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武田勇戦記  作者: 宇井崎定一
第十二章 十五年ぶりの
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浅井長政、始まりの終わり

仮題:「山県昌景、未来のために」

「信玄が出たぞ!」

「信長もいるぞ!」


 総大将が、東海道にぶつかり合う。



 合わせて十万もの大軍の、主二人。



「お館様を守れ!」



 両側から聞こえる声に釣られるように、兵たちも気合を入れ直す。


 何としても!もう一歩だけでも!


「なかなか食い破れませぬ!」

「お館様の軍も加わり数は三倍以上だぞ!」

「しかし武田の本隊も!」

「知るか!」


「もう少し!もう少しだけ耐えろ!」

「この戦は逃げ切れば勝ちだ!」

「織田軍が来ています!」

「こっちにも援軍がある!」


 織田軍が必死に突破を図り、武田が阻止を図る。


 字面だけ見れば武田有利だが、一万五千対七千だったのが二万五千対一万二千になった上に織田の援軍は武田のそれに比べてまったく疲れていない。

 だが、織田軍の士気は正直上がっていない。柴田軍はこう着状態に慣れ切ってだらけていると言うか精神的に疲弊しており、その点で山県軍に負けている。その上織田軍本隊の士気もあまり高くなく、信長の言葉通りに攻撃と言うより撤退の補助に入っているような状態だった。

「どうした!負けを認めるのか!」

「盗人に追い銭をやる理由もない!」

 兵たちの罵詈雑言は止まらない。ずっとお互い言わせ合っていたのだからどっちもどっちなのだが、こんな空気で戦が終わりそうもない事だけは確実だった。



「信玄!この戦の先に何がある!」

「何もなかろう。何もないからやめようと言っているのだ」



 それでもお互いの将だけは戦の終わりを望んでいる。


「やめさせる!我々の手で!」



 その叫びが、兵たちに届くことはない。


 織田軍は必死に穴を広げにかかり、武田軍は穴に誘導しながら広がらないようにしている。惰性と言うには激しくぶつかり合い、お互いの傷を増やし合っている。


「信玄。これが現実だぞ」

「このまま時間切れになれば我々の勝ち。すぐさま踵を返しても我々の勝ちだ」

「その勝利に何の意味がある」

「もうわかっているのだろう、徳川がもうない事を」

「岡崎城を落としたと言う話は入っていない」

「徳川家次とか言う子ども一人では何もできまい。そんなのを守る義務があるか」

 徳川家次と言う少年の器量について信玄は詳しくは知らない。ただ義祖父のように放置しておけばひとかどの将に育つ事だけは確信している。

「三軍は得やすく一将は求め難し、あいにくこの武田が徳川の将を狩り尽くしてしまったからな」

「勝ち逃げでもする気か」

「それができれば苦労はせんよ」

「なればもう少し、苦労してみるか?」


 信長の言葉通りに、織田軍は攻撃をやめない。




 二年間待ち望んだ最終決戦。


 大戦と言えば一年前に本願寺を潰した時きりで、紀州攻撃も内部分裂のような形であっさりと終わってしまった。中国地方の戦いも毛利がさほど積極的でなかったせいで一進一退と言うより停滞状態でまともな戦などなかった。

 ちなみに武田も上杉を滅ぼし北条に大打撃を与えてからの一年間内政に専念していたから戦などしておらず、どちらも戦う事ができる力は有り余っていた。


「斎藤利三などはえらくはしゃいでおったわ、まあ光慶が若すぎるし京の政にも明るいから置いて来たが」

「そんな人間も黙らせられないのが織田信忠か」

「黙らせるために何が必要か……わかるだろう?」



 信長はそこまで言い、指を鳴らした。


 その合図と共に、堀久太郎が動く。



「参ります!」

 礼儀正しい真面目な英雄に押されるように、また別の生真面目な英雄が押しにかかる。

「この浅井長政の手により!勝利をつかむ!」


 長政もまた、信じられないほど頑張っていた。あの小谷城から飛び出して久政と義景を死に追いやった時とはまた別の狂気を身にまとい、必死に人殺しを行っている。


「見つけたぞ!」


 その研ぎ澄まされた視覚をもって、隙間を見つけにかかる。

 この時の長政は、柴田勝家よりも勇猛な将だった。


「武田本隊は別の穴を埋めにかかっている!この間にこちらを切り開く!」


 長政自ら命を的にし、激しく刃を振り回す。

 この狂気、と言うか戦気が武田の将兵の心をも揺るがし、力を与える。

 その力ある兵たちをも押しのけ、死地へと飛び込む。死地を生地に変えるべく、「浅井軍」と共に戦う。


 隙間が一か所ならばむしろ簡単だが、二か所となると対処は難しい。必死に対処療法に務めたとしても元から数の差がある以上形勢はどうしても傾く。


 その長政の奮闘に応えるように、ついに穴が開いた。


「来た!」


 長政はやったとばかりに、その穴に飛び込む。全てを吹き飛ばすように暴れ回り、武田信玄の首を取る気でいた。




 だが。

「もう来たのか!いつの間に!」

 さあこれからと言う所で、風林火山の旗を掲げた部隊がいつの間にか突っ込んで来た。


 当然進軍は止められ、長政自らも押される。


 疾き事風の如し。

 かつ、静かなる事林の如し。



「ああどうせ対処療法だ!突き破れ!鉄壁だろうと破れないとは言っていない!」

 それでも長政はこれまでの経験と引き分けならば勝ちだと言う信玄や昌景の言葉を糧に、武器を振り回す。

 武田軍たちは必死に防備を固め、前進して来ない。だからこの数を耐えられているのだろうと踏んだ長政が、その上で突っ込もうとする。


「隙あり!」

 だがいきなり、長政の面前に山県昌景が現れる。すでに多くの兵を蹴散らした昌景の得物が長政を襲い、長政もその相手でいっぱいいっぱいになる。

「どうした!浅井長政とはこの程度か!」

 長政も改めて必死に武器を振るが、打撃を与えられない。

「反撃!?」

 それどころか兵たちが次々と昌景に従って出て来て、逆に織田陣へと突っ込んで来る。

 これまでずっと前進しかして来なかった柴田軍は大きく動揺し、大きくえぐられそうになる。


 文字通り、侵略する事火の如しだった。


 そして、元から動かざる事山の如しである。


「勝たんと打つな、負けまいと打つべし!勝利の二文字に目が曇ったか!」


 昌景の声が戦場を覆い、大地を乾かしにかかる。

 文字通り無敵の山県軍が、汲めども尽きぬはずの織田軍に穴を開ける。



「父上!」

 その危うき父親に駆け付けて来たのは、甲冑を身にまとった十二歳の少年。

「む!?」

 唐突な援軍の登場に一瞬動きが止まった昌景の攻撃を長政が弾き返し、流れを変えるべく一撃を放つが、一瞬の隙は一瞬でしかない。すぐさま昌景も立ち直り、少年に向けて反撃する。

 その一撃を長政は受け止め、浅井軍の兵たちも反撃し返す。


「これは!織田はこのような幼児を駆り出すのか!」

「武田だってそれは同じ事!」

「後生畏るべし、若き芽は早めに摘まねば危ない!」

「それはこちらも同じ事!」


 それでも昌景の攻撃に焦りはない。二人の敵を相手にして余裕の笑顔を浮かべ、次々と攻撃が二人をかすめだす。

「この戦!何としてでも勝たねばぁ!」

 老巧の将に対し、長政は気合で必死に立ち向かう。少年もまた同じように目一杯の力を振り絞り、昌景の体を狙う。もちろん技は全くともなっていないが、それでも絶対負けないと言う気迫だけは負けていない。

「大久保様は死んだ!それでも私は!」

「大久保!あの親子か!」

「私は徳川と共に育ち!その意志を受けて来た!誰よりも強き!武士としての!」


 その幼くも力強い言葉に、二人の男は全てを悟った。


「徳川と共に……!そうか!」

「うあああああ!!」


 一人は彼に向けて笑顔で、一人は彼の前に回って渾身の力を込めて刃を振るう。



「逃げろ……!」



 結果として山県昌景は無傷、浅井長政はわずかながら負傷。


 その結果に畳みかけるように昌景は二撃目を放つ。

 動く気もない的に向かって今度は心の臓を狙う。


「やらせるかぁ!」


 長政は必死に受けにかかるが、真っすぐ突っ込んで来たはずの昌景の刃の軌道が急に折れ曲がった。


 そして、また肩に向かった。



「最初から……!」

「浅井長政!お前を一撃で倒そうなどとは思っておらん!だが!」


 昌景の狙いを悟った長政は歯嚙みするが、体に力が入らない。これまでの連戦の疲労が体を襲い、武器が一挙に重くなる。


「この一撃で!」

 昌景の三発目が、長政の首を狙う。


 目にも止まらぬ速度の一撃に、もはやこれまでと長政も目を閉じた。




「父上ー!」




 だが、来ない。




 すんでの所で、刃は長政に届かなかった。




「そなた…!」

「誰か!誰かぁ!」


 甲高い叫び声と共に、昌景に向けて織田軍が突っ込んで来る。

「浅井長政……!命冥加な男め!」

 長政の相手をする暇が一気になくなった昌景は踵を返すしかなくなり、それと共に武田の前進も止まった。


「大丈夫ですか!」

「ああ、この程度、」

「もうよせ」



 肩で呼吸をしながら必死に武器を握る長政に、今度は背中から声が飛ぶ。



「お館様…………!」

「もうお館様は奇妙だ」

「ではなんと!」

「兄上と呼べ」




 兄上。




ずっと、そう呼んでいた呼び方。




「長政、忠政……もう、お前たちの贖罪は果たされた」

「お館様」

「兄上、伯父上と呼べ。これ以上、罪を背負う必要もない。生きろ。自由に生きろ」

「ですがそれがしは!」

「自由に生きろ、その答えが織田に尽くす事ならそれで良い。だが命令がある。

死ぬな、下がれ」


 裏切りの罪を背負って生きて来た浅井長政と、父と祖父の過ちにより親と暮らす事の出来なかった忠政。


「万福丸……」

「父上……」

「それでよい。恒政にもそれなりの道を作っておいてやる。しばらくは親子の時間を過ごせ。市にも会いたかろう」

「はい…」




 二人の親子は力尽きたようにお互いもたれあい、兵たちに抱えられるように下がって行った。


 まるで、長政が二年前、父親をも裏切った後の時の様に……。




(業深き親子のはずなのに、どこまでもすがすがしい……)


 それもまた長政の徳だなとか懐古の念に浸りながら、信長は長政の代わりのように進んだ。




 より、血の臭いのする方向へと。

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