第3話
「う・・・」
心地よい風が頬を撫でつけるように吹いたような気がした。
凍夜はゆっくりと目を覚ました。
「ここは・・・」
ちょうど朝日が昇り始めたところだった。
柔らかな光が優しく凍夜の目に飛び込んでくる。
どうやら柔らかな草の上で寝ていたようだ。
爽やかな風が凍夜の頬を撫でる様に吹き抜けていく。
凍夜はあたりを見回してみた。
ここはどこか小高い山のてっぺんのようだった。
大きな木が一本だけ生えている。
凍夜はこの大きな木が何となく不思議な存在に感じた。
ふと、凍夜の顔の上に一枚の手のひらサイズの葉っぱがひらひらと落ちてきた。
美しい緑が映える力強さを感じる葉っぱだった。
「なんだ、この世界にたどり着いた記念にくれるのか?」
大きな木に話しかける様に葉っぱを手に取ると、なぜか凍夜はその葉っぱを大事にしたくなり、そっと胸のポケットにしまった。
そして凍夜は大木に手を添えて立ち上がると、眼下には裾野と平野が広がって見えた。
どうやら小さな集落があるようだ。
「ふむ・・・このまま山を下りて森を抜ければ、あの集落に日が落ちるまでには到着できるだろう」
そんな目算を立てると、凍夜はとりあえず自分の服装を確認してみた。
「見たことのない服装だな・・・<鑑定>」
凍夜は自分の服装に<鑑定>のスキルを発動させた。
早速さわやかな薄いブルーの洋服を見つめる。
『祝福の旅衣』
獣人の女神ミーナ他、複数の神々の祝福がかかった旅路に適した服。
あらゆるブレス、自然物理ダメージ、魔法ダメージに耐性を持ち、その防御力は極めて高い。
着ているだけで体力、魔力を僅かずつ回復させる。
『使徒のマント』
獣人の女神ミーナの祝福がかかったあらゆるダメージを軽減するマント。装着者及びその周りの気温コントロールが可能。
魔法神の追加加護により魔力を込めれば、攻撃を反射させることができる。
許可された使徒でないものが装着するとその機能は停止し、装着者のカルマによってマントの重さが変わる。
『天馬のブーツ』
獣人の女神ミーナ他、複数の神々の祝福がかかった俊敏な動きができるようになる靴。魔力を込めれば空中を歩くこともできる。
歩いていると僅かばかりだが経験値が溜まる。
「Oh・・・、チートな服にひ〇りマントとしあ〇せの靴・・・」
そうではない、というか、それよりすごくない?というアイテムを身に着けていたことに気づいた凍夜は思わず苦笑いした。
この世界へ送り出す直前、神々はこう言って誤ったのだ。
「信仰の力の強い人間神エヒトヒューマであれば物質化したものを多く与えることができるから、最初から強い武器防具や実際に使用できる金貨などを渡すことができるが、ワシらはなかなかそうはいかんでの。ワシらの権限でできるかぎりのことをさせてもらうから、異世界の生活を楽しむんじゃぞ」
そう説明してくれた鍛冶神ドワルゴンと、笑顔で送り出してくれた神々の姿を思い出し、空を眺めた凍夜は頭を下げた。
尤も、最後に焼き付いたのは駄女神ズの二人が絶叫していた様子だったが。
「トーヤ! ミーニャ教を頼むのにゃん! 子供いっぱい作るにゃん!」
「ト-ヤ! 女の子をえっちな技でいっぱい磨いてお布施を集めるのよ!」
「・・・・・・」
トーヤは感謝の気持ちを込めて下げた頭を上げると、一言つぶやいた。
「ないな・・・」
凍夜は苦笑する。
「でもありがとう。素晴らしい心づくしを受け取った。俺はこの世界をめいっぱい楽しむことにするよ」
前世では、生きる意味を見失いかけていた。
新しい世界で、新しくもらった命。精一杯生きると凍夜は神々に誓った。
「よっ、はっ、ほっ」
凍夜は風のようなスピードで山を駆け下りていた。
森に入れば、木々の間を蹴って忍者のように飛んで移動していた。
「地球にいたころよりも体が軽いし、跳躍力や動体視力が随分と良くなっているな」
まるでパルクールの達人かそれ以上のパフォーマンスで山を駆け下りている凍夜。
そのスピード、瞬発力もさることながら疲れを知らないかのような圧倒的な持久力に自分自身も驚いていた。
「与えてもらった肉体や才能がなせる技か・・・」
自分自身のイメージ通りに動く肉体。
思い描くルートを寸分なくトレースして進むことができる力に、凍夜自身、ワクワクした気持ちが抑えられないでいた。
「むっ!?」
前方から、「プギャー!」と甲高い鳴き声が聞こえてきたかと思うと、大きな猪が二頭現れた。
凍夜は立っていた木の枝から飛び降りると、わざわざ猪の前に立ちふさがった。
「さて、戦闘スキルも確認しておかねばな」
凍夜は頭の中にスキルを思い浮かべる。なにやら驚くほどのスキル名が浮かんでくるが、とりあえず接近戦で戦闘力の高そうなスキルをイメージすると、獣人の女神ミーナの加護から派生した近接戦闘スキルが思い浮かんだ。
素早くそのスキルを発動させる。
不敵に笑う凍夜にいらだったのか、猪たちは二頭とも凍夜に突っ込んできた。
「<幻影の爪>」
凍夜の指先から不可視の長く鋭い爪が現れたように感じた。
二頭の猪の間を駆け抜けるように移動する。
ザンッ!
その瞬間、ものの見事に猪たちが輪切りにされた。
「・・・南斗水〇拳だ、コレ・・・」
5つの斬撃により6等分され輪切りになった猪たちを見ながら凍夜はため息をついた。