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武田勇戦記  作者: 宇井崎定一
第二章 浅井長政の答え
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柴田勝家の武勇

「来たか!さあ迎え撃て!」

 待ち人来たれりとばかりに、義景の心は踊った。

 親衛隊たちもここぞとばかりに得物を構え、薄く笑いながら敵を待つ。


(鳥なき里の蝙蝠、いや蟷螂の斧とはこの事だな……)


 姉川の戦場に、義景はいなかった。その後も一向宗がどうとかで積極的に乗り出すことはなく、織田との戦いは配下将に任せていた。



 —————徳川はともかく織田軍はさほど強くない。

 その印象が義景の中で固定されていた。

 六角との戦を知っていればとても抱けないはずの印象であったが、それでも義景はそう信じ込んでいた。


「それは数と戦術だろう。正面衝突ともなればにわか仕込みの軍勢など粉砕できる」


 いくら織田勝利の報告を伝えてもそれ以上の事は言わないし思わない。

 織田が強いのは京をも抑え多大な資金力を有し、その上で装備も整えている。だから負けないのだ。

 その義景の見識は、ある意味正しかった。

 さらに美濃の斎藤が潰れた件についても斎藤義龍が夭折し跡目の龍興が十四歳で相続して家内がまとまらず、それでもなお六年間耐えたと言う事も義景は知っていた。



(柴田勝家も、織田の中では強いのだろう。だが所詮織田の中では、なのだ!)



 義景の頭に、敗北の二文字はなかった。なお、浅井久政の中にもである。


 もっとも彼の場合、義景がいれば大丈夫としか思っていないだけなのだが。


「叩き込め!」

 突っ込んで来た柴田軍に向けて、矢の雨を降らせる。その援護射撃と共に、朝倉の親衛隊が衝突を開始した。

「敵は見たところ三千!三倍だぞ三倍!」

 三千を九千で囲み、残る四千で向かって来る四千を受け止める。

 その方法で勝てる。その自信は、確かに朝倉軍にも伝わっていた。


「柴田だか何だか知らんが!この越前の朝倉の刃を受けてみろ!」

 朝倉の兵たちが槍を振るう。柴田勝家とか言う田舎侍とは違うと言わんばかりに、整然と整列し、しっかりと突き出す。

 正確な攻撃だった。

 その上に脇を攻めていた兵士が勝家に向けて襲い掛かる。少なくとも七本の槍が、三方向から迫る。



「おうりゃああああ!!」



 だが勝家は、一振りで左右の敵を斬り飛ばし、その一振りの起こした風で正面の兵たちの体勢を崩した。

「ああっと!」

「このぉ……!」

 将棋倒しになるのをこらえながら槍を突き出すが、当然迫力は低下。二往復目の刃で彼らは首が飛び、かろうじてそのまま倒れこんだ。

「やりやがったな!」

 それでも一枚破られたらもう一枚出せばいいじゃないかとばかりに次の兵がやって来る。同じように槍を突き出し、今度こそ柴田勝家を殺そうとする。


「そんな攻撃で誰が死ぬか!」

 

 だが勝家のやる事も、その結果も変わらない。三発目の一撃によりまた数名の兵が傷を負い、返す一撃で死体になる。


 大将かつ最強の存在である勝家のこの活躍に他の兵士が乗っからない訳がなく、柴田軍の兵士も負けじと張り切る。

 朝倉の整然とした槍兵に力強く斬りかかり、切り傷と引き換えに倍以上の打撃を与える。そしてさらに一撃を加え、殺しに行く。

 数の差が倍以上だから戦闘力さえ奪えばよしとか言う気の抜けた戦い方はしない。

「死ねや!」

 荒々しい言葉が鳴り響き、大将のそれよりはそよ風っぽいが周りを揺るがすには十分な量の風が吹く。もちろん絶対最強な訳でもなく柴田軍にも犠牲者は出るが、柴田軍が一人死ぬ間に朝倉軍は三人以上死んでいた。負傷者は言うまでもない。



「どうした!後方から攻撃をかけろ!」

「かけております!」

 義景は叫ぶが、この時すでに左右の翼はすでに柴田軍を包んでいた。さらに外の翼も佐々・前田軍を受け止め、彼らの干渉を阻止していた。

 文字通りの九千対三千。しかも三方から、いや四方からの攻撃。これで潰れると義景は見ていた。

 だがそのはずなのに柴田軍はこちらを突き破り、義景本人さえも視野に入りつつある。

「前田と佐々とやらに向かって叫べ!柴田はもうこれまでだと!」

 最後の悪あがきも許してやらないばかりに吠えさせる。そうやって心理的に圧してさらに刃を鈍らせる。長引けばこっちが有利だ。


 しかし、なおも柴田軍の突進力は鈍らない。本陣が逃げれば負けだと言うのはわかっている以上。何としても踏ん張るしかない。



「真柄」



 義景はついに、その名前を呼んだ。

「はっ」

 真柄直隆・直基親子である。


 大太刀使いの朝倉家一の豪傑親子であり、本来なら戦勝の際の追撃に出す予定だった。

(改めて鳥なき里の蝙蝠に過ぎんことを教えてやる!)

 義景はこの親子を盲信していた。確かに生の目で見た柴田勝家は強い。まばたきする間に死者が増え、こちらに迫って来ている。だがそれも、この親子がいれば止まる。一挙に片が付く。その後は逆に織田を追い散らしてやる。


「頼むぞ!」


 力強くそう答えた義景の言葉に、これまで通り憂いはなかった。




「どうしたどうした!朝倉は弱虫の集まりか!」

「何を!」

 朝倉軍の兵は決して、動揺はしていなかった。確かに犠牲は増えていたがまだ内心では余裕があり、義景の所まではたどり着けないだろうと言う自信があった。なればこそあくまでも整然と槍を突き出し、勝家たちを痛めつける。

 それでも勝家はまだ無傷だったが、死者は着実に増えていた。景紀・景恒親子はきっちりと翼を閉じ、柴田勢を押し込めている。

「このような弱虫がどこにいる!」

 その言葉を最後に三途の川を渡った兵士の後ろから、また男が出て来る。こんな流れ作業に辟易する事もなく勝家は閻魔大王の下に命を送り付ける作業をやめない。当然の如く勝家の体は赤く染まり、犬上川もまた再び血の河になって行く。


「柴田だな!」

 その兵士をも斬った勝家の下に、二人の男がやって来た。馬には乗っていないが二人とも大きな太刀を持ち、その輝きだけで織田軍の三、四人は殺せるとさえ思っていた。

「おお!ついに来たか!」

「真柄様が来てくれればもう安心だ!」

 朝倉の兵士たちも安心したように道を開け、自分たちの切り札を迎い入れる。


 さあこれでとどめだ!


「真柄とは真柄親子の事か!」

「そう、いかにも!」

「我が武勲の礎となれ!」


 勝家もその名前を知っていた。その上でまったくひるむことなく単純かつ無邪気に振る舞う勝家が真柄親子には実に滑稽に見えた。

「来い」

 勝家のその言葉に応えるかのように、親子は左右から勝家めがけて襲い掛かった。

 これまで三桁単位の男を殺してきた二本の太刀。片方だけでも凶刃の二つ名を免れぬ刃だと言うのに、それが二本。


 朝倉軍の兵士たちは、勝利を確信していた。


 そして、宙を舞った。




 一の太刀で息子直基の太刀の先っぽ、返しの刃で父直隆の太刀そのものが。




「バカな」


 その三文字をごく平坦に口にする間に直隆は頭を叩き割られ、息子の直基は折れた太刀を投げ捨てて逃げるしかなくなった。


「なん……だと……」

「ああ、なるほどな……」

 勝家は十一月とは思えない汗を流しているが一撃必殺だったためか疲労の色は少なく、すぐさま次の一撃が打てそうだった。


 そうなれば、もはや未来は明らかだった。



「柴田は恐ろしい男だ!」

「真柄親子でさえ駄目だったんだ!」

「逃げろー!」


 朝倉軍は、一斉に崩れた。




「そんな馬鹿な!」


 義景もまたそう叫ぶしかなかった。



 あっけなかった。



 信じて送り出したはずの真柄直隆が、一撃でやられた。

 息子の直基は健在だが、武勇を積み重ねて来た大太刀は失われている。

 あわてて落ちていた槍を拾い、二刀流のようになって突撃を敢行したが、それで打撃を与えられるわけでもない。

 いや雑兵相手にはそれでも十分だったが、柴田勝家はそれを見逃す相手ではなかった。

「ええい面倒くさい!」

 面倒くさいとか言う一言と共に、直基は背中を斬られて立てなくなり、二の太刀で父親の元へと旅立った。


「どうなっているのだ!」

 義景の叫び声が、一挙に乱れた。これまでは戦意高揚も含む自信に満ちたそれだったのが急に甲高くなった。

 どうなっているのだも何もなく、単に真柄親子が敗れたという事実があるだけだった。

「どうやら、柴田は……」

「ですから、このままでは!」

「両翼はまだ大丈夫です!ですから!」

 しかし取り巻きたちはと言うと、義景が冷静沈着に見えるレベルであわてふためいている。彼らもまた義景に触発されたか悠長な性格で、真柄親子の敗北と言う可能性を信じていなかったというか考えていなかった。


「そうだ、浅井だ!浅井を呼べ!浅井を援軍として柴田らの横を付かせろ!そうすればまだ戦える!」

 義景は必死にそう叫んだ。

 下流の浅井久政軍は五千。柴田の横っ腹を突くには十分な数だ。秀吉とやらにとかを許してしまうだろうから五千は無理だろうが、三千でも、いや二千でもあれば何とか受け止める事は出来るはずだ。

「良いか!何とかして足を止めろ!浅井だ、浅井さえ来ればこの戦は勝ちだ!」

 勝ち勝ちと叫びながら、必死に馬上の人となる。なるべく逃げ腰にならぬようにまだ見えない柴田勝家をにらみつけるが、勝家の眼力と比べれば雑兵のそれでしかない。


 景紀親子が壊滅した報告はまだない。と言う事はまだ戦えている。もうこの際上洛などどうでもいい。柴田とか言う男さえ殺せれば、武田信玄のように……

「浅井軍が来ました!」

「そうか!よしここから一気に反撃に転じよ!」

 そこに飛び込んだ吉報にすぐさま義景の顔は緩み、さっそく柴田軍の横を突くように申し付けるつもりだった。


 だが。




「はあ!?」




 そこに飛び込んで来た浅井久政軍は二千どころか千人程度しかおらず、しかも負傷兵も少なくなかった。

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