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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
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第一章3 兄として


 母さんと父さんが亡くなって、これから先、自分たちだけでどうやって生きていこうかと考えていた。

 生きていく為に必要なものは挙げられるものでも沢山ある。


 食料問題に関しては最悪どうにかなる可能性はあるにしても、長くは続かない。

 実っている果実や野草をどれだけ採集しても、数には限りがある。

 母さんの容体が悪くなった時は仕留められそうな動物をどうにか仕留めて食料を繋いでいたけど、中には自分たちを襲う動物だって森の中には生息している。


 それ以外は森で賄えるものがあまりにも少なすぎる。子供の力だけで……ましてや危険の可能性があるこの森で生きていくのに限度があるのは誰の眼から見ても明らかだ。


 だから寂しいし不安ではあるけれど、この家を離れることを決意した。

 両親が朝方早い時間に森の外へ必要なものを調達しに向かったときに、帰ってくるのは大体夕方近くだ。

 自分たちも同じように出発すれば、多少時間は前後するだろうけど、近くの村や都市といった場所へと辿り着けるはずだ。


 森の中は大体把握している。外へは出たことが無いにしても、森の中で迷うという事はないだろう。出ることは難しくはない。


 外の世界は本で少し知識がついているぐらいで実際のところ見たこともないし分からないことだらけだが、森の中で生活を続けるよりも、可能性に賭けて進んだほうがいいだろう。


 シェーレとレルも俺の意見には賛同してくれた。母さんが死んだ次の日に家を出て町や村を目指すことにし、俺たちはその日眠りについた。


 ――その日の夜、ラッセルが家へと迷い込んでこなければ、今頃はどうなっていたのだろうか。そう思っても、時間は巻き戻せるわけでもない。


 今俺たちがいるこの時間が現実で、残酷な真実だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おらっ!!」


「うっ…!」


 ラッセルにお腹を思いきり蹴られ、勢いのままに床を転げ回り壁に激突。苦痛に意識を持っていかれていると、間髪入れずに喉を掴んで身体を持ち上げられる。

 そのまま壁に思いきり頭からぶつけられる。鈍い痛みが頭とお腹の両方から伝わり、衝撃で少し頭から血が流れだす。


「はぁ……はぁ……」


 ラッセルは元は西の都市、エルドラドと呼ばれている場所で仕事をしていたと自身で語っていた。だがある事が原因で都市を飛び出し、当てもなくぶらついていたらしく、この森に入ったのも何か狙いがあったわけでもなく、気分がままに行動していただけ。

 そこで俺たちに出会ったことも完全に偶然の出来事だ。


 ラッセルは異常者だ。それもただの異常者とは訳が違う。

 頭のねじが壊れていると言っても可笑しくないぐらいに、目の前で暴力を振るうこの男はイカれている。


 出会って約半年近く、この男と半ば強制的に一緒の時間を過ごしているが、常人の持ち合わせている感性とはまるで違うものを内に宿している。


 ラッセルは他人の傷ついている様子、苦しんでいる状態を前にすると、心の底から湧き上がる高揚感があると語っていた。

 他人を支配していると錯覚してしまうような快感。自分に従わざるを得ない弱者を自らの手で嬲り、その悦に浸る。


 俺以外にも、森の中で迷っていた旅人を今の俺たちのように存外に傷つけ、楽しんだら違う人物を見つける為に足を動かす。

 ときには寒い夜に冷たい水を被せて外で夜を明かさせたり、首を絞め意識を失う直前で止めると、それを何度も繰り返したり。

 聞いた話で一番不快に感じたのは、親を縛り付けて目の前で子供を殺したことだ。

 そのときの両親の叫びと涙は極上で、一生記憶から忘れられないとのたまっていた。


 聞いているだけで気分が悪くなるような話の連続。異常者なんて評価なんて生ぬるいかもしれない。

 狂人……目の前の男を表す言葉は、これが相応しいだろう。


 だからこそ、半年前に俺たちに出会えたことは、俺たちにとっては最悪な出会いだが、ラッセル本人からしたら最高な出会いだったのだろう。


 辺鄙な森の奥。人なんて全然来ないこの森の世界は、ラッセルのような人物からしたら正に格好の場所。助けが来るわけでもない。加えてそこに先日両親を亡くした子供だけの家があるなんて、思いもよらなかっただろう。


 ラッセルに俺たちは完全に逃げ場を塞がれてしまっている。あの部屋から出ることが出来るのは、この男の欲求を満たすときだけ。


 一度だけ扉が開いたときに脱走しようと行動したが、いとも簡単に捕まってしまい手酷い仕打ちを受けたのは記憶に懐かしい。


 そんな中で、一つ俺はラッセルと約束をした。いや、してもらったという言い方の方が的確だろう。


 それは――


「約束は守る主義だからな。お前が望むまでは、お前だけを痛めつけてやる。望まなければ、てめぇの妹二人には手は出さねぇ。」


 シェーレとレルの代わりに、俺だけを傷つけて欲しいと頼んだ。


 今俺が受けている暴力を、シェーレとレルにさせるなんて絶対に嫌だ。こんな理不尽を、非条理を、あの二人にも受けさせる訳にはいかない。

 傷つくのは俺だけでいい。誰よりも先に犠牲になるのは自分でなければならない。


 約束したんだ……シェーレとレルを守るって、母さんと!


「楽になってもいいんだぜぇ?」


「・・い、やだ……!」


 震える身体でラッセルを睨みつける。例え何と言われても二人は傷つけさせない。


「怖い怖い。そんな目に遭ってなおそんな視線をぶつけられるなら、大したガキだぜ。」


 身体なんて、とっくに限界寸前だ。きちんとした食事だってとっていないし、傷ついた箇所は放り投げられた包帯で無理やり隠しているだけで、治療なんてされている訳でもない。

 いずれ、身体が限界を迎えるか、心が先に壊れるか、そのどちらかだ。


 それでも、二人だけは必ず無事にここから脱出させる。


 それが兄としての、自分の役目だ……!


「本音を言えばあの二人を傷つけてお前が苦しむ様を拝んでもいいと思っていたんだけど、今はお前を俺の手でボロボロにするのに夢中だから安心してくれよ。」


 安心だと口にするが、その実俺の苦しんでいる様子を長く観察できると思っているんだから余計タチが悪い。


 机の上に置かれているナイフを手に取り、それを俺の身体に当てる。


「精々、最後まで俺を愉悦で満たしてくれよ?」


 ナイフが、鋭い先端が腹へと突き刺さる。


「――っ……っぅぅ……!!」


 深々と貫かれ、熱いと錯覚してしまう痛みが駆け巡る。絶叫を零さないよう閉じていた口の端からは血が漏れ出て、俺は涙を流しながら必死に耐えた。


 脳裏に浮かぶのはシェーレとレルの姿。二人の為に、命を捨てろ。

 自分の命一つで済むなら、妹二人を守れるなら……安い命だっ。


 ・・もし神様がこの世界にいるのであれば、俺の命はどうなってもいい……


 だから代わりに、シェーレとレルだけは、どうか……最愛の妹二人を、この最悪な世界から解放してほしい。


 




 

 

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