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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
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第一章13 特訓開始


 剣の指南をお願いした翌日、朝方早くから中庭には俺を含めて指導役のミスウェルさん、それと見学しているシェーレとレルとノエルの三人が揃っていた。アーカードさんを除いた屋敷に住んでいる全員が中庭へと集合する形に。


「――さて、ラルズ君っ」


 準備を完了した自分に声を掛け、慌てながらも投げられた剣を手に取る。剣といっても手にしたのは握りや刀身、全てが木で造られた木剣であり、光で輝きを放つ鉄製とは違う代物だ。


「いきなり本物の剣は危険だろうし、これなら最悪思いきりぶつけても打撲程度で済むだろう」


 確かにこれなら危なくないであろう。

 何度も握ってみたり軽く振るってみたが、子供の俺のサイズに合ったものを用意してくれたのだろう。初めて手にしたとはいえ、これなら扱う内に手に馴染んでくるはずだ。


「どうかな、上手く扱えそうかい?」


「はい、大丈夫そうです」


「じゃあ早速だけど、まずは俺と立ち合ってみようか」


「い、いきなりですか!?」


「あれこれ言葉で説明するよりも、実際に動いたほうが身体に入り込むだろうし、俺も使用するのは同じ木剣だ。まずは好きなように打ち込んでくるんだ」


「・・はい!」


 剣を両手でがっしりと握り軽く姿勢をとる。相手は王国の最前線で剣を振るっていた剣の達人。対して俺は今日初めて剣を握った素人もいいとこ。

 真面な勝負にすらならないのは目に見えているし、もしかしたら勝てるかも……なんてそんな傲慢な考え方は持ち合わせていない。


 ただ折角直々に指導してもらえるんだ。胸を借りるつもりでミスウェルさんに挑戦してみよう。


「――行きます!」


 両足に力を入れ、緑色一色の地面を思いきり蹴り出す。変に立ち回りを考えず直線的な攻撃。当然こんな初心者の攻撃なんて当たらないのは予想するまでもないけれど、連続で剣を振り続ければ可能性はあるかもしれない。


 正面から向かってくる俺の動きを涼し気な表情で眺めながらも、ミスウェルさんはその場から微動だにしないので勢いのまま突撃。

 振るえば当たる距離まで近付き、剣を上へと掲げて攻撃を仕掛ける。木剣をミスウェルさん目掛けて振り下ろし、今日最初の一撃が繰り出される。

 

 対するミスウェルさんはそのままひらりと身体を横へとずらして攻撃を回避。対象が人から芝生へと変更し、地面と木剣が激突。手にジーンとした感覚が伝わるも、切り替えてそのまま剣を横へと振り回す。


 それも読んでいたのかミスウェルさんは後ろに飛んで攻撃は見事に空振り。そのまま踏み込んで木剣を振り続ける。

 しかしこちらの攻撃は全て当たるどころか掠りすらもしない。振るっては躱され、振るっては躱されを繰り返すのみ。


「――くっ!」


 躍起になって乱暴気味に攻撃を行うも結果は変わらず、攻撃は空を切るのみ。何度も攻撃を繰り返すも避けられ続け、胸中で苛立ちと焦燥感が膨れ上がり、数分の間で息が少し乱れる。そして一歩大きく踏み込んだ先、躱された勢いのまま足が地面に取られてバランスを崩した。


「――うわっ!」


 手で受け身を取ろうとしても間に合わず、そのまま芝生へと顔面から転がり込む。小さい痛みに呻きながら気を取られていると、頭にポンと叩かれる感触。


「――残念、俺の勝ちだな」


「・・参りました」


 差し出された手を掴んでそのまま身体を芝生から起き上がらせる。引っ切り無しに連続で攻撃を仕掛けたにも関わらず、ミスウェルさんは一度も被弾しないという結果に。


「兄さん、大丈夫ですか?」


「兄貴、全然駄目だったね」


「当然よ、ミスウェルは強いんだから」


「何でノエルが自慢げなのさ……」


 今日初めて剣を握った初心者であるのは事実であり、勝てるだなんて思ってはいなかった。しかし心のどこかでは勝てないとはいえ、一発ぐらいなら当てられるんじゃないかと変な自信が満ちていた。しかしそれは完全な自惚れであり、いざ手合わせして見ればそんな甘い考えは見事に粉々にされてしまった。

 綺麗さっぱり完封され、かえって清々しい気持ちでもある。


「初めてにしては全然悪くなかったと思うよ」


「本当ですか?」


「うん。でもやっぱり動きに無駄もあるし、太刀筋も歪んでいる。身体もできあがっていないし、まだ剣に振るわれているってのが現時点での評価かな」


 剣を振るっているのは俺だが、本当の意味で物にはできていない。後半はかなりやけくそ気味に攻撃していたのもあり、そんな部分もミスウェルさんからはお見通しだった。


「でも傍から見てる分には特別な動きとかはしていないのにね。何だか相手の未来が見えているような、そんな印象だったよ」


「あ、私もそう思いました」


 確かに二人の言う通りミスウェルさんに攻撃を仕掛けても、その前の時点で俺が何をするかを分かっているような動きが多かった。


「戦闘の中で得られる情報は沢山あるんだ。相手の目線、次に繰り出してくるであろう攻撃、互いの立ち位置……戦場での一秒は常に状況が変化する。覚えてもらいたい技術や力に関しては沢山あるけれど、特に意識しておいてもらいたいのは、予測と間合いについてかな」


「予測と間合い?」


「そう。ラルズ君が魔法を使えない以上、使える武器は限られてくる。俺も君のように魔法は上手じゃないからこそ、今言った予測と間合いを特に重点的に磨いたんだ」


 予測と間合い、二つの重要な技術についてミスウェルさんは説明を続ける。


「今俺がしたみたいに、ラルズ君の腕の振りや足の動きから次の動作を見極める。近接戦において自分だけが攻撃を仕掛ける途中で、当然相手からの攻撃だって起こり得る。相手の攻撃を捌きながら隙を模索していくのが、人一倍俺やラルズ君に求められるものだろうからね」


 互いの武器の特性や範囲を判断しつつ、状況に応じて適宜変化していく戦いに適応していく。魔法が使えない俺にとっては、確かに必要不可欠な能力と言えるだろう。


「そして間合い。遠くから攻撃を仕掛けてくる遠距離主体の人物と、近くから攻撃を仕掛けてくる近距離主体の人物。実力差が離れていないと仮定して、戦闘中に有利なのは当然後者だ」


 確かに実力が均衡している者同士、真面にぶつかれば勝敗までは予想できずとも、戦局に分があるのは遠距離の方だと、考えが自然と傾くだろう。


「単純に敵に近付けるかどうかでも戦況は随分と変わる。そもそも自分の攻撃範囲に相手が居なければ、どれだけ力を振るったとしても相手に当たることは決してない」


 相手の懐に潜り込めなければそもそもの話戦いにもならない。魔法が使えない自分は、他の人に比べて余計に困難になる課題とも言えるだろう。


 俺とミスウェルさんが決定的に違う点は魔法が扱えるかどうかもそうだが、何よりも実戦で培ってきた圧倒的な経験値の差。

 強者と弱者が試合を行ったとして、先程のような結果に繋がるのは彼が示してくれた。


「大体はこんなところだな。勿論すぐに身に付くわけでもない。徐々に身体に沁み込ませていけば十分だ。下手に焦ってやり過ぎると、かえって身体を傷つけてしまう恐れもあるしね。あとは……」


 言い残しながらミスウェルさんは俺たちのもとから離れていく。遠くへ歩いていき立ち止まり、こちらへ振り返ると再び口を開いた。


「折角だ。戦闘での魔法の使い方も簡単に実演しておこう。ノエル、そこから俺に魔法を打ってみてくれ」


「――良いわよ」


 声を掛けられた後、にやりと何かを企むような笑顔をしながらノエルが少し前へと身体を乗り出し、右手をミスウェルさんへと向ける。

 数秒時間が経過して状況を見守っている中で変化が生じる。彼女の周りに水が浮かび上がり、ゴポゴポと音を立てて水は次第に大きくなっていく。


 彼女を中心として水の奔流がその形を形成していき、魔力が水の塊として現出。

 頭が覆いかぶさるぐらいの大きさにまで成長を遂げた都合六個の水球は、ノエルが右手を振ることによって一直線にミスウェルさん目掛けて発射される。


「・・・・」


 自身に向けられた飛んでくる水の魔球。全てを最小限の動きで回避し続け、対象を外した水球は芝生に激突し、音を立てながらその形を失う。

 最後の一球も完全に躱され、ノエルの水魔法は命中しない結果となり終了……かに思えたが、


「――油断したわね、ミスウェル!」


 瞬間声を上げて右手を下へと振り下ろす。手の動きにつられるようにミスウェルさんの頭の上からもう一つ、先程のものよりも大きい特大の水球が落下していく。


 遠くで見ている俺たちだからこそ見えていた文字通りの隠し玉。死角を突かれたミスウェルさんはそのまま落ちてくる水の塊が直撃してずぶ濡れに――!


「――あっ!!」


 落下して周囲に余波が飛び散る中、肝心のミスウェルさんは後ろへと大きく飛んでこれまた回避。地面に直撃した衝撃で水はその場で爆発。少し衣服が濡れてはいるものの、被害は皆無に等しい。

 攻撃を躱されたノエルは悔しそうに地団太を繰り返しているが、それよりも……


「凄いよノエル!」


 納得のいっていない結果に不満そうなノエルであるが、俺とシェーレとレルは声を上げてそれぞれ褒め始める。

 今の一撃は眺めていた俺たちこそ視界に映っていたから把握できたが、もしミスウェルさんと同じ立場であれば、間違いなく不意の一撃に見舞われていただろう。


「最後の攻撃、鮮やかっていうか計算されてたっていうか、とにかくかっこよかった!」


「正直驚きました。あんなに魔法を上手に操れるなんて、素直に凄かったです!」


「・・そ、そうでしょ! もっと褒めてもいいよ!」


 先程までのつまらなそうな様子は既に消え去っており、真っ直ぐな賛辞の声の数々にご機嫌のご様子へと様変わりしていた。


「まあ少し派手だったけど、練習すれば二人ともノエルのように魔法を扱えるようになるだろうから、頑張ってみるといい」


 俺たちの元へと戻ってきたミスウェルさんが間合いについて再び説明を始める。


「間合いについての補足になるけれど、魔法を使用することで中距離……もしくは遠距離から攻撃を行える。牽制であったり、今のノエルのように本命の攻撃を当てる前の伏線として活用もできる。相手の魔法の有効範囲を捉えておくのも大事になってくる。逆もまた然りだね」


 戦い方は人によってバラバラだ。使える魔法属性においても使える戦術は無数にある。武器という名の手札を把握し、伸ばしていく部分を重点的に仕上げる。

 魔法が使えない俺にとって、ミスウェルさんの言っていた予測と間合い、この二つを徹底的に鍛えることができれば、シェーレとレルを守れる力へと結びつくだろう。


「焦る必要はないさ。ゆっくり少しずつ進んでいけばいい」


「はい!」


 自分の進むべき方針が確立し、朝方の庭での練習は一旦幕を閉じる。お腹の空腹感に従って、朝食を頂きに屋敷へと戻っていく。まだまだ一日は終わりそうにない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食を食べ終え舞台は再び中庭。俺を含めて中庭に戻ってきたのはミスウェルさんとノエル。


「・・ノエルはどうしてこっちに? てっきりシェーレとレルの方だとばかり……」


 シェーレとレルは一足先に屋敷正面右側の外庭で魔法の練習を行っている。朝方ノエルの魔法を目にしてやる気に満ち溢れている様子だったから、今頃頑張っているのだろう。

 なので尚更魔法の講師役として二人の方へと一緒にいると思ったのだが……


「感謝しなさい。今からラルズの特訓に付き合ってあげるから」


 練習を手伝ってくれると彼女は口にするが、一体どうゆう……?


「――さて、本来なら朝と同じように実戦形式で技術を染み込ませる方が早いかもしれないけれど、趣向を変えて別の手段をとってみることにした」


 それがノエルと一体何の関係があるのか、口にするよりも先にミスウェルさんが説明を始める。


「今から二人には魔獣ごっこをしてもらう」


「魔獣ごっこ?」


「ラルズ知らないの? 魔獣役と村人役に分かれて、魔獣役が村人役を追いかける遊びよ」


「ああ、そういう……」


 正式に名前があるのは初めて知ったが、要は名前がついているだけで単純に追いかけっこと変わらないだろう。シェーレとレルとも森の中で何度もしたことがあるから直ぐに理解できた。

 でもそれが特訓になるってのは一体……


「簡単にルールを説明するよ。最初に逃げる役はノエル、魔獣役はラルズ君。相手にタッチしたら役を交代していっての繰り返し」


「でもそれじゃ別に普通の遊びと変わんないんじゃ……」


「勿論ただ追いかけ回すだけじゃないさ。ノエルは魔法を使用して防御も攻撃も行ってもいいものとし、魔法に命中した場合はその場で十秒近くは止まってもらう」


「・・つまり魔獣役の場合は魔法を掻い潜りながらノエルに接近する。逆に逃げる役の場合はノエルの魔法を躱しながら逃げ続ける……そういうことですね」


「正解だ」


 ルールはとてもシンプルなものだ。追いかける場合、逃げながら魔法で接近を許さないノエルを追い詰めて身体に触れれば役は交代。逃げる役の場合、追いかけてくるノエルと魔法に注意して逃げ続け、触れられないように適宜動き続ける。

 魔法に命中した場合はその場で止まる。攻撃の際に直撃すれば遠くへ距離を稼がれ、防御の際には距離を縮められ、距離を詰められ役が交代してしまう。


 先の立ち合いとは違うものの、恐らく俺の為に考えてくれた特訓の一環であろう。追うにしろ逃げるにしろ、魔法という要素が加わり、更に制限を設けることで遊びから一転。頭と体力をフルに活用する新しい練習へと進化している。


「ま、ラルズがずっと魔獣役になるのは目に見えてるわね」


「どっからそんな自信が……」


 ノエルは五歳で俺は二歳上の七歳。体力こそそこまで大きく影響することは無いだろうし、いくら魔法が使えると言っても、一度も触れないなんてことは無いだろう。

 それにこれまでだってこういった遊びは沢山してきたんだ。体力面だってノエルよりは遥かに多いはずだ。


「ルールは以上だ。俺は書類を片付けないといけないから様子は見られないけど、くれぐれもお互い怪我だけはしないようにするんだよ?」


「はい、分かりました!」


 ミスウェルさんはそのまま屋敷へと戻っていく。


「――さて、ノエルのこと……ラルズは一度でも捕まえられるかしら?」


「絶対捕まえるからね!」


 自信満々なノエルに態度を同じくして宣言。

 屋敷の中で遊ぶと何か大事なものや価値あるものまで壊してしまう可能性があるので、広大な庭で行うことに。屋敷で万が一何か割れたり壊したりなんてした場合、アーカードさんに二人とも仲良く説教を受けるのは目に見えている。


「じゃあ少し離れるわね」


「うん」


 開始は俺とノエルの距離が少し離れてから。ノエルの魔法は一度朝方に目にしている。水球を作り出して相手に直線的に飛ばす魔法。注意していれば避けられない速度ではないから、一番警戒するのはミスウェルさんの頭上に作り上げた視覚外の一発だろう。

 と言ってもノエルは魔法については俺たちよりも先輩。他の魔法も使えるだろうし、先の魔法に縛られずに、柔軟に対応できるように構えておいたほうが良いだろう。


 下手に翻弄されず、素早くノエルとの距離を詰めて捕まえる。これが一番俺の中で勝てる可能性が高い作戦のはずだ。


「――いいわよ!」


「よし、行くよ!」


 足に力を入れて芝生を力強く踏み出す。駆け出した勢いそのままにノエルへと直進し、ノエルも俺から距離を稼ごうと同じように逃げ始める。

 単純な走力の面で見れば恐らく俺の方が早いはず。だからこそ重要になるのは魔法の対処。大きく避ければ減速してしまうだろうし、理想的なのはミスウェルさんが躱したような最小限の動きでの回避。


 追い掛ける内に段々と距離は縮まってきている。やっぱり足の速さだったら俺の方が早い!


「――っ!」


 後ろから迫る俺の動きを確認しつつ、ノエルが魔法を行使。彼女の周りから水球が幾つか生み出され、視界に捉えた俺の足が一瞬たじろぐ。

 瞬間足が止まった俺へと握り拳大の水球が飛んでくる。姿勢を低くして頭近くに飛んできた二つの水球を避ける。続いて後ろから追撃のように放たれている四個の水玉。体制を低くするのを読んでいたのか四つとも視界の先から一直線に迫り来る。


「――まだっ!」


 低い姿勢から両足に力を入れてその場で跳躍。魔法が綺麗に空気を縫いながら後ろへと直進。標的を逃した魔法は後ろに流れて芝生の上へと落下。霧散してその場で芝生に水分を与える。


「これで――!」


 顏と身体を上へと引き上げ、更に距離を詰めようと再三足に力を入れ直したのだが――


 バシャッ!! と頭上から冷たい水の塊が落下。先程までの攻防の末に温まっていた身体も我に返るぐらいの冷たい衝撃。頭から被った水そのものは全身余すことなく濡らしており、そのままポタポタと芝生にも垂れている。


「あはははは! 下ばっか見てるからよっ! ずぶ濡れーっ!!」


 開始前、視覚の外からの攻撃に注意しようと頭の中に入れていたというのに、いざ実際に身体を動かして変化する状況に対応していく内、そんな警告は頭から離れてしまっていた。


 向こうの芝生の上でノエルは転がりながら爆笑しており、少し腹立たしい。そこまで笑わなくてもいいじゃないか……!


 心の底から笑うノエルの姿に少し……いやかなり腹立たしいと感じる。彼女は涙を指で拭いながら芝生から立ち上がり、からかうように言葉を言い放つ。


「じゃあ動きにくいだろうけど頑張ってねー!」


 再び魔獣ごっこは再開。水で衣服が濡れている分先程よりも体が少し重たくはなるが、雨の日での戦闘だったりも当然外で戦っている内は遭遇する場面も多いだろう。

 先程の反省点を繰り返さないようにしながら、ノエルに近付いていこう!


 ・・そして何より悔しい。年下の女の子にあれだけ馬鹿にされて気にしないほど、俺は大人ではない。絶対に捕まえてやる……!


「――行くよ!」


 意気込みを十分に掲げて二回目の挑戦。今度こそ彼女を捕まえるべく、先程と同じように距離を詰める。ノエルも俺との足の速さの違いは気付いているだろうし、魔法で距離を稼ぐか、意識外からの魔法でまた仕留めようと企んでいるだろう。


 勝負は距離が近付いてノエルが魔法を使用したタイミング。その攻撃の裏の裏を読み切ればノエルとの距離をグンと縮められるはずだ。


「もう一度!」


 案の定ノエルが再び魔法を発動。さっきと同じ拳大の水球を五つ生み出してこちらへと飛ばす。さっきはその場で回避してしまい、二の矢三の矢とノエルの術中にハマってしまった。


「――だったら!」


 眼前から迫る水の玉。こちらの行動一発で全て解決すれば……!


 今以上に足に力を加え、芝生を思いきり跳躍。身体目掛けて飛んできた魔法を大きく飛び越え、ノエルの方へと一気に前進する。


「――よし!」


「うそっ!?」


 その場近くで回避しようとしたノエルの読みに対し、意表を突いた回避と前進。

 その両方を一度に行われた結果は、今のノエルの動揺にも表れている。


 着地して直ぐに踏み出し、勢いそのままにノエルへ突っ込む。魔法を発動しようとしてもこの距離なら間に合わないだろうし、視覚の外からも魔法による一撃は感じられない。


(いける……!)


 距離を詰めて手を伸ばす。このまま伸ばした手がノエルに触れる……瞬間だった


 ――雷が鳴り響いた。一音聞いただけで、それが雷が落ちた音だと脳が理解するほどの爆発音。過去に一度シェーレとレルが声を上げてしまった雷鳴よりもさらに大きく、ヤバいと直感で感じてしまう、本能に訴えかけてくるような特大の轟音。


 地面に倒れてしまうぐらいの激震と、耳の奥深くまで入り込んで伝わってくる衝撃。俺もノエルもその場で時が止まったように、呆然と意識が固まってしまった。


 数秒経過して意識と身体が混合し、今の音についての詳細を確認しようと周囲を見渡した。


「な、なによ今の音は……!?」


「今の音、尋常じゃなかった……! どこから……っ」


 音の震源地を探るべく二人して周囲に視線を向ける。


「――! あ、屋敷の右側、湖のある方よ!」


 ノエルの声を受け、指が刺された方へと首を動かすと、湖が見える屋敷の外庭、そこから煙がうっすらと昇っている。

 煙の下、その場所はシェーレとレルが魔法を練習している場所のはずだ。嫌な予感が全身をよぎり、一目散に走って煙の下の場所を目指す。


(シェーレとレルに何か起こったのか……!?)


 嫌な予感がしつつも、全速力で目的の場所へと足を進める。屋敷からそう離れている訳ではないので、直ぐに現場へと到着する。


 息を乱した視界の先、シェーレとレルが互いに芝生に座り込んで身体を震わせているのが目に入り、直ぐに駆け寄って二人に声を掛ける。


「二人とも、大丈夫!?」


「あ、兄さんっ」


「兄貴っ……」


 謝る二人を交互に確認するも、見たところ二人とも怪我をしている訳でもない。外傷も見当たらず、どこか血を流している訳でもなかった。


 目を疑ったのは周りの庭の様子。煙が上がっていた正体は、庭の草木が焼け焦げているからであろう。その影響か中にはまだ燃えている草木もあり、周囲に弱い炎が広がっていた。


 そして何より目が釘付けとなってしまったのは屋敷の一部分。


 真っ黒だった。魔法が当たったであろうその場所は、元の綺麗な外装が上書きされているように黒一色へと変貌している。


「風魔法が上手くいかないから、趣向を変えて雷魔法の練習に取り掛かったの。実際やってみると魔力を高めるのがさっきまでの苦労が嘘みたいに簡単だったから、これならいけそうって思ったんだけど……」


「――もしかして、制御できなかったの?」


 遅れて現地へと到着したノエルがレルの先の言葉を悟ったように口にする。レルもノエルの言葉にうんと首を縦に振って肯定し、そのまま説明を続ける。


「やばいって直感で理解したんだけど抑えることができなくて、そのまま……」


 レルが制御できずそのまま膨れ上がった魔力を壁にぶつけた……ということだろう。衝撃が拡散し、その結果が足元の庭と、屋敷の壁の二つに跡が残った形と。


「――凄い音がしたけど、大丈夫かいっ」


 音を聞きつけ仕事をしていたミスウェルさんがこの場へと現れる。何があったのか様子を尋ねるミスウェルさんに状況を説明した。


「・・レル君、怪我はないかい?」


「はい。でもごめんなさい……屋敷の壁と庭がっ……」


「大丈夫。壁は修繕すればいいだけだし、庭はまた手入れをすればいいだけさ。怪我が無いのが分かって安心したよ」


 一騒ぎ合った庭園での出来事。レルは大事を取って今日は屋敷で安静に過ごすことに。

 シェーレはそのまま特訓を続けず、心配だからとレルの傍で見守ることに。俺も傍に居ようとしたのだがレルに断られてしまった。気を遣ってくれたのだろう。

 なので俺とノエルはそのまま特訓を継続。昼近くまで特訓を続けたのだが、結果としてあれから一度もノエルと役を交代することができず、水魔法をしこたまぶつけられてしまった。


 しかし散々水を受け続けて身体が冷えてしまったのか、昼過ぎくらいから体調を崩して俺もレルと同じようにベッドの上で過ごす羽目になってしまった。


 こうして特訓一日目は手応えを感じたのは良いのだが、大半の時間を私室で横になることとなってしまった。





 


 


 


 


 


 



 


 



 




 


 


 


 




 




 






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