34 心の準備ってものがあります
昨夜はエリックに求婚され、思いに応えたもののジェラルドに相談しなければならない。そういうと、ジェラルドの出仕を待って話せばいいと王宮の客室に泊まらされた。驚いて、帰るというも夜遅くの馬車も危険だと引き留められ、このことは家にも報告をしてあると聞かされお言葉に甘えることにした。
そもそも自分の家以外で過ごすことが初めてで、それが一般の者が簡単に足を踏み入れることができない王宮。柱の意匠一つとっても華美ながら品が良く、布団も天国かといわんばかりのふんわり仕様。ともなれば緊張と興奮で眠れない。
こんな自分の人生に、愛する人と想い合える日が来るとは思わなかった。自分の秘密を共有し、それでもと望んでくれた人。
幸せをかみしめるとともに、幸せに慣れていないシャルロットはそれが壊れるのではないかと酷い不安に襲われる。何より相手はこの国の王子、国王にと臣下や民からも望まれていた人物。王太子を退くと言えども、この国を治める主要人物であることには変わりがない。妻として外交が出来ないような自分が本当にエリックの側にいてよいのだろうか。
いくらでも不安が湧いてくる。それでもエリックの力になりたいという決意は揺らがなかった。再びあの痛みや苦しみ、不安に襲われることになってもエリックの身を守れるなら構わないとまで思えたのだ。
大丈夫、きっと大丈夫。両手を組み合わせ、祈るようにつぶやいた。
翌日、エリックとシャルロットがジェラルドの執務室を訪問すると、ジェラルドはエリックに頭を深く下げた。
「ジェラルド、頭を上げてくれ。ご息女を下さいと頭を下げるのはこっちだろう?」
「もったいないお言葉です。」
「お父様・・・殿下が結婚を申し込んでくださいました。」
涙を浮かべてそういうシャルロットにジェラルドも胸がいっぱいになった。
「そうか、シャルロットもそう望むか?」
「はい。殿下のお側でお力になれることがあれば精一杯努めたいと思っております。」
「シャルロット嬢、違うよ。あなたが側にいてくれるだけでいいんだ、あなたが無理をすることはないからね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「ところでジェラルド・・・いえお義父上。」
思わずジェラルドがせき込む。
「で、殿下。」
「違いないだろう?」
「いえ、まあそうですが・・・」
「婚約期間を設けず、すぐに婚姻を結びたい。そして婚姻も書類の手続きをすぐに済ませたい。結婚式は後日家族だけで行う。それでいいか?」
「ええ?」
それはシャルロットも初耳だった。少なくとも1年は婚約期間でその間に色々準備をするものだ。エリックの意図がわからなかった。
「殿下・・・承知いたしました。数々のご配慮、誠に感謝いたします。」
エリックの意図を正確に読み取った様子のジェラルドは再びエリックに頭を下げる。
「屋敷も王宮の敷地内に賜ることになったんだ。私は施政にも深く関わるし、屋敷や移動時の警備を考えるとそれがいいだろうと兄上と決めた。シャルロット嬢、構わないだろうか。あなたの生活は保障するから安心してほしい。」
「あ、ありがたく存じます。」
王宮で暮らすことになるなんて・・・血の気が引いて倒れるかと思った。そんな大事な事は先に話してほしい。
エリックとニコラはモーリア家とルコント家に対する侮辱罪で、シャルロトを貶めたアルエ侯爵令嬢と取り巻き二人に厳重抗議と、慰謝料を求めた。三人の親たちはすぐさま参内し、平謝りでわびた。そして娘たちは躾のため厳しいという噂の修道院に期限付きで入れられた。




