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導きの愚者  作者: ひじきの煮物
第一章 【森の中の小さな世界】
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第一章10 掃除とお墓参り


 屋敷に滞在して早三日が経過した。屋敷の当主であるミスウェルさんをはじめ、執事のアーカードさんにやんちゃなノエルと日々を共にする中で、徐々にその関係性は深まっていった。


 アーカードさんには食事や入浴の際に手を貸して頂いたりと、不便な身の回りの生活面をサポートしてもらった点もあり、おかげでこの三日間の間は比較的楽な場面が多かった。申し訳なさは常に心に蔓延っていたが……


 ノエルはというと、一日に一回は決まって悪戯を仕掛けてくる。多いときでは一日に三回近く。どれもこれも可愛らしい内容のものばかりなのだが、耐性もなく仕掛けられたその瞬間は驚いてばかりだ。毎度毎度期待通りの反応をしているらしい俺に対してノエルは満足しているご様子。

 

 まあ嫌われているよりはいい部類なのだが……と思ってしまう考えの時点で駄目なのかもしれない。


 年相応の女の子の悪戯。加えて内容も不快に感じるようなものではないので、そこまで怒りが湧いてくるわけでもない。

 が、一度俺に悪戯を仕掛けた場面をアーカードさんが目撃。そのままノエルは捕まり説教を受け涙目になっていた。


 傍で叱られている現場を目の当たりにしたが、笑顔のまま静かに怒りを曝け出す姿を前にして、怒らせないようにと心底心掛けるように。


 しかし怒られたノエル自身はというと、次の日になったら叱られたことも忘れたように企みを繰り返すのだから、見た目のわりに神経が相当に図太い。きっと何度注意されても続けるのだろう。この屋敷の変わらないやり取りの一ページとして認識している。


 騒がしい毎日が続いていく中、俺の身体の状態はというと順調そのものだった。

 痛みは日を追うごとに段々と身体から消えていき、つい先日くらいからは自分で歩けるぐらいにまでにもなり、俺を含めて屋敷の全員が喜んでくれて嬉しかった。

 多少痺れたりしてまだ本調子とは言えないにしても、治るのは時間の問題だろう。


 俺を助けてくれたミスウェルさんもそうだが、死の淵から救ってくれたグリムさんにもお礼を伝えたかったのだが、仕事に追われているのと遠方の方にいるとのこと。残念ながらお礼の方を直接伝えるのは難しいようだ。

 

 代わりにお礼の言葉を手紙で伝えることに。比べれば劣るかもしれないけれど、感謝が少しでもグラムさんに届いてくれると嬉しい。


 身体が動くようになった俺はシェーレとレルに連れ回され屋敷の中と外両方を走り回された。車椅子のときと同様しばらく走ってなかったから体力が落ちたか、後半は完全に体力切れ。

 実の妹に対抗する訳ではないが、妹よりも動けない兄というのはどうしても格好がつかない。小さなプライドを自分で勝手に傷つけるが、シェーレとレルに話せばきっと変なのと一蹴されるだろう。


 そうして一日も終盤。今は入浴を済ましてベッドの上。書庫の方から気になる本を小さい机の上に並べ、その内の一冊を手にしていた。


 父さんと母さんが持ち寄ってくれた本を読んでいたからか、知らない内に読書の習慣……というよりも趣味となっていた俺は気になる本を片っ端から読み漁っていた。


 中でもお気に入りは外の世界を歩き回り、自身の目で記した小さな一冊の本だ。持ち寄られた中で、それこそ一番多く目にしていただろう。


 知らない世界を綴った小さな本は、俺にとってとても魅力的な一冊となり、大事なものである。今でこそ手元にはないので、いずれ森へ戻った際には絶対に取り戻す所存だ。


 今目を通しているのはある英雄についての記述。五百年前に世界は大きな戦火に見舞われ、人々は次々と命を落とした。救いを求めた人々に応えるように姿を現したとされる英雄ラプラス。たった一人でその脅威を振り払い、世界に平和をもたらしたとされる英雄譚。

 

 現代まで語り継がれるその内容は目にしてしまえば、あまりの規模のでかさに本当かどうか疑わしくもなってしまう。だが一度目にしてしまえばそんな疑惑は直ぐに消え去り、文字しか記されていない紙の束を熱心に読み進めてしまう。


 英雄という単語は素直にかっこいいと思ってしまう不思議な魅力を孕んでいる。

 無論この手の類を信じる信じないは個人によって分かれるだろう。

 勝手な想像になるがシェーレとレルなんかは前者が否定派、後者は肯定派の印象。俺も肯定派と言いたいが、歴史の裏で犠牲になった人々が沢山いることを鑑みると、嘘であって欲しいと願う自分もいる。


 それでも一度目を通せば興味を抱き最後まで読み進めてしまうのは変な話だが……


 読み終えた本を机の上へと戻し次の日に備えて早目に眠ることに。明日は長い一日になりそうだと、霧散していく意識の中でそう呟いたのを最後に、意識は身体から離れていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 天気は曇りのかかった晴れ模様。太陽が陽光で地面を照らていると思いきや、時々雲に隠れて陰りが映ったりと、晴れと曇りを交互に繰り返すような過ごしやすい空。

 

 森の中へと進路を進行中、踏み慣らされ舗装されている街道とは打って変わり地面はでこぼこ。揺れ動く竜車の荷台の上、隣ではシェーレがお尻を気にしている様子。初めて乗った地竜というの名の乗り物に慣れない結果が影響した産物だ。


 その様子を見ていたレルが腹を抱えて大いに笑い、レルに対して笑顔のまま顔を掴んで静かに怒りをぶつけていた。

 怒る姿は一年ぶりぐらいに目にするが、アーカードさんもノエルに対して説教をするときにはにこにこと人当たりの良い顔をしていたのに迫力は普段の三倍近くはあった。


 シェーレとアーカードさん、二人のように静かに威圧感を放つその姿は大声を上げて怒鳴り込むよりも怖さが段違いだ。

 怒られたレルは俺の隣へと移動しシェーレの視界に入らないようにしている。


 まあ昔からシェーレとレルは喧嘩が多く、今に始まったことではないのでその内何事もなかったように仲良くするだろう。


 小さな喧騒を荷台の上で繰り広げた傍ら、竜車はどんどん前へと進んでいく。


 この竜車はミスウェルさんが用意してくれた代物だ。気を失っていた俺とは別でシェーレとレルはこれで竜を見るのは都合二回目だ。

 初めて目にした竜の姿を前に俺は興奮を抑えきれずおずおずと竜の身体に触れてみた。人肌と違いゴツゴツとした鱗の感触とザラザラとした体表。

 明確な理由もなくその生命体に興味が注がれ、出発直前まで身体に触れていた。

 

 竜には地竜と走竜の二種類が存在する。


 地竜は体躯が大きく人々の仕事に大きく関わっている。重いものを一度に大量に運搬するのもそうだし、何より長距離を走行できるスタミナも慕われている理由の一つだと。今乗っているこの地竜も、屋敷からこの森まで休憩なしで突き進んでおり、正に圧巻の一言だ。

 

 逆に走竜は身体が小さく、長距離自体は走行できるが、乗れるのは基本的には上に跨る人一人分、多くても二人程度が限界。重いものを運んだりするのは厳しく、主に用いられるのは魔獣が街道に出現したり討伐しに出向く際の兵に使用される。

 機動力もあり戦闘用として大いにその存在は役に立ち、右に出る種はいないとされている。


 そんな竜車が進む先、俺たちが目指しているのはオルテア森林。目的はそこの奥地にひっそりと建てられた俺たちの家だ。

 子供だけでは色々と危険が隣り合わせなので、ミスウェルさんにお願いして同行してもらった。


 この森の入り口は二つあるとのことで西側と東側の両方がある。魔獣から逃げようとした際に向かった方向はどうやら東側。

 こちらの西側の方は道が続いている代わりに俺たちの家までの距離は東と比べて若干伸びる。


 森へ入って二十分近く。見慣れていた森の景色に遭遇する。そのまま進んでいく視線の先、見えてきたのは実に久しぶりの自分たちの家だ。


 大きくなる家の姿を前に自然と記憶が蘇る。


 家族で過ごした沢山の楽しい記憶、父さんと母さんを失った悲しい記憶、ラッセルによって虐げられた苦しい記憶。

 記憶が波となって頭の中を襲い、良い意味でも悪い意味でも記憶が思い起こされる。


 家の直ぐ近くで竜車が立ち止まる。目的の場所へと到着し俺たちは荷台から地面へと着地する。


「・・随分と前のように感じます」


「うん、本当に……」


 シェーレの言葉の通り、たった数日間の間帰ってこなかっただけなのに、やけに懐かしく感じてしまう。家の全容を瞳に映すが、壊れた玄関を除いて周囲の家の状態はそれほど記憶のものと大きな差異もない。

 木造主体の自然の家。周囲を森で囲まれて建てられている建物のせいか、木々の匂いが強く鼻の中を通り抜ける。


「じゃあ早速取り掛かろうか」


 荷台の中から取り出したのはモップやバケツにタオル、箒といった掃除用具たち。

 この家で生活することは恐らくもう無いだろう。本格的にお別れになってしまうので、最後に掃除をしておいて綺麗にしておきたかった。


 各種道具をもって家の中へと入る。玄関をくぐり、短い廊下の先にはラッセルから流れ出た大量の血。流石に経過した時間が時間なので血は既に固まっている。

 強い血の匂いが家の匂いと混ざり合っていて鼻が少し曲がりそうになる。


 ちなみにラッセルの死体に関しては俺を屋敷へ連れていくのと同じタイミングで竜車に乗せられ、身体を綺麗にされた後に火葬されたとのこと。


 血が広がっている以外にはラッセルと魔獣が争ったであろう食器棚や机が散らばっており、強盗にでも襲われたのではないかと思うぐらいに家の中は荒れている。

 経緯はどうあれ強盗に近い人物は入り込んでいるのであながち間違いではないけれど。


 気を取り直して各自掃除を始める。思い出のある品々なんかもあるだろうし、持っていきたいものは荷台に乗せて持ち帰ることに。


 シェーレとレルが各部屋へと向かい、俺は床の血を綺麗にすることに。流石に乾いているとはいえこの血の清掃を妹に任せるのは気が進まない。


「私も手伝ってもいいだろうか?」


「はい、もちろん!」


 ミスウェルさんからの手伝いを快く受け取り、手分けして今の掃除に取り掛かる。ミスウェルさんには倒れている棚や机を元の場所に戻してもらい、俺は床の血をモップで擦り取り除く。


 モップを動かして水気が渇いてきたら水の入れたバケツに戻してと作業を繰り返す。血は固まっても何度も擦っていくうちに剥がれていくので、時間こそかかかるがそれほど大変でもないだろう。


「・・君のお父さんとお母さんについて聞いてもいいかい?」


「え?」


 掃除の手は止めずミスウェルさんが尋ねる。少し戸惑ったが、手を動かしながら父さんと母さんについて語る。


「・・父さんは優しくて、外で遊ぶときなんかは付き合ってくれたり、夕食の準備の手伝いをしたり肩を揉んであげると、頭を撫でて褒めてくれます。母さんも普段は優しいんですけど、お皿を割ったり泥だらけになって外から帰ってくると凄い形相で睨まれて、父さんも止められないぐらいに怒るんです」


「そんなに?」


「怒号なんて生易しいものじゃなかったです。父さんが宥めようとして逆に涙目にされたりして、家族の間で母さんには逆らえないし反抗できないって共通の認識でしたね」


 怒っている最中に何か口答えするものならその先に待ち受けているのは……これ以上は思い出さないでおこう。


「きっとミスウェルさんやアーカードさんもたじたじになると思いますよ。ノエルなんかは一日中泣いてしまうかも」


「怒られるのは嫌かな。アーカードが叱られている現場というのは少し気になるけどね」


 確かに完璧な仕事ぶりで欠点なんて見当たらないような人物のアーカードさん。

 弱っていたり怒られたりしている図というのは中々想像がつかない。


「かなり前に一度だけノエルと一緒に眠っている際に悪戯を仕掛けたようとしたのだが、あっさり見破られてしまいそのまま正座。当主なんだから馬鹿な真似はしないで下さいと一時間近くも怒られ、あの日は足が大変だったな……」


 どこか言葉に当時の記憶が宿っているのか溜息交じりの声。しかしミスウェルさんにもそう言う一面があるんだと知り少し親しみが沸く。頭の中でミスウェルさんが怒られているのを想像すると何だか笑みが込み上げてくる。


「・・君のように家族を大切に想う心は素晴らしいものだ。これからも、忘れないで欲しい」


「ミスウェルさん……?」


 まるでその台詞は、過去を憂いて後悔しているような声音。顔がこちらへと向けられていないので詳細は分からないままだ。


 一抹の疑問を仕舞い込んでからも掃除は続き、着々と作業は円滑に進んでいく。居間の方は目途がつき、次の場所へと向かう。

 辺りに乾いた俺の血が散布しているラッセルの拷問部屋は二人が気を遣ってくれたのだろう。手伝いに向かう前に掃除を終わらせてくれていた。俺は監禁されていた部屋、もとい倉庫部屋に。


 居間が一番広くて手間取る場所であった為に、ミスウェルさんが手伝ってくれたおかげで他の場所に時間を割けられる。これなら夜に差し掛かるころには屋敷へと帰宅を済ませているだろう。


 長い間手入れのされていない家は徐々にその輝きが蘇っていく。

 掃除が次々と完了する中、同時にこの家ともさよならをする時間が近付いていることに気付く。


 そんな悲しみに更けながら手を動かしていった……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 掃除が終わり各自荷物を荷台の上に。俺も家の中にあった本やマフラーを持ち寄って荷台へと運び込む。

 邪魔にならないように隅に一塊にし、移動中のぐらつきで道に落とさないよう紐で荷物を固定。

 先に荷物を入れて乗り込んだ二人を見れば、すやすやと可愛らしい寝息を立てて眠りについていた。きっと掃除をして身体が疲れていたのだろう。


 俺もお気に入りの外の世界を記した本を手にして大満足。家に帰ってからまた中身をじっくり読み返そう。


「・・ぐっすりだね」


「そうですね。見てて癒されます」


 道中喧嘩をしたのも嘘みたいに肩を触れ合って眠りについている。掃除をしている途中で喧嘩のことなんて忘れてしまったのだろう。


「さて、暗くならない内に帰るとしようか」


「あの……最後に一つ寄っていきたいんですけど、いいですか?」


「構わないよ」


 荷台に登らずその足を家の後ろの小さな道へと進ませる。気になったミスウェルさんも後ろから着いて来る。


 直ぐに目的の場所、開けた小さな広場へと視界が広がる。


「――ここは……」


 花に囲まれており、一段と色鮮やかな景色。自分たちが手入れしたり花を植えたわけでもない、天然の自然が作り上げた小さな花畑。

 その花畑の奥、人工的に作られた二つ分の土の塊。辺りに咲く花がその盛り上がった土を隠している。


「――これは、お墓かい?」


「はい、父さんと母さんの……」


 正面右側が父さん、左が母さんのお墓。母さんが死んでしまった父さんをここに埋葬したと聞いて、両者とも寂しくないように同じ場所に母さんを供養した。土葬というやつだ。


 土を被せられ姿の見えなくなっていく母さんの墓の中に、どれほど俺たちの涙が入り込んだか。

 

 どれだけ、埋めることに時間が掛かっただろうか……


「・・今日は、本当は掃除もそうなんですけど、一番は報告しに来たかったんです」


 掃除というのは間違いではないけれど、本当の目的はどちらかと言えばこっち。

 誰も来ない森の中の奥地。きっと顔を出しに来るのなんて、自分たちしかいないだろう。


 旅人も辿り着かないような辺境の森で、最後に伝えたかったんだ。


 三人とも生きていて、無事であることを……


「・・土葬ということなら君のご両親の亡骸を運んで、屋敷の近くにでも――」


「いえ、ここでいいんです。ここが、一番――」


 たとえこれから屋敷で生活するとなっても、違う場所で生きていくことになったとしても、この場所は、家族が過ごした思い出の地はこの森の中なんだ。

 きっとここで眠りにつく方が、幸せに違いない……


「そうか。君が決めたことなら、これ以上は言わないさ」


「ありがとうございます」


 膝をついて祈りを捧げる。目を瞑ろうとした先、ミスウェルさんが隣へと移動して一緒に床に膝をつけている。


「シェーレ君とレル君の代わりに、俺にも祈らせてくれないだろうか? それと、誓わせてほしいんだ」


「誓う……?」


「シェーレ君とレル君、そしてラルズ君。三人を引き取ろうと提案したのは他でもない俺自身だ。だからこそ、君たちのご両親に宣言しておきたいんだ。これから先、三人が大きくなっていくまでの過程の中、二人に代わって俺が傍で守りますって」


「・・ミスウェルさん」


 俺と同じように祈りを行おうとするその姿だけでも俺と違って気品があり、まるで国に仕えている騎士の様な風貌と雰囲気だった。

 ミスウェルさんってもしかして……


「ん? どうかしたかい?」


「あ、いいえ何でも……!」


 頭を振って考えを取り払う。今度時間があるときにミスウェルさんに直接聞いてみるのもいいかもしれない。


「ご両親の名前は?」


「そういえば言ってなかったですね」


 言われて自分の両親の名前を口にしていない事実に気付いた。


「えっと、父さんの名前がアルバート、母さんの名前がロゼです」


 両親の名前を口にして瞳を閉じる。手を両手で合わせて祈りを捧げる。

 これから先の道を、隣にはいてくれないのかもしれないけど、どうか見守っていて欲しい。俺と家族の成長を、どうか――


 祈りを終え瞳を開く。ミスウェルさんの方はもう終わってしまっただろうか。視線をミスウェルさんのいる隣へと向けると……


「・・ミスウェルさん?」


 固まっていた。手を合わせて祈りを捧げようとしている姿ではなくて、目を見開いて、口も半開きのまま呆然としていた。

 驚愕し、信じられないといった表情をしているミスウェルさん。その表情の意味することも分からないまま、俺は再び名前を呼んだ。


 それでもミスウェルさんはその場で静止した状態が続いており、まるで時間が止まってしまったのではないかと錯覚してしまうぐらいに……


「み、ミスウェルさん!」


「――っ!!」


 大きな声を上げたおかげか止まっていたミスウェルさんの身体が弾かれたようにその場で動き出す。現実に舞い戻ったような様子を目にした俺は心配して声を掛けようとしたが……


「す、済まないね。少し疲れているのかもしれない。心配をかけてごめんね」


「いえ……」


 俺に言葉を返すとミスウェルさんは俺と同じように祈りを捧げる。お互い両親への挨拶も終わりとなり、花畑を後にして俺は荷台の上へと乗り込み、ミスウェルさんは先頭へ。

 手綱を握って地竜を動かし、俺たちは帰りの帰路を進んでいく。遠くなる家の姿を前にして、見えなくなるまで家を瞳に捉えていた。


 荷台から伸ばしていた顔を戻し、眠っているシェーレとレルの隣へ。


 先程様子の変だったミスウェルさんを思い出す。疲れたと口にしていたが、そんな理由だけでなくて、もっと別の理由があったのではないかと考えてしまう。


 だけどそれを口にして本人に聞こうとは思わなった。単純に自分の見当違い、ミスウェルさんの言う通り本当に疲れから来る一瞬の意識の隔離、そうなんだろうと考えを切り捨てる。


 切り捨てた先で時刻は夕方に差し掛かり、空が青空から橙色へと姿を変えていく。隣で寝息を立てているシェーレとレルの様子が影響してか、自分も眠気に襲われる。


「――アルバート、ロゼっ……!」


 意識が無くなる最後の瞬間、ミスウェルさんの口からぼそりと聞こえた両親の名前。その呟きを最後に、俺の身体は夢の中へと流れ込んでしまった……

 






 

 


 






 


 


 



 




 



 





 


 


 


 


 


 

 

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