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武田勇戦記  作者: 宇井崎定一
第十一章 川越決戦
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上杉景勝の死!?

武田信勝「お返しに何を送ったらいいのか」

高坂昌信「お気になさらず……」

 上杉の運命が風前の灯火になってから十時間後の川越城では、風前の灯火どころか消えそうにない火が燃え上がっていた。




「火事だと!」

「それが、一か所や二か所ではなく……!」


 郭も城門も屋敷も、あっちこっちで燃えている。

 火の不始末にしてはあまりにも同時多発的であり、明らかに放火としか思えない。


「風魔はどうした!」

「手の者を連れて消火に当たっているようですが…!」

「それしかないか……!」


 放火をしたのは誰かと言う問題の答えは、言うでもなく武田忍びだ。

 風魔小太郎を責めるのは簡単だが、そうした所で何の解決にもならない。


 さらに言えば、小太郎はこの城に忍びを数人ほどしか連れて来なかった。

 無警戒な訳ではなく、どうしても佐竹や佐野の事を見張らねばならなかったのだ。駿河から小田原の警戒もしなければならず、主要な面子はそこに置いて来た。もちろん武田に対し無警戒だったわけではないが、それでも忍びたちは武田軍の後方の確認や目の前の部隊の動静確認に費やされており、川越城侵入を防止する役目はほとんどいなかった。


「忍びたちがどこから入ったか、そしてどうやって火を点けたかはどうでもいい!どうでも良くないのはこの城と兵士たちだ!」

「しかし消火に当たろうにも!」

「うるさい!松田もたたき起こせ!」

「はい…!」


 氏照はとりあえず真っ先に守るべき兵糧小屋へと向かい、そこの無事を確認した上で武器庫へと行き、そして兵たちの小屋の一つに火が点いているを確認した。

「なぎ倒せ!」

「しかしここまで広まると!」

「叩き壊せ!」

 兵たちは燃える小屋の壁を槌で叩き壊す。まともな消火施設などない時代、消火と言うのは取り壊しと近く、建物を破壊して延焼を防ぐのだ。もっとも川越城にはそれなりに水場もあったが、消火のために使うぐらいなら飲み水に使った方がいいと言うか、もう手遅れだろう。


「わしは別の場所へと向かう!」


 あまりにも泥縄な事はわかっているが、こうでもしないと城そのものが燃えかねない。

 氏照は必死に走り、火災を見つけては同じ指示を繰り返す。その間に数多の存在が失われて行く事にため息を吐きながらも、目の前の敵を倒して行く。

「被害は!」

「建物が焼けた事だけです!」

「ああ近づいてしまって少し火傷を」

「手当てをしろ!」

 戦場と化した川越城を走る姿は兵たちに勇気を与え、次々と消火活動は続く。


「しかしやはり武田忍び……」

 そんな事が幾度が続き、ようやく火事が落ち着いて来た。

 最後は東門を裏から焼いていた炎があり、木の板で叩いてもみ消させた。幸い城門は少し焦げたぐらいでそれ以上の害はなく、とりあえずは大丈夫と言った所だ。


 氏照が一息ついたとばかりに肩を落とし、ちょうどいい具合に暗くなった川越城を歩く。

 人的損害がさほど出ていないであろう事を期待しながら、武田軍の正面である西門へと向かう。

「西門は既に焼け落ちてしまったのでしょう」

「そうだ。だが正面の門一枚までと言える。連中は……!」



 そこまで口にした所で、氏照の顔色が闇に溶けるような濃紺になった。



「……そうか!すべてはこれ狙いだったのだな!」

「は?」

「先ほどからの攻撃は全てこれが狙いだったのだ!西門に我々を固め、風魔忍びたちも釘づけにさせてその間に……!」

「では!」

「まだまだ連中は火を点けまくる!少なくとも夜が明けるまでは城内の警戒を怠るなと伝えよ!」



 氏規に言われるまでもなく陽動と言う考えはあったが、まさかここまで大規模なそれだったとはと氏照は地団駄を踏んだ。

(あの小僧……!)

 風魔小太郎がいる事を承知でこんな手を叩き込んで来た武田を敵ながらあっぱれと思うと同時に、改めてあの小僧が憎たらしくなった。いるだけであそこまで存在感を示したあげくこちらをたばかるなど、仮に置物扱いだとしても腹が立つし、仮に立案者だと言うのならばますます消さなければいけなくなる。


(フン、まあいい、今の内に喜んでおけ!これ以上の勝利などさせてやるか!)


 笑って有頂天になり、そのまま墜落して行く事を考えれば少しは気分も晴れた。だからこそいつかの逆襲のために今は耐える————————————。




「申し上げます!助五郎様が!西門に!」

「あの馬鹿!」


 だと言うのに、氏規が動き出したらしい。

 もちろん西門が焼かれた以上守らねばならないのはわかるが、今動けば勢いは向こうにあると言うのに気が逸ってしまったのか!

 そして、それに続くように兵たちの歓声が鳴り響く。

 確かに睡眠不足と連続攻撃と放火で気が立っているのはわかるがこんな所で騒いで何になると言うのか。


「城門から一歩たりとも出るなと伝えておけ!我々は放火魔を退治するぞ!」


 氏照はそうだけ言って目を三角にした。


 もぐらたたきな消火作業をやっていてもしょうがないとばかりに放火犯探しに乗り出し、一匹ずつ刈り取る訳だ。もちろんこれだって対処療法にすぎないが、それでもやらないよりはましだった。

 もちろん氏照自ら巡回するだけでなく出火元を兵士たちに探させた上で見つけ次第斬り捨て御免でやっているが、相手は忍びだけになかなか見つからない。

「風魔様は」

「負傷している以上さほど多くは望めん。もちろん部下の忍びはいるが城内には何人いるかわしでさえもわからん」


 実際には負傷と言うより心理的打撃かもしれないがそれでも風魔がさほど当てにならない以上、自分たちで何とかせねばならない。

 何とかして更なる火災を防がねばならぬ!



「ああ、また城門が燃えてしまう!」



 そんな最中に飛び込んで来る、第二、第三どころか第何かわからない火事の報。

「氏規……!おいお前ら行って来い!」


 今度は氏規か。


 勝手に出陣したはずの男がどうして火事を関知するのか、東側にいた氏照は三角の目のまま部下だけをやり、自分は一人で城内の見回りを再開した。


 四月二十七日(≒新暦五月下旬)とは言えまだ夜が白むには早い時間だが、それでも暗闇の中を歩いているせいか目も慣れて来た。

 いわゆる忍び装束を着ている忍びなど現実にはほとんどいないにせよ、それでも怪しい奴がいれば誰何さえせずに一刀両断するぐらいのつもりで氏照は歩いていた。

 氏規の暴走を内心で嘆き、全然出くわさない憲秀は何をやっているのかと内心嘆きながらも、必死に戦っていた。



 そんな氏照の五感に、再び敵が侵入した。


「申し上げます!火災は西側の二番目の門です!」

「何!」


 兵士の声。

 立ち上る煙。

 木を燃やす臭い。

 戦の肌触り。

 そして血の味。


「すまなかった氏規!わしはすぐさま西門へと向かう!お前たちは引き続き警戒に当たれ!」



 いつの間にか敵は城門より先に行っていたのか。

 この深夜にまったく土地勘のない城門を越えようなど何を考えているのかとか言う疑問を追い払い、西門へと向かう。

 さすがに息が上がっていたがそんな事はどうでもよく、一刻も早く武田を止めなければならないと言う気持ちだけが勝っていた。


「敵は!」


 途中から配下が引いてくれた馬に乗った氏照は必死に手綱を引き、馬が潰れても知った事かと言わんばかりに薄闇を駆ける。火におびえる事なく馬は四本脚を地に叩き付け、氏照の気持ちを西門へと持ち込む。


「おお兄上!ご覧ください!」


 そして西門へとたどり着くまでもなく、氏照は二枚目の西門の有様と氏規の青い顔を目にした。




 まるで二枚目の西門が松明のように赤く燃え、こちらの姿を映し出している。

 しかもよく見るといつの間にか乾草が積まれており、余計に燃焼が激しい。


 そんなだから武田軍の攻撃は正確であり、次々と死傷者が生まれる。


「こうなれば人で守るしかないと」

「そうだな!この城門は捨てろ!」


 まだ挽回可能だ。まだ本丸には達していない。


 その意気で行くしかなかった。



「何を当てにしている!援軍なら来ないぞ!」

「やかましい!」

「上杉景勝はもう死んだからな!」



 そんな所に武田の兵が投げ付けて来た、景勝死亡とか言う雑言。


「ですが!」

「去年そんな物はいくらでも回収しただろ!」


 聞き流そうとしていると、武田の中に一本毘沙門天の毘の字が記された旗が混じっていた。景勝を殺したと示したいのだろうが、いくらなんでも拙劣すぎる。去年の川中島でそんな旗など何十本単位で拾ったのだから、それこそ偽装など簡単だ。


「いつどこで誰にどう殺されたのだ!」

「上野にて武藤様の兄上お二方とご隠居様、後典厩様の軍に包囲され取り巻きたち共々全滅、斎藤も柿崎も父の下へと向かい本庄や新発田も景勝と共に不帰の旅人となった!逃げようとした兵も厩橋から来た者たちによってほぼ殲滅されたわ!」


 だが揚げ足取りに行った結果返って来た回答が具体的で、それ以上に自信に満ち溢れていた。



「信玄だ!」

「やっぱり信玄はとんでもない男だ!」



 その上ご隠居様こと信玄や信豊、真田兄弟とか言うこの場にいる人物の関係者が次々出て来たせいで余計に作戦の巧妙さが浮き彫りになり、疲弊していた兵たちが崩れ出す。

「おい待て!そんなうまい話がある訳がない!」

 氏照は叫ぶが、武田の自信に満ちた攻撃が氏照の叫び声を覆い隠す。


「申し上げます!佐竹軍が国境を越え下総に攻撃!」

「佐野軍が武蔵へと侵入!」


 ここぞとばかりに虚報が乱れ飛び、兵たちは正体を失う。


 流言飛語を流した奴は処刑してやろうと思ったが、誰がやったのか全く分からない。




「また火だ!」


 その間にも、城門より先にまた建物が燃える。




「………………………………」




 氏照はもはや、放てる言葉すらなくしていた。

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