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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章9 風を愛する少女


 晴れて友達となったラルズとミュゼット。二人は憩いの広場を後にして、次なる場所へ向かって表通りを進んでいた。


 向かっている場所は司書館。ラルズが一度立ち寄って見たいという要望を受け入れ、ついでに彼女の方は合わせたい人物がいるとのこと。利害が互いに一致したこともあり、二人は北のエリアから反対方向、南の方へと進んでいた。


「頻繁に足を運んでるんだっけ?」


「そう!」


「いきなり知らない人が会いに行っても大丈夫? 迷惑じゃなかったらいいけど……」


「大丈夫! 何たって私の友達だもん! 先生のことだから、きっと快く出迎えてくれる!」


 根拠のない自信を口にするが、その様子には本当に躊躇がなく、迷いのない確固たる意思が宿っている。


「ねぇ、その先生って何の先生なの?」


 ミュゼットが紹介したい人物であり、会話の中でも両親とは別で挙げられていた先生という名。その単語一つだけではいまいち情報を拾いきれない。


「魔法の先生! 私に魔法の美しさと、魅力を伝えてくれたかっこいい人!」


 先生について開口一番、素性のみならずべた褒めをするあたり、ミュゼットが先生という人物に対して強い信頼を抱えているというのは簡単に伺える。心の底から慕っており、純粋に尊敬しているのが態度に現れている。


「近寄りがたいオーラというか雰囲気を纏っていて、ちょっと……いやかなり独特な人なんだけど、でもでも優しくて大人びていて、とにかく凄い女性なの!」


 時折語彙力が消失してしまっているが、語る口調にはより一層熱が込められている。そして新しい情報としてその先生という方が女性であることをラルズは知った。


 実際に目にしてみないと姿形なんて脳内の空想でしかない。羅列された言葉の端を組み合わせ、脳内で組み合わせを試みる。断片的ではあるが、只の魔法使いではなくて大魔導士のような考えが脳を走る。


 杖を手にして魔法を行使する、そんなイメージが先行する。大人びている点と、それでいて女性。魔女のような風貌と雰囲気だろうか。


「連絡も無しに行って、先生留守じゃないといいけど……」


「大丈夫! いつも私が会いに行くときは部屋に必ずいるから! 引きこもりなの、先生は」


 悪気は微塵もないのだろう。ミュゼットの言葉には棘がなく、ただ単純に真実を口にしているだけだ。


 新しくマイナスな材料が付け加えられるが、あれこれ考えても結局は空論だ。勝手に情報だけ取捨選択して、他人の人となりを作り上げるのも失礼だろう。


 色々な意味で強烈な印象が舞い降り、実際に相対したときに委縮しないか少し心配になる。ミュゼットの言葉と様子を見る限り、そんな心配は杞憂なのだろうが。


「その、先生とは出会ったのっていつ頃なの?」


「うーんとね、確か七年前ぐらい……かな」


 ここ最近ではなく、幼少期のころから出会っており、今までその関係が続いていることを踏まえると、随分と長い付き合いのようだ。


「小さい頃、さっきの広場で魔法の練習をしてたの。だけど、最初に魔法を使用したときは上手くできなくて、何度も何度も頑張ってたんだけど、全然駄目で」


「じゃあそのときに出会ったのが……」


「そう、先生!」


 成程。ミュゼットが件の人物を先生と呼ぶ理由が正にそれなのだろう。魔法を上手く扱えなかった中で、助けてくれたのがその人ということだ。


「先生から教えてもらったら簡単に魔法が使えるようになって! 司書館で生活しているって聞いて、それ以来度々何度も足を運んでたの! 最初のころは訪れる度に面倒くさそうな顔だったり、また来たのって嫌な顔されていたけど……」


 ミュゼットの持ち前の積極性が功を成した、という見方で合っているのだろうか。どちらかというと毎度毎度退けるのが大変だから、先生の方が折れたように聞こえるが、それは口にしてはいけないだろうと紡ぐのを思い止まる。


 めげずに純粋な気持ち一つ宿して足を運んだ甲斐があったのだろう。過程はどうあれ沢山の頻度で訪れ、出迎えてくれている事実があるので、最初は跳ね除けていた側の気持ちも、ミュゼットに対して柔らかく変化していったのだろう。


「ちなみにミュゼットは何属性の魔法を使えるの?」


「私は風!」


 風ということはレルの持っているものの一つだ。


 とは言ってもレルは風魔法については得意ではない。ラルズが鍛錬を続けるように、シェーレとレルも魔法の練度を上げる為に同じく特訓を。時間は兄に負けておらず、目覚ましい成長を遂げていた。


 シェーレは言わずもがな、レルの方はというと少々事情が異なる。雷魔法は過去に屋敷の庭と壁に被害を与えた一例があり、使用も控えめに特訓を続けており、幼少のころと比べて破壊力は段違い。

 一方で風魔法については思い通りにいかず、微風を吹かせる程度の代物。扱いが雷とは勝手が違うらしい。


 魔法を使えないラルズからは何も助言を与えられず、シェーレとノエルが教授をするものの、残念ながら成功の兆しは見えずに落胆する結果に。


 シェーレの属性割合が火と水、それぞれ綺麗に半々だとすると、レルの場合は雷が九の風が一。それぐらい極端に大きく偏っている。


「でも個人的には他の魔法も使ってみたいな。合成魔法とかもやってみたいし、黎導も見たこと無いんだよね。ラルズは見た事ある?」


「合成魔法なら少し見たことあるよ。黎導は名前だけで、実物は一度も」


「誰に見せてもらったの! どんなの!?」


 興味が身体を突き動かして一歩距離を詰められる。魔法に対しての関心が強い為に、知的好奇心を満たすことを制御できないのだろう。


「さっき話した妹の一人、シェーレが一度見せてくれたんだ。火と水の魔法を合わせて、氷をね」


「氷……!」


 数年前、魔法を愚直に、真っ直ぐに修練を重ねてきた彼女だからこそ生み出すことができた、合成魔法と呼ばれる難易度の高い魔法。


 火と水を合わせた結果、新しい魔法の事象として【氷】が発現したことが記憶に刻まれる初の事例となった。それ以降も何度か調整を施して、次第に完成する頻度は目に見えて増えていく。ただでさえ難易度が高いのに関わらず、継続して完璧にしようとする姿勢は誰よりもかっこよくて尊敬できる。


 次に会うときには、もしかしたら百発百中になっていても可笑しくない。恵まれた才能にかまけず、努力を怠らないシェーレ。騎士に誘われるのも納得してしまう。


「今度私も見てみたい! それにラルズの妹の二人にも会ってみたいな」


「そうしてくれると嬉しいな。会った暁には、ぜひ友達になって欲しいな」


「勿論!」


 シェーレとレルはノエルを除いて、歳の近い友達が一人もいない。ラルズと同じ状況なので、ぜひ機会があれば二人とも仲良くなってくれると、兄としても嬉しい所存だ。


「ちなみに、ラルズは何の魔法を使えるの?」


「・・えっ、と……」


 ――言葉に詰まる質問だった。


 頬を掻きながらバツの悪い顔をする。本来なんてことない質問の一つでもあるが、ことラルズに限っては口が紡ぐのを躊躇させる代物へと様変わりする。


「――あ、ごめん。また私、変なこと聞いちゃったかな……」


「ち、違うんだっ。ミュゼットは悪くないんだ!」


 迂闊な発言をしたものだと勘違いしたミュゼット。先と同様に明るい表情が曇るのを隣で確認してしまい、慌てて訂正する。

 いずれ聞かれるであろう質問だし、隠す必要もこれと言って無い。正直に伝えるべきだろう。


「・・変な話、実は魔法が使えないんだ」


「――魔法が、使えない?」


 ラルズの発言にミュゼットは眉を寄せる。それは至極当然な反応であり、不審に感じてしまってもなんら可笑しくない。

 

 魔法は誰にでも扱える。広く浸透し、支えとなっている。生活を豊かに、魔獣を倒す為の手段として、多種多様な使い道を考案され、人々を助ける代物。魔法に救われたラルズ自身、その存在に大いに感謝を感じている。


 その一方で、残念ながら原因不明と診断され、以降七年近く。魔法を扱えないまま成長を続け、この年になっても魔法はからっきし。使用もできないし芽が生えることも片鱗が垣間見えることもない。毎日少しずつ伸びていったのは、振るい続けた剣の腕前だけ。


 その剣の腕も、人よりも才能がないものだとラルズは長年続けて自覚してしまった。平均よりは上回ってはいるものの、贔屓目に評価しても中級者のレベル。元々の素質、素養が優れている人物には、到底敵わない。


「水属性に長けている人物に診断してもらったけど、特に問題も見つからないんだ」


「病気でもないし、健康そのもの。魔力は……?」


 ポーチから夜の時間に光源代わりとなる魔光石を手に取る。太陽が昇っているので目新しく変化はしないが、ラルズの体内の魔力に反応して光石が微かに光る。


 ミュゼットの提示した疑問を実演しながら証明する。至極当然の結果が目の前に映り、目の当たりにする彼女は増々疑問の種が膨れ上がる。


「本当に変な話ね。こんなこと言うとあれだけど、ラルズの持っていた魔法の才能、妹さん二人に全部奪われちゃったんじゃない?」


「まだそういう考えの方が個人的には助かるんだけどね」


 ミュゼットの返しにラルズは苦笑い。もし仮にそうだとしたらまだ救われる。剣の腕前と同じく、才能が無いと断定されるのに比べれば安いものだ。

 三人兄弟の出来損ないと称され、失敗作の烙印でも押されるものなら、心がセンチなラルズとしては凹んでしまうには充分すぎる理由だ。


「――もしあれなら先生にも聞いてみるといいよ。あの人、色んな分野に精通しているから、ラルズの魔法問題について何か答えをくれるかもしれないし」


「そうだね。もし時間があったら尋ねてみようかな」


 いい答えを期待する反面、グラムにも診断されているし無理だろうと思い込んでいる自分がいる。半々状態、どちらかといえば期待に大きく天秤が動いている。


 聞く分だけには問題ないだろうし、機会があれば先生という人物に事情を打ち明けてみよう。


 隣ではミュゼットが何やら悩んでいる最中。頭を捻りながら方法を模索しているのだろうか。ラルズの為にこうして解決策を親身になって考えてくれるのか。


「――あ、私の魔法をラルズに打ち込んでみるとかは!?」


「・・えっと、それをして魔法が発現すると思う根拠は?」


「ほら、強い力が内に加わって、眠っていた力が呼応するみたいな!」


 つまりあれか、門を無理矢理開くみたいに魔法を身体に直接流し込んで強制的に封じられている扉を開く的な意味合いだろう。言葉に置き換えると、ショック療法という方法が頭に浮かぶ。


「ちょ、っと厳しいんじゃないかな……?」


「えー、そうかなーっ?」


 あくまで一例、だが実際に試そうと思うには少々二の足を踏んでしまう。まあ一概に有り得ないと否定できないのが何とも言えない。


 魔法には解明されていない点も多くあり、ミュゼットが口にしたやり方でラルズの抱えている魔法使えない問題が解消されるかもしれない。


「先生に聞いてみて、過去に実例があったら試してみる方針で……」


「うーん、良いアイディアだと思うんだけどなぁ」


 折角考えてくれたのは嬉しいが、試そうと思えるほど単純なものでもなく、気乗りはしない。会心の策ではないかと口にしたミュゼットは渋い顔をしている。ラルズが「いいかも!」なんて言った日には直ぐに試してみる気概が見て分かる。


 ミュゼットには悪いが、話題を変えてこの手の話からは脱線を図ろう。


「そ、そう言えば風魔法って、どんな感じなのか見たこと無いから、もしミュゼットが良かったら俺に見せて欲しいんだけど……」


「全然いいわよ。じゃあ……」


 話題をラルズの魔法ではなくミュゼットの魔法に焦点を当てる。実際のところ風魔法自体はレルの様子を近くで見ていたこともあり、完全に初見という訳ではないが、小さい現象で確かな事象とはしては弱い。


 火と水、雷に関してはそれぞれ見れているのだが、風に関しては知識が乏しい。風を起こしたり、風を吹かしたりといった事例が多いと耳にしたが……


「ってミュゼット?」


「こっちこっち!」


 表通りから姿を消したミュゼット。声のする方へ振り向くと、路地裏の方でラルズを招いていた。


 てっきりその場で小さな風を生み出すばかりと思っていたので、何故わざわざ人目の少ない裏路地に行くのか、彼女の真意は不明だ。単純に周りの人たちに配慮しただけだろうか。


 向かって角を曲がると、目と鼻の先に行き止まり。壁には使われなくなった木板や看板など、一言で言えばゴミが溜まっていた。


「何するの?」


「まぁ見てて」


 ミュゼットは行き止まりまで進んで、丁度そこに横たわっていた縦長の木板を手に取る。厚さもまあまああり、木造とはいえ頑丈そうだ。持ち上げると位置を調整し、自立するようにバランスを整えて、準備が完了したのかラルズの方へと戻ってきた。


「危ないから、そこで見ててね!」


「危ない?」


 危険を知らせる勧告。ミュゼットは忠告すると右手を前にかざしている。ただ魔法を見せてもらうだけなのに一体何をそんなに周囲に気を配って――


 ラルズが疑問を頭に浮かべるさながら、目の前、突然にこの場に変化が巻き起こる。その変化の中心、ミュゼットの向けられた掌に現れる。


 ラルズの髪が周囲の音と変化した風の風量に乗じて踊りだす。風が音と共に周囲の空気を飲み込んで集り、目に見えない風の波動がやがて緑色に変化し続け、塊が生成される。力が一転に、掌の先で目に見える現象として現出。風の周波は蓄積され、通りの喧騒もいつの間にか耳には入らず、代わりに入ってくるのは風の音だけだ。


「リーフ!」


 ミュゼットの口から零れて言葉が裏路地で響いた。次の瞬間、暴風に近い魔力の集合体が勢いよく射出。眼前、目標物として用意していた木の板目掛けて一直線の軌道。風の砲弾と呼ぶのが一番表現としては相応しいだろうか。


 目を見開くラルズの正面、遮るものも無く風の弾丸は対象と激突。次の瞬間――


 バキィッ!!


 路地裏にいる二人の耳に風の音が入り込む。強風の波が鼓膜を刺激する中、魔法を打ち込まれた木板がふわりと浮かんだ。余波の影響で地面から離れてジャンプした対象物は、そのまま空中で見事に大きな音をたてて粉砕。風の刃が周囲に飛び火し、目的の代物以外にも緑色の魔力が弾けた。


「――あ」


 やってしまった。そんなミュゼットの小さく、手遅れな声。その反応の通り、周囲に斬撃が飛び散り粉々になった木板は勿論、他の代物も見事に緑刃の餌食に。


 ――だけならまだしも、周囲の壁や床にまで際限なく爆発した余波が舞い降り、塗装されたそれぞれが刃によって損傷を刻まれる。石造りの固い壁と地面に痕が残るくらいなのを前にして、冷やりとした汗が背中を撫でた。


「――。う、嘘……」


 風の魔法。ラルズの考えでは流れの弱い微量な、可愛らしい風を想像していた。森の木々から落ちた葉っぱたちが周りで踊り続けるような、優しい風。


 だがそんな考えは今目の前に起こった暴力の風によって一緒に頭の中から洗い流される。今の威力は、仮に人体にでも向けて放っていれば、確実に肉を断ち切るほどの殺傷能力を有している。表通りから移動してきた意味が、遅いながらにラルズに理解を示す。


 絶句して目を瞬いて固まっているラルズ。そして威力を含ませすぎたミュゼット。


 一人は圧倒的な破壊力にイメージを崩され、もう片方は張り切りすぎて実害を出してしまったことに対して。


 両者異なる反応を示しながら、やがてそろりとミュゼットが振り返る。


「・・・・こ、こんな感じ」


「――あ、あはは」


 レルの雷魔法も相当なものだが、風魔法は別の意味で言葉を失った。


 結果を前にして、ラルズはミュゼットに対して、ひきつった笑顔で反応を返すことができなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「し、失敗失敗っ」


 表通りに戻ってきたラルズとミュゼット。舌を出しながら自らの行動を反省する彼女だが、顔には後悔の色が昇っている。初めて実演して見せる魔法としては、かなり衝撃が強いものだったと自覚しているのだろう。


「で、でも凄かったよ。想像とはまるで違ったけど……」


「あ、あれは悪い手本というか、ああいう使い道もあるからって話で! ほ、ほら見てよ! こんな風に風で物を浮かせたりすると、小さい子は喜ぶのよ!」


 隣でミュゼットはポケットに入っていた銅貨と銀貨を取り出し、掌の上の小さな舞台でふわふわと浮かばせている。最初に目にしたのがこの景色だったら、先のような強烈な衝撃は受けずに済んだだろう。


 いつかアーカードが言っていた。魔法は人々を助けてくれるものであり、同時に人々に恐怖を与える代物だったりと、如何様にも変化をすると。魔法について正しい認識を頭に入れおくことを忘れないでいてくれと。当時分かっていたつもりだが、今にして再び自覚し直すことになった。


 どんな魔法も、使い方を誤れば命を易々と葬れる力だ。犯罪者や悪に身を置く人物が使用すれば、力は凶器へと姿を変えて人々に襲い掛かる。


「便利な反面、気を付けないといけないってことだね」


「失敗だったわ。ラルズに怖い思いさせるつもりじゃなかったのに……」


 しょぼくれて俯き、とぼとぼと歩幅の感覚が狭まり、歩く速度も遅くなる。


「でも凄かったよ。風の刃は少し怖かったけど、それでもミュゼットが魔法を真剣に練習していたんだって言うのは、傍から見ても伝わってきた」


 気休めの一言かもしれない。実際にラルズは魔法を使えないから、魔法に対する他人の感覚を理解することができない。発現させたこともなく、人の引き起こす事象を目にするだけしかできない。


 それでもミュゼットが魔法を一生懸命に磨いてきたというのは伺える。シェーレのように、幼いころからずっと練習してきたのだろう。結晶ともいえる形は、強暴な一面がちらりと見受けられたが、それとこれとは別問題。


「ずっと練習してきたからね……それに――」


 ピタリと言葉を切ると、ミュゼットはラルズの瞳を真っすぐに見詰めて再び口を開いた。


「・・私ね、魔法の中でも風魔法が一番好きなの」


「自分が使えるってのは、確かに思い入れがあるよね」


「それも理由の一つなんだろうけど、それは飾りみたいなもの。一番好きなのは、人々に届けられるから」


「届ける?」


 いまいちミュゼットの言おうとしていることが分からない。疑問を瞳に宿して見つめる中、彼女は己の信条を話し続ける。


「風って、色々なものを運んでくるでしょ。草木の匂いや話している人の声、動物の鳴き声。風ってどこにでも吹いていて、生きてる人々に多くのものを運び届けてくれるの」


 天を見上げ、嬉しそうにミュゼットは語り続ける。無垢なる幼い童女のように、曇りのない瞳で。


「風に包まれて、その瞬間は暖かくて安心する。辛いときも、寂しいときも、独りぼっちなときでも、風だけは私を見てくれている。私にとっては、風はかけがえのない友達で、仲間で、親友なの」


「・・・・・・」


 それはきっと、多くの人には理解してもらえない、風に対する我根の意。自らに哲学を興して、自らの理を貫く、他人には理解されない独自の解釈。何十人、何百人と耳にしても納得を得られない、自己満足の進化のように捉えられる、美しく寂しい世界観。


 だけど目の前で風に対する想いを口にするミュゼットに、ラルズは目を奪われていた。他人の考えも、大勢の主観も無視しており、折れない信念が、掲げられて太陽のように、彼女の中の世界を照らしながら輝き、光を灯している。


「将来のこととか、未来のこととかは私は知らない。だけど、もしも今後、目の前に助けを求めていて、泣きそうで、今にも消えてしまいそうな人がいたらね、風と一緒に声を届けてあげたい。風に声を乗せて、救ってあげられる、そんな人になりたいんだ」


 目指すミュゼットの将来像は、姿形は正確には作り上げることができない。だけどミュゼットには迷いが見えない。その道を目指して突き進む、ただそれだけを胸に刻んで、否、風に刻まれて彼女は生きている。


「・・って、何か恥ずかしいこと言ってたね。ごめん、忘れて!」


「――そう、かな」


 誰かの名言でも、誰かの行動でもない。ミュゼットは風を心から愛しているんじゃない。


 時には傍にいてくれる友達にも、困難を切り開く力にも成り得る。彼女にとって風は全なんだ。


 風について想いを口にする彼女に対して、ラルズは言葉を返そうとした。


 それは――


「やっと大広間! ほらラルズ、早く行こ行こ!」


「――。うん、行こう!」


 大広間に躍り出て、ミュゼットが一足先に駆け出す。前を行く彼女の後をラルズは付いていく。


 タイミングを失って、その言葉は紡がれるときを見逃す。


 ・・素敵だなと、心の底からそう感じた。


 



 




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