第二章12 はじめての黎導
偶然にも居合わせてくれた男、グレンベルクの活躍により、サヴェジは無事に捕縛された。騒動を耳にして駆け付けに来たギルド兵に事情を説明し、盗人である彼はそのまま身柄を引き渡された。
金銭を無事に取り返すことに成功したが、屋根を転がって屋台を少し崩してしまった店主にラルズは謝罪を口にした。しかし店主の方から勇気ある行動だったと、お叱りどころか逆に褒められて変な気分に。ちなみにギルドの方から店の被害に関しては補填が出るとのことらしいので、それを聞けて一安心。
子供たちの金銭を無事に取り返すことに成功して、ラルズとグレンベルクは大広間で待っている二人の子供、それと面倒を見てもらっていて蚊帳の外だったミュゼットのもとへ。
戻ってきたラルズに表情を明るくするミュゼット。だが隣にいる人物、グレンベルクに対しては怪訝の視線を向けている彼女だが、事情は後で話すと伝え、先に肝心の品物を本人たちに返すことに。
お金の入っている小さな袋を差し出す。女児の方がティナという人物で、男児の方がリオン。見覚えのある自分たちの代物に涙ぐんでいた様子から一転。瞳から涙が引っ込んで、表情には可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「「ありがとう!!」」
二人の童子からお礼を伝えられ、そのまま大広間を元気よく駆け出していった。走り出して露店の方へと向かう背中に「気を付けてね」と言葉を投げて、後ろ姿を見送る。
「・・一件落着ね。でも心配したんだから、次からはいきなり飛び出したりしないでよね」
「ごめんね。状況に焦っちゃってさ、反省してるよ」
ミュゼットにいらない心配事を抱えさせてしまったことに対して謝罪する。相談もせず、彼女を置いてけぼりにしてしまい、不安な気持ちにさせてしまったのは完全にラルズの落ち度だ
結果的に事態は無事に解決したが、冷静に頭を働かせれば、別の解決方法もあっただろうし、ミュゼットにも協力してもらう形も合ったかもしれない。むしろ、そちらの方が合理的だった気がする。風魔法を使える彼女が居てくれれば、より安全に事を済ませられた可能性の方が高いだろう。
既に終わった出来事に対し、あれこれ考えを張り巡らせても後の祭りかもしれないが、それでも反省すべき点は多くある。実績も何もないし、先の短い一戦でラルズが相手と対峙するには荷が重すぎると理解させられた。
「まぁ、何はともあれ無事でよかったわ。それに、ラルズの行動は中々できることじゃないし、そこは普通に誇れる行動だから、次からは私にも頼ってね」
「うん」
己の鍛錬不足もそうだが、一人で物事を終わらせようとする豪胆さは、返ってラルズ自身の足を引っ張っている節もある。節度を持ち、力量を正確に把握した中で、これからは行動に気を付けていこうと胸中に刻む。
「――この件は取り敢えず終了ね。じゃあ……」
ちらりと、ミュゼットはラルズから視線を別の人物へと移り変える。その視線が向けられる対象者は当然、この場に居合わせており互いの面識がない橙色の青年、グレンベルクだ。
「えっと、彼はグレンベルクさん。通りで偶然居合わせてくれただけじゃなくて、一人で盗人を捕縛するまでに至った人なんだ」
簡略的に、有りのまま通りでの内容を彼に付随して人物像をそのまま伝える。無論、これだけでは詳細も何もないので、できれば一緒に腰を落として話でもしたいのだが……
「折角だから、助けてくれたお礼もしたいので、一緒にお話でもいいでしょうか?」
事態を無事に己の手腕で解決させたグレンベルク。彼がいなければ、ラルズも今頃サヴェジを捕らえることができず、未だに追い掛け回していただろう。そうなった際、下手をしたら無傷では済まず、激情した彼から大怪我を貰っていた線も充分に考えられる。
個人的に助けてもらった恩情もあるので、できればちゃんとお礼を伝えたい。
――それに、グレンベルクがサヴェジの動きを封じた際の様子。傍から見ていた限りじゃ何も想像つかないが、恐らくあの魔法は……
「お礼を言われるほどじゃないさ。時間もあるし、話しぐらいなら全然構わない。ただ一つ、条件を加えさせてくれ。それを対価代わりにしてくれると助かる」
「全然いいですけど、一体……?」
「・・俺を呼ぶときはグレンベルクじゃなくて、グレンと呼んでくれ。名前が長いから、呼ぶ方も大変だろう。それと、敬語はやめてくれ。何だかむず痒くてな」
サヴェジを相手にしていたときとは様子が変わり、近寄りがたい雰囲気が霧散され、微笑を浮かべる姿は自らの整った顔立ちと相まって、女性に黄色い声援を貰うぐらいに流麗なものだ。
先の冷たくて重い空気を纏っていた彼と違って、こちらが本当の姿なのかもしれない。最初の印象とは違って、とても友好的に合わせくれ、他人と打ち解けてくれる。
彼からも了承を貰って、ラルズとミュゼット、そしてグレンベルク。三者はそのまま大広間に設けられているベンチに腰掛け、話題に花を咲かせることに……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「・・成程ね。最初にラルズが話してたけど、本当に一人で盗人を捕まえるなんて凄いのねグレンは」
ラルズがサヴェジを追いかけてからの経緯を全て説明し、ミュゼットの方も騒動解決までの流れを把握する。
「特段大した相手でもない。恐らくこれまでも素人相手に盗みを働いてきたんだろう」
自身の功績を自慢げにすることも無く、大きく誇張することも無い。ただ単純に相手の力量が下回っていただけだと口にするグレンベルク。
サヴェジの力量には目を瞑るものの、ある程度鍛錬をしているラルズからも、どころか通りで見守っていた素人たちからの目線でも、グレンベルクの手腕が相当に卓越されているのは疑いの余地もない。
魔法を使わず、至近距離での肉弾戦。相手の手に持っていた刃物での攻撃の連続を、事も無げにグレンベルクは対処を繰り返していた。一度も当たるどころか掠ることすらなく、白一色のローブに汚れ一つついていないことからも、彼の実力の凄さが容易に伺える。
「それにしても驚いたよ。グレンがまさか同い年なんて……」
「ねー! 絶対年上かと思ってた」
話の中で偶然知り得た情報の中の一つ。グレンベルクは何とラルズとミュゼット同じ年代。つまり十五歳に当たる。
見た目の印象と落ち着きのある言動から、第一判断でミュゼットと同じく年上かと想像していたが、いざ確認してみると同世代だと言うのだから。
「よく他人から間違われるんだ。そんなに十五歳に見えないか?」
「雰囲気あるって言うか、目元が鋭くて怖いって言うか、仏頂面って言うか……」
ずけずけとミュゼットが思い当たる限りの印象を口にする。
「・・おいラルズ、こいつかなり失礼じゃないか? 後半ただの悪口だろ」
「いや、本人曰く悪気はないんだよ、本当に……」
「?」
ミュゼットの言葉に指を差し向けながら嫌な顔をするグレンベルク。自覚が無いのだろうが、彼女自身特段悪口を言っている自覚は無い。だからこそ質が悪いというか何というか。
ミュゼットと知り合って間もないが、彼女自身言葉に毒を含めているのではなく、思っていることをずかずかと口にしてしまう性格だ。裏表がないと言えば長所にも聞こえるが、その逆も然り。
司書館に滞在している、先生と呼ばれる人物のことも引きこもりと認定しており、そこに悪気や悪意といった感情は一切混じっていない。無自覚ゆえ、そして毒気のない言葉は良くも悪くもミュゼットの持つ個性には違いない。
「まぁ、言葉に棘がないのは会話してる中で充分伝わるから構わないが、失礼女として認識しておこう」
「え、あたし何か失礼なこと言ったラルズ?」
「あはは……」
失礼な女性として記憶に名前を植えられたミュゼット。不名誉な覚え方をされてしまった彼女だが、間違ったことを話した覚えがないからして、グレンベルクの評価に疑問を浮かべる。ラルズはその様子に苦笑いと、返答を濁して雑に誤魔化していた。
「・・あ、そう言えばさ、グレンに一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「何だ?」
話題も一度落ち着いたタイミング。ラルズはここでグレンベルクに聞きたいことが一つあったのを思い出し、新しい議題の焦点を引き上げる。内容は当然、
「サヴェジを取り押さえたときの魔法なんだけどさ、あれって属性魔法じゃないよね? もしかしてなんだけど、黎導だったりする?」
「黎導!! グレンって黎導が使えるの!?」
グレンベルクが使える魔法は恐らく火の属性魔法だ。この目で見たから間違いないだろう。ただそうなると、最後にサヴェジの身体を封じた、正体の分からない魔法がどうしても気掛かりとなる。
黎導、それは常識を超越している、主として広まっている四つの属性魔法とは一線を画している、魔法という枠組みの中でも特別な代物。
火、水、風、雷の属性がある中で、黎導はそのどれにも当てはまらない。通常属性魔法は一人最低一種類所持しており、ミュゼットも風属性の魔法を、グレンベルクは火の魔法を用いることができる。
中にはシェーレとレルのような、一方は火と水、もう一方は風と雷のように、二つの属性魔法を扱えることができる、魔法の才に優れている者の証明。
黎導は更にその上、魔法の神様にでも与えられた、本人しか持ち合わせない天賦の才。それが黎導である。
名称のみで、一度としてその現象を目の当たりにしたことが無いラルズにとっては、グレンベルクの魔法を黎導なのではないかと捉えており、こうして好奇心という火が灯されていることもあり、口に出して確認してみたかった次第だ。
「その反応だと、二人とも黎導は使えないし、見たことも無い様子だな。物珍しさはそうだろうが、そんなに驚くものか?」
「え、じゃあやっぱり使えるの!?」
「ああ」
ラルズとミュゼット、二人とも目を輝かせてグレンベルクを見詰める。そんな二人を前にグレンベルクは大袈裟だな、と言いたげそうな顔持ちだ。
「ねぇねぇ、何が使えるの!?」
「俺が与えられたのは【重力】だ」
「「重力……っ!!」」
人智を超えた力の正体、重力と呼ばれる代物。響きに瞳を輝かせているラルズとミュゼット、その様は他人から見たら魔法を知ったばかりの幼い童子に近いものがあるだろう。
「俺の重力は他人に触れることで発動する。触れた相手の重力負荷を増大させ、対象者の動きを封じる力を持っている。サヴェジを捕らえたときも、ラルズの予想通り、この力を使って男の身動きを封じたんだ」
「触れるだけでいいの?」
「ああ。身体のどこにでも触れれば、その瞬間に魔法を発動させる。唯一の欠点としては、直に肉体に触れないといけないから、遠くの人物に対してはあまり期待が持てないといった点だな」
道理でサヴェジの様子に違和感を感じるわけだ。魔法という存在とは異端であり、且つ実用性も相当な代物だ。遠くに位置する人物に対しては本人の言う通り効果が薄く感じられるが、一度でも触れてしまえば対象を縛り、身動きを封じることができるんだから、近接戦限定の能力としては申し分ない。
どころか、一度でも触れたら勝利が確定するようなものだろう。前から聞いていた通り、破格の能力であり、唯一無二の絶対的な力の象徴として相応しい代物だ。
「欠点なんて口にしてたけど、触れば勝ち同然じゃない! 最強の魔法じゃない!?」
興奮冷めやらぬ様子のままミュゼットがグレンベルクの黎導を褒めるが、口に出さないだけでラルズも同意見だ。一対一でもそうだが、複数人での対処に当たり、魔法が見事に発動すれば、後は紐で縛り上げたり拘束したりと無力化することができる。
「・・そう簡単な話でもないさ。当然例外だってあるさ」
「例外?」
眉を寄せるラルズとミュゼットの様子を確認して、グレンベルクが掌を上へ向ける。すると、先で見た大きな火球とは違って、小さな火球が現出する。
「魔法は本来魔力を込めた量によって大きさが大きく異なる代物だ。今見せている火球も、込めた魔力が微量なものではさしたる威力にも満たない。これを大きくしたり、破壊力を増すには当然魔力量を増やして作り出さないといけない」
グレンの説明にミュゼットも首を縦に振る。ラルズは魔法が使えないのであまりピンとこないが、原理としては全然理解できる範囲だ。
そのままグレンは火球を段々と大きくしていく。掌の上で可愛らしく浮かんでいた火球が見る見る内に増幅していき、それに比例して肌で感じる熱も強く感じてくる。
「黎導も原理は同じだ。形や姿は属性魔法とは異なっているが、当然魔法の理を外しているわけじゃない。等しく魔法であるがゆえに、成り立ちも収束も全て同じ括りだ。今見せている火球のように、込めた魔力によって力のバランスが移り変わる」
「・・つまり、グレンベルクの黎導に照らし合わせてみると、込めた魔力量によって、重力という魔法の現象が変化する、今回で言うと……例えば相手に掛かる負荷が変化するとか?」
「大正解だラルズ。俺の黎導で言うと、込めた魔力に応じて変化するのは重力の強弱。つまり、込めた魔力が大きければ大きいほど、相手に掛かる負荷も大きくなる」
成程、先の原理と実際に掌に作り上げた火球を見て説明に対して深く理解を示すことができた。
黎導も魔法と同じく、現象としては同じ代物。込めた魔力によって効果も威力も作用を受ける。属性魔法とルールは一緒であり、捻じ曲げることは叶わない。
「それと、相手の力量によっても大きく状況が異なる。格下相手なら簡単に組み伏せられるが、遥かに格上の相手の場合は、無理矢理黎導を弾かれる可能性も充分に高く、拘束する時間も途端に短くなっても不思議じゃない。万能であることは間違いないが、それでも完全には程遠い。俺の黎導に限らず、世の中にある全ての魔法に対しても同じだ」
説明が完了して、掌の上で作り上げられた火球も段々と小さくなっていき霧散していく。
万能ではあるが、全能ではない力。それが魔法と呼ばれる力。それは黎導によっても規則は同じ。人知を超えた力であることには違いないが、魔法という真理を逸脱することは不可能な、理の中に縛られた叡智の結晶。
話を受けて無敵だと思っていたグレンベルクの黎導も、どうやら本人が自覚している通り、何かしらの欠点や代償が存在しているのは確かみたいだ。
「と言っても、口で理解するには中々難しいだろう。もしあれなら、体験してみるか?」
「え、いいの!?」
「まあ負担も特に無いしな。だがそれ以上に……」
隣へ視線を送れば、ラルズの隣で一緒に話を聞いていたミュゼットが立ち上がり、グレンベルクの隣へ移動して「見せて見せて!」と、駄々をこねる子供のように連呼しており、彼へと懇願している。
無視を貫いていたグレンベルクも相当に苛立ちを募らせており、これ以上は怒りが爆発しそうな様子であり、ミュゼットを彼から引き離して落ち着かせる。
「最初は失礼女からにするか」
「誰が失礼女よ!」
ミュゼットの発言を彼女自身が自覚していないのか、心底呆れているグレンベルク。何はともあれ、お願いが功を成してというべきか、積極性が有利に働いたかは知らないが、念願の黎導を味わえる機会だ。ラルズも実際に体験してみたことが無いので、少し楽しみではある。
「軽くかけるが、きつかったら言えよ」
「分かった!」
心待ちにしているミュゼット。そんな彼女の肩へと、何気なく伸ばしたグレンベルクの腕が掴むと、途端に表情が変化した。
「――っ!」
明るい表情から苦しそうな表情に。先に見たサヴェジと同様に、まるで地面に吸い寄せられていくように、徐々に立っていた姿勢が崩れ始める。抵抗しようとしているのか身体には力が加わっており、握り拳を全力で握っている様子だが、そんな頑張りを無視して身体は段々と地面へ沈んでいく。
必死な形相のままミュゼットはそのまま数秒後、地面にお尻を付け、両手で身体を起き上がらせようと試みている様子だが、そのまま黎導は彼女の身体を取り押さえた状態が続いていた。
「・・解除」
身動きの封じられたミュゼットの方に再びグレンベルクが肩に触れると、パッと彼女の周りに取り巻いていた重苦しそうな空気が霧散し、彼女の様子も黎導を受ける前の状態へと変わる。それまでの時間が嘘のように、正常な空間へと自分の身体が舞い戻ったように。
「――はぁ……! はぁ……!」
重圧から解放されたミュゼットは息を整えようと普段よりも大きく息を吸い込んで吐いている。まるで全力疾走で走ったばかりの肉体の後のように、肺の中に空気を取り込んでいた。
「少し力を入れすぎたか?」
「い、いや大丈夫っ! それより、これが黎導……!」
心配していたラルズとグレンベルクだが、そんなことよりも初めての黎導の感覚を実感してミュゼットは大満足の顔をしている。新しい世界のへの扉が開いた彼女には、そんな心持ちも杞憂だったみたいだ。
「じゃあ次はラルズか」
「お願い」
先のミュゼットの様子から見ても、相当に負荷が掛かるのだろう。気を引き締めて覚悟を完了して、いざ黎導の実体験へ。
こちらに近付き、グレンベルクの右手がラルズの右肩に触れた瞬間、
「――ぅ」
臓器が上から圧迫され、身体の中を無理矢理縮小させられたような感覚。臓腑たちが声のない悲鳴を上げると同時に、何者かに上から取り押さえられているような錯覚。振り絞って耐えようと試みるも、徐々に身体は自然と下へ、地面を目指して重心が下がっていく。息も真面に吸えず、抗おうと、抵抗しようとするとかえって肉体が更に鈍重を味わう羽目に。
「――っぐ……ぅぅ……!?」
ガクガクと両足が震え始め、そのままゆっくりと崩れ始める。最初に膝が付き始め、身体全体がそのまま倒れていく。身を守ろうと両手に力を加えようとするも、ラルズの意志とは無関係に両手は微動だにせず、受け身も不可能な状態。
ついに大地と顔面が静かに密着。満足に呼吸も行えず、酸素を取り入れようと口を必死に動かすも、求めている大気は満足に摂取することもできない。指一本すらも動かすことができず、視界は真っ暗。変な汗が身体全体から湧き上がり、直感的にこのままでは不味いと本能が警告を示した。
叫びたくても素直に声を挙げられず、あわやこのまま――
「解除」
「――っはぁ!!」
グレンベルクの手が肩に触れた瞬間に、先程まで感じていた加重圧が消え始めた。一瞬だけ死を連想したラルズは慌てて肉体の求めるままに酸素を吸い込む。荒い呼吸を繰り返しながら、負担の激しかった臓器を確認しようと手であちこち身体に触れるが、どこも違和感は感じられない。
「済まない、少し力加減を間違えたかもしれない。対人相手にあまり使用したことは無くてな」
「い、や大丈夫っ。ちょっと驚いたけど、黎導の凄さ、確かに伝わったよ」
直接体験してみて、黎導の凄さを改めて自覚させられた。属性魔法とは桁が違うというか、相手に影響を与える一転においては、正に想像の域を超えている。口ぶりからもあれが全力ではないのだろう。仮にあれ以上の魔力を込められていたのならば、あまりの負荷に意識が先に事切れていただろう。
「凄いのね、黎導ってっ」
「ほんとに、まるで身動きが取れないし、膝もまだ笑ってるや」
立ち上がろうとするも、膝はまだ先程までの重力下の影響を色濃く宿しており、膝に力が加わらない。ラルズとミュゼットはそのまま座っていたベンチを目指して、縋るように腕の力だけで元の場所へと戻っていく。
「・・まるで産まれたての小鹿だな……」
今のラルズとミュゼットを表すのに相応しく、傍から見て見事に滑稽な姿をしているだろう。そんな二人に最適な言葉を投げかけるグレンベルクの表情には、僅かに微笑が浮かび上がっていた。