第一章12 儚い結果と新たな道
小さい怒りをぶつけ合うシェーレとレルをどうにか宥め、少し遅れて自分の番。
水晶を手に取ってみると見た目よりも少し重く、掌の上を襲う無機物な質感と圧し掛かる重さにたじろぎ、思わず息を呑む。
先程のシェーレとレルの結果を見てからか、いざ自分が調べるとなると緊張してしまう。
シェーレは火と水、レルは風と雷と見事に使える属性が対極にある。そんな中兄である自分は一体どの魔法に適性があるのだろうか。自分の可能性に期待と不安が入り混じってしまい、中々始められないでいる。
先の二人のように二属性に適性があると個人的には嬉しいが、そこまで高望みはするつもりはない。勿論それはそれで喜ばしい結果であることには変わりはないけれど、話を聞いた中で俺が使えるようになりたいと思った属性は水属性だ。
シェーレとレルが万が一これから傷を負ってしまった場合に、ミスウェルさんやグラムさんが助けてくれたように、回復と治療を自分で行うことができれば、二人を自分の手で救うことができる。
そんな理由から個人的に一番欲しい属性は自然と水属性一択になる。無論他の属性であっても力にはなってくれるから、どの結果になっても文句は言うつもりはない。今から祈ったところで変化する訳でもないだろうし、眠っている自分の魔法の才に期待するとしよう。
「そうだ。折角だし合成魔法について教えておくよ」
「合成魔法……?」
知らない言葉を口にし、そのままミスウェルさんは説明を続ける。
「シェーレ君が扱える火の魔法と水の魔法、これに限らずだけど、二つの異なる魔法を組み合わせることで発動される新しい魔法、それが合成魔法だ」
「新しい魔法ってことは、どの属性にも当てはまらないってことですか?」
「正解。シェーレ君の場合だと……魔力比にもよるだろうし一概には言えないけれど、一般的には火と水の魔法を組み合わせることで、氷という魔法を生み出すことはできると思うよ」
「氷ですか!」
「でも一般的ってどういうこと? 中には火と水を合わせたら氷にならないで別の魔法になるの?」
「それも正解。個人によって得意不得意が存在するって話は先程したけど、それは魔力比にもいえることなんだ」
「どういうこと?」
新しい単語に混乱するレルの様子。正直声に出していないだけで俺もシェーレも分かっていない。そんな中ノエルがミスウェルさんの説明を引き継ぐ。
「さっきも言ったけど、魔力の数量を百として考えてみて。その内火と水が使えると仮定して、その割合は必ずしも全て半分とは言えないのよ。火の魔法が得意でも、水の魔法はあまり得意ではない人もいる。使える魔法が二種類あっても、同じパフォーマンスで打ち出せないってこと」
ノエルからの説明を受けて納得がいく。先程ミスウェルさん自身も言っていた治療の魔法が得意ではないという発言。その反対でグラムさんは治療に長けているといった点に関して、ノエルが言ったことがそのまま当てはまるのだろう。
水魔法を扱えこそするが、そこには優劣が存在する。劣っている人もいれば当然他者よりも上手な人はいるってことだ。努力や環境だったりで変化はするだろうけれど、同じ火の魔法を行使したときにも、威力だったり範囲だったりは人によって異なる。
「つまり二種類の魔法でも割合が違うんだ。例にすると火と水、それぞれ七対三だったり、中には三対七だったり、人によって備わっている魔力のバランスは違う。そう言うことだよね?」
「そ、正解よ」
「それに伴って現れる魔法の事象にも変化が起こるんだ。どんな魔法になるかは人によっては違うからこそ、魔法は未だに解明されていない部分も多いんだ」
進化を続ける未知なる力。長い歴史の中でも扱いきれず、把握し切れていない強大な力。だからこそ魔法についての認識を少しでも誤れば、脅威ともなり得ると話していた意味がより現実味を帯びて実感する。
「他にも、合成魔法に似たようなものとかもあるの?」
「ええ、しかし扱える人は二種類の魔法を扱えるよりも更に希少となります。魔法にではなく、世界に選ばれ、愛された力と言われています」
「何て言うの!?」
「その力の名は【黎導】 人知を超えた現象を可能にしてしまう、正に天から与えられたような力です」
「それって、魔法なんですか?」
「魔法……そう呼ぶには少し語弊があるかもしれません。なにせその力の強大さと偉大さは、人々に広く浸透している魔法とは格が違います。ひとたび発動すれば、周囲に与える影響は魔法とは比較になりません。」
「その人物に与えられた唯一無二の魔法。そして同時に絶対的な力と言えるだろうな」
「そんなものもあるんだ……」
知らない言葉が立ち並び関心を示す傍ら、思い出したかのように俺は自分の掌の上に乗せている水晶に意識が戻る。
「そう言えば話に夢中で調べ切れてなかったね。そろそろラルズ君の魔法適正について見てみようか」
少し脱線していた話を修正し、いざ今度こそ目の前の水晶に向き合う。
「兄貴はあたしたちの兄貴なんだから、きっと凄い結果になるよ!」
「そう思ってくれるのは嬉しいけど、あんまり自身は無いかな……」
期待される分には嬉しいが、俺は正直自分自身をそこまで大きく評価したりはしない。どんなものであれこれから表示されるのが自分の力。そこにどれだけ想いや祈りを注いだとしても、結果は左右されない。
一度大きく息を吐いて色々なものを吐き出す。少し早くなる心臓の鼓動をそのままに、意を決して水晶に魔力を通そうと試みる。
瞳を閉じて集中する。魔力という感覚があまり実感できてはいないが、血とは違う異質なもの。感覚が妙に刺激され、体内を巡り続ける形の見えない奔流。一度自覚すると大きくその存在が主張を続け、これが魔力なんだと理解する。
体内から自身の腕を通し、指先を通じて魔力を放出する。イメージがそのまま先行し、水晶へと魔力が移り流れている感覚がはっきりと伝わる。
全員が固唾を呑んで見守る視界の先、水晶が灯す結果は――
「・・・・・・?」
見ていた全員が同じ反応をしていただろう。特に魔力を流していた俺自身、目に見える変化を現さない水晶に人一倍疑問が浮かび上がる。
何も変わらないのだ。魔力を通した感触は確かにある。にもかかわらず目の前の水晶は依然として透明な物体のまま。
先程まであれだけ色鮮やかに変化を目の当たりにしていたのが嘘のように、水晶は透明な色を保ち続けていた。
「ちょっとラルズ、何やってるのよっ」
「いや、俺はちゃんと流したよ?」
「嘘言いなさいよ。少し貸してみて!」
ノエルに水晶を渡し、ノエルが魔力を流した先――
「ほら、ちゃんと作動するじゃない」
水晶にはノエルの魔法適正を示す青色が表示される。その結果を見て益々俺の疑問は膨れ上がる。
「・・ラルズ君、もう一度してみてくれ」
「は、はい」
再びノエルから水晶を手に取ってもう一度魔力を通す。魔力については感覚で通じて実感している。間違いなく魔力と呼ばれる力は水晶へと流れているはずなんだ。
しかし結果は変わらない。表示されるのは透明な色のみ。赤だったり緑だったりといった適正に見合った反応は見られず、俺はミスウェルさんに恐る恐る尋ねてみる。
「こ、これってつまり……魔法の適性がないってことですか?」
「そんな馬鹿なことあるわないじゃない。誰しも一つは必ず属性を与えられて使える。今までの歴史で魔法が使えない人間なんて存在しないんだから」
「じゃ、じゃあもしかして、魔力が俺の身体の中には流れていないとか……!」
「いや、そんなことはない」
震えながら問いかける俺の言葉をはっきりとミスウェルさんは否定する。そのままアーカードさんが言葉を引き継ぎ続け出す。
「まず前提として魔力を持たない存在などこの世にはおりません。人々は勿論、動物であったり、魔獣であったとしても、その生命の内には必ず魔力が存在します。例外はなく、万物共有の世界のルールのようなもの」
「致命傷を負ったり病に侵されたり、それ以外にも魔力が完全に消滅、体内から無くなった場合にも欠乏症という名で死へと至る。魔力が存在しない生命は活動を行えず、その命は終わりを告げる」
二人の説明を前提に考えると、こうして今心臓が動いている俺の生命は終わっていない。
「・・失礼」
ミスウェルさんが近付いて俺の心臓付近に手を当てる。数秒黙り手を離すと、再び口を開いた。
「・・やっぱり魔力は感じられる。ラルズ君に魔力が無いという可笑しな話は可能性としても有りえない」
ミスウェルさんが言うのだから間違いないだろう。それに俺も先程まで直に魔力と呼ばれる力のようなものは感じられた。なのに一体どうして……
「一度グラムに連絡してみるよ。長い間治療を行っている彼に聞いてみれば、もしかしたら何か答えを知っているかもしれない」
「は、はい……」
唯一原因を知っているかもしれない、自分を死地から救ってくれた人物。グラムさんに連絡を通してもらうこととなり、この場はお開きとなった。
あれ程騒がしかった中庭の様子が冷め切ってしまった。その中で、最も心を沈ませているのは俺自身だろう。
(俺、魔法も使えないのかな……?)
普通のことが普通に行えず自身を嫌悪する。隣でシェーレとレルが声を掛けてくれるが、なんて返したのかも覚えていない。
予測の範疇を超えた残念な結果に対し、俺の心は晴れ晴れとした空の様子とは対照的に、暗く暗雲が立ち込めてしまっていた……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「・・はぁ……」
ショックを隠し切れない自身の魔法の診断の結果から早くも数日が経過した。グラムさんからの連絡をもらったのが昨日の夕刻。帰ってきた手紙の内容としては、長年医療行為に尽力してきたものの、魔法適正が判断されないといった人物には出会ったことがないとのこと。
左肩の傷を治した際の後遺症という可能性も考えられず、現状では原因も解決の糸口も見つからない。
この数日間、書庫で本を読むのも気が進まず、部屋の中で無為に時間を過ごすことが多い。シェーレとレルは魔法の練習に取り掛かっているみたいで、シェーレはかなり魔法について理解を深めている。レルの方も頑張ってはいるのだが、どうにもまだ悩んでいる途中。魔法について上達するのはこの先といった所だろう。
俺も二人と一緒に魔法を練習してみたが、魔法を扱える片鱗どころか兆候すらも見受けられない。一日中時間を費やしたものの時間が過ぎ去るだけで、成果は何も得られなかった。
そして今に至る……頭をどれだけ悩ませても、魔法について理解を深めても、俺の根底にはそもそも魔法という力は存在しない。黎導と呼ばれる魔法とは少し違う代物も持ち合わせていない。
どうすれば……
「――まだ落ち込んでるの?」
「ノエル……」
部屋へと扉を開けて入り込んできたノエル。そのまま俺の座っているベッドの隣へと座り込んで話し始める。
「・・魔法が使えないからって、そんなにしょんぼりする必要もないんじゃない? 不便なのは間違いないけど、それだけでしょ?」
ノエルの言っていることは間違いではない。魔法が使えないからって生きていけないのかと言われれば答えは違う。森で生活していたときも魔法を使ってはいなかったし、それでいて大きな問題もなかった。
「・・ノエルの言う通りだよ。でも俺、強くなりたいんだ」
「強く?」
「自分の身を守るってのも一つだけど、一番はシェーレとレルを守れるようになりたいんだ」
他者を超越し圧倒するような優れた力が欲しいわけじゃない。力を身に付けて巨万の富を得たり、多くの名声を得ようとしたい訳じゃない。一つも望まないと言えば嘘になるかもしれないけれど、何よりも力を得たいのはやっぱり二人の為だ。
「過保護と思われても仕方ないし、もしかしたら二人とも、心の内では俺のことを煩わしいと思っているのかもしれないけど、それでも大事な家族なんだ」
父さんは魔獣に殺され、母さんは身体を崩してそのまま帰らぬ人に。残された俺たちの中で、シェーレとレルを誰が守るのかと言われれば、考える余地などない。
年長者だから、お兄ちゃんだからといった理由ではない。もっと大切な、俺自身が強く自分に課した命題のようなもの。理由なんていらないし必要もないんだ。
「誰かを傷つける凶悪な力はいらない。シェーレとレルを護れるだけの力……それだけで俺は十分なんだ」
「・・で、魔法が使えなくて最初に戻るのね」
「うん。どれだけ嘆いたり憂いていてもしょうがないんだけどね」
配られた手札の中に魔法という選択肢がないのはもう変わらない事実だ。選択肢がない以上、別の方法を模索するしかないだろう。
「前を向けているならいいじゃない。強くなりたいって考えてるなら、丁度身近に参考になる人物もいるしね」
「参考になる人?」
「ミスウェルよ。彼は魔法を使えるけど、本人も言っていた通りあまり魔法は得意じゃないのよ。それでもレティシア王国の騎士として最前線で戦っていたんだから」
「・・え、そうなの!?」
「知らなかったの? てっきりもう聞いてるのかと……」
初耳だ。確かに所作の一つ一つに騎士のような雰囲気は感じられこそしたが、まさか本当に騎士様だったとは思いもよらなかった。
しかもレティシア王国ってことは大陸の中心部、更には最前線に身を置いていたなんて……
「結構有名なのよ彼。今でも王国から騎士として戻ってきてくれないかって打診が入るくらいだし、実際剣の腕で言えば王国随一の腕を持っているわ」
「・・でもそんなに凄いなら、どうして騎士を辞めたの?」
「それは……」
一度押し黙り言葉が途切れる。少し悩んだ末に、ノエルは再び言葉を再開する。
「多分、私のせいだわ」
「ノエルの? どういう……」
目の前にいる少女が騎士を辞めさせた理由。疑問を口にする俺にノエルはそのまま詳細を説明する。
「人口百人くらいの小さな村で私は産まれたわ。両親を含めて、周りの人間からも私は随分と可愛がられたわ。なんせ村にいる子供は私唯一人。誰彼構わず大人たちはみんなちやほやしてくれて、小さい村のお嬢様ってやつね。心地よくて最高な毎日だったわ。でも……一年前にそんな日は終わりを告げたわ」
言葉が区切られ、表情に陰が移る。話の内容を聞かなくても、これから話す内容は暗いものになるのだろうと、直感で理解した。
「近くの森で遊んでいたその日の帰り、村の方から煙が上がっていたの。それも一つじゃなくて沢山。全身を嫌な予感が襲って、私は急いで村へと走ったわ」
「・・村は……?」
「壊滅していたわ。村は火の手が上がって家々は崩壊。村のあちらこちらには死体が沢山転がっていたわ。林檎を分けてくれた優しいおじいちゃんも、可愛いと何度も褒めてくれたお姉さんも、村を守るために雇われた傭兵さんも……私のお母さんとお父さんも」
「・・生き残っていたのは、ノエルだけ?」
「そうよ。村の大人たちはみんな殺されていたわ」
一年前ということはノエルはまだ四歳。そんな小さい年代に、親を含めて村の人々全員が殺されている現場を目の当たりにして、どれほど悲しかったか。
「原因は?」
「レティシア王国の騎士が状況を調べてくれたけど、人の手によるものだと判断はしたものの、犯人に繋がるような手掛かりも痕跡も一切なし。殺されたっていう事実だけがその現場にあるだけ」
「・・じゃあそのときの騎士って言うのが……」
「そうよ。想像通りミスウェルだった。彼は一人生き残って身寄りのなくなった私を保護してくれた」
「じゃあそれをきっかけにミスウェルさんは騎士を辞めたってこと? でもそれは決してノエルのせいって訳ではないんじゃ……」
「正確には引き金を引いてしまったみたいなの。ある大戦から彼自身剣を振り回すだけの自分の人生に対して迷いが生じて、私を保護したのを最後に剣の道から外れようと決めたみたいなの」
つまりミスウェルさんの最期の判断を下す際、ノエルの存在が影響したということになる。多分と言っていたノエルの拭いきれない感はここに当てはまるのだろう。
「勿論彼はそんなことを口にはしない。でも私には何となく伝わってきた。あの日私が助けを求めてしまったから、騎士を辞めるという選択の最期の後押しをしてしまったんだって」
「そうだったんだ」
ノエルも俺たちと同じなんだ。両親を失って、ミスウェルさんに救ってもらった。二人の過去をこんな形で知るとは思わなかったけど、境遇が近いからか酷く同情してしまう。
「・・はぁ、少し話が逸れたわね。こんな長いこと話すつもりなんかなかったのに」
「でも、俺は聞けて良かったよ。二人のこと、まだそんなに知らなかったからさ」
「一緒の屋敷にいるんだから、いずれは耳にすることよ。それよりも、私が言いたいのは悲し過去話なんかじゃなくて――!」
ガバっとベッドから立ち上がると俺の正面に移動して俺の瞳を真っ直ぐに捉える。宝石のような綺麗な瞳が俺の瞳を射抜き、目を逸らせない。
「魔法が使えないからって道が続かないわけじゃないでしょ! 二人を守るのに手段なんていくらでもあるんだから、もっとシャキッとしなさい!」
きっとノエルなりに、俺を心配して元気付けようとしてくれているんだろう。普段は悪戯ばかり行って振り回す少女も、その心はシェーレとレルと同じように優しさで包まれている。
「・・うん、ありがとうノエル。少し元気が出たよ!」
「そ、なら良かったわ。悪戯しようとしてたけど、今日は見逃してあげるわ!」
「それはどうも……?」
そのままノエルは部屋を後にし、再び部屋には俺一人となる。ノエルから聞いた話を受けて、心に巣食っていたもやもやが晴れていくように感じる。
「そうだ……魔法が使えなくたって、できることはある!」
立ちあがりノエルの後を追うように部屋を飛び出す。廊下を踏みミスウェルさんの私室へと駆け出していく。
部屋を目指した先、階下から上がってこちらへと渡るミスウェルさんの姿を発見して声を掛ける。
「ラルズ君、そんなに急いでどうした――」
「お願いします! 俺に剣を教えて下さい!」
「え、いきなりどうして……?」
「ノエルから聞きました。ミスウェルさんが昔レティシア王国の騎士を務めていたことを」
騎士という言葉を俺の口から受けて、ミスウェルさんが少し身体をピクリと反応させる。
「ノエルが……隠すことではないけど、あまり言いたくなくてね」
「それについてはすいません。でもミスウェルさんの剣の腕を見込んで、俺に一から剣を仕込んで欲しいんです!」
魔法の腕に自信がないと口にしていたけど、持ち前の剣の腕で騎士として戦っていたこの人なら、俺の目指す強さが手に入れるかもしれない。魔法を使えない自分からしたら、ノエルの言う通り参考にできそうな近い人物はミスウェルさんに当たるだろう。
「・・一つだけ、教えるにあたって確認したことがあるんだけど良いかな?」
「はい!」
「・・君が剣を覚える理由を、嘘偽りなく俺に話してほしい。」
普段の優しい眼差しとは違い、俺の心を見透かすような鋭い眼光。一瞬たじろぐも、自分の想いの丈を正直に答える。
「シェーレとレルを、大切な人を護る力が欲しいんです」
力を求める理由に自分の為だなんて二の次だ。ただ二人を守れるだけの力があればそれでいい。ラッセルのような人物に二度と脅かされることがないように、目の前に障害が立ち塞がったとしても、傍で力になってあげられるように……
「・・・・・・」
じっとこちらを見詰めるミスウェルさんの表情は変わらない。俺も視線を逸らすことなく、瞬きもせず瞳を捉えて離さない。
数秒の沈黙、その後にミスウェルさんの眼差しが少し柔らかくなり、息を少し吐き捨てる。
「・・誰かの為に、大切な妹の為に力が欲しい。君の優しさと強さ、確認できたよ」
「じゃあ……!」
「ああ、君に剣を教えるよ。明日からで構わないかい?」
「はい!」
了承をもらい、明日から指導してもらうことに。まだ先行きは不安だけど、魔法が使えない俺の新しい道は、確かに開けた気がする。
「――あ、兄さん! 練習のかいあって随分と上達したんです! これから実演するから傍で見ていて下さい!」
「ずるい! あたしが最初!」
「レルはまだ全然じゃない!」
廊下の向こうでシェーレとレルが俺を見つけて騒いでいる。
「すみません、じゃあ明日からお願いします!」
頭を下げて二人のもとへと向かっていく。走り去る直前、不意に零れたミスウェルさんの言葉。
「・・やっぱり君によく似ているよ、ロゼ」
ぼそりと口から呟かれたその言葉は、走り去る俺の耳の中には入らなかった。