【泣いた赤鬼】泣いた青鬼
「ああ、人間と友だちになりたいな……」
山の中にある洞窟で、赤鬼はため息をつきました。
ここは赤鬼の住まいです。でも、ほとんど人の立ち寄らない場所だったので、赤鬼はいつも寂しい思いをしていました。
「麓には人間の村があるんだよな……。そこに住んでいる人たちと友だちになれたら、きっと楽しいんだろうな……」
けれど、自分は鬼です。もし迂闊に人間たちの前に顔を出したら、怖がらせてしまうかもしれません。
「暗い顔だな、我が心の友、鮮血の二つ角。何か悩み事か?」
そこへやって来たのは友人の青鬼でした。赤鬼は彼に悩みを打ち明けます。
「なるほど、人間の友か……。よし、ならば任せておけ」
青鬼は自信満々に言いました。
「私が村に下り、左手に封じられし暗黒の力を解放しよう。そこにすかさず貴様が割って入るのだ。何故ならば、貴様は鮮血の調停者だからだ」
「なるほど、村で暴れているお前を俺が撃退するのか。確かに、それなら村人たちは俺を怖い鬼だとは思わなくなるだろう。だけど、それだとお前が悪者扱いされるぞ」
「構わん。所詮、血濡れた身よ」
青鬼は気にしていないようです。それならばと、二匹の鬼は早速作戦を開始しました。
「我こそは地獄の獄卒! 小さき者どもよ、我が暗黒の力の贄となるがよい!」
村へこっそりと忍び込んだ青鬼は、広場で大声を出しました。異変に気付いた村人たちが集まってきます。
「おい、あいつは鬼じゃないか」
「なんか変なことを言ってるぞ」
「鬼の言葉かねぇ……」
村人はヒソヒソと囁き合いながら、青鬼を遠巻きに見つめます。
「グッ……グハァッ……! あ、暗黒の……力よ! 我が身を……苗床として……奴らに、裁きをっ……!」
のたうち回る青鬼に、人々は眉根を寄せました。
「放っといていいのか?」
「きっと頭がおかしいんだ」
「追い出さないと厄介だぞ」
村人たちは農具を手に、青鬼に襲いかかります。抵抗する間もなく、青鬼はボコボコにされてしまいました。
実は、青鬼は口では大きなことを言っていますが、腕っ節は生まれたてのウサギにも負けるくらい弱かったのです。
そのことをすっかり忘れていた赤鬼は、友人を助けるために急いで広場へ駆けつけました。
「や、やっと……来たの、か……」
腫れ上がった顔と歯の抜けた口元で、青鬼は不遜に笑います。
「この私を……止められる……ものなら……止めて……みるが……よい。鮮血の……調停者よ……」
「何? 鮮血だと!?」
「俺らを食おうって算段か!」
「そうはさせんぞ! こいつも退治してしまえ!」
どうやら村人たちは青鬼の仲間が現われたと勘違いしたらしく、赤鬼のことを睨みつけます。そして、容赦なく襲いかかってきました。
「ちょ……やめ……ぎゃあ! 話を……へぶっ!」
赤鬼は必死に誤解を解こうとしますが、村人たちは聞く耳を持ちません。このままではやられてしまうと判断し、赤鬼は仕方なく迎え撃とうとします。
けれど、村人たちの強いのなんの。日頃の農作業で鍛えたクワ捌きに、赤鬼はまるで歯が立ちません。
赤鬼は応戦するのを諦め、青鬼を担いで必死に逃げました。住処の洞窟に着くまで、生きた心地もしません。
「すまぬ、我が心の友よ……」
洞窟の中で赤鬼から手当てを受けながら、青鬼はうなだれます。
「地獄の獄卒たるこの私を降すなど、あやつら、ただ者ではない。かくなる上は、禁忌中の禁忌の技を用いて対抗するしか……」
「青鬼……」
満身創痍になっても、青鬼はまだ赤鬼のために村人たちに挑もうとしていたのです。赤鬼は胸が熱くなりました。
「もういいよ、青鬼」
赤鬼は静かに首を振ります。
「新しい友だちが欲しいなんて、どうかしてた。俺にはお前っていう最高の親友がいるのに……」
赤鬼は気付いたのです。無い物ねだりなどしなくても、大切な人は近くにいたということに。
「鮮血の……二つ角……」
青鬼の目が潤んでいきます。そして、堪えきれなくなったようにワッと泣き出し、赤鬼に抱きつきました。赤鬼は、その背中を優しく撫でます。
深い友情で結ばれた二匹の鬼は、その後は決して人里に降りることはありませんでした。それでも、彼らは幸福に日々を過ごしたということです。