【金の斧と銀の斧】「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも、この銀の斧ですか? もしくは、雷斧ミョルニルですか?」
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも、この銀の斧ですか? もしくは、雷斧ミョルニルですか?」
湖に斧を落としてしまった木こりは、三つの斧を持って現われた女神からの質問に首を振ります。
「僕が落としたのは普通の斧です」
「あなたは正直者ですね。褒美に、この雷斧ミョルニルを差し上げましょう」
女神は神々しい光を放つ斧を置いて、湖へ帰っていこうとします。木こりは慌てて彼女を引き留めました。
「待ってください、いりません! こんな見た目重視の柄が短い斧なんか、振りにくいじゃないですか!」
「そうですか……。では……」
女神は湖から別の武器を取り出しました。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも、この銀の斧ですか? もしくは、火剣レーヴァティンですか?」
「ですから普通の斧です。って言うか剣って……。もはや斧ですらないし……」
「あなたは正直者ですね。褒美に、この火剣レーヴァティンを差し上げましょう」
「いや、いりませんけど」
「えっ……、炎の国の長が使った燃える剣ですよ? その赤き業火は森羅万象を焼き尽くし、いずれは持ち主をも……」
「斧、返してください。普通のやつを」
「……分かりました」
冷めた顔になっている木こりを見て、女神は渋々普通の斧を返却します。木こりはもう二度とこの湖に斧を落とさないようにしなければと思いながら、その場を後にしました。
その様子を木陰から覗いていたのは、別の木こりです。
「ふむ……。あの湖へ何かを投げると、とてつもないお宝と交換してくれるのか……」
欲張りな木こりは、デーモンアクスと名付けて大切にしている自分の斧を湖へ投げ入れました。
すると、湖がブクブクと泡立ち、女神が現われます。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも、この銀の斧ですか? もしくは、魔槍グングニルですか?」
「いや、私が落としたのは、厄斧デーモンアクスだ」
木こりは正直に答えます。すると、女神の目の色が変わりました。
「厄斧デーモンアクス!? とっても格好いい名前ですね! それ、どんな武器なんですか?」
女神が予想外の質問をしてきます。しかし、木こりは動じることもなく答えました。
「悪神が気まぐれで作った邪悪な斧だ。……これ以上は知らん方がいい」
「まあ! 語られざる歴史が詰まっているんですね! あなたとは話が合いそうです。せっかくですから、私の武器コレクションも見ていってください」
女神は剣やら鉾やら弓やらを次々と湖から取り出します。それに対し、木こりは嬉々として反応しました。
こうして二人は意気投合します。けれど、木こりは武器をもらうことはできませんでした。
その代わり、彼はもっと素晴らしいものを手に入れたのです。それは、後に彼の妻となった湖の女神でした。
結婚を機に木こりは転職を決意し、女神の仕事を手伝うようになります。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも、この銀の斧ですか? もしくは、魔術書ネクロノミコンですか?」
「はたまた、神蜜アンブロシアか?」
彼らの勧めてくる訳の分からない品々に、うっかり斧を落としてしまった木こりたちは、相変わらず困惑しっぱなしだったそうです。