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武田勇戦記  作者: 宇井崎定一
第二章 浅井長政の答え
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朝倉義景の愉悦

朝倉義景「ぽっきーにぷりっつ……愉悦」

「望む所ではないか」




 連合軍襲来の報を受けた柴田勝家は、実に嬉しそうだった。


「親父殿、敵は一万九千。俺たちは六千!」

「わかっておる。筑前にでも頼めと言うのだろう、わかったわかった、そうしておく」

 必死になっている利家を軽く制し、勝家は立ち上がった。

 猛将と言う言葉よりは小柄な勝家だったが、それでも筋肉が鎧のようになっているせいでそうは感じられなかった。

「犬千代、お前も気が弱いな。それとも謂をぶち壊しにする奴が愛しくて仕方がないか」

「黙れ成政、単純に負けたくないんだよ」

「内蔵助と呼べよ内蔵助と」

 佐々成政にふざけられながらも、前田利家はさっさかと歩く。一刻も早くこの場を出て、なるべく北で迎え撃たねばならないと躍起になっていた。

「新参だろうが古参だろうが、織田の家臣には変わらねえだろ、そんだけの事だ!」

「おうおう又左、ずいぶんと親切な事だな」

「ですが親父殿、味方を見捨てるのは!」

「一万九千で攻められているのだ、間に合うと思うか」


 佐和山城の城主は昨年織田に下った磯野員昌であり、さらに言えばその員昌の養子は信長の甥の信澄である。だが信長はその員昌及び信澄を絶対に守れと言う指示を勝家たちに出していない。


「悲しきことだがな、あのお方は我が道を誤らせてしまった存在。それをお主や筑前ならともかくわしが堂々と助けに行けると思うか?」

「…………」

「だろう。わしは選ばねばならんのだ、修羅の道をな」


 勝家の顔に見せた陰りを感じ取った利家は、眉を下げながら自分の馬へと向かった。




 十数年前、信澄の実父信行は柴田勝家や信長の母土田御前に押され、信長に反旗を翻した。

 結果的に信行は自決、勝家は剃髪する事となり、まだ幼かった信澄は救われた。

 とは言え家内での地位は相当に低く、佐和山城に置かれたのも重要でこそあるがある意味捨て駒とも言えなくはない。


「とにかくだ、もちろん筑前には援護を出す。しかしあくまでも敵は朝倉と浅井だ忘れてはならぬぞ」

「はっ……」

 利家は心の中で不遇な信長の甥に手を合わせながら、馬上の人となった。




※※※※※※※※※




「皆の手を 受けて咲く花 寒椿 草木は枯れて 花びらも散る」

「立派な歌でございますな」


 その利家の予想に反し、磯野員昌も織田信澄も未だ存命だった。


 義景は、千人の兵を佐和山城の側に置いた。佐和山には千人はおろか六百人も兵はいなかったからこれで佐和山城からの出撃は難しくなったが、別に城を落とした訳ではないのも事実だった。

「まあ景健には気の毒な役目だがな、それもまた流れと言うものだろう」

 実は景健に姉川の敗戦の罰をはっきりと与えたのは、これが二度目だった。姉川の敗戦の後景健は序列を下げられ景鏡より下になったものの、それでも家内ではかなり上位だった。ちなみに景鏡はと言うと一乗谷の守備に回っており、順調にいけば雪解けまで一乗谷の主だった。


「こうして信長、いや柴田とやらを倒せば愚かさに気づくであろう。その際にはまたそなたの下へ戻れるように取り計らうつもりだ。信長との違いを見せつけねばならぬからな」

「いや本当、実に寛容でございますなぁ!」

 久政は揉み手さえもしている。確かに相手と逆の手をやるのは悪い事ではないが、それにしても久政は寛容すぎたし、それ以上に明らかにずれていた。



 椿とは縁起の悪い花だが、皆の力によって咲いた寒椿は決してそのような事はなく、草木が枯れて行く頃にゆっくりと花びらが落ちて行く。

 —————だから、降伏しても決して首を落としたりはしない。



 そういう訳で将兵たちを無用におびえさせまいとして作った歌を義景は歌を自慢げに披露するが、だいたいの問題として椿とか言う存在を持ち出すこと自体がおかしいのだ。ましてや歌意を丁重に説明するような人間はだれも佐和山城に行っておらず、それこそ降伏勧告とその歌が付いた短冊が届いただけに過ぎない。

 実際、その短冊を受け取った磯野員昌は無言で使者を追い返している。他に何のしようもないのだ。


「敵は近づいているのですからあまり悠長なのも問題です」

「うむうむ、そうであるな。では下野殿よ、よろしく頼み申す」


 すっかり有頂天になっていた義景と久政は員昌の戸惑いなど気にする事なく、ただただ姉川へと向かっていた。







「ふーむ……」


 そして犬上川へとやって来た義景は、二つ雁金の旗印を認めると陣を組ませた。

 それとは別に浅井久政にも下流に陣を敷かせる。


「敵はいかほどか」

「およそ七千と見受けられます」

 前波吉継の報告は、実は正確だった。

 勝家はここまで来る間に街道の兵を集め、後方に配置していた。それが千名にも上り、出撃時の六千名から膨れていたのだ。

 朝倉にとってもちろん面白くない話だが、それでも大したことはないと思っていた。


「敵将は柴田勝家。それに前田とか佐々とか言う者たちが付き従い、さらに援軍が迫っておりますがこれは直接は関係ないでしょう」

「おい!」

「いえどうやら、浅井勢と向き合うために置かれるようで」


 先に言えと言う景紀の突っ込みを封じたのは、義景の笑顔だった。

 総大将が先刻承知である以上、特にあわてる事もないと言う理屈だ—————もっとも、義景にそれほどの威厳があるかどうかは別問題だったが。


「柴田と言うのはかなりの豪傑です。野洲河原の戦で凄まじい武勇を発揮し六角に事実上とどめを刺した男です。しかし策を軽んずる傾向があり、また一度織田信長から離反しております」

「離反している?」

「ええ、あの津田信澄と言うのは信長の甥ですが、その父を担ぎ出して反乱を企んだとか」

「なるほどな……」

 義景にしてみれば、金鉱を掘り当てた気分だった。柴田勝家と言う信長が大事にしてきたはずの男が、そんな軸足定まらぬ男だったとは。今すぐの寝返り工作での利用は無理だとしても、それこそ功名を焦ってくるぐらいまではこの場でも使えた。



「兵を分けよ」

「は?」

「向こうに川を渡らせるのだ。そして左右から包み込む。平たく言えば鶴翼の陣だ」

「しかしそれは」

「わかっている、翼は二段にする。それと何か叫んでおけばいい」

「はっ」

 勝家自ら、旧主の息子を救いにやって来るだろう。その軍勢を本隊でしっかりと受け止め、後続の軍勢を外の翼で受け止め、中の翼で柴田を包み込む。それが義景の基本方針になった。


 この策に疑問を持てる存在は、誰もいなかった。義景の策だから反論できないのではなく、単純にこれ以上の案を誰も思いつかなかっただけである。




※※※※※※※※※




「どうしたどうした!」

「敵を前にしてひるむのか!」

「佐和山城の主君様はいまだ健在だぞ!」


 朝倉軍からの罵声とも伝言とも取れなくない叫び声が、次々に降ってくる。

 鶴翼の陣に対抗するように魚鱗の陣を引いた訳でもなく行軍体形から戦闘態勢に変わった程度の柴田軍だったが、それでも正直耳障りである。


「ああうるさい!」

「おい筑前はどうした!」

「無事五千で着陣したとの事」

 柴田軍七千の内先鋒は勝家自ら率いる三千、中堅は佐々成政の二千、後方は前田利家の二千となっている。

「敵は」

「正面に五千、二つの翼が二千ずつ」

 ちなみにその面子は中央が義景、中の翼が朝倉景紀と景恒の親子、外が魚住景固と前波吉継となっている。


「不破よ、本当に信澄様はご健在だと思うか」

「間違いないでしょう。義景は上品ぶっておりますがお館様の猿真似しかできませぬから」

「確かにな、十兵衛(光秀)が言っておったわ」


 成政も利家もいない中で勝家が副将扱いした不破光治及びこの場にいない明智光秀が言うとおり、朝倉家と言うのはやたらお上品なお家だった。公卿との交流や歌会などに粉骨砕身し、国力はともかく文化的水準は平均以上になっていた。情報源は元朝倉の家臣である光秀であり、実際に光秀が朝倉で身に付けた教養が京で役立っていたのも事実だった。


「それでどうせよと言うのだ」

「義景は本質的に人を殺せぬ性格。一向一揆しか生まれてこの方相手にして来なかった身ゆえ、強者である自分が弱者をいかにしてあしらうかと言うそれしか感じて来なかったはず。理屈はともかくとして」


 勝家は基本的に理屈をこねるやり方は好かない。

 秀吉や光秀と折り合いが悪いのは基本的にその一点であり、もう少しだけでも両者が武士らしくしてくれればいいのにとは思っている。秀吉はまだ利家と言う潤滑油と元々農民と言う免罪符があるので良しとしても、光秀は元々美濃の武士でありもう少しだけでも勇猛であれば尊敬できると思っていた。

「柴田殿、ご存知でしょう、南の事は」

「ああ、知っている、滝川も明智もやってくれたようだな」

 無論この時の勝家の耳には、滝川一益と明智光秀の武勲は既に入っている。伊勢長島一揆を焼き尽くした一益に比べれば光秀のそれは地味だが、それでも本願寺軍を追い返したのは紛れもない事実であり戦果は小さくない。


「しかしそれにしても目立つな」

「馬子にも衣裳ですからな」


 勝家はふと自分の甲冑に目をやる。桶狭間時代から着込んで来た愛用品であり紛れもない相棒だが、それ相応に色はくすんでいる。それに比べ、朝倉のそれはやけに輝いていた。

 使ってないから新品同様なのか、それとも新しく整える金があっただけなのか。


 いずれにせよ不愉快なその甲冑が、勝家の心をも照らしていく。




「行くぞ」




 あの戦いから二年三ヶ月。


 柴田勝家は、姉川から南の犬上川にて刃を振るう。


 今度は、突っ込む側として。

なお作者はトッポでした。

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