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武田勇戦記  作者: 宇井崎定一
第十二章 十五年ぶりの
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柴田勝家は山県陣を破り切れない

「おおうらあ!どけ、どけ、どけぇ!」



 戦のしょっぱなから太く大きな声を出し、武器を振るう。



 そんな男・柴田勝家率いる直属軍が、山県軍に激しくぶつかる。


「撃て、撃て、撃て!」

 負けじと山県軍も矢の雨を降らせるが、七千の軍の矢で一万五千の柴田軍を仕留めきれる訳もない。鉄砲も何丁か混ざっていたが、勝家以下名のある将には当たらなかった。


「その程度の攻撃で我々を凌げるか!」

「凌げると思わなければそもそも来んわ!」


 昌景が負けじと吠え返すと同時に、柴田軍と山県軍の刃が真っ向からぶつかる。

 大決戦だと言うのに、いきなり殴り合いである。

「そこをどけ!」

「お前がどけ!」

「この!死ね!」

「お前が死ね!」

 戦いこそまともだが言葉はやたらと荒く、とても天下人同然の織田信長と由緒正しき甲斐源氏の末裔の重臣同士の兵とは思えない。


 だがそれが戦場だと言わんばかりに、お互いの体を傷つけあう。


「そんな少数で俺らに歯向かうのか!」

「勝てると思ってるから歯向かってるんだろうが!」

 汚らしい言葉を投げつけるのを、誰も止めない。実際この手の悪態が一番力を与える事を、五十四歳の柴田勝家と四十六歳の山県昌景はよく知っていた。

 先に吠えた柴田軍の兵が槍を突き出し、山県軍の兵の胸を刺しにかかる。だが山県軍の兵はそれをかわし、自分の槍を柴田軍の兵の陣笠に叩き付けにかかる。とっさに柴田軍がかわそうとするが、いきなり体勢を崩して避け切れないまま脳天に槍の穂先を受けてしまう。

 斬るためではないとは言え鋭い金属の落下は陣笠を切り裂き、頭部に傷を作る。

「この野郎…!」

 当然の如く反撃に乗り出すが、次の槍によって喉元を突かれた兵の人生は終わった。


 こんなごくありふれた殺し合いが、次々と起こるのが戦場だった。

 ただ遠征軍の山県軍が守り、地元の柴田軍が攻めていると言う事を除けば、特にどうと言う事もない戦場だった。



 だが、その柴田軍の攻撃がどうにも集中しない。

 時々止んだはずの矢が飛んで来て、先の兵士のように倒れる兵が出る。

「ああもう!いつの間にこんな物を!」

「取り外しますか!」

「やってられるかぁ!」


 いつの間にか作られていた柵のせいで、攻撃が一点集中と言うより縮こまってしまっている。数の差を生かそうにもなかなか畳みかけられず、どうにも押し切れない。

 正直柵の質は良くなくその気になれば倒せそうだが、その気にさせないように山県軍が攻撃して来る。攻撃側のくせにやたら守りが固く、騎馬隊の肩書などまったく虚名であるかのように歩兵が抵抗して来る。

「いったん後退して射撃を!」

「その間に攻撃が来るわ備前守!」

 備前守こと浅井長政がいったん退くように言うが、勝家はそれでも突っ込む。

 強引に振って風圧で柵を傾けさせるが、それでも柵は破れない。

「どうせ今日一日で終わらせる必要もないのですが!」

「そんな悠長なことを言っている場合か!」

「長引けば有利なのはこちらです!」

 長政の言葉は冷静だった。

 かつて浅井久政や朝倉義景の下にいた時とは別人のようにふるまい、かつ姉川にて織田の構えを破りまくった時ともまた別人のそれだった。

「わかった、いったん攻撃を止め援護射撃を放たせる!同士討ちだけは避けねば!」

 勝家は弓兵と鉄砲兵を前に出し、一斉射撃をかけさせる。その間に山県軍が攻撃をかけて来るが、それでも構わず準備を整える。犠牲者に関係なく態勢を整えさせ、反撃させる。


「撃てー!」

「この野郎ー!」


 そして撃てと言う勝家の言葉に追従するように、また別の声が轟く。

「犬千代!」

 犬千代こと前田利家が、別方向から突撃していた。


「うわわ!」


 これが結果的に山県軍を動揺させ、対抗するための射撃が分散。前田軍にも柴田軍にも中途半端な打撃しか与えられず、その分柴田軍が元気を取り戻した。

「柵を破れ!」

 利家自らが槍を振るい、山県軍に突っ込む。そここそ穴だと言わんばかりに次々と前田軍がなだれ込み、一気に陣を粉砕にかかった。




 だが、山県軍もただでは転ばない。


「確かに前田利家!なかなかやる!だがそなたらは別だ!」


 利家の前に立つのをあっさりあきらめ、利家に付き従う兵士たちに狙いを定めた。

 山県軍が柴田軍の半分なのはぬぐいがたいが、それでも陣に入ってしまえば前田軍の方が逆に少数であり、包囲するのは難しくない。


 さらに言えば、前田軍と言うか織田軍は単純に武田軍より弱かった。


 勝家や利家と言った大将やその直属軍は強かったし、兵たちも金に糸目を付けずかき集めた力自慢も多かったから強かったが、その中間に当たる層に尾張一国からここまで膨れ上がるのに強引に集めた所が多く、その部分が弱かった。

 あともう一つ、忠誠心の差もある。金銭でかき集めた傭兵は金払いがいいから織田に付いているだけであり、命を惜しんで逃げる可能性も十分ある。万が一武田がもっと金を出せば、そっちに傾く。


「ここで負ければ!甲州まで荒らされる!」


 そんな風に叫ぶ兵までいた。実際ここで負ければ武田の命運が危うくなるから間違ってはいないが、それでも真に迫った叫び声は前田軍を戸惑わせ、隙を与える。その言葉が人生で最後の声になった兵士もおり、山県軍をなかなか食い破れない。



「ああくそ!お前たちは柵を壊せ!俺が相手する!」


 利家はやっていられないとばかりに前進を止め、目の前に立ちふさがる雑兵に的を絞った。

 だが既にその存在を関知されている利家にまともに斬りかかって行く兵はおらず、誰も彼も防戦一方である事をちっとも恥じようとしない。たまに血が飛んでもかすり傷で、ちっとも数が減らない。

 まったくうっとおしい事この上ないが、それでも油断すればすぐ斬りかかって来るのでぼさっとしている事も出来ない。かと言って斬りかかってきたやつを攻めればすぐさま別の護衛が来るので決定打などとても無理だ。

 それでも別に構うか、柵さえ壊せれば形勢は傾く。そこまでは何とか我慢するしかない。幸い、兵たちも柵を壊しに向かっている。所詮はにわか作りの柵だ、その程度どうとでもなる!



「そなたが前田利家か!」



 そんな利家に対し、いきなり野太い誰何の声が入り込む。


「おい、ちっちゃいおっさんが何の用だ!」

「我こそは」

「うるせえ!」

「山県源四郎だ!」

 チンピラそのもののやり口で名乗り終わりもしないまま斬りかかる利家だったが、山県昌景は利家の槍を受け止めながら名乗りきった。


「何!あれが山県昌景だと!」

「あれを取れば一気に勝負は決まる!」

「行け、行け!」


 そして柵を壊しに向かっていた兵たちは昌景に向かってしまい、その分だけ攻撃が雑になる。当然昌景の前には武田の兵士たちがおり、それらをくじいて行くのはまったくたやすくない。

(畜生、わかっちゃいたがそんな簡単じゃねえかよ……)

 

 山県昌景と言う大将、それこそ金銀財宝と言うに等しい存在に、どうしても兵たちは群がってしまう。いくら柴田勝家と言う織田譜代の軍勢であっても、この誘惑からは逃れようがない。無論戦況を一挙に変えられると言う真っ当な名目があった所で無謀なのは変わりなく、柵破壊は頓挫気味になる。

「こちらには数がある!」

 それでも浅井長政が数を生かし柵の破壊に務めるが、突入した柴田軍を顧みない山県軍の連中のせいでなかなかうまく行かない。壊そうとしても壊そうとしても横撃をかえりみない山県軍のせいで妨害が止まず、横撃しようにも大将と言う二文字の魔力に囚われた兵たちは言うことを聞かない。

「我々の目的は信玄だぞ!山県ごときに構っている暇はない!」

 勝家もまた先ほど援護射撃をかけた場所から攻撃をかけるが、そこも突破できない。

 こんな初歩的な策ではまってしまう自分が悔しくてさらに斬りかかるが、それでどうにかなる訳でもない。

「こちらの損害は!」

「ごく微小です!」


 だが決して織田軍の打撃がある訳でもない。

 突っ込んで行った兵はそれなりに犠牲が出ているが、柵の外から攻撃している人間は負傷者になっても死者にはならない。

「まったく、徹底した姿勢だ!」

「しかし一体これでどこに」

「藤吉郎はやられはしませんよ!」

 利家が秀吉の名を叫ぶが、実際専守防衛で敵を弾き返す事は出来ても倒すことはできない。信玄はさんざん敵主力軍を固めて本隊で薄くなった敵本陣を強引に攻撃していたが、正直どこが薄いのか勝家でさえも分からない。羽柴軍だって一万五千あるし、そんな所に数が割けるはずもない。







「武田めぇ!」




 膠着状態であった戦場に、一人の男の声が鳴り響く、




「本多平八郎殿か!」

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