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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
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第一章14 月下の誓い


 特訓を開始してから次の日となり、心配していたレルの容体は無事に回復。身体の方にも異常は見つからず、体内の魔力にも不審な点は見当たらないとのことで、先日の一件は単なる事故として片付けられた。

 

 雷と風魔法の両方を扱えるレル。本人の口からもそうだが、風は微妙として雷の方が個人的に扱いやすいという見解になった。個人差によって得意不得意が分かれる話があったが、レルにとっては風よりも雷の方に性質が傾いているだろうという結果に落ち着いた。


 なので今後は雷魔法については使用を控え、少しずつ練習して慣らしていく方針へと決まる。また仮に暴走してしまっても直ぐに対処が取れるように、雷の魔法を使用する際には、最低でも必ず一人は傍にいて経過を見守るとの取り決めとなり、この件は一先ず無事と判断。


 なので今日もシェーレとレルは魔法の特訓を続けており、それぞれ魔法を磨いている中、俺自身はというと――


「ラルズ様、手伝っていただいて大変助かりました」


「荷物を運んでいるだけですし、それに俺の方こそありがとうございます」


 俺はアーカードさんと一緒に屋敷の一番近くの村落へと足を運び、夕飯の買い出しへと出向き、今は買い物を終えて屋敷への道を戻っている途中である。


 最初は特訓を始めようと気合いを入れていたのだが、玄関付近で外出の準備をしているアーカードさんを目にして様子を尋ねたのが始まり。


 前述のとおり夕飯の材料を求めて村落へ向かうと聞き、自分も一緒に村へ同行したいとお願いをした。二つ返事で了承して頂き村へと出発、途中でアーカードさんに貨幣について教えて頂いた。


 目的がこの貨幣についての知識。一度として買い物をしたことがないどころか、外でお金を使用したことがない自分にとって、是が是非でも覚えないといけない一般教養だ。


 貨幣価値はそれほど難しくもなく、種類としては三種類。銅貨と銀貨、黎金貨の三つだ。


 銅貨から続いて価値が増していき、銅貨十枚分で銀貨一枚、銀貨十枚分で黎金貨一枚分が相場。そこまで複雑でもないので、覚えるのに大した苦労はなかった。


 最初はアーカードさんの買い物する姿を横で観察し、知識の行き違いが無いことを確認。最後の食材を買う際にはお金を頂き、自分一人の力で目的の商品を買うことに成功。村へと同行した目的は上々の結果に落ち着いた。


「手伝ってくださった細やかなお礼として、今日の夕食は腕によりをかけて作らせていただきますね」


「え、ほんとですか! やったぁ!」


 思わず飛び跳ねて喜んでしまい、手に持つ商品の入った茶色い包みを落としそうになってしまった。慌てながらバランスを取り直して荷物を腕の中に抱き寄せる。


 アーカードさんの作る料理はどれも絶品で、毎日の楽しみの一つでもある。肉や魚、サラダにスープ、毎日並べられる料理の数々を前にして、俺は勿論としてシェーレとレルも大評判で、何度もおかわりをしてしまうほどだ。


 料理に限らずだが、アーカードさんは屋敷の全てを一人で切り盛りしている。食材の仕入れや調理、完成までの流れを一人で補うのもそうだが、屋敷の掃除や衣服の洗濯と、全てにおいて完璧な仕事ぶり。


 屋敷の当主であるミスウェルさんから全幅の信頼を置かれている理由の一つとして、仕事ぶりも当然評価されているのだろう。それに加えて……


 ちらりと隣を歩くアーカードさんを横目に見る。村へと向かうときもそうであったが、アーカードさんと俺では、体格や身長の影響もあるので当然歩幅が違う。なのでお互い普通に歩いていれば距離は自然と開かれるのだが、今でさえ距離は変わらず常に一定の距離感を保っている。


 アーカードさんは隣で歩いている俺を気遣ってくれているのだろう。いつもよりも歩幅が小さく、距離が離れないように注意してくれている。


 観察して自然と所作や行動ができる余裕のある紳士的な大人。執事としての仕事だけでなく、他人や周囲への適切な配慮といった内面的な優しさも合わせもっているからこそ、あれ程信頼されているのだろう。


「・・ありがとう、アーカードさん!」


「ん、そんなに喜んでもらえると、提案したこちらも嬉しくなりますね」


 料理の件ではないのだが、そう捉えてもらって十分だろう。行動に隠れた優しさを受け取り、お礼を伝える。若干すれ違ってはいるが、感謝を伝えている点としては同じなので、追及はしないで構わないだろう。


 お礼を口にして暫く、互いの歩く足音と風の音が聞こえる。村へ向かっている途中は貨幣の知識を頭に入れるので一杯だったが、折角の機会でもあるし色々アーカードさんについて聞いてみようかな。


「あの、アーカードさんはいつから屋敷でお仕事をしているんですか?」


 他愛のない雑談の始まりとして、アーカードさんの過去について少し知るところから伺ってみよう。


「そうですね。屋敷に……正確にはミスウェル様に仕え始めたのはまだ一年ぐらいですね」


「一年? もっと長いんじゃないんですか?」


 言葉を多く語らずとも互いのことを深く知り合っており、慕い合っている仲だというのは、普段の様子を前にすれば察しが容易につく。だからか二人の間柄……もとい付き合いは長いものなんだろうと勝手に変換していた。


「主人と執事といった雇用関係になったのは今申し上げた通り一年前ほど。それほど時が経過している訳ではありませんね」


「一年前……もしかしてノエルと一緒に屋敷に住むタイミングと同じですか?」


「おや、ノエルの名前が出てくるとは意外でした。よく知っていましたね」


「魔法が使えなくて悩んでいるとき、心配してくれたノエルが話してくれたんです」


 一年前と具体的な年月を直近で聞いたのを思い出す。ノエルが話してくれた自身の過去。ミスウェルさんと出会うキッカケともなった、ノエルただ一人を除き、村に住んでいた全ての住人が死んでしまったという最悪の内容。その現場に居合わせたのが、当時レティシア王国の騎士団に所属していたミスウェルさん。

 出会った二人は幾ばくかの時間を経て、屋敷で一緒に生活をすることに。それに伴い、ミスウェルさんは騎士団を脱退。


 この出来事が一年前の話ということと、今アーカードさんが言った内容を踏まえ、先程の答えに至る。


「ラルズ様の考え通り、屋敷に招かれたのはそのときですね。ノエルのことを知ったのは屋敷で一緒に生活するときに。ミスウェル様のことは面識事態ありませんでしたが、一度国内で偶然目にしたことはありました。向こうは気付いてなかったでしょうが……」


「そうなんですか?」


「ええ。何せ当時のミスウェル様は、今とは全然違いますからね」


 当時のミスウェルさん、つまり騎士に所属していた際の彼の様子を言っているのだろうけれど、その説明を聞いて違和感を覚える。

 今の姿と全然違うってのは一体どうゆう……?


 俺からの怪訝な視線を受け、アーカードさんが薄く笑いながら再び口を開いた。


「・・おや、てっきり本人から話を聞いているものとばかりと思ったのですが、どうやら口が滑ってしまったみたいですね」


「・・あの、聞いても大丈夫ですか?」


 一度耳にしてしまえば興味が芽生えてしまい、思考する間もなく内容を知りたいと口に出す。


「あまり主人のいない場所で本人のことを口にするのは、執事として褒められた行動ではないのですが……少しだけですよ?」


「は、はい!」


 秘密事を交わして了承をもらう。視線を前に戻し、そのまま先程の内容の続きを話し始める。


「ミスウェル様は知っての通り、大陸の中心であり世界の中心地、レティシア王国の騎士団に所属しており、実力は他の剣士を寄せ付けないほどのものでした。しかしその実、性格は今とは正反対、他人にまるで関心を示さず、一緒に戦う仲間に対しても一切の優しさや情を見せない。自分自身を第一に考え行動し続ける、野生の獣のような人でした」


「・・え?」


 内容を前にして俺の頭が機能を停止する。数秒固まる脳みそが再び回り始めるも、事態を飲み込めず俺はアーカードさんを黙って見つめ続けていた。


「ラルズ様の反応は至極当然なものですね。今の姿を前にして、想像つかないのは当然です」


「そ、そりゃ……」


 信じられないのも無理がない。あんなキラキラとしていて、見ず知らずの自分を救ってくれて、爽やかで頼りになるあのミスウェルさんに、荒れていた時代があるなんて言われても、信じろというのが難しい話だ。


「ミスウェル様が変わり始めたのは十年前、ある大戦が終わった後のことです。その大戦をきっかけに、彼には英雄という名誉ある称号が与えられ、もともと広まっていた彼の名前は、より一層人々に認知され、親しまれる結果になりました。変わり始めたのは、まさにそこからでした」


 その大戦を経てミスウェルさんの中で何かが変わり始めたのか、それとも……


「ですが当人はこの話をしたがりません」


「ど、どうしてですか……?」


 罵声や罵倒だったりといった傷つけられる言葉ならまだしも、英雄と呼ばれ親しまれているのであれば、これ以上ない賛辞の言葉が沢山投げられるであろう。間違いなく、褒められる偉業であることは明らかだ。


「私も当時面識がありませんでしたので、詳しいことはあまり。ですが最近になってその理由をミスウェル様が話してくれました」


「ど、どんな……?」


「――それは彼が……」


 言葉が区切られ、それと同時に足が止まる。隣で動きが静止したアーカードさんを不審に思いながら顔を覗くと、視線は一点して一人の人物を見続けている。

 その対象は今この場にいるもう一人、つまり俺だ。じっと俺の瞳を捉え続けて動きを見せないアーカードさんに対し、俺は呆然と固まり続けているだけだった。


「あ、あの……?」


 一言も喋らずただこちらへと視線を注ぐアーカードさん。少し空気が重くなったのを肌で実感し、手に持っている茶色い包みも雰囲気に押されてか重く感じる。


 互いの視線が交差する中、固まっていたアーカードさんが先程のように薄く口元を緩めるのをきっかけに、周りの空気が息を取り戻したように弛緩される。

 そのままこちらへと近付いて俺の頭の上へと右腕が伸びてきた。頭に手が当たる感触の後、下げたアーカードさんの指先には葉っぱが掴まれていた。


「――失礼致しました。頭の上に可愛らしく乗っていたこちらが気になってしまい、つい視線が釘付けに」


 恐らく道の周りにある木々の葉っぱが落ち、風に揺らめいて俺の頭の上に着陸したのだろう。些細なことではあるのだろうけれど、話に夢中でずっと被さっていたとしたら、かなり恥ずかしい気持ちになる。


「さて、少し話が脱線してしまいましたね。ミスウェル様については、本人から直接語られる日が来るでしょう。今日の内はここまでです。肝心の本題の方へと戻しましょう」


 確か目にしたことはある……といった方向から話題が逸れてしまったはず。


「ミスウェルさんが当時騎士で務めを果たしていて、一度見たことはあるってことは、もしかしてアーカードさんも騎士様?」


「残念ですが、私は騎士などと誇り高い身分の人ではありません。私の職業は今も昔も変わりません」


「ってことは執事さん?」


「はい、その通りです。ですが、王国内での私の評判はよろしくおりません。恐らくですが、ミスウェル様以外の主人は、二度と現れることは無いと言い切れますね」


「それってどうゆう……?」


「・・申し訳ありませんが、詳細は伏せさせてください。年月が過ぎる度、段々と私の執事としての評判は沈んでいきました。人から人へと噂は広がり続け、もはや私を雇おうとする人物は、只の一人もおりませんでした」


 話したく内容の中にある真実。それはきっとアーカードさんの中で大きな問題として抱え込まれているのだろう。

 普段様子に変化がない彼だが、瞳から少し辛い感情が見え始め、それ以上の追及は理性が制した。


「そんな中、声を掛けてくれたのがミスウェル様です。あとは……説明する必要もありませんね」


「・・すみません、興味本位でお尋ねして。迷惑でしたよね?」


 仲良くなりたいと思う心が、無神経にも相手の心に土をつける形になってしまい、自分の中で後悔が生まれる。相手の心を見透かすことなど不可能なわけで、言葉にして相手に問いかけることでしか互いの意思や考えは伝わらない。

 相手のことを知ろうと努力をするのは悪いことではないにしても、少し配慮が足りなかったに違いない。


 謝る俺に対して、アーカードさんは屈んで瞳を捉える。頭の上にポンと掌が乗せられ、そのまま優しく撫で回される。シェーレやレルに対して頭を撫でたりするが、自分がされるのは慣れていないからか、変な感覚だ。


「・・迷惑だなんてことはありません。確かに私自身話している中で辛い過去を思い出す形にはなりましたが、それを察しろというのも無茶な話です」


「アーカードさん……」


「それに、こうしてミスウェル様に雇っていただき、新しい幸せを掴んでいるのも事実。フォローが沢山必要な主人、悪戯ばかり行い迷惑をかけるノエルと、住人は癖が強くて困りものですが」


 薄く笑いながらぼやく姿。その表情の裏に含まれている感情がどんなものか、見ているだけで俺には想像がついた。シェーレとレルに向ける俺の心の内に似ている。世話が焼けたりする反面、どうしようもないぐらい愛おしく感じるような、不思議な感情。

 兄としてではなくて、親のような目線で二人を見ているからか、アーカードさんの気持ちが俺には分かる。


「それに今ではラルズ様たちも含めて屋敷には六名。家族とは少し形が異なりますが、賑やかになって大変喜ばしい限りです」


 立ち上がり頭から手が離れる。夕日が沈む過程の中で橙色の陽ざしがアーカードさんを照らす。いつもの姿と比べ、光が注がれる彼の姿はより一層輝いて瞳に映る。


「――さ、暗くならないうちにいきましょうか」


「・・はい!」


 隣へジャンプして近付き、屋敷を目指して帰りの帰路を再び進みだす。


 両親とは少し違う、ミスウェルさんとも違う印象。ミスウェルさんをお兄さんだとすると、アーカードさんは……おじいさん?


「――違うかな?」


 おじいさんなんて括りには当てはまらない。もっと強くて紳士的な男性像。いまいち納得のいく表現言葉が浮かび上がらず、答えは自分の中で保留に。呟いた言葉は拾われず、二人してそのまま夕食の話を交え、帰りの道を踏みしめていく。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夕食を食べ終え自分の部屋に戻ろうとしたが、夜風に当たりたい気分となり、玄関口から外へと向かい、中庭の芝生の上へと躍り出る。

 夜ということもあるが、今日は少し風が強い日らしく、身体を通り抜ける風が全身を冷たく撫でる。軽いそよ風程度であるにしても、夜となると流石に冷え込んでいる。あまり長居しすぎるとまた体調を崩しそうなので、程々にしておこう。


 空を見上げると、視界に映り込むのは大きな丸いお月様。加えて雲一つなく、キラキラと輝いて存在を主張する星々が空を彩っており、綺麗な景色が俺を見降ろしていた。


「・・森じゃ、こんなにはっきり見えなかったな」


 今までもこんな日は当然あったのだろうけれど、住んでいた環境が環境なだけに、満点の青空ならぬ、満天の星空は確認したことがない。普段目にしたことがない、夜にしか見られない限定的な時間の夜景。その姿は、自分の小さな世界と比べて遥かに大きく、そしてどこまでも広がっている。


「小さな世界……か」


 森での日々は今でも鮮明に思い出せる。ラッセルに監禁され、魔獣に襲われた俺たち。過去の自分に会えるんだとしたら、きっと信じられないだろうな。

 こんな幻想的で、魅力的な姿を瞳に映せる日が来るなんて……


「――兄貴! こんなところにいた」


「兄さん、寒くないですか?」


 シェーレとレルが窓から俺を見つけたのだうか、一緒に外へと出てきて俺へと近付いてくる。


「ちょっと肌寒いけど、見てみてよ」


 中庭にやってきた二人にも見て欲しくて、頭上を指さす。二人も見上げた先、シェーレもレルも同じくして声を上げて綺麗な景色を目にする。


「――素敵ですね」


「綺麗」


「ね、こんなに星ってはっきり見えるんだね」


 遮るものがなにもない、造られた場所の下から目にする星々の煌めき。自然が生み出した天然の場所では、見上げた先に同じような景色があったとしても、ここまで鮮明に、明瞭に映し出されることは無い。


「一面森が広がっていたから、こんな綺麗に映らなかったですね」


「だね。こんなに美しいなんて。・・レル、何してるの?」


 隣で一緒に見上げていたレルの方へと視線を向けると、レルが中庭に寝そべって更に低い位置から見上げている。


「こうやって見ると楽しいよ!」


「楽しいって、レルは本当に情緒がないというか、あまり関心は示さないわね」


「でも、レルらしいよ」


 軽く笑い、俺もレルの傍へと座り込む。シェーレも俺と同じように座り出して、そのまま三人とも星空を見上げ続けていた。


 ・・一年前から、全てが変わりだした。


 父さんが死んで、母さんも身体を崩し、やがて眠るように死んでしまった。森を出ようと決意していた矢先、不運にもラッセルに出会い、彼の趣味の玩具として生かされ、身体を苛め抜かれた半年間。

 光なんて見出せない暗闇の中、事態は魔獣という名の混乱を招き入れた。元凶でもあるラッセルは命を失い、逃げようとした俺たちも、あと一歩のところで魔獣に見つかってしまった。


 必死に走って逃げ回った。肩を抉られ、身体から大量の血を流して、やっとの思いで辿り着いた先は、行き場のない袋小路。

 崖際で追いつめられ、死を待つだけだった運命。この場所で死んでしまうんだと覚悟した。他の誰でもない、自分たち自身が……


 でも俺たちは生きていた。原因も理由も分からず、魔獣たちはどういう訳か死んでおり、反対に俺たちは生きていた。


 瀕死の俺を、シェーレとレルが家へと運んでくれて、偶然森へと入ってきたミスウェルさんが俺たちを発見してくれて、屋敷へと運んでくれた。


 命を繋ぎ留めてくれただけでなく、住まいである屋敷も提供してくれて、俺たちは小さな世界から外の世界へと飛び出す形に。

 当主であり恩人のミスウェルさん、屋敷全体を統括する執事のアーカードさん、シェーレとレルの一つ下で、悪戯が大好きなノエル。


 食卓を囲んで、温かいお風呂に入って、外へと遊びに出かけて、シェーレとレルを守る為に強くなろうと特訓して……幸せで充実した毎日が続いている。


 本当に幸せで……嘘みたいだ。


 ――だけど、失ってしまったものだって当然ある。


(父さん、母さん……)


 優しくて、子供の俺たちの遊びにも我が儘にも付き合ってくれて、少し頼りない印象もあるけど、誰よりも家族を大事にしてくれていた父さん。

 怒ると少し怖いけど、その実体調を崩したときは付きっきりで看病してくれたり、眠れない日は子守歌を歌ってくれたりしてくれた母さん。


 二人とも、本当に優しくて、大好きな両親だ。だからこそ、幸せな日々を送る毎日とは逆に、寂しさや悲しさが、今になって膨れ上がっていた。

 頭の中では分かっている事実なのに、肝心の心の内ではどこか……認めたくなかった。


 屋敷での幸せな日々は、父さんが亡くなってから始まって紡がれた秤のようなものだ。両親を亡くし、ラッセルが現れて、魔獣に襲われて、その過程が積まれに積まれ、結果として今俺たちの道は開かれて続いている。


 もしも父さんと母さんが今も生きていたのだとしたら、俺たちの今はどうなっていたのだろうか……ミスウェルさんたちとも、別の形で出会っていたのかもしれない。


 でも所詮それは可能性の話であって、もう戻すことも変えることもできない、理想論の延長だ。あのとき行動していれば、選択を間違いなければ、なんて後から考えても、今は変えられない。


 父さんと母さんは亡くなった。これが覆すことのない残酷な現実で、受け入れないといけない今なんだ。自覚したうえで、飲み込んだ上で進むしかない。


 今一度、星空が広がり輝く空へ、その向こうにいるであろう父さんと母さんに誓う。


(・・シェーレとレル、俺が必ず護るよ。どれだけ身体が傷ついても、俺の命を……全てを犠牲にしても、二人は必ず俺が護るから、だから――)


 ――さようなら、父さん……母さん。


 胸中で今度こそお別れを伝える。決別とは違う、けじめをつける為のものだ。この言葉が二人に届いているかどうかなんて、誰にも分からない。自己満足なだけかもしれないけど、大事なのは俺自身だ。

 この誓いを忘れてはいけない、俺が自分に取り付けた約束事だ。


「――兄さん! そろそろ屋敷に戻りましょう。風に当たりすぎて寒くなってきました」


「ほら兄貴、行こうよ!」


「――うん、戻ろうか」


 シェーレとレルが駆け出し、その後を付いていく。屋敷の玄関へ戻ろうとする中、最後に星空をもう一度見上げる。


「・・ラルズ、約束だ」


 自分で自分の名前を呼んで、約束を交わし合う。その様子を見る者は自分以外には誰もおらず、一人きり。


 交わされる約束は静かに、月下の淡い光のもとで――


 






 



 


 

 

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