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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第二章 新たな世界と南の都市
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第二章4 風に乗せる言葉


 自身の封じていた想いを解き放ち、屋敷の人たちから最高の誕生日を祝っていただいてから、早くも二日が経過した。

 あの後契約書に直筆でサインをし、翌日にはミスウェルが書状を手にして南の都市へ。最終確認をしに宿場の店主がいるエルギュラスへと向かい、ラルズはその間準備に勤しんでいた。


 ラルズ本人からしたら急遽決まった案件。色々相談した結果、三日後には都市の方へ出立する方向へと決まる。部屋主不在となり、暫くの間留守の形となるラルズの部屋は、定期的に執事のアーカードが面倒を見る話に落ち着いた。

 

 また契約書と一緒にラルズがいただいた大量のお金だが、そのまま持ち運んでしまえば盗難に遭ったり、何か大きな事件に巻き込まれる可能性が十分にある。

 なので様子見として、一カ月近くは問題なく過ごせる程度の量を手元に置き、残りは屋敷の方に預けておくことに。


 宿場の方に最低限生活に困らない家財が敷かれていると聞いているので、その他の必要なものは屋敷から持ち出し、最悪足りないものは都市の中で適宜購入していけば問題ないだろう。


 また想定外の問題があったとしても、屋敷の方から都市までの距離は、竜車を頼めば半日と掛からない。旅立ちなどと大袈裟に表現したが、これっきりで会えなくなる訳でもないので、気軽に顔を合わせようと思えばいつでも会える。


 南の都市の宿場を拠点として活動を続けるが、慣れてきたら他の場所へと世界を広げようとも考えている。折角夢に向かって羽ばたかせてくれるので、時間の許す限り、己の好奇心をすべて満たすつもりだ。

 南の都市以外にも、他の四大都市や大陸の中心に位置するレティシア王国にも、いずれは訪れるつもりなので今から楽しみで仕方がない。


 すっかり自分の気持ちを奥にしまわずに、態度に現れているラルズ。早くも出発の前日へと差し掛かるが、最後にミスウェルに無理を言って連れてきてもらった場所へと、アーカードとノエルを除いて一同は集まっている。


 その場所こそが—―


「・・よっと……!」


 使い終わった用具を荷台の上へと戻して、外の空気を思いきり体内に吸い込む。埃と汚れまみれの家の中で長いこと作業をしていたからか、一層空気が美味しく感じる。

 大きく吐き捨て後ろを振り返ると、懐かしい家の姿が目に映った。


 ラルズたちは屋敷を離れ、今現在はオルテア森林の奥地へと入っていた。目的地と訪れる理由はいつもと同じ、幼少期のころに過ごしたラルズたちの家だ。


 屋敷でお世話になってから、一年に一度の頻度で森へと戻りお墓参りを行い、同時に掃除を繰り返しているラルズたち。多少時期が前後することもあるが、屋敷を出ていくラルズがミスウェルにお願いし、都市へ向かう前の最後の時間、掃除と両親への挨拶をしたいと願いを申し出た。


「――やっぱり、そろそろ限界だよね」


 首に下げたタオルで汗を拭きながら見上げる家の全体図。木造主体で構築された家の全容は、お世辞にも暮らしていた当時よりも酷く劣化し、一部はもうボロボロの状態へと成り下がっていた。


 家は放置されると老朽化が早まると言われるが、原因は様々だ。掃除をする人がいない、湿気や換気不足、自然現象の類による横槍と、要因は挙げればキリがない。木々は年々劣化の痕が見られ、腐っている部分もちらほら見られる。


 外装は損傷の色が激しいが、家の中も負けず劣らずだ。棚や机といった持ち運ばなかった家財も損傷の色が目立ち、取り切れずにこびり付いた汚れが各所に設けられており、中にはカビが生えている場所も。


 内と外、どちらを見ても建造物としての時間は限界を迎え、ミスウェルの見解では、あと一年持ち堪えられるかどうかの瀬戸際との見方だ。個人的には、シェーレとレルが十五歳、大人の仲間入りを果たすまで耐えて欲しいと願うばかりだ。


 本当の意味で家族が時間を共にしてきた思い出の詰まった場所は、正真正銘この家しかない。森の外へと出た試しがない幼少期のころのラルズたち。両親が死ぬ前に作り上げた思い出の日々は全て、この家でしか紡がれていない、限定されている代物だ。


 この場所が朽ちて無くなるのは、建物が崩壊する以上に、本当の意味での消滅に近いだろう。この家以外に家族全員が一緒に過ごした場所など、存在しないのだから。


 いざ無くなる日が近いと、途端に寂しい気持ちが胸中を占める。仕方がないと頭では分かっているけれど、こればかりは割り切るのが難しい。


 内装の掃除の方は各々場所を分担して取り掛かる方針。粗方掃除の方は手が進み、ラルズの担当していた場所は先程終了。あとはシェーレとレルの担当している区域だけだろう。一緒に同行をお願いしたミスウェルの方も、自分から掃除を受け持ってくれた。ラルズたちが監禁されていた部屋や、拷問を受けていた一室など、気を遣ってくれているのだろう。


 本当に、ミスウェルには頭が上がらない。助けてくれた件や、先日の一件も含め、この人には感謝の念が途絶えることは一生無いと断言できる。


 魔獣に壊され、外から家の中が丸見えの玄関口から家へと再度入り直し、廊下を進んで居間へと移動。その先、幼少期のころのラルズたちが眠りについていた実質的な私室へと向かうと、掃除をしているシェーレと、壁にもたれ掛かって休んでいるレルの姿が。


「結構綺麗になったね」


「はい、あと少しですね。・・レル、真面目に掃除して下さい!」


「づかれたっ」


 箒で床を掃いているシェーレが、振り返り壁で休んでいるレルの姿を見て叱りつける。対してレルは今まで手を動かしてきたからか、それとも単純に掃除が面倒くさいのか、怠そうな様子だ。恐らく挙げた理由の両方が重なっているのだろう。


 シェーレは綺麗好きでもあり掃除は好きな部類だ。引き換えレルは掃除が嫌い。人によっても掃除の好き嫌いはかなり極端に分かれがちの印象が強い。二人なんかは分かりやすいぐらい如実に現れている。


 ラルズは掃除自体は好きでも嫌いでもない。至って半々だ。綺麗になっていく過程はやっていて気持ち良く、終わった後にピカピカになっていると頑張った分嬉しさも一入だ。ただ一度取り掛かってしまうと、辞め時を見失ってしまうのが玉に瑕だ。

 

 適度な見極めが難しく、折り合いが付けにくい。以上の理由からラルズは掃除が好きでも嫌いでもない、どっちつかずの状態だ。


 偏見かもしれないが、掃除が好きな人の割合は、全体を見ても少ないんじゃないかと思っている。だからこそ、目の前でダレているレルの姿を、シェーレのように叱咤する気にはなれないラルズだ。


「あと少しだからさ、頑張ろう? 俺も一緒に手伝うからさ」


「むー、分かった……」


 ラルズの言葉に嫌な顔をしながらも、渋々作業に戻るレル。彼女と同じく机に置かれた未使用のタオルを手にとって、担当部分である壁を磨いていく。


 元々進行していた分と、ラルズが手伝った点もあって、時間もかからず一室の掃除は見事に完了となる。


 部屋に置いていた用具と、使用された用具を別々に纏めて管理し、外に出て荷台の上へと道具を積み上げる。


 丁度ラルズたちが荷物を上げ終わった直後にミスウェルも終了したのか、一緒に屋敷から持ち寄ってきた道具の全てを搬入し、これにて掃除は終了となった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「終わったー!!」


 外の空気を思いきり吸い込み、空気と木々を大きく振動させるほどの大声をレルが挙げる。長い時間続けていた掃除から解放されたからか、勢いも凄まじく、隣にいたラルズたちの鼓膜にもかなり響いた。


「いきなり大声上げないで! 耳が痛くなる!」


「たはは、ごめんごめん!」


 案の定シェーレに叱責を貰い、レルも反省しているのか直ぐに謝罪する。細やかなほとぼりも冷めると、ミスウェル以外の一同が見上げるのは掃除したばかりの家の姿だ。


 建造物としての形を保っていられるのは、残りわずか。来年、一緒に両親に挨拶をしに来る頃には、既に崩壊していても可笑しくはない。

 年々損傷が激しくなるにつれ、いずれこの日が来ることは覚悟していた。


 色んな思い出が詰まっている。楽しく幸せな記憶もあれば、辛くて苦しい記憶も数多く。脳裏に刻まれている記憶の欠片は、この家が無くなったとしても、もう十分に定着している。


 ――もしも父さんと母さんが生きており、ラッセルと出会わなければ、今もこの家の中で家族五人、仲良く暮らしていただろう。


 喧嘩をするシェーレとレル、それを見て怒鳴る母さん、現場を宥めようとする父さん、父に手を貸すラルズと、あり得たであろう未来が簡単に想像でき、口元には自然と微笑みが作り浮かぶ。


 三人は目に焼き付ける。家族で過ごしたこの家を、思い出を、過去を。受け止めて、踏みしめて、新たな未来への一歩へ繋げていく。


「――最後に、兄さんが旅立つ前に、みんなで来れて良かったです」


「うん、俺もそう思うよ」


 タイミングは正に完璧だった。掃除をする名目もそうだが、ラルズが屋敷から出て言っていた場合、こうして形あるうちに三人で家の姿を目にしておくことは不可能だっただろう。

 このあとに挨拶をしに行くわけだが、普段の報告に加えて、大事な連絡も両親に言えるから、そういう意味でも丁度良かった。


「じゃあ挨拶しにいこうか。あまり長居すると帰りが遅くなっちゃうし」


 順番や段取りは例年行う中で固定化していき、それに伴って時間も大分短縮されるようになっていた。だが出発の前日でもあるので、できるだけ長い時間、屋敷にいるアーカードとノエルとも一緒にいたいし、遅くなりすぎるのは次の日に支障が出てしまうだろう。


「ミスウェルさん、すみませんが—―」


「構わないよ。俺はここで待っているから、しっかり連絡してくるといいさ」


 ミスウェルには竜車の傍で待機して頂き、ラルズたち三人は家の裏手に回る。


 草木が生い茂り先の見えない景色が広がる中、腰近くまで伸びている草を手で払いながら進路を進行する。足元を見ても地面が正確に見えず、道なき道を進んでいる状態。何度も足を運ばせているからこそ染み付いている、ラルズたちだけが知っている秘密の通行路だ。


 勝手に目印として認識している木々を頼りに歩いていくと、何度も来ていることからも、苦労することなく目的の場所には直ぐに辿り着いた。視界が開かれ、鬱蒼とした森の中とは一転、映るのは小さな楽園だ。


 色鮮やかな花々が咲き誇り、赤や青、黄色に緑、多種多様な色をして美しい花たちがラルズたちを歓迎する。家族以外にも別のお客さんとして蝶々が来店し、花の花粉を吸い上げている途中なのか上で静止している。小鳥の囀りもこの場の空気と雰囲気に混ざり、より幻想的な空間へと仕立て上げる。


 知らない人が足を踏み入れれば、神聖な場所とでも捉えても可笑しくはない。人の手が施されていない、混じり気なしの自然が生んだ小さな箱庭。目にする人の大半は、そんな感想を抱くだろう。


 何人たりとも足を踏み入れることを憚られるような大地に、ラルズたちは土足で侵入していく。もし神様がこの世界にいるのだとしたら、罰が与えられても可笑しくない愚行だろう。


 許されるとしたら、神と同じ地位に値するか者か、あるいは……


「――母さん、父さん……」


 故人を弔う、関係者ぐらいだろう。


 眼前、手つかずの花畑に異質なものとして舞台に上がっているのは、隣り合う二つの土の塊だ。手を加えられたと傍から見ても想像がつくその場所を、周りの花たちが気遣い、盛り上がっている部分を上品に隠している。


 膝を折り、地面に手を触れる。二つある土の真下には、ラルズたちを愛し、三人も愛している、既にこの世を旅立ってしまった家族。焦がれても、望んでも、既に魂が肉体から隔離してしまい、声も仕草も、言葉も掛けてくれない遺体だ。


 父が亡くなり、母がこの場所を見つけて遺体を埋葬した。いわゆる土葬と呼ばれる弔い方。ラルズを庇って命を落とした彼を、大人の人一人が入るぐらいに掘り進め、自らの手で土を戻して蓋をした。


 父の遺体は母が、そして母の死体は子供たちであるラルズたちが埋葬した。手段は様々あるが、話し合いの結果父と同じ場所で、同じ弔い方をすることにした。燃やして灰にするには抵抗があったり、独りぼっちでは寂しいだろうといった、遺体に対する子供特有の理論だ。


 陽の光が当たらない真っ暗な暗闇の中。七年間という長い月日が経過しており、きっと両者の遺体は既に白骨化しており、元の綺麗な状態とはかけ離れているだろう。


 初めにミスウェルにお願いをしてオルテア森林に戻ってきたときに、ここから運び出そうかと提案を受けたが、ラルズはそれを断った。


 理由は色々あるが一番の理由は、ここが家族全員で過ごした唯一の場所だからだ。先に掃除をした家はもう限界もいい所。あの家が倒壊し、姿を失えば、ラルズたち家族が共に時間を過ごしてきた縁のある建造物は他には一切ない。


 残すところはこの森だけ。思い出のある建物は家だけだが、この土地には、この森には、確かに一緒に過ごした時間が残っている。


 眠りにつくのであれば、寂しくないように、思い出を振り替えられるココが一番適していると、ラルズたちは信じている。


 ここに来る人なんてラルズたち以外は恐らく一人もいない。例外として誰かが家を発見したとしても、この墓場までは見つけることは困難だろう。


 寂しくて静かで、自然が見守る小さな庭。ここが一番、父と母にとっても、ラルズたちにとっても、家族にとって……ここが一番なんだ。


「――シェーレ、レル」


「はい」


「うん」


 両親の墓の前で立ち並び、手を合わせる。瞳を閉じて、祈りに意識を集中する。一年ぶりに姿を見せるラルズたちは、両親の目からどう映っているのだろうか。


 目に見えて大きくなって、心も成長して、子供だったシェーレとレルも十三歳となり、ラルズに関しては十五歳、成人を迎えた。周りの人に背中を押されて、明日には屋敷を後にする。幼い頃に誓いを立て、代わりに忘れてしまった自分の自我。


 完全に消え去ることはできなくて、未練たらしく外の世界への滾りを、熱を、忘れることはできなかった。長い年月の間で風化することは無く、訪れる日が来るのを、本人の意思とは別に待ち続けた。


 両親に言い付けを言われ、森で一生を過ごしていたラルズ。両親が亡くなってしまい、どうして外に出てはいけないのか、理由も今となっては誰も知らない。


 もしかしたら向こうで二人とも怒っているかもしれない。今こうして墓の目の前で挨拶をしているラルズに、止めようと必死に声を荒げていても不思議ではない。


 ただ、今のラルズはもう誰にも止められない。憧れを、羨望を、期待を、胸に灯された今となっては、誰に何を言われようとも、踏み出し始めた意思を、もう一度引き戻そうとするのは、既に手遅れであり不可能だ。


 言い付けも約束も守ってきた十五年間。人生で初めての、特大の我が儘を、息子の反抗期を、どうか許してほしい。


(シェーレとレルが十五歳になったら再び来るから、そのときまで説教はお預けにしておいて下さい……)


 祈りの中で謝罪を行い、ラルズは目を開ける。本当はもっと話したいこともあるけれど、今はこれだけで事足りるだろう。

 ちらりと両隣を見れば、シェーレとレルも丁度終了したみたいだ。


「――ちゃんと挨拶できた?」


「はい、大丈夫です」


「あたしも!」


「そっか。じゃあそろそろ行こうか」


 名残惜しさもあるが、長居しすぎると帰りが遅くなるので、足早に箱庭を後にする。来た道をそのまま戻る形。


「――あ、ごめん、先行って待ってて!」


「分かりました」


「んー!」


 シェーレとレルには先に竜車へ向かってもらい、ラルズは大事な一言を伝えてなかったことを思い出して再び墓の前へと戻った。

 

 出掛ける時には、ちゃんと言わないといけないよね……


「母さん、父さん。――行ってきます!」


 返事は無い。それで構わない。


 言い残したこともちゃんと伝え終わり、ラルズはその場を後にする。


 ――直後、優しく吹き荒れる風がラルズの背中を軽く押し、目を見開いた。


 風のはずだけど、まるで誰かがラルズの背中を押したような、不思議な感覚。


 奇妙な感覚を受けて、ラルズがもう一度振り返る。視界は何も変わらない、先程と同じ景色が広がっており、その様子には一切の変化は感じられない。


 辺りにいる小鳥の声か、吹き抜ける風の音が声に聞こえたのか、真相は分からないが、風がラルズを通り抜けた際、確かに聞こえた気がした。懐かしくて、忘れられなくて、大好きな二人の声が――


「――気のせい、だよね……」


 聞き間違いと判断して、そんな訳ないとラルズは頭の中を切り替える。


 そして今度こそ墓場を後にする。去り際の直前、風の音に紛れてラルズが耳にした声と内容。幻聴だと切り捨てた本人には届かない。

 

 ・・でも確かに、聞こえた気がしたんだ。


 



 「「いってらっしゃい」」


 息子の門出を応援する、二人の祝福の声を……

 



 


 

 


 

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