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武田勇戦記  作者: 宇井崎定一
第十章 近畿の絶望
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土橋守重は何が何だかわからない

「征夷大将軍様に、銃を……」


 最初の一発を放ってしまった土橋守重は、心底から震えていた。


 自分はなんととんでもない事をしてしまったのだ。


 別に幕府に忠実なつもりもないが、それでも自分自身信じていなかった。




(まさか本当に、足利義昭様が、秀吉に……)







 雑賀宗とは紀州の南東も南東であり、京との直線距離からは考えられないほどに田舎だった。当然情報伝達の速度は遅くなり、信憑性も薄れる。大和や伊勢は紀伊山脈を挟んでいるから遠い国であり、伊勢志摩から逃れてきた一向宗も陸ではなく船で来たぐらいだ。その船にしても九鬼嘉隆とか言う織田の手先が調子に乗っているせいでまともな船は用意できず、人数だって知れていた。と言うか伊勢が滝川一益、大和が松永久秀の所領である以上まともに情報を得る事など出来るはずがない。

 そういう訳で実質情報口は和泉の方角しかないが、そこに来る情報はどうしても摂津・河内と言った織田が威張っている個所を通らねばならず、信ぴょう性はその分だけ低下する。もちろん和泉から阿波・淡路・播磨・丹波を経て山城から入ってきた情報を受け取る道がないわけではないが、あまりにも時間がかかりすぎる。


「そんな情報を信用していいのか」

「話半分で聞いときゃいいんだよ、ないと思ってあった時の打撃はあると思ってなかった時より数段重いぞ」



 そんな中で重要なのが、羽柴秀吉とかいう男が送り付けて来る手紙だった。

 棟梁の鈴木重秀の親友だと言う織田家の将が雑事重要事構わず寄越してくれる手紙は、この二年間で三十枚以上になっていた。


「わしもとうとう一国一城の主になってしもうた。そうとなればいよいよ本格的に励まねばならぬからのう、お主ならよき女子の抱き方を知っておるじゃろう。ちと教えてくれんかのう」


 たまたま土橋守重が覗きに行った時はこんな他愛もない雑談だったし、時にはおねがかんしゃくを起こしてどうしたとか言う同じぐらいしょうもないそれだったりする。


 それでも時に

「なあちょっと聞きたいんだが、もしお主が上様(信長)だったら、浅井長政を許せるか?長政は上様や三河殿(家康)、わしを金ヶ崎にて追い詰め、姉川でも数多の織田の兵を殺した。にもかかわらず上様は長政の命を安んじ、修理(柴田勝家)の配下としてお市様との婚姻も解かずにおいておる。ぜひともお主の見識を聞かせておくれ」

 こんな書状が届くのだからまったく油断も隙もない。


「下野守(久政)と左衛門督(義景)の死は間違いないのだろう?なれば長政はおそらく両名を手にかけた事になる、親と同盟相手を」

 さすがにこの手紙を皆に公開した重秀により会議と言うか座談会が行われる事になったが、さっそくそんな言葉が出て来た。

「それでその事でも京の町中に撒いて長政の評判でも落とすか」

「それで解決するのか」

「秀吉がこんなもん送って来る以上織田は先刻承知だろう。っつーか浅井を生かしていたとしてもどれほどの事ができるのかわからねえっつーのに、北近江はもう秀吉のもんだぞ」

「秀吉の物と言っても、秀吉が入ってまだ一か月少々のはずだろう。反羽柴勢力など山といるはずではないか」

「秀吉が我々の手に気づかないと思うのか?」

 で、ほんの一瞬だけ場が引き締まったが、次の五秒でまた取っ散らかった。

 確かに羽柴軍の足下を揺るがすのは悪くないが、こんな書状を無警戒に送って来る馬鹿なら秀吉が出世するはずがない。下手にかく乱の使者をやれば殺されるか逆利用されかねない。


「とにかく、北方からの援護は期待できなくなった事だけは事実だろうな。気を引き締めてかかるしかねえな」


 その結果こんな結論とも言えない結論で話は終わった。


 間違ってはいないが正しいとも言えない話であり、当然士気が上がるはずもない。

 そんな事が幾度も続いたせいで、軍規が少し弛緩していた。


 だから途中から重秀も無視しようとしていたが、それでもやや遅れて雑賀衆の手の者が同じ情報を持って来るのだから無下にしにくくなり、結局は目を通してしまう。



 そして四ヶ月前、いつものようにやって来た秀吉の手紙により雑賀衆は「足利義昭が秀吉に降伏」した事を知る事となった。


「馬鹿馬鹿しい。なぜよりにもよって農民上がりの秀吉に」

「でも嘘を吐く理由があるのか」

「あるだろいくらでも、信長がその身柄を抑えていればどこに置こうが自由だ。信長にとって秀吉とはその程度の存在でしかない」

「いずれ顕如様が情報を持って来るだろ、それまで待とうじゃねえか」


 そう言って話を終わらせようとした重秀に対し、守重はそっぽを向いてしまった。


 こんなありえない話に振り回されるなど、一体何を考えているのか。

 幕府が滅ぶのはわかる。だがなぜにわざわざ秀吉なのか。

 信長本人でも、柴田勝家でも、明智光秀でもなく、なぜに秀吉なのか。


 守重の頭の中で、征夷大将軍様と秀吉と言う存在がまったく交わらない。



 それでその後実際に顕如の使者から義昭が秀吉に忠義を誓っているとか信頼できる筋から聞かされた時にはめまいがしそうになり、そのまま昏倒しそうになった。

「大丈夫か」

「大丈夫だ……」

 そう口にはしたものの、正直頭が痛くてしょうがなくなった。冗談抜きで三日ほど寝込み、立ち直った後は半ば現実逃避のように銃を撃ちまくっていた。


 その後の義昭の死についてはもう頭に入っておらず、武田信玄が殺したのも光秀と謙信だけになっていた。







「まさか、本当に……」


 ここにいる。


 義昭が遺した存在が、間違いなくいる。


 まさか、本当に秀吉に呑まれたと言うのか。


 自分自身だけでなく、妻子や義兄弟まで。



「何をやっているのです!」

「え、ああ、ああ……」

 すべての催促も叱責も、耳に入るだけで頭に届かない。


 単純に足利軍に銃を向けただけでなく、義昭が秀吉に心から心服していたと言う事実が重くのしかかる。

「教如様が早くせよと!」

「……」


 何もできない、と言うか体が動かない。


 誰かが吠えているのは認識できるが、何を求めているのかわからない。


「はやく、はやく!」

「え……?」


 体を揺さぶられてもなお、何をしていいかわからない。


「ああもう!一斉に浅井軍に向けて射撃を!」

「あ、ああ、そうか、そうだな、うん……」

「ですから!自らお願いいたします!」


 耳元で怒鳴られているのに、何里も遠くで吠えられているように思えて来る。


 今目の前にあるはずの戦場がどこだかわからず、それに自分が持っている物の意味までわからなくなった。


「あの、これは……」

「ああもういいです!鉄砲を持って下がっててください!」


 鉄砲とか言う物体を持って下がっていろと言われたので、そうする事にした。


 ほどなくして背を向けた方角から声が飛び、耳に入り込む。



 歓声か。悲鳴か。



 何がどうなっているのかわからない。


 気が付くと大きな音から遠ざかり、静かになって行く。ただ、それだけ。

「何のつもりだ!」「雑賀衆はどうした!」

 どうやら味方らしき坊主たちが自分の不実を責めているらしいが、何が不実なのかわからない。


 ふと後ろを振り返ってみると浅井長政とかいう男が仲間たちを次々と殺しながら迫っている。左を見れば多くの坊主たちが悲鳴を上げ、右を見れば小さな男が率いる軍勢がこちらの物らしい存在を押している。



「ああ、我々は不利なんだな」



 そんな言葉を口にすると同時に頭に向かって拳が飛んで来たが、痛みも何も感じない。

 気が付くともっと後退させられ、歓声がなおさら遠くなった。




「我々だけでも!」


 そしてほどなくして銃声が轟き、何体かの死体ができる。


 だがその間に瓢箪の旗を差した軍勢が坊主たちを殺し、逆に銃声をぶつけに来る。



「中央が危ない!」「東側は数が少ないぞ!」「蜂須賀め!」


 意味が分からない声が頭の中に鳴り響く。目の前で何が起こっているのかわからないまま、ただただ馬に座っている。

 いつの間にか手が軽くなり、すぐそばでまた銃声がする。

 続けざまにまた頭に衝撃が走るが、言葉が出ない。

「え……?」

 ようやく出た一文字と共に再び両腕に負荷がかかり、いつの間にか銃を握っていた。


「中央軍壊滅寸前!」「下間頼廉殿が後退して盾になっている!」



 気付くと右側の軍がほぼ消えている。そこに瓢箪の旗がまた迫り、真ん中の軍を囲んでいる。


「二対一は卑怯だぞ」


 そんな声が出ると同時にほんの一瞬だけ空気が止まり、すぐさま動き出した。

 そして中央の浅井とか言う軍勢が二つに分かれ、中央軍に襲い掛かる。


「撃て!撃て!」


 その隙を逃さぬとばかりに銃弾が放たれるが、待ってましたとばかりに向こうからも来た。それにより仲間たちらしき存在は死なないが、僧兵たちは死んだ。



「あれは、紛れもなく……!!」




 駕籠だ。

 それも、やけに豪華な駕籠だ。


 あれに、足利義信が乗っているのだろう。



 その籠に向けて一斉に兵が迫るが、次の一分の間にまた多数の死体が生まれる。

 と言うか敵が前進しており、その籠の下にはすでに数多の死体があった。


 駕籠が動き出し、兵たちが駕籠を覆い隠す。




 ほどなくして、戦場にあまりにも不釣り合いな音が流れた。







 おそらくは亡骸に向けて、まだ二歳の赤子が何かを放出したのだろう。







「ここまで……ここまで我々を侮辱するのか!もう許さん!一人残らず阿鼻地獄へと送ってやれ!」


 坊主たちが真紅に染まりながら、赤の近似色の色の液体を出した赤子に迫る。




(所詮は赤子だ……大人でさえもそうなのだから……)




 守重は、あまりにも冷静だった。




 紛れもなくこの戦場にいる誰よりも冷静で、その上で混乱していた。

くぁwせdrftgyふじこlp……(書きたかっただけ)

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