第7話
「――――――知らない天井だ」
チュン、チュン―――――と心地よい鳥の鳴き声が聞こえる。
部屋の遮光カーテンの隙間から、うっすらと優しい朝日が差し込み、凍夜の目をくすぐる。
そうしておぼろげながらに目覚めた凍夜の第一声が先のセリフであった。
ラノベにありがちなセリフとして上位にランクインするであろうこの言葉を口にした後、自分の腕枕で眠るかわいげな少女の横顔に気づき、急速に覚醒していく。
「・・・そうか、俺は異世界で転生したんだったか・・・」
神々から新たな命と肉体をもらい、好きに生きろと背中を押してもらったこと思い出す。
「それにしても・・・」
腕枕にされていた左腕をそっと引き抜き、寝ていたベッドから上半身を起こした凍夜は、いまだにすやすやと安らかな顔で眠っているフレイを見る。背中の白い翼がシーツを押し上げているのが彼女がハーピィ族であることを物語っている。
「異世界に来て初日で・・・」
自分がモテるとは思っていない凍夜は、フレイの対応が理解できなかった。
それもまあ、大げさに言えば命を救ってもらったという状況が引き起こす吊り橋効果みたいなものだろうと考えていた。
「体、拭くか・・・」
昨日の夜はハードな運動をしてしまっていたため、結構な汗をかいていた凍夜。
さすがに朝起きた今では、水と布をもらい体を拭きたいと考えるのは至極当然なことであっただろう。
フレイを起こさぬようそっと部屋を抜け出した凍夜は一階の食堂へと降りてきた。
「おや、早いんだね」
凍夜に声をかけてきたのは、カウンターの裏で仕込みを行っているタニアだった。
フレイの母親である彼女は娘よりも一回り大きな翼が揺らめいていた。
タニアはカウンターの前までやってきた凍夜に、コップに水を汲むと手渡してくる。
「ああ、おはよう。よく眠ることができたよ。ありがとう」
昨日の夜のこともあり、のどが渇いていた凍夜は笑みを浮かべて水を受け取ると口に含んだ。
凍夜はフレイの母親であるタニアにフレイが部屋に来ていたことがバレないよう、如才ない挨拶を返したつもりだったのだが・・・。
「あの娘は男が初めてだったと思ったんだけど、随分とかわいがってくれたもんだね?」
「ブフッ!?」
「うわっ!!」
タニアの言葉に思わず飲んでいた水を噴いてしまう凍夜。
タニアは驚いて身をかわしたため、凍夜の噴いた水がかかることはなかったが。
「なんだい、気づかれてないとでも思ったのかい?」
「いや・・・その・・・なんだ・・・スマナイ」
俯く凍夜の手からコップを取ると、再び水を汲んで差し出す
「別に誤ることはないさ。あの娘があんたに惚れて夜這いに出かけただけのことじゃないか」
「いや、だけって・・・」
「あの娘がアンタを見染めて、アンタに抱かれたいと思い部屋に行ったんだ。別にそれを止める必要はないさ。たとえアンタが旅人でずっとこの村にいてくれるわけじゃないってわかっていたとしてもね」
凍夜は声を返せなかった。
どうしてこの親娘はこんなにも強いのだろう?
それとも異世界の女性たちはみんなこんなにたくましいのだろうか?
そんなことが凍夜の頭をよぎる。
「それにしても、初めてのあの娘にあんな声をださせるなんて、アンタ相当なテクニシャンなんだねぇ・・・?」
「ブフッ!?」
「おっと!」
再び飲んでいた水を噴きだす凍夜。
二度目ともなると事前にわかるのか、タニアは余裕をもってかわしていた。
「な、なにを・・・!?」
「なにをって、あの娘にあんなでかい声上げさせておいて、気づかれないって方が無理あるんじゃないかい? ほかに宿泊客がいなくてよかったねぇ?」
「なっ・・・!?」
よくよく考えてみたら、巨木の中身をくり抜いて作られた建物なのだ。建屋内のあとからとりつけられた扉など気密性のかけらもない。母親のタニアが食堂のある一階に自室があったとしても自分が案内されたのは二階である。たいして距離が離れているとは思えない。
「あ~~~~」
何とも言えず声が漏れる凍夜。
「とりあえず体を拭きたいので水と布をもらえるだろうか?」
「ああ、いいよ。こっちへ来な。背中はアタイガが拭いてやると」
「え? あ、いや・・・自分でできるから」
思わぬ申し出にしどろもどろになってしまう凍夜の手をタニアはひっぱる。
「遠慮するなって・・・な?」
艶やかな笑みを浮かべるタニアを見て背中を拭くだけでは絶対に終わらないだろ、と凍夜は頭を振る。
・・・その想像が間違っていなかったことがその後すぐに判明した。
「あひっ・・・あへっ・・・うふふ・・・」
ぴくぴくとけいれんしながら、タニアが横たわる。
「うおっ・・・しまった。フレイと違って大人の女性だからつい・・・」
そのまま流されるように愛し合ってしまった凍夜だったが、昨夜のフレイと違い、子供を産んだことのあるタニアは余裕がありそうだったのでついつい自分の欲望に忠実になってしまった。
その結果、タニアが完全ダウンとあいなってしまった。
「とりあえず・・・部屋に運んで寝かせるか」
女性の部屋に勝手に入るのは気が引けるが、タニアをこのままにもしておけず、部屋を確認した凍夜は軽く水で濡らした布で拭いてきれいにすると、部屋のベッドまで運ぶのだった。
「さて・・・」
タニアを寝かせてきた凍夜は食堂のカウンターに戻ってくるとあたりを見回す。
「きっとランチ営業もやっているんだろうな・・・」
カウンター裏のキッチンにはまな板と包丁があり、野菜を切っている最中だったことがうかがえる。
「このままタニアがダウンしていると、営業に差支えが出るか・・・?」
宿屋兼食堂のようだが、旅人が明らかに少ないと思われる山奥の村である以上、基本的には食堂が収入源のメインだと思われた。
そのため、このまま昼の営業ができないと困るのではと凍夜は考えた。
「よし、何かできるか見てみるか・・・」
なにせ凍夜は天下無敵の無一文状態である。
獲物の引き渡しで宿に泊めてもらってはいるが、現金は持ち合わせていない。
前世での凍夜は基本的にクレジットカード払いでキャッシュレス派であったが、こと異世界でそれは無理な話だろう。何より口座に元手もなければ今は口座さえない状態だ。
「おっ・・・なんだ、米があるじゃないか」
ちょくちょく読んでいたラノベでは異世界に米がなく、転生した者たちが和食を懐かしがるシーンが多かったと記憶している凍夜は、目の前のなじみのある米に思わず笑顔になった。
「野菜と・・・おっと、鶏ガラだな。昨日は鶏をさばいたのか・・・」
集められていたのは鶏の骨。
これで鶏ガラスープが取れるぞと凍夜はニヤリと笑みを浮かべる。
「これで・・・チャーハンができるな」
凍夜は米を炊く準備をすると、置いてある調理器部のなかから大きな鍋を取り出すのだった。
「うっ・・・うう・・・」
タニアはゆっくり目を開ける。
「あれ・・・ここは・・・自分の部屋!?」
ベッドから跳ね起きると、頭をぶんぶんと左右に振って急速に脳裏を覚醒させる。
「アタイ・・・あの人に愛されてから・・・」
思わず顔を真っ赤にすると、何があったのかを思い出す。
だが、それよりも食堂の方から喧騒が聞こえて来たことで店に客が入って来ていることに気づいた。
「しまった・・・!」
昼の営業の支度の最中に思わず凍夜を逢瀬に誘ってしまったことに若干後悔しながらも、やっぱり後悔しないな、と思い直しながらパパパッと身支度を済ませホールに出た。
「はいっ! チャーハン二人前お待ちどう様です!」
「フレイちゃん、こっちにもチャーハン二人前だ!」
「こっちは四人ね!」
「はーい!」
タニアの見た光景。フレイが忙しく注文を取り、見慣れぬ料理を運んでいる。
カウンターを見れば、見事な手つきで大鍋を振るう凍夜の姿があった。
「これは・・・一体!?」
タニアは頭にたくさんの「?」マークを浮かべるのだった。