第一章11 魔法
オルテア森林へと戻り屋敷に帰ってきた翌日、俺は昼食を口にした後に書庫へと赴いて本を広げていた。ここにはその名の通り沢山の本が保管されている。その全てを読み終えるには、果たして何年かかるのだろうか、想像も難しい。
歴史や文化、魔獣の生態と幅広い分野の本が並べられ、棚の一番下から一番上までぎっしりと敷き詰められている。区分ごとにジャンルは分けられているので探しやすいようになっているのは、利用する側としてはとても助かる。
今手にしているのは一般教養について纏められているものだ。世間から見たら当たり前の情報も、森の中で人生を歩んできた俺たちにとっては知らない情報が沢山ある。住んでいた森の名前すらも把握していなかったこともあり、今は新しい知識を求め本に手を伸ばしている。
丁度今目にしているのは世界を統治している歴史ある国、レティシア王国についてだ。
レティシア王国は大陸の中心に場所を構え、世界の全てを担っていると言っても過言ではない歴史ある大国。各地方の文化や人種、技術等の全てが満ち溢れているこの国では人が流れ込み、現代においてもその存在の大きさは広がりつつある。東西南北の位置に属する四大都市と協力。経済面や政治等の多方面とも提携、連携を執り行い世界を運営、何百年も前から君臨し進化を遂げている。
例外として西の都市エルドラドが挙げられ、機械都市と呼ばれるこの都市は独自の政治体制を執っている。
都市と国の代表たちによる話し合いの結果として認められた正しい規約のもとに処置をされているエルドラドは、レティシア王国のみならず他の都市とも横の繋がりは少ない。
異端な都市ではあるにしろ、結果として今の大陸を取り締まる世界の姿に一役買っている点は真実。
一つの巨大な王国と四大都市によって、世界の形は成りなっている……
「・・よし」
本を閉じて目の前のテーブルに置く。外についての新しい情報を頭の中に入れ、一緒にテーブルに置かれている紅茶を口の中へ入れて味を味わう。長い間本に目を通して喉が水分を欲していたのか、一気に紅茶を奥へと流し込む。
声を出しながら背伸びをして固まっている身体をほぐす。大きく息を吐き捨て、読んだ本をもとあった棚へと戻しに立ち上がる。
少し前までは森で過ごしていた身である為、こういった情報や知識に関して把握していない点を含めても、問題なく毎日を過ごせてはいた。だが今はこうして外の世界に身を置いている。
分からない、知らないといった言い訳は通用しないことは明白。なのでこうして時間が空いている時に少しでも覚えられることは覚えていたほうが今後役に立つであろう。
なんせ今読んだ国の名前も勿論のこと、四大都市だったり、ひいては貨幣の価値すらもまったく知らない。
こんな具合で買い物すらも一人で行うことができないので、今度アーカードさんの買い出しに付き合わせてもらい、勉強させてもらおう。
そう考えながら次の本を求めて棚を眺めていると、ガチャリと書庫の扉が開かれた。
「あ、兄貴いた!」
レルが俺を発見してこちらへ近付き、その後ろからシェーレの姿も。二人とも俺を探していたのだろうか。
「兄さん、読書中でしたか?」
「一冊読み終えて一段落ついたから、次にどれを読もうか悩んでいたところ」
「じゃあ気分変えて一緒に遊ぼうよ!」
「うーん……」
遊びに誘われるのは嬉しいが、今日は勉強したい気分である為、正直あまり気が進まない。
「今日はちょっと……」
「「えー」」
二人とも不満を口にし不機嫌な様子を見せる。そんな反応をされると断ってしまったこちらが悪いように感じてしまい、少し心が痛んでしまう。
二人を前にやっぱり遊ぼうかなと甘い考えが頭をよぎるが、それよりも先にシェーレが言葉を口にする。
「・・じゃああたしたちも今日は一緒に勉強しましょうか」
「えーー! そんなのつまんないよ!」
「いずれ学習する内容を、先に勉強しておくのも大切なことですよ。まだ私たちは満足に買い物もできないんですから」
「それはそうだけどさぁ……」
一緒に書庫で時間を共にするとシェーレが提案する。レルは最初こそつまらないと声を上げるが、シェーレの言い分にも納得がいっているのだろう。
最終的には了承して、沈んだ表情のままだが一緒に本を読むことにしたみたいだ。
「あれなら、ノエルと一緒に遊んできたら?」
「だってノエルと二人きりで遊んでると決まって悪戯されるんだもん」
多分二人きりじゃなくても何かしらは企むとは思うけれど。ノエルとはまだ出会ってまだ間もない。年が近く同じ女の子ということもあり、兄としては仲良くしてくれるとありがたいのだが、中々苦手意識は拭いきれていないご様子。
まあ初対面でいきなり悪戯を仕掛けられたのだからレルの気持ちも分かるが、もう少し良い方へと転がってくれると助かるが、それは時間に任せることにしよう。
先程までの元気が多少沈み、レルは自分が読む本を探している。ここにある本の数々は童話やお伽話といった軽いものは少なく、文字ばかりが羅列してある重い本が沢山棚に並んでいる。
シェーレは読書自体は好きか嫌いで言えば好きな方の部類だ。雨で外に出られない日だったりは本を読んで時間を過ごすものの、反対にレルは苦手であり嫌いだ。
本人曰く文字ばかり目にすると頭が思考を停止するとか。好き嫌いがあるのは個人個人で違うから否定はしないが、これを機に少し認識を改めてくれると、本が好きな自分としては嬉しい。
「どれもこれも難しそうなものば、かり――」
指で本のタイトルをなぞっていたレルの手がピタリと止まる。気になりそちらに目を向けるとタイトルに記されていた名前は魔法。
「・・魔法……」
ぼそりと呟いてその本を手にする。シェーレも気になったのかレルと一緒に本をぱらぱらと開いて内容を吟味する。
俺も次に何を読もうかと視線を棚の方へと戻して選んでいると……
「兄貴! 魔法ってあたしたちにも使えるかな!?」
声を掛けられそちらに視線を向けると、先程の沈んだ表情が嘘のように目を輝かせているレルの姿が。隣ではシェーレも魔法という言葉に興味を抱いている様子が見て分かる。
「え、どうだろう? 魔法なんて使ったこともないし……」
魔法は何回か母さんが使用しているのは目にしている。遊んで怪我をしたりしたときに魔法をかけてもらったこともある。そのときは自分を含め魔法に対して魅力だったり興味が向かなかったが、この年頃になって再燃してきたのだろうか。
「じゃあ今日は魔法の勉強しようよ!」
興奮冷めやらぬ状態のままレルが魔法について知識を深めようと提案する。確かに俺も魔法には興味はある。特別な理由もなく、純粋な好奇心が内を満たしている。
「そうだね、俺も気になるし……今日は一緒に魔法を学ぼうか」
「うん!」
「でも、それだったら実際に指導してもらったらいいんじゃないですか?」
「指導か……時間、空いてるかな?」
ここにいない人物が頭に浮かぶ。時間があるのかどうかが疑問になるが、聞いてみるのが一番早いだろう。机の上に置かれた中身を飲み干したティーカップや積みあがっている本を片付け、俺たちはミスウェルさんのもとへと走り出した――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――さて、じゃあ魔法について簡単に説明しようか」
晴れた陽光が降り注ぎ俺たちを照らす空の下、俺たちはミスウェルさんに時間があることを確認し、魔法について教えてもらうことに。ちょっとした授業のようになってしまった。
アーカードさんにも来ていただき、一緒に座っているシェーレとレルの隣にはノエルが座っている。
中庭へと向かう俺たちを偶然発見したノエルは、面白そうだという名目で時間を共に過ごすことに。
「さて、まずはそうだな……最初は魔法について簡単な説明からしていこうか」
「お願いします」
「まず魔法は誰にでも扱える代物で、魔法の使用は多岐にわたる。生活を豊かにする為、自衛の為、魔獣を討伐する為、魔法は俺たちの世界に必要不可欠な力だ」
一口に魔法と言ってもその用途は沢山ある。直近で言えば自分が負った傷も魔法が無ければそのまま命を失っていただろう。
「誰にでも扱える、一見この言葉だけを切り取れば素晴らしいものだと感じるだろうけど、当然問題点もある。手軽さに加えて影響力もある魔法という力は、問題を起こす原因の一つとも言われる」
「便利ならいいんじゃないの?」
「少しは考えなさい。正しく使えば私たちを助けてくれる力なのは間違いないけど、世の中には悪事を働く悪い人だって存在する。使い方を間違えれば一気に凶悪な武器にもなるのよ」
「あ、確かに」
「シェーレ様の言う通り、魔法は便利であるがゆえに危険なもの。犯罪目的で魔法を扱う者も、残念ながら世の中には大勢います。だからこそ、魔法について正しい認識を常に頭に入れておいて欲しいのです」
便利さゆえにその関係性は正に表裏一体。助けになる力が牙をむく可能性は常に隣に潜んでいるということ。
「アーカードの言う通り、魔法について正しい解釈をしてもらえれば問題ないさ。次は魔法の属性について話しておこうか」
「「「属性?」」」
三人は首を傾げる。
「魔法には基本とされている四つの属性が存在しており、それぞれ火、水、風、雷の四種類に分けられていて、個人個人によって扱える魔法も異なるんだ」
「えっと、つまり今話していた四属性の魔法のどれかは、俺たちにも扱えるってことですか?」
「ああ!」
先程話していた、魔法は誰にでも使用できるといった話と照らし合わせると、俺たち全員が魔法を使用することができ、かつ使用できる属性はバラバラということだ。
「例えばなんですけど、素質があれば全ての種類の魔法を使えることは可能なんですか?」
「いや、それは不可能だ」
シェーレの質問をばっさり切り捨てる。そのままミスウェルさんは指を立てながら説明を続ける。
「シェーレ君の言っていた通り素質は当然ある。先ほど話したように基本的に扱える魔法は火、水、風、雷の内の一つだけ。だが素質がある人間は更にもう一つの属性魔法を扱える。」
「火の魔法を扱える人がいるとして、中には火と水、二つの属性魔法を扱える人物がいるってことですか?」
「正解です」
最低でも一種類の魔法を扱え、更に素質……才能がある人は二種類の魔法を扱えるということか。
「どうして二種類までなの? 三種類だったり、四つ全部使える人はいないの?」
「今までの歴史上、三種類以上の魔法を扱える人は確認されていない。魔法には未知の部分もあり一概に不可能とは言えない。だが長い歴史の中で染みついた常識が覆された事例はないからこそ、事実として根付いているんだ」
仮に三種類、はたまた全ての属性魔法を扱える人物がいれば、嫌でも話題になっているだろう。魔法の歴史を変えた逸材として。
「二属性を扱える時点で相当な才だよ。滅多には確認されないしね」
「それでそれで、どうやったら魔法を使えるのっ?」
今までの説明を受けて魔法に対して関心が強くなったレルが語気を強くして問い掛ける。
「魔法は自身の体内にある魔力を使用して発動する。集中し練り上げ、高められた魔力を体内から外へと一気に放出する。魔力は目に見える形となり、魔法という事象へと変化しその力を発揮する仕組みだ」
「魔力……」
ぼそりと小さく呟くも、あまりイメージが浮かびきらない。隣ではシェーレも悩む姿勢を見せ、レルはというと庭へと倒れ込んで唸っていた。
「そう難しく考える必要もないわよ」
「そう言われても……」
ノエルが助言を口にするも、相変わらずイメージがふわふわとしており、確かな形が出来上がらない。
「そうですね……魔力を水、そして魔法を発動する自身の身体を、器として想像してみて下さい」
「水と器……」
アーカードさんに言われて自分の頭の中でもう一度考え直してみる。
グラスを自分の肉体として、そこへ水が注がれている。この状態が自分の体内に魔力が入っていると仮定して、魔法を行使するためにグラスの中の水を取り除く。持ち出した水、魔力を自分の肉体から外へと流し、一点に高まった魔力を放出する……そういう感じだろうか。
シェーレも少し自分の中で俺と同じように原理が少し理解できたのか、先程の悩んでいる表情が少し明るくなっている。
レルはというと唸り続け何やらぶつぶつと呟いている。こういうのはレルにとってはかなり厳しいものかもしれない。
「じゃあ折角だしみんなが何の魔法を扱えるかどうか調べてみようか。直接的にはならないけど、魔力を目で見える機会でもあるから、よりイメージしやすくなるだろうし」
そう言って俺たちの前に姿を現したのは透明な無色の玉。大きさは掌より少し大きいぐらい。
「ミスウェルさん、これは?」
「これは魔水晶と呼ばれていて、魔力の質を目で見ることができる代物なんだ。魔力を流すと水晶内に色が生じるんだ」
先ほど話にあった四属性。火、水、風、雷のうちどの能力が使えるか判断する道具。ミスウェルさんが見てて御覧と一言口にして水晶に意識を向ける。
時間にして一瞬、目の前の色のない水晶体の色が変わっていく。
「あ、本当だ!」
食い入るように水晶を見詰めていると、透明な色から青色の水晶体へと様変わり。関心を示している中、ミスウェルさんが水晶の色について説明する。
「今みたいに水晶が青色に染まれば水属性に対して適性があると判断される。赤色なら火属性、緑色なら風属性、黄色なら雷属性というわけだ」
つまりミスウェルさんが使える属性は水属性ということになる。
「水属性ってことは水を操ることが?」
「正解。水を生み出して操作したりできるけど、一番使用用途が多いのは治療や回復といった医療行為になるかな」
治療と聞いて、自分の傷を治してくれたことを思い出す。それと同時に母さんの魔法の適性も、水属性ってことになるのだろう。
「個人によって魔法を使う中でも得意不得意は存在するんだ。俺はあまり魔法が得意ではないから、錬度としては未熟もいい所なんだ」
適性があると言っても、その人次第で使える魔法の質や量にも影響するということだろう。グラムさんはその点で言えば、ミスウェルさんと比べて治療の技術が高いと言えるのだろう。
ちなみにノエルはミスウェルさんと一緒で水属性、アーカードさんは火属性に適性があると本人の口から告げられた。
「ねぇねぇ、次あたし!」
いつの間にか元気になっていたレルが水晶を手に取っていた。
「さっきまであんなに悩んでいたのに……」
「いいから!」
シェーレに小言を言われるも一蹴し水晶へと向き直る。持っている水晶体が壊れてしまうぐらいに力を入れているレル。魔力を流すってそういう物理的なものではないような気が……
少し心配する俺の様子をよそに、レルの手の中に収まっている水晶に変化が生まれる。
「――あっ!」
淡い光が生じ、水晶が反応を示す。水晶に浮かび上がった色に対し、この場で見ていた全員がそれぞれ反応を示す。
俺とシェーレ、レルは先程の水晶とは違う変化を前に困惑し、一緒に眺めていたノエルは驚きの声。そして少し離れた位置から見守っていたミスウェルさんとアーカードさんは感嘆の声。
全員の視線が一転に集中する先、水晶が映し出した色は黄色……のみならず緑色も映り込んでいた。二種類の色が示す意味は、雷と風に適性があるとの結果。
「雷と風の二種類、レル様は魔法の才に恵まれているみたいですね」
「や、やったぁーー! 兄貴、見てみて!」
結果に対して興奮が収まらず、何度も俺に報告をする。でも実際に凄いことであるのは間違いない。アーカードさんの言う通り、魔法の才に選ばれたと言っても過言ではないだろう。
「さっきも言ったように中々見れない希少な才能だ。レティシア王国内に留まらず、大陸に生きる者の中でも扱える人物は少ない。レル君は魔法に愛されているようだ」
「兄貴、褒めて褒めてっ!」
「凄いよ、レル」
よしよしと頭を撫で回す。褒められて嬉しいのか顔がふにゃけてしまっている。
「・・次は私です」
シェーレが水晶を手に取る。声には若干の苛立ちが含まれており、瞳には炎が灯ってあるかのように燃え滾っている。レルが凄い結果を出したのを見て悔しいのだろうか。
「あたしは二種類使えるみたいだけど、シェーレはどうかな~?」
子馬鹿にするようにシェーレに声を掛けるレル。そんな挑発を受けてもシェーレは意に介さず、一度大きく深呼吸をする。
「兄さん見てて下さい! 私だって……!」
意気込み、普段のシェーレからは想像つかないぐらいの熱気が纏わりついている。やる気十分、気合十分といったところだ。
再び全員が見詰める中、シェーレが目を瞑って祈るように水晶に力を籠める。そしてその結果は――
「え、嘘っ――!」
いの一番にレルが声を上げ、遅れて俺たちも同じように反応する。水晶が映し出した色は、先程のレルの結果を示す色とは異なる。
それだけならまだしも、水晶が示す色の反応は二つ。赤色と青色の二色が浮かび上がる。火属性と水属性の二種類だ。
「――シェーレ様もレル様と同じ、魔法の才に愛された者みたいですね」
「や、やりました兄さん! 褒めて下さい!!」
祈りをしていた表情は歓喜に染まり、笑顔で俺の方へと振り返り抱き着いてくるシェーレ。レルのときと同様に褒めて欲しいと可愛いお願いを受けたので、褒めながら頭を撫でる。
撫でられている途中でレルの方へ視線を送ると、ふんと鼻息を鳴らす。どうだ見たかと言わんばかりのシェーレの態度。
「べ、別に……! あたしだって雷と風の二つに適性があるんだし、悔しくなんかないもん!」
勝ち誇った顔をしているシェーレと睨みつけているレル。両方とも凄い結果なんだからそんなに互いを邪険にしなくてもいいと思うんだけど……
負けず嫌いな二人はしばらくの間火花を散らし続ける。俺が水晶に触れて適性を図るのは、もう少し溜飲が収まった後になりそうだ……