【画竜点睛】滅びをもたらす竜、現る
「おや、先生。今度の作品は竜ですかな」
「その通り」
通行人に声をかけられ、壁に絵を描いていた画家は片付けの手を止めました。
「これは『狂乱の暴竜』というのだ。かつて国を一つ滅ぼし、それでもなお暴虐の限りを尽くした悪しき存在よ」
画家は熱を込めて説明します。通行人は、それをフンフンと聞いていました。
「多大な犠牲を払って、その竜は何とか捕縛された。そして、二度と悪事を働かぬように、この私が封印を施したのだ。その儀式も今し方終わった。早速、依頼主に報告しなければな」
画家はそう言って立ち去ろうとします。ふと、通行人はあることに気付きました。
「先生、この竜、目が描いてありませんよ。これでは完成と言えないのでは?」
「いや、これでいいのだ」
画家は首を振ります。
「この竜に目を描いたならば、たちどころに空に飛び立ってしまう。それでは、せっかく封印した意味がないではないか」
「またまたぁ」
通行人は吹き出してしまいます。
「暴れん坊の竜だの何だのっていうのは、先生が勝手に付けた設定でしょう? このままじゃ、依頼主に怒られてしまいますよ。どれ、先生が描かないなら、私が代わりに……」
通行人は筆を滑らせ、壁画の竜に瞳を描き入れます。画家は慌てて「やめろ!」と止めましたが、後の祭りでした。
たちまち絵の中の竜が生気を帯びた姿へと変わります。盛り上がる筋肉と、揺蕩うヒゲ。久方ぶりに与えられた自由を謳歌するように、竜は壁の中を泳ぎ回りました。
「こ、これは……!」
通行人は腰を抜かさんばかりに驚きます。
けれど、それだけでは終わりません。やがて竜は、壁を突き破り外に出てしまったのです。
瞬く間に空が曇りだし、雷の音が聞こえてきます。竜は雲の間を飛びながら、口から火を吐きました。
それは人家を直撃し、人々は悲鳴を上げながら逃げ惑います。
「だから忠告したというのに……」
画家が悔しそうに呟きます。
この国がそれから数日の内に竜によって滅ぼされたのは言うまでもありません。