくのが正解だろう。


「ありがとう。じゃあ丁度いい時間だから今日はもう帰りなさい」


「えー! もう少しいいじゃん!」


「駄目よ。もう少しって言って、前も司書館閉める時間ギリギリまでいたじゃない。今日はもう帰りなさい」


「ケチ!」


 駄々をこねるミュゼットと、それを律するステラの図。傍から見たら親子の様なやり取りであり、微笑ましい光景が広がっていた。


 結局文句は口にしつつも、これ以上はステラに迷惑をかけると理解しているのだろう。渋々了承して部屋を出ることに。


「――あ、ステラさん。一つ聞きたいというか、お願いがあるんですけど大丈夫ですか?」


「何かしら? お姉さんのスリーサイズは言えないわよ」


「揶揄わないで下さい!!」


「ふふ、冗談よ」


 隙あらばこの人は……。ミュゼットと一緒で反応が直ぐに浮き上がるから楽しんでいるのだろう。ノエルにも何度も悪戯をされる原因でもあり、それがステラにも働いてしまっている。一瞥し、咳払いをしてから本題を口にする。


「司書館に置いてある本なんですけど、少しお借りしたい本とかもあるかもなので、持ち出したりしても構わないでしょうか?」


「ちゃんと返却してくれるなら問題ないわ。好きなだけ持ち運んでもらっても結構よ。私と違って、君なら本を大事に扱ってくれそうだし」


「それ、ステラさんが一番言っちゃ駄目な台詞ですよね……」


 管理者が本を大切にしないといけない、そんな規則がある訳ではないにしても、積み上げて寝台代わりにしたり、自分から本を蔑ろにしている発言は流石に不味いのではないだろうかと心配になる。


「じゃあね先生! また明日来るから!」


「失礼します」


 この後少し本を探してから司書館を後にするとステラに伝えて、ミュゼットと一緒に挨拶をして部屋の外へと出て扉を閉めた。


「・・じゃあラルズはこの後少し残っていくの?」


「うん。少し読みたい本でも探そうかなって」


 これだけ広いと気になる本だらけだが、一つ二つ本を見つけたらそのまま家路に着く予定だ。あまり時間をかけて残り続けていると、管理者でもあるステラにも迷惑が掛かるだろう。


「そっか。じゃあ私は先に帰ってようかな。お母さんとお父さん、遅くなるとうるさいし、本選びの最中に私がいたんじゃ邪魔になるかもだから」


「分かった。じゃあ……」


 そこで言葉が区切られ、何て言うのが一番だろうか思い悩む。


 ・・また明日……と言っていいものだろうか。少し馴れ馴れしいかもしれない。ミュゼットと友達になったとはいえ、気軽にそう何度も会おうとするのは、彼女に対して失礼だったりしないだろうか。


 今日限りではなくて、後日の予定を擦り合わせることはラルズにとって未経験な代物。ミュゼットと一緒に行動するのは楽しいし、まだ都市に不慣れなことに変わりはない。彼女と一緒に――


「じゃあまた明日ね! 私、大体今日会ったのと同じ時間に大広間で時間を潰してるから、明日もそこで集合ね!」


 ――ちっぽけなラルズの悩みを、ミュゼットは笑顔と言葉で全てかき消してくれた。先程まで考え込み、ごちゃごちゃしていた頭の中が一瞬でクリアになる。あれ程悩んでいたのが馬鹿らしく感じてしまい、ラルズは薄く微笑んで、


「――うん! また明日!」


 ミュゼットと同じ挨拶を返して、そのまま彼女は手を振りながら司書館を後にした。


「・・ありがとう、ミュゼット」


 ミュゼットからしたら何てことない、普通の口約束なんだろう。だがその実直な性格と、既に友達としてラルズを認めてくれており、何の気兼ねもなく迷いを吹っ飛ばしてくれる言葉が、どれだけラルズにとって有難いたいか、彼女は分かっていないのだろう。


 明日の予定も組み終わり、弾んだ気持ちでラルズは司書館の中を散策することに。案内図を見る限り、一階に並べられている本の数々は、英雄や騎士団の紹介文、子供向けの童話に職業ライセンスを綴った本だったりと、比較的に子供が目にする代物が多い印象だ。


 一方で二階は魔法についての見解、学者が考える魔獣の生態と成り立ち、黎導という未知の魔法の見解に占星術。他には過去に起きた事件の纏め記事に、世界最悪の犯罪組織と、中々に物騒なワードが並んでいる本もずらずらと配所されているみたいだ。


 案内図を確認して関心が引かれたラルズは、一階から二階へと向かう為に螺旋階段を上っていく。


 本日体験して話題になった黎導について、もう少し見分を深めたいと思った次第、黎導について記された本を求めて二階の廊下を渡っていく。

 見渡す限りの本の山々。管理者であるステラが施してくれた簡易的な目印のおかげもあり、探す時間が短縮されているとはいえ、棚から棚へと視線を彷徨わせてしまうので、慣れない内は首を痛めそうだ。


 目的の本を求めてラルズが歩き続けること数分。ようやく探し求めていた部類の本棚、魔法についての記述が沢山敷かれている本棚を見つけることができた。

 案内図を確認してある程度の位置を把握していたとはいえ、同じような景色が広がっているから見つけるのに苦労した。


 取り敢えず目的の書棚に辿り着いたので一安心。上の方は土台を使用しなければ届きそうもないし、文字も位置的に認識しずらい。先に下の段から調べてみよう。


 姿勢を屈めて本の背表紙を指でなぞりながら、時折小声でタイトルを復唱しながら一つずつ目で追っていく。ステラに許可を貰えたこともあるし、他に気になる書籍が目に入れば一度取り出して纏めておこう。読むかどうかは蔵書の数次第として。


 姿勢を低くして、下段の中には特に手が伸びる代物は見当たらないので、次に中段。依然として求めている本、次点で気になる本は見当たらない。となると残りは、


「ジャンプすれば届くけど、本棚を倒したら一大事だし、ちゃんと土台を使おう」


 端に寂しく置かれていた木造の代物。ラルズ然り、高い部分に仕舞われている本を取り出す為の名目で置かれているのだろう。


 引っ張って足元へ。軽く乗って体重を土台に加えるが、造りはしっかりしていてぐらつかない。固定もしっかりされていて、これなら落ちる心配も無いだろう。


 強度を確かめていざ片足から土台の上へ乗り出す。先程よりも高い位置に顔が届き、朧気で霞んでいたタイトルの文字がくっきり瞳に映り込む。


「――あった!」


 探して数瞬、丁度目線を動かした直後に探していた書籍を発見。タイトルはシンプルに「未知の魔法、黎導」と簡潔に記されている。他にも似たような名前の品はあるが、魔法初心者のラルズにはこちらが一番適しているだろう。


 いざ本を取り出そうとしたのだが……


「・・あれ、取れない……!」


 本がぎっしり敷き詰められていることが原因だろう。本同士でお互いをがっちりと固定してしまっており、左手で本棚を掴んで力を加えやすくしたいのだが、棚の位置的に掴める場所が本棚の天井部分に当たるので、いまいち力が注げない。


「――ぬ、け、ろーー!」


 全力で右手に力を入れ続け、少しずつ本が接着面から離れていき、ラルズの手の方へと前進してくる。もう少しで、


 抜ける、と思った矢先――


「――やっ……!?」


 取っ掛かりが露出してきた直後、案外簡単にも手にした本はするりと棚を外れた。それまでの努力を嘲笑う様に急激に力の行き場が無くなり、取り出す勢いのままに抑えきれない反動。ラルズは制御することもできず、反射的に目の前の本棚を掴もうと手を伸ばした。


 危機一髪、倒れる直前にどうにか本棚の端を掴むことに成功し、何とか倒れずに済んだ。


 ――が、


 安心したのも束の間、不意に視界が下がった。というよりも視点がぐらついて、身体が一瞬宙に浮かぶ錯覚。否、勘違いではなくて本当に宙に放り投げられた。土台の上に置いていた足が滑り出して、足場と呼べる代物が足元に敷かれていなかったからだ。


 判断は素早いものの、身体は咄嗟に反応できず、左手も支えを失ってラルズの身体はそのまま自然落下する。


「痛っ!?」


 背中から無防備に廊下に落下。更には落ちた衝撃で取り出した本棚の列に並べられた本がそのままラルズの後を追う様に落下。


「いでっ!!」


 追撃という名の二冊の分厚い本がラルズの頭を襲う。分厚い蔵書な点と、充分に痛みを感じる高さからの落下と合わさり、より強烈で鈍い痛みが二連続で続いた。おまけに倒れた際に背中を強く打ったことも考えると三連続と称せるだろう。


 静かな司書館の中をラルズ一人の行動で喧騒を興してしまう。騒ぎは一瞬、次に訪れる音のない静寂は、心なしか普段の静けさよりも冷たく圧し掛かってきた。


 頭を擦りながら痛みの鎮静化を図る。幸い打撲程度、血が流れたりしている訳でもないので、そこまで心配する程の外傷ではないだろう。


「――大丈夫?」


「はい、何とか……」


 ・・今の声は?


 身を案じる声を受けて、反射的に返答を返したが、この司書館にラルズとステラ以外に人はいなかったような……


 声のする方へと振り向くて顔を上げると、瞳に映ったのは女性の姿。


 年齢はミュゼット同じぐらいだろうか。明るい緑色の髪を豪奢に、気品よく纏めている縦ロールが特徴的。自身の髪色と同じ緑色が基調の服装には、魔道具やら本やら輝石が取り付けられており、学者の様な印象。

 目尻が目頭よりも高く、気が強そうな感じを受ける強いつり目。だが同時に大人っぽく、意思が強そうな気配を感じる緑色の双眸。


「凄い物音がしたから来てみれば、随分と派手に転んだみたいね」


「ちょっとね。本を取ろうとしたら、この有様で」


 立ち上がって服を払いながら視線を落とす。足元には本棚から零れ落ちてページを広げている本が数冊。ラルズに直撃した代物たちと、乗じて一緒に落ちてきた冊子たちもだ。


「・・良かった。本は無事みたい」


 落ちた本たちを手に取るが、破れたりページが曲がったりといった物的被害は生じていないみたいだ。ラルズ以外の人も利用するだろうし、備品を傷物にしてしまうのは申し訳ない。


 腰を落として本を回収して元の位置に仕舞わなければ。


「――随分と本を気にしているみたいだけど、好きなの?」


 回収作業中、声を掛けてきた女性もラルズと同じように散らばった本の収集を手伝ってくれていた。そんな中、彼女はこちらに質問を投げてきた。


「うん。昔から、周りに娯楽って呼べることが少なくてさ。身体を動かすのも楽しいけど、本を読むのも大好きなんだ」


 始まりは小さな冒険録。そこから趣味としてラルズにとって夢中になれる代物へと変化していった。偉人の記録、先人たちが残した歴史の歩み、知識の集大成。本を捲るだけで、文字を通して内容が語りかけてくれる。そんな時間が、いつのまにか大好きになっていたんだ。


 少女の手助けもあり、本は全て元通りの位置に戻された。


「――じゃあ、私はこれで……」


「あ、待ってよ。何かお礼を!」


「お礼を言われるほどのことじゃないわ」


 突っ張るようにラルズからの謝意を撥ね退ける。助けてもらったし、何かお礼をしたいと思ったが、悩んだ末に申し出を下げることに。本人からも言われたし、無理に強要するのも相手に対して失礼だろう。


「分かった。俺、ラルズっていうだけど、もし良かったら、名前を教えてくれない?」


「・・セーラ。家名も特にない。只のセーラよ」


「そっか。ありがとう、セーラ」


「・・どういたしまして」


 緑色の少女、名前をセーラ。最後にお互いの名前を相手に教え、その後彼女はそのまま司書館を後にした。


 残されたラルズは見つけた本を手に取って、もう少しだけ本を探すのに興じていた……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 宿泊地兼私室と化している私室へと戻って、ラルズは荷物を整理中。司書館で多少の負傷を負いながらも獲得した黎導についての書籍と、グレンベルクから連絡手段として活用されている対魔鏡と呼ばれる魔道具。


 改めて一日を振り返ってみるが、中々に濃い一日であった。


 朝から宿を飛び出して通路を歩いていた際、互いの不注意が原因で激突したミュゼット。彼女と友達となって、その後は司書館を目指して二人で歓談をしながら表通りを進行中、盗人のサヴェジと遭遇し、子供たちの金銭を奪ったとして騒動に首を突っ込んでしまった。


 偶然通りにいて助けてくれたグレンベルクとも知り合い、黎導の凄さを身を持って体験。彼と別れてからは当初の目的通り司書館へ向かい、ミュゼットが先生と呼んでいた大人の女性、ステラと出会って魔法について暫く話し込んでいた。


 そして最後、がらがらの司書館で最後にラルズが出会った少女、名前をセーラ。彼女に関しては名前程度しか知らないので、互いの素性については何も把握していない。その後は何事も無く、宿に戻って現在に至る。


 都市へ身を置いてまだ二日目。昨日は実質都市へ来ただけで、街中を周ったりする時間はあまり取れなかったので、本日が活動初日と表現するのに適しているだろう。


「ミュゼットにグレンベルク、ステラさんと続いて、最後にセーラ……」


 この中で今日一番長く時間を共にしたのは最初に出会ったミュゼットだ。グレンベルクもステラも、交流こそ深めたが時間的にはそこそこ。セーラに関しては本当に少し話した程度だ。


「・・また明日……か」


 ミュゼットと別れる前に取り付けた約束。明日も彼女と一緒に時間を過ごせるのは喜ばしいことだ。都市へ来て初めて、いやもっと前に遡っても、友達と予定を合わせたりすることなんて、今までのラルズには体験の無い私用事だ。


 友達……その響きが大きくラルズの中で反響する。ミスウェルやアーカード、ノエルは家族としての意味合いが強いから、初めて友達と呼べる存在はミュゼットが初めてだろう。


 グレンベルクに関しても友達と認めているのだが、向こうがどう思ってくれているのか。連絡が取れる魔道具を渡してくれたのだから、彼の方もラルズのことを友達だと思ってくれていると嬉しい。


 ステラは大人の女性で年も離れているから、友達とは少し違うニュアンスだろう。セーラも、年齢は近い印象だけど、知り合った時間も話した時間も他に比べれば極僅か。友達と呼べるほどの関係性ではないだろう。


 セーラとも仲良くなれたら、ミュゼットとグレンベルク、そしてラルズ。年の近い四人の間、一緒にご飯を食べたり、遊んだりできれば嬉しいなと、頭の中で光景を想像する。


 荷物を整頓し終わり、ラルズはベッドに横になり身体をグイッと伸ばす。まだ日付は変更されていないが、かなり夜も深まってきた時間帯なので、そろそろ眠りに移ろう。


 明日は、一体どんな時間が過ぎていくのか、今から楽しみで仕方がない。


 わくわくした感慨を抱きながらも、疲れと疲労がラルズの意識を刈り取り、弾んでいた心も意識と一緒に夢の世界へと導かれる。


 南の都市エルギュラスでの日々は、まだ始まったばかりだ……


 


 




 


 




 


 


 

 




 




 

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