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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章11 小さな騒動の決着


  表通り、周囲の人々の関心は完全に引き付けられ、一点に注がれている。


 都市の中ではこういった荒事は日常茶飯事なのだろうか。視界の先に盗人がいるのにも関わらず、距離を離して様子を眺めており、この場を離れる者の方が少ない。むしろ、まるで見世物でもあるかのように人々は佇み、騒動の観客として通りを埋め尽くす。


 ある種危険な状況に対して危機感が足りない住人たちに対し胸中で心配になるラルズだが、そんな些細な問題に目を向けるよりも、隣に並び立つフードの男に注目する。


 フードを上げた人物に心当たりがあるのか、周囲の人々の一部が口々に小さな声で繰り返す。距離が離れている関係上、確信が薄い発言ゆえに、独り言の様に掠れた声々。何を紡いでいるのかは聞き耳を立てても不明だが、屋根上の舞台から引き剥がされた盗人が、震える指先を向けながら、周りの喧騒を代表して俗称を、名前を口にする。


 魔獣殺しという、ある意味物騒な通り名。そしてグレンベルクという名前。呼ばれた男性は興味も無さげに、低く冷たい声で肯定する。


「・・大丈夫か?」


「は……はいっ」


 魔獣殺しというワードがラルズの中で強烈な響きと化しているからか、ついつい上ずった声で返答してしまう。先の無感情に近く、酷く威圧感を孕んだ声音とは違い、他人を心配しているのが窺える。


 真正面から初めて姿を確認し、姿全体を瞳に映した。


 身長はラルズよりも高く、百八十前後、いやそれ以上だろうか。整えられた容姿に、橙色のショートヘア。美しい髪色と同じ琥珀色をした瞳。綺麗な印象を受けるが、左目は前髪を伸ばして隠しており、右目だけで世界を覗いている。

 身長以外の要素は中肉中性と称するのが一番適している。白一色のローブで全身を覆っており判断が付きにくいが、身体つきはラルズと近しい細身であると衣類越しからも伺え、しなやかと形容するのが最も相応しいだろう。

 

「そこのガキといいてめぇといい、次から次へと邪魔ばかりしやがってっ!」


 自らの盗みに対して妨害を試み、一度倒されたラルズに代わり、グレンベルクが火の魔法を使用して逃走を阻止。男にとっては予定通りに事が運ばず、連続して足止めされたこともあり、怒りが込み上げているのは容易に把握できる。


「個人同士のいざこざなら介入するつもりは無いが、事情が事情だ。幼い子供の金銭を奪い去る愚行を許すつもりは無い。偶然居合わせただけの立場だが、ギルド兵の代わりにお前を捕縛しよう」


「あんだとっ? この俺を、サヴェジ様を随分と下に見てやがるな!? さっきは不意を突かれただけで、姿が確認できりゃてめぇの様なガキに後れを取ることなんかねぇんだよ!」


 どうやら盗みを働いた目の前の男、名前をサヴェジというらしい。先の屋根上での攻撃はあくまで意識の外、不意打ちをもらったから回避ができなかったと、半ば負け惜しみに近い強気な発言。面と向かってやりあえば負けることは無いと豪語する。


 サヴェジは先程までグレンベルクに対して小さい恐れを抱いていた。だが、今目の前にしている彼は、そんな要素は微塵も感じられない。発言からして、年下に後れを取る、もしくは下に見ている存在から生意気な口を利かされ、苛立ちがそれを上回っているのだろう。


「・・だが、勘違いするなよ」


 舌に熱が籠り、乱暴な口調も合わさって、今にも飛び掛かってきそうな形相をしていたが、突然にサヴェジの様子が切り替わる。頭の中に登っていた血が引いていき、目の色に冷静さが宿っており、表情には余裕が見て取れる。


「ここでてめぇとやり合っても特は何一つねぇ。いずれ騒動に気付いてギルド兵がやってくるのは目に見えてる。ここは逃げるのが一番の得策だ」


 短気で粗暴な印象を感じる男の反面、冷静に状況を見極めてリスクを考慮している。ここでグレンベルクと勝負したとして、勝っても負けても男に待っている結末としては、ギルド兵に目撃されて再び追われる末路。


 怒りを舌に乗せて乱暴な口調で言葉を紡ぐ彼とは異なり、己の利を、最善の選択肢を、最良の判断を下している。一時の情に流されず、衝動的な怒りに身を任せず、大局を俯瞰して見定めている。これまで何度も盗みを働いたサヴェジの経験値が、身体に冷静さを運ばせていた。


 ここで逃してしまえば、当時のラルズの不安通り、屋根伝いに、路地裏を行き来して行方を眩ませてしまう。そうなれば本当にお金を取り戻すのは不可能になる。


 サヴェジが眼前、グレンベルクとラルズから興味を無くし、後ろへと僅かに視線を逸らす。また露天商の屋根を利用して逃げようと試みているのか。


「そんなこと――!」


「そうだろうな。三流のお前からしたら、逃げるのが一番の安全策だもんな」


 ラルズの言葉の上から言葉を乗せるグレンベルク。その発言を受け、サヴェジが視線を向き直した。


「・・三流、つったかてめぇ……?」


 声の調子を一つ落としてサヴェジが問い掛ける。周りにいた人々も、正面に対峙しているラルズ自身も、思わず唾を飲み込んでしまう。幼い子たちのお金を奪う小悪党であるが、鋭くなる気配は空気を侵食し、肌を通して怖さや恐怖といった感情を大衆から引きずり出していた。


「頭はそれなりに回るみたいだが、肝心の腕前は三流。折角の地頭の良さも、自分の腕に足を引っ張られているんじゃ、滑稽で笑えてくるな」


 そんな空気が重くなる中、グレンベルクはサヴェジを自身の目で判断して評価を付ける。その内容は辛辣なものであり、半ば小馬鹿にしているのが張本人でもなく理解できる。


 そして当然、納得のいかない判断を下されたサヴェジは、巡り巡って再び怒りの感情が再燃し始める。冷ややかな身体が内側から沸々と沸き上がる怒りという名の炎が燃え上がっていく。


「あくまで自論だが、一流の盗人は取られたことにも気付かせない。二流の盗人は気付かれて追われても逃げ切ることができる」


「てめぇ……っ!」


 額に血管が浮き上がり、既に堪忍袋の緒が切れるのは時間の問題。そんなサヴェジを前にして、グレンベルクが鼻を鳴らす。そして――


「そのどちらも失敗に終わっているお前は、二流よりも更に下の部類。お前を表す言葉なんて、三流以外に何かあるのか?」


 微笑を浮かべて鼻を鳴らすグレンベルク。見下すような発言が男の神経を逆撫でし、逆鱗に触れる。既に限界に達しようとするサヴェジにとって最後の一言が駄目押しとなり、目を見開いて腰からある代物を引き抜いた。


「――っ!」


 通りで様子を眺めていた傍観者たちが一斉に怯み、短い悲鳴を上げる。サヴェジが手にしたのは短刀。白い刃が光に当てられ輝き、振るわれれば確実に傷を負わせる、れっきとした凶器の一つだ。


「痛い目遭わせてやるよ! このガキがっ!!」


 火に油を注がれ、サヴェジの怒りは完全に理性を飲み込んでいた。小さなプライド、それは彼が内に秘めていた、土足で踏み込んではならない領域。盗みの腕前を完全に否定され、認められない現実を前に彼を突き動かす。その黒い感情が矛を向ける相手は、当然自身を馬鹿にしたグレンベルクただ一人に注がれている。


 短刀を握りしめて猛然と駆け出し、標的に一直線に走り出す。その目にはもはや相手のことなど、ましてや周りの状況など考慮されていない。

 酷い目に遭わせる、否、相手に明確な殺意を抱いて襲い掛かり、刃を血で濡らすことを心から望んでいる、真っ黒な思想。


 この時点で、サヴェジの頭からは逃走といった選択肢は消えている。そしてそれは、隣で薄く微笑を浮かべるグレンベルクの掌の上であることを、遅いながらにラルズは理解した。


「下がってろ」


 ラルズを手で制し、グレンベルクも正面からサヴェジを迎え撃つ。


 互いの距離が近付き合い、同時にサヴェジの手にするナイフがグレンベルクに接近する。


「おらっ!」


 駆け出す軌道のままに短刀をそのまま真っ直ぐ一閃。何の工夫もされておらず、雑と評せる攻撃。だが勢いのままに伸ばされたナイフは、刺されれば皮膚を貫通して体内の臓器を傷つける攻撃だ。真面に刺されてしまえば、身体から大量の鮮血が零れ落ち、命に関わる重傷を引き起こしてしまうのは誰の目から見ても明白だ。


 刃物が明確に殺意を持って迫り来る中、対峙するグレンベルクは慌てる素振りも動揺も見せず、ほんの少しその場から身を躱して攻撃を回避。


「ちっ!」


 一撃目が不発に終わり、その後もサヴェジは連続で攻撃を繰り返す。刃を上から振り下ろし、次点で下から斜めに切り裂く動き。ありとあらゆる角度からグレンベルクに凶器を振り回すが、そのどれもが最小限の動きでいなされ、手に握った獲物が対象物を捕らえることは無く、無秩序に虚空を切り裂く。


 攻撃の手はサヴェジのみ。グレンベルクはただ防御に集中し、役が交代することは一度としてない。しかし何度刃を振るおうとも結果は変わらない。攻撃の軌道が読めているのか、はたまた見てから反応しているのかは定かではないが、面白いぐらいに攻撃は全て不発に終わっている。


「な、んで当たんねぇんだ!」


「実力以外の何物でもないだろう」


 汗が浮かび上がり、攻撃が一向に当たらず、サヴェジの表情には苛立ちが募っている。乱暴に、無作為に振り回す、一度でも掠れば鋭い痛みが発生するのは間違いないのに、依然としてグレンベルクには一太刀も与えられず、白一色のコートも依然として白いまま。


 焦りが動きを鈍らせ、サヴェジの動きに衰えが見える。ただただ闇雲に攻撃を振り続けた代償として、身体的機能が陰りを見せ、速度は見る見るうちに低下する。


「・・終わりだな」


 一転、防御に意識を割いていたグレンが動きを見せる。疲弊してパフォーマンスが鈍くなったサヴェジに対して、一瞬早く懐に潜り込むと、相手が動揺する中で腹に膝蹴りを決める。


「――っぐ!?」


 痛みに怯み、手からナイフが零れ落ちた。地面落ちて甲高い音が鳴り響く中、間髪入れずにグレンベルクは身体を回す。回転した勢いを力へと返還、膝蹴りで鈍い痛みを感じている部分と同じ箇所へ、遠心力を利用して威力を高めた回し蹴りが炸裂。


「――ごぇっ……!」


 バテバテであり、踏ん張りも効かずにその場から身体が浮かび上がる。耐えきることができず、サヴェジの身体は屋根から落とされた場所付近にまで吹っ飛んでいき、背中から再び地面の感触を味わうことになった。


「――すごっ……」


 ラルズの口から自然と称賛の言葉が零れる。それは通りを囲んでおり、離れたところから見守る一団からも同様の声が聞こえる。


 圧巻、それ以外に言葉が出ない。獲物を手にして襲い掛かってくる相手を、まるで児戯のように、汗一つ浮かばせずに対処を続けるグレンベルク。


 ただ攻撃を捌き、相手の生み出した隙に乗じてカウンターを与える。口で説明する分には簡単に聞こえるかもしれないが、信じられない光景だ。


 ある程度身体の使い方を覚えているラルズであるが、グレンベルクのそれは一線を画していた。刃物を手にしている相手を前にして物怖じしない冷静さ。己の肉体一つで敵の攻撃を避け続ける技術。状況を落ち着いて見極めることができる視野の広さ。


 洗練され、磨き上げられた代物。相手を圧倒し続けるその姿は、文字通り格が違う。


「く、そがっ……!」


 強い蹴りを受けつつも、咳き込みながら立ち上がる。もろに反撃を貰ったサヴェジだが、戦意は折れてはおらず、まだグレンベルクに立ち向かおうとする意思が感じられる。小悪党としてのプライドが、小さな義が壊されていくのに対して、降参、もしくは撤退といった敗北を認める行為は取れないのだろう。


「諦めてお金を返せ。これ以上続けても結果は同じだ」


「こんだけやられて引き返せるかよっ!」


「・・そうか、なら次で最後だ。衛兵も騒ぎを聞きつけて間もなく到着するだろうし、宣言通り捕縛しておこう」


「やってみろっ!」


 再び地面を蹴り上げて風に乗るサヴェジ。もはや利云々の話ではなく、ただ自分に苦渋を飲ませるグレンベルクに一矢報いる為に突き進む。


 獲物も失って使える武器は手元にない。この状況で、サヴェジが使用するのは恐らく……


「リーフっ!」


 予想通り、差し向けた掌の中で風が渦を形成して一点に集中。先でラルズに向けて放った大きな一撃。練り上げられ、威力を格段に上昇させて放つ一発は、真面に受ければ衝撃で吹っ飛ばされてしまうのは実体験で学んでいる。暴風と呼ばれる類の、人に向けるべきではない破壊力を備えている。


「くたばり――」


「遅い」


 言葉と共に魔法が打たれる瞬間、言い終わる直前でグレンベルクはその場から姿を消した。


「――なっ!?」


 打ち出される進行方向からグレンベルクが姿を消したことに対して、サヴェジの全身を動揺が襲う。そして次の瞬間には、魔法が不発に終わった男の後ろ、背後に彼の姿が現れる。


「【重力】」


 サヴェジの肩に手を置いたグレンベルク。振り返って反撃を試みた盗人だが、行動叶わず。次の瞬間、彼は地面に伏せ始めた。


「――ごぉ……!?」


 ・・奇怪な絵が目に映る。グレンベルクが肩に手を添えられた瞬間、うつ伏せになる形でサヴェジが地面と密着。そこから起き上がろうともせず、そのまま時間は過ぎていく。周りから怪訝の視線を向けられる中、何が起こっているのか理解できていないのは、大地にへばりついている張本人も同じだ。


「な、んだこれっ……はっ!?」


 呻き声を上げながら、身体の様子を確認しようにも、その場から顔を上げることもできず、指一本すらも動かせていない。完全に自由を奪われている状態であり、背中に重たい代物を乗せられているような、そんな感想を抱く。ミシミシと壊れる音が地面から絶えず響き鳴っており、亀裂が走って悲鳴を上げている。


「・・丁度ギルド兵が来たみたいだ。あとは任せるとしよう」


 当初の宣言通り、盗みを働いたサヴェジの捕獲を完了する。実力差を遺憾なく見せつけ、正体不明の力を持ってして完全に役目を全うしたグレンベルク。


 その後、騒ぎを聞きつけて現地に到着したギルド兵がサヴェジの身柄を縛り上げ、身柄はそのまま引き渡される。


 こうして、子供たちから奪い取った金銭を取り返すことに成功し、事態は一件落着となった。


 

 










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