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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章7 南の都市


 憧れを胸に、期待を足に込めて屋敷を出発したラルズ。途中小さなトラブルや意識の甘さが原因となり足を止めることはあったものの、無事に都市へと到達。時間は夕暮れ、まもなく夜を迎える時間帯となり、建物の切れ間から覗く空の大部分には、綺麗な橙色が差し込んでいる。


 大きな門をくぐり、石畳で塗装された地面を渡って石段を登る。入り口付近から小さめの広場へと身を乗り出し、視界が一気に広がる。


 大通りを行き交う人々の格好は様々だ。鎧をまとっているがたいの大きい人に、踊り子風の衣装を着た大人の女性。一色で統一されているローブの男性や、子供と手を繋いで嬉しそうな表情をしている親子の姿。

 通りの左右に展開されている露店は数多く、果物屋に宝石店、雑貨屋に武具を取り扱っている出店等立ち並び、道行く人々の中には足を止めて商品に視線を送っているのもちらほら。


 人々の数もかなりなもので、事前に調べた知識として、人口は大体十万近く。人と人との距離が極端に近く、それでいて周りの人たちは気にしている様子もない。ラルズからしたら違和感を強く感じるが、あれ程密集、且つ密度が高い状態が、都市の人にとっては普通の日常なのだろう。


 太陽が沈みゆく前、加えて入り口付近。人でこれだけごった返し状態なのだから、隙間から覗く開けた場所も相当数の人が過ごしているに違いない。


 都市の入り口は先程くぐってきた南門と、反対に位置する北門の二箇所。立地は縦四角調、外を大きな壁で取り囲んでいたりはせず、簡単なフェンスで地形と都市の場所を区分けしている。

 全方向に自然の特色がそのまま残り、平原が、木々が、花々が都市を取り囲んでいる。自然と群生する都、そんな表現が一番適しているだろうか。森の中で長く時を過ごしていたラルズにとっては、違う世界のはずなのにどこか懐かしい親近感を覚える。


 心地よい新緑の世界が都市を包み、優しく同居していて一体感を生み出す。


 初めて訪れたラルズを、人が、建物が、文化が、都市全体と世界が大口を開いて歓迎している。そんな感慨すら覚えてしまう。


「――これが、都市っ……!」


 目を瞬かせ、呆然とその場で立ち尽くしてしまう。本でしか知り得ず、自身で造り上げた脳内の世界を、期待以上に、想像以上に上回っている。感動が胸中を、全身を支配し、ラルズは固まり立ち尽くしていた。


「――い、いけない! 宿場に向かわないと!」


 新鮮な景色と胸中を満たす感動の嵐。見惚れて、噛み締めていたラルズは、忘れていた用件を思い出して解放される。

 散策するのも都市を楽しむのも、取り敢えず宿の人とコンタクトを取ってからだ。


 弾かれたように足を動かし、最優先事項でもある宿場を探して首を動かす。


 内情を把握しておらず、手当たり次第な状況。一見するとここらは出店が立ち並び賑わいを見せている。旅行客や一般の方々が寝泊りするにはいささか似つかない印象。民宿場は恐らくはこの通りではない別の通りにあると考え、ラルズは一先ず大広間を目指して進んでいく方向に。


 誰か都市に詳しい人でも発見できればいいのだが中々に厳しい。都市を守る団体や組織として、衛兵の方々が挙げられるのだが、来ている服や見た目の差異からしてどの人が該当するのか見当がつかない。


 少し人が少ない方に向かえば視界も働くだろう。


 大量の人で埋め尽くされ、進むのも一苦労。これだけ群がっていると、中には人酔いしてしまう人がいても可笑しくないだろう。

 間の隙間を身を小さくして通り抜ける。時折避け切れずに鞄がぶつかってしまい謝り、また激突して謝罪する。これを繰り返しながら、どうにかこうにか大広間へと抜け出ることには成功した。


「――ふー……」


 密集地帯を何とか突破して大広間に顔を出すと、先程よりも視界が広がる。お店が立ち並んでいる通りに比べればスペースが広がり、店の数も目に見えて減少している。入り口付近は都市に足を運びに来た外部の人を捕まえようとする商業団体だったのだろう。


 大きな噴水が中央に設けられ、その周りでは小さな幼子たちが追いかけっこをしており、楽し気な声が人々の耳の中に入り込む。腰を下ろして休憩しているご老人や、酒の入った容器片手に語り合っている若い男女の姿。ここは憩いの場としての役割を担っているのだろう。


 周りに視線を張り巡らせるが、辺りには人がまばらに散らばっており逆に見つけるのが少し困難だ。こうなったら誰か別の人に聞いたほうが早いだろう。


 広場の噴水を横切って辺りを見渡す。誰か時間の空いていそうな人がいないか探すラルズの足が急に止まった。


 ふと美味しそうな臭いが鼻を通り抜ける。その臭いを自覚した途端、お腹の音が思い出したかのように鳴り出した。


 思い返すと、最初に朝食を頂いてから時間にして十時間超。間食として口にしたのは、鹿の子を助けたお礼として受け取った林檎のみ。流石に青年の空きっ腹を完全に満たすほどには至らない。

 なので依然として空腹な状態には変わりなく、今直ぐにでも何か口にしたい所存だ。


 ラルズは誘われるように臭いのする方向へと足が傾く。


 臭いの正体は串焼き。動物のお肉を焼いているだけのシンプルな代物だ。その簡単な料理から聞こえてくる肉の焼ける音、風に運ばれる旨味の成分が食欲を注ぎ、ラルズを引き付ける。じっと眺めているだけで涎が生成され、口の端から垂れ落ちそうになる。


「――おぉ兄ちゃん、よかったら一本どうだい!?」


 じっと焼ける様を眺めていたラルズをお客さんだと判断して、強面の顏から元気な声で店主が応対する。完全に肉に意識が集中していた分、声を掛けられて我に返り、ラルズは顔を上げた。


「す、すみませんっ! 美味しそうだったのでついつい足が止まって……!」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか! 良かったら食ってみてくれ!」


 木札に記されている値段は銅貨五枚。屋敷を出る際に頂いたお金の量はかなりなものなので、全然手が出せる値段だ。

 どうしようかと数秒悩んだが、結果として湧き上がってくる欲には抗えず、目の前の料理を食べることを決意した。


「・・じゃあ一本お願いします」


「はいよ、毎度あり!」


 鞄を地面において袋を取り出す。その中から黎金貨を一枚摘まんで店主に差し出す。当然ながらお釣りが発生する為、店主の方から差し引き分のお金を受け取る。代金に間違いがないか確認してから、袋にお金を戻し、商品を受け取った。


 お礼を伝えてその場で一口頂く。


「――お、美味しいっ!」


 ただ塩を振って焼いただけの簡単な料理。素材の味が良いのか、適量の塩が旨味を引き出しているのか。

 噛んで肉汁が溢れ、更に美味しさに拍車がかかる。一口食べると勢いが止まらず、ついつい二口目、三口目と続いていき、一分もしないうちに見事に完食してしまう。


「良い食いっぷりだな兄ちゃん! そんなに喜んでくれると作った甲斐があるってもんだ」


 店主の人も目の前で満足しているお客さんを見て嬉しいご様子だ。消費者と供給者、互いに幸せそうな顔をしている。


「・・ところで兄ちゃん、どっか別ん所から来たのか? 長いことここで商売やらしてもらってるが、兄ちゃん見かけない顔してるし、もしかして旅人だったかい」


「旅人……ってよりは離れ者の方が正しいかもしれません」


 離れ者、その俗称が意味するところは簡単な話、都市や国に住居を構えず、主に村落で生活をする人々のことを指す。森で過ごしてたラルズや、ミスウェルの屋敷近くで村を築いている人々が同様に当たる。

 地方によっては田舎者だのなんだのと言う人もおり、正式な呼び方は定まっているところを知らないが、一言それだけ口にすれば相手には伝わってくれる。


「格好もどうりで。靴も見たところ大分汚れるし、どこから来たんだい?」


「えっと、カイナ村の方角って言えば伝わりますかね?」


「おお知ってるとも! 何だ随分と遠方の方から来てくれたんだな!」


 店主としてお客さんとの交流も役仕事か、ラルズの足元を少し見ただけで背景を伺う。長い間都市で仕事している内に身に付いた、店主の目利きとしての能力が優秀なのだろう。


「あそこの近くには英雄でもあるミスウェルさんの屋敷もあるし、一度くらいは会ったことあるんじゃないか?」」


 ・・会ったどころか、お世話になっていると口にすれば、恐らく目の前に映る店主は動揺するだろう。別に隠す必要とかも特に無いのだが、全部そのまま内容を口にすれば悪戯に店主を困らせてしまう。詳細は言わず、必要な情報だけ話すことにしよう。


「はい、凛々しくてかっこいい印象でした!」


「そうか! 一目でいいから俺も会ってみたいもんだ」


 言葉に嘘は入れず、内容は少しぼかす程度。このぐらいなら話の中でも不自然さは目立たないし、カイナ村で生活していた、という設定の方が都合も良いだろう。

 もともと森で過ごしていた身。会ったばかりの店主にいきなり個人情報をズバズバ口にしても混乱させるだけだし、離れ者といった点に関してはあながち間違いではない。


 それにしてもミスウェルの名前は王国に留まらず、都市の方にまで広がっているあたり、やはり相当な功績を上げ、人々から慕われているのだろう。

 ノエルから騎士団に勤めていた過去を知り、アーカードから英雄になった経緯を簡単に説明された。本人はそれを口にしたくない性分とも聞いて、それ以降はラルズも事情を知らない。


 だがこうして人々から直接声を聞いてみると、印象持ちは良くて嫌われている素振りも見えない。ラルズが想像する通りの、万人から讃えられる英雄の姿そのものだ。切っ掛けとなった大戦についての詳細も、書庫を調べた限り発見できず、真相は闇の中だ。


 だけど、今は深く気にする必要もないだろう。話したがらない内容を無理に聞き出して知りたいとも思わないし、人には言いたくない内容の一つや二つ持っていても可笑しくはない。現にラルズも話を合わせる為に、ミスウェルとの関係性を隠している。


 会話を交えながら食べ終えた焼き串。店主が設置しているゴミ箱に捨ててお礼を伝える。


「あ、そう言えばすみません。一つお尋ねしたいんですけど構わないでしょうか?」


「勿論! 商品買ってくれたし、お客さんには良くしねぇとな。何が聞きたいんだ?」


「実は、都市に来たばかりで土地勘も何もなくて、この宿場を探してるんですけど……」


 折角なのでここで宿場の場所を確認しよう。都市はかなり広いこともあるし、空も橙色から時間も進んで青色に近い黒色に姿を変えつつある。あまり時間が掛かると面倒だろうし、最悪端から端まで離れていたとなると酷い目に遭ってしまう。


 鞄の中から許可証を取り出して店の名前を店主に伝える。すると、長く住んでいる間柄、直ぐに目的の場所を教えてくれた。


 場所も把握することができたので、最後にお礼を伝えてお店を後にする。そのままラルズは宿場を目指して進んでいく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――疲れた……」


 案内された宿場の二階。窓側付近に設置されているベッドの上にラルズは飛び込み、溜まりに溜まった疲労を言葉と息と一緒に外へと吐き出す。


 あの後、教えてもらったこともあり、無事に宿場を見つけることに成功したラルズは、許可証を確認してもらう為に、従業員に責任者を呼んでもらった。


 呼びに行っている間に内装を軽く見回したが、元々は酒場か何かだったのだろうか。改良して宿場として運営しているみたいで、受付としても利用されているカウンターの奥には小物がちらほら並び、丸机と椅子も同様。


 待っている内に奥から現れたのは女性の方。茶髪で体躯も大きいダリアという方。男のラルズよりも発する声が大きく、正に女将という言葉が彼女を示すのに相応しい。

 鞄の中に入れていた許可証を提示すると、ミスウェルから話は伺っていたのだろう。そのまま話はとんとん拍子に進んでいき、部屋へと案内されて今に至る。


 簡単に注意事項も言われ、内容を纏めると大きく分けて三つ。


 一つは当たり前だが、他にも寝泊りする方々がいる以上、夜遅くにはしゃいだりうるさくするのは迷惑になるので気を付けること。扉で塞がれているとはいえ作りは木造主流の建物だ。音は防ごうにも限界があるし、ここに住んでいるのはラルズだけではないので、ゆめゆめ自覚を忘れないようにしなければならない。

 

 もう一つは、朝食、昼食、夕食と、頼む場合には時間は個人によって任せられ、必要な時にその都度従業員に連絡し、メニューに応じたお金を渡せば用意してもらえる。


 最後の一つが、部屋内にある備品を壊してしまった際、本人の不手際によるものの場合は賠償を請求すること。現在寝転んでいるベッドを含め、机に椅子、外の様子を覗ける窓ガラスと様々。軽い衝撃で壊れる代物もちらほら見受けられるので、肝に銘じておこう。


 自発的に壊したり、ストレスを発散したりと物に当たる、といった行為はラルズからしたら正直考えられない。不手際以外に壊すことなどあまり想像がつかないが、注意事項として挙げられる以上、過去にそう言った事例が起こったのだろう。


 以上の三点がここで宿を借りるに至ってのルールなのだが、ラルズには例外として一つ加算される。


 それは今日のこの日を持ってからお世話になる一年間、名義上はラルズの部屋として登録がなされる。

 

 ミスウェルが先に一年分の住み込みの料金を前払いしていたこともあり、店主の方も納得してこの部屋をラルズに渡してくれた。

 

 この部屋は本日付でラルズ専用の私室として変わり、以降契約が切れる期間の到来、あるいは本人が自らの意思で契約を破棄する旨を伝えた場合にのみ契約解除の適応がなされる。

 都市を離れて遠くに向かい、暫くの間空室となる日が続いたとしても、依然として部屋の持ち主はラルズとなっているため、本人から報せがあった人物以外の別の宿泊客を入らせることは禁止として店側も納得してくれている。


 例外として掃除の為に部屋を入ることはあるのだが、そこは責任者であるダリアのみが入ることとし、彼女以外の従業員が仕事上の名目しかり、私用で入ることは認めず、もしも約束を違えれば払われた料金の全てをお返しするといった内容のもと、こうして宿場の一角を用意してもらった次第だ。


 ベッドから起き上がり、窓の外から都市の様子を確認すると、月が姿を見せ始めて世界を照らしている。窓を開けて空を眺めてみると、今日は雲に隠れず、いつぞやかの月に誓いを立てた日と同じくらいに、星々が良く見える。


 都市を歩く人々の姿も落ち着きを見せ始め、遠くの方に玄関口から光が漏れている場所。男性の楽しそうな笑い声を中心に多くの人の声が混じり合い都市内に響いている。恐らく酒場のような場所だろう。


 他にも沢山知らない場所も多いことだし、全容を把握してもいない。明日は都市の方を見て回ろうと計画している。


「落ち着いたら、他の四大都市や王国にも行ってみたいな」


 時間は有限とはいえ、一年間の間世界を見て回れる。一年と聞くと長いように聞こえはするが、実際の体感時間で一年となると、結構短いと口にする人も多いのではないだろうか。

 ラルズも一年間は早いと感じる人種。都市を満喫して、他の場所に向かったり交流を深めたりしている内に、直ぐに期間が満了になるだろう。


 一年後、そのまま屋敷に戻るのか、それとも何かやりたい仕事を見つけて離れるのかはまだ分からない。今はただ単純に、幼少期のころに掲げた夢を追っているだけで、具体的には何も定まっていない。


「やりたいこと、後悔しないように全部やらないと」


 当面の目標としては取り敢えずこの都市を見て回ること。道中の間で気になる建物が数多く並んでいたし、興味の引く手が沢山あるのは個人的にも助かる。


「・・友達とかも、できたらいいな……」


 シェーレとレルは家族、ミスウェルやアーカード、ノエルも見方は少し違うが、父さん母さんと同じくらいに親しくしている中で、家族という表現がラルズの中では強い。

 ノエルなんかはシェーレとレルの一つ下ということもあり、我が儘ぶりも年相応さも加味して、もう一人の妹みたいな印象だ。アーカードとミスウェルは互いに二人とも理想とする男性像として尊敬しており、友達というのは響きが違う。


 同じ目線での、いわゆる同年代の友好関係を結んだ間柄、親友と呼べる親しい存在が、ラルズには一人もいない。


 互いの趣味を語り合ったり、時には喧嘩して険悪になったり、それでもまた一緒に遊んだり。そういったなんてことない、普通の友達を、作りたいと考えている。


 本当に心から信じ合えるような友達を……親友を見つけられれば嬉しい。


 窓を閉めてラルズは振り返る。荷物の整理もしていないし、何よりお腹がまだ満たされていない。下に降りて早速ご飯を注文させてもらおう。


 今までは屋敷で一緒に食事を行ったが、今日からは一人。どこか寂しい響きだが、そう悲観的に考えたりはしない。


 ラルズが選んだ道。今は、過去を見るよりも、誰よりも前を、未来を向いて進んでいる。


 疲れた身体を動かしてラルズは扉を開けて部屋を後にする。


 ――歩きっぱなしの一日。動物を助けて、店主の人と少しおしゃべりをし、宿場で部屋を借りる。


 屋敷を出発した一日。その日は説明することも少なく、そのまま次の日を迎える。


 まだ都市でのラルズの日常は、始まったばかり……


 


 

 


 

 


 


 


 

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