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海を渡った蝶 (父子迷路)  作者: 山口 浄
6/7

対峙

 そんなことがあってから、毎月一度裁判所に通う日々が過ぎたが大きな進展は無く、約三ヶ月が経った、秋がゆっくりと深まりつつあった頃のこと。

 裁判所の担当調査官ではなく、書記官の女性から電話があり、相手方が起こした事件の詳しい内容と、長男である涼太からの聴き取り報告書が纏められたので、姫路裁判所まで来て書類を受け取るか、少し日数は掛かるが、最寄りの家庭裁判所に郵送するかを問われた。


 不幸にも幸いとして、コロナ禍で営業売上が非常に下落している状態だった為に、恒太はシフトの都合がつけやすく、その書記官からの問いには、迷わず明日行きますとの返事をした。


 翌早朝から南海電鉄に揺られ、JRに乗り換えて姫路裁判所に到着すると、書記官から渡されていたブルーの予約カードを受け付けに手渡し、暫く待合室で待っていると、担当書記官が姿を現して、少しのあいだ個室で遣り取りをした後に、資料室に案内されて、資料一枚十円で、報告書のコピーを許可される。


 約五十枚に及ぶコピーを終えた恒太は、立ち会った書記官に礼を言うと、足早に裁判所を出て、その足でJR姫路駅へ取って返す。

 乗り込んだ新快速電車の社内で、報告書を読もうとしたのだけれども、あいにく座席には座れずに、書類を読む事ができず、以前と同じように途中下車をして、思い出深い街と中華料理店に向けて足を運んで、ランチを摂りながら、受け取った報告書に目を通すことにした。

 取り敢えず餃子を二人前と、ビールの大瓶を注文して、小さなグラスにビールを注ぐと、まずは、いつもと同じようにビールを一気に呑み干し、逸る心を落ち着ける。


 そしてB4サイズの封筒から、先程自身の手によりコピーをした、約五十枚の報告書を取り出し、少し緊張しながら書類に目を通していくうちに、恒太の眉間には深い縦皺が刻み込まれていく。


 〘事件発生当日の状況〙

 令和二年六月十五日

 被害者である戸嶋涼太は、あらかじめ伝えれていた、自室と、飼っている数頭の犬小屋の掃除が完全に出来ておらず、その事に対して被害者戸嶋涼太に対し注意をすると、返事が無い、いやいや掃除をしていると叱咤され、被害者戸嶋涼太が泣くと、『泣いても終わらない、早く掃除をしなさい』と怒鳴られ、被害者戸嶋涼太は、加害者から恒常的に受けている暴力が恐ろしく、被害者戸嶋涼太は、アトピー体質であり、犬猫の毛に反応してしまうこともあったので、加害者が連れてきた四頭の室内犬の飼育に対しても、痒みや肌荒れを覚え、くしゃみや咳などの、体調が変調をきたす為に、出来れば関わりたく無かったのだが、母親と次姉、そして令和元年十二月から同居を始めた、加害者であるFを交えての家庭内会議において、動物アレルギーには慣れが必要だと言われ、渋々それに従ったのだけれども馴染めず、犬の世話や掃除を疎かにするようになった。

 家庭内会議では、涼太が約束事を守れなかった場合においては、夕食抜きといった罰則を決めるが、守らない事がしばしばあった為に、公園の外周を走らせたりするようになった。

 相手方である母親は会社員であり、平日の日中は午後七時近くまで不在である。

 加害者Fは、病気療養中の為に、常時自宅で過ごしており、小学校卒業に伴う春休みには、涼太と二人で過ごす生活が増えていった。

 その生活の中において、取り決めた掃除や犬の世話が、加害者の思い通りになっていなかった場合、涼太に対して顔を平手打ちにするなどの行為を繰り返すようになった。

 事件発生の三日前からは、その暴力行為が度合いを増していき、涼太の腫れた顔を不審に思った担任教諭が問いかけると、サッカーボールが当たって顔が腫れた等と、発覚後の加害者からの報復を危惧して言い繕い、その場を誤魔化した。


 事件発生前日に、加害者より叱責されて暴行を受け、鼻血が出たり顔面が更に腫れた涼太に対し、今日は中学校を休んでも良いと母親は伝え、母親が中学校に対して、今日は腹痛の為に授業を欠席させると連絡した後に、母親は出勤した。

 自室において、家庭内の取り決めによって禁止されていたYouTubeを観ていた事が見つかると、馬乗りになって殴打され、恐怖のあまりに隙を見計らって自宅から出た涼太は、救いを求める一心で、申立人である父親の戸嶋恒太に電話をした。

 その直後に、涼太を探しに来た加害者に見つかり、通話履歴を見られ、連絡禁止されていた父親に連絡を取った事を知った加害者は怒り、涼太を自宅に連れ戻すと、涼太に殴る蹴るの暴行を加え、涼太が逃れる為に咄嗟に加害者の脚を蹴ると逆止し、台所から刃渡り二十センチの包丁を取り出し、涼太に向けて突き出した。


 恐怖の為に、自宅二階にある自室に逃げ込もうとした涼太を加害者は追い、包丁を涼太に向ける。

 その為に、パニックに陥った涼太は、自宅二階の自室の窓から飛び降り、足を挫いたが逃げ、父親に助けを求めようとしたが、携帯電話は加害者によって取り上げられていたので叶わず、思案し途方に暮れていたところを通行人に発見され、その後警察署に通報があり、今回の事件が発覚した。


 現在涼太は、児童養護施設において安全なる生活を行い、中学校に通う日々を送っている。


 調査官が、涼太と面談し、涼太の現在の意思を確認したところ、母親の元には帰りたくなく、父親の元に行き、これからの生活をしたいと、涼太は述べた。


 おおまかに、このような内容の報告書を一気に読み終えた恒太は、ビールグラスを握り締め、心の中で吐き出したい気持ちを呟いた。


 「叩き殺したろか…」


 加害者に加え、傍観していた母親、次女に対して凄まじい怒りが改めて沸き起こるが、涼太が現在において、何かと不自由であり寂しく不安であると思われる児童養護施設の中で生活をし、中学校に通っている事を知ったことで、最大の心配事が消え、涼太が自分を頼ってくれ、共に生活をしたいと祈っていていることが嬉しく、恒太は報告書を握り締めたまま、人目も憚ることなく、思い出深い中華料理店のカウンターで涙を流していく。

 

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