第6話
店に入った凍夜の目にいきなり飛び込んできたのは、翼の生えた美少女をテーブルの上に組み倒して服を脱がそうとしている酔っ払いとその仲間一人。そして店のおかみさんだろうか、こちらも翼の生えた胸の大きな色っぽい大人の女性を3人で押さえつけている。
さっきの爺さんが言っていた冒険者5人組だろうか。
冒険者というには、5人とも粗末な皮鎧を身に着け、武器も剣にしては短めの物を腰にぶら下げていた。
「・・・冒険者というよりは、盗賊だな、まるで。それとも冒険者崩れ・・・か?」
入ってくるなり、5人組を盗賊呼ばわりした凍夜に男たちの視線が集まった。
「なんだテメェは? こっちは忙しいんだからとっとと失せろや」
「そーそー、今なら痛い目見ずにすむかもなぁ」
下品な笑いを浮かべる5人組の男たちに対して、店に入ってきた凍夜に気が付いた少女は助けを求めて叫び声をあげた。
「助けてっ! お願いですっ! 助けてくださいっ!」
その声に反応するように母親らしき女性も声を上げる。
「アンタ! 村長の家に行って助けを呼んできておくれよっ!」
「ぎゃはは! この村で俺たちにかなうヤツがいるとでも思ってんのかぁ?」
「そーそー、俺たちに逆らうと皆殺しにしちゃうぜぇ?」
親らしい笑みを浮かべて母親の大きな胸を後ろから揉みながら男が笑った。
「くっ・・・」
「いいねぇ、そそるぜぇ」
「そうだ、オメーも見学してけよ? ヤラせねーけどよぉ」
そう言って男たちがゲラゲラと笑いだす。
テーブルに少女を押し付けていた男が体を起こし、凍夜の方へ少女を向けると、その服を胸元から引きちぎった。
「いやぁっ!」
「!!」
娘の名前を叫んだ母親にビンタを男が食らわせる。
少女の上半身がはだけて凍夜の目に飛び込んできた。
ぷるんとした小ぶりな胸がむき出しになり、きれいなピンクのサクランボがあらわになった。
少女を押さえつけている男は種所の腕を後ろ手に片手で押さえつけており、少女の顔をにやにやと見つめている。
母親も少女も泣いている状況を見て、凍夜はやっと状況を把握した。
「ああ・・・冒険者などではなく、ただのゲスな盗賊か・・・」
この状況でも顔色一つ変えず、冷静に呟く凍夜。結局のところ、5人組は酒を飲んで酔っ払っていざこざを起こしているレベルではなく、田舎の村を牛耳ろうとするたちの悪い盗賊たちであると凍夜は認識した。
「ふざけやがって! 死ねっ!」
少女を押さえていた男の隣にいた細身の男が右手に持っていたナイフを凍夜の顔面に向かって突き出した。
だが凍夜は無言のまま左手をすっと伸ばすと、男の右手首をつかみ、下方に轢きながら内側に折り曲げるように力を入れた。
「ぐわっ!」
ナイフの男はつんのめるように前に崩れると、受け身も取れずに顔面から床にたたきつけられた。
「テメェ!」
少女の服をはぎ取って押さえていたひげもじゃの男が、腰の手斧をつかむと、凍夜に襲い掛かってくる。
だが、凍夜はまたも落ち着いた表情で、男の振り下ろしてくる手斧をかわすと、足を引っかけたうえで左手をつかみ、床に崩れ落ちる際にさらに背中側に曲げるように押し込んだ。
「ぎゃあ!」
折れてはいないが、確実に筋を痛めてしばらく左手を使えない状態にした凍夜は、来ていたジャケットを脱ぐと少女にふわりとかけてやった。
「あ・・・」
呆然と凍夜を見つめていた少女は、自分が優しくジャケットをかけられたことで、自分の胸がはだけていたことに気づき、顔を真っ赤にしてジャケットの前をつかんだ。
「テメェ! この女がどうなっても・・・」
母親を押さえていた男が左手でナイフを首筋につきつけ、声を荒げるが、言い切る前にすでに凍夜は男の左手をつかんでいた。
「なっ!?」
一瞬で間を詰められたことに母親の周りにいた3人の男たちが気づいた時には、ナイフを持った左手をひねり上げられ、凍夜は抱き留めるように母親を右手で回収、そのまま床に引き倒して男の肩の部分を踏みつけ、左肩の筋にダメージを入れる。人質を取っていた男があっさり床にたたきつけられことにより、2人の男の前には凍夜が立っていることになった。我に返ったように殴り掛かる男たちだったが、二人まとめて回し蹴りをくらい玄関の方に吹き飛ばされた。
「もう悪させずに、この村から出ていくのなら見逃してやるが?」
特に声を荒げることもなく、淡々と言葉を紡ぐ凍夜にいら立ちを隠せないのか、5人組のうち、リーダー格のひげもじゃの男が再び手斧を構えて凍夜に向かってきた。
「ふざけるなぁ!」
だが、今度は凍夜自身、ひげもじゃ男の攻撃を待つことなく高速で移動すると手斧を振り上げた男の懐に素早く入り込んだ。
そして、右手のひらを添えるようにひげもじゃ男の胸にあてた。
「魔闘技:戦気八勁掌」
ドオオオン!!
「ぐはっ!!」
体格の良いひげもじゃ男が凍夜の掌底一撃で吹っ飛ばされ、後ろにいた4人を巻き込んで店の扉をぶち破り外まで飛ばされると、地面に転がって気絶した。
その音に村の人たちがぱらぱらと集まってくる。
凍夜が店での対応を話すと、拘束したうえでより大きな町へ罪人として運ぶことになった。
外へ叩き出した連中を村の住人に任せ、凍夜は店の中に戻る。
まだ呆然と立ち尽くす母親と娘の姿があった。
「大丈夫か?」
その言葉に娘がわっと泣きながら凍夜に抱き着いてきた。
母親も涙ぐみながら凍夜の肩をたたいて頭を下げる。
「本当に助かったよ! アンタはあたしたちの命の恩人だ!」
「たいしたことはしていない。それより、ここは宿だと聞いたのだが、メシを食べて宿泊することは可能か?」
5人の荒くれ者どもをなぎ倒した割には、なんの感情もわかないのか、淡々と宿泊を告げる凍夜に母親と娘は目をぱちくりとさせる。
「ここに泊まってくれるのかい?」
「ああ、迷惑じゃなければしばらく逗留したいのだが・・・」
この世界に来て初めての村にやってきた凍夜は、この村でこの世界の情報を手に入れようと考えていた。さすがに考えなしに野山を歩き回るつもりはないようだ。
「アンタはアタシと娘の命の恩人さ! いくらでも泊って行って・・・」
「俺は諸事情で一文無しなんだ。これで数日の宿泊代になるか?」
そう言って凍夜は<一角兎>の角と肉と毛皮を3羽分取り出した・・・何もない空間から。
「え・・・? それ一体どこから・・・?」
「足りなければ輪切りの猪もあるが?」
そう言って凍夜は再び何もない空間からビッグボアの輪切りを取り出した。
「ははは・・・アンタとことん規格外なんだねぇ・・・。遠慮はいらないよ。アンタはさっき言った通りアタシと娘の命の恩人なんだ。飽きるまで何日でもここに泊っていくといいさ」
そう言って母親は凍夜の肩に再びポンと手を置いた。
「アタシはハーピィ族のタニアってんだ」
「あ、あの! 私は娘のフレイです!」
「ああ、俺は中林凍夜だ。凍夜と呼んでくれ」
「トーヤさん・・・」
真っ赤な顔をして凍夜を見つめるフレイ。だが男女の機微などわからない凍夜は先ほど怖い思いをしてまだ心が落ち着いていないのだろうとトンチンカンな事を考えていた。
凍夜は助けてくれたお礼と山のように出されたご馳走をたらふく食べてゆっくり部屋で休んでいた。
その夜・・・
コンコン。
凍夜の部屋が遠慮がちに小さくノックされた。
「・・・誰だ?」
「フレイです」
「どうした?」
この宿屋の娘のフレイが夜遅くに部屋に尋ねてきた。
何か自分に連絡すべきことでもあったのかと凍夜は部屋の扉を開けた。
「・・・・・・!」
そこには薄手の服・・・いや、服とは呼べないようないで立ちでフレイが立っていた。
「トーヤさん・・・」
そのままそっと凍夜の胸を押して部屋に入って来るフレイ。
「いや、その・・・どうしたんだ?」
「・・・私を助けてくれたお礼を・・・」
ここに来てやっとフレイがこの部屋を訪れた意味を悟る凍夜。
「いや、たまたま通りかかっただけだ。気にすることはない」
通りかかったわけではないのだが、たまたまという言葉は嘘ではないだろう。
宿を尋ねたらそう言う状況であったのだから。
だが、ベッドまで凍夜を押してきたフレイはそのまま凍夜に覆いかぶさった。
凍夜は懇切丁寧に自分の状況を説明した。
フレイはたまたま助けられて気が高ぶっているだけ。
自分は旅人でずっと一緒にはいられないこと。
同じくこの村にずっと住み続けることができないこと。
たとえ子供ができたとしても、一緒に育ててあげられないこと。
だが、フレイは全てに首を振り、凍夜との一夜の愛を求めた。
凍夜は初めて異世界にやって来た夜、一人で寝ることはなかった。