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海を渡った蝶 (父子迷路)  作者: 山口 浄
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雌伏の時2

 午後からの聴き取り調査までの、昼休みのあいだ、恒太は昼食を摂る気にもなれずに、一時間少しの長い時間、コンビニ前に置かれた灰皿の前で過ごし、様々な思いを張り巡らせていく。

 そして午後の聴き取り調査の時間となり、再び部屋に戻る。

 この時間の聴き取りでは、今後、話が進展し、長男涼太を引き取られた場合の生活計画や、現在の恒太の預貯金。交際している女性の有無、引き取り後にどこに住居を構える積りであるか等の発言が求められた。

 恒太には、今回の事案が発生するまでは、交際していた女性は存在したのだが、この事件が発生し、涼太を引き取り、これからは父子家庭として、涼太が一人前となるまで生きてゆく決意をした恒太は、ゆくゆくは再婚しようかと考えていた女性とは、余りに申し訳なく身勝手だと胸が痛んだが、事情を話して別れる事になっていたのだ。

 何故なら、少し前に母親が新しい男と同居を始めての、今回の事件で大変な目に遭って、トラウマとなっているところへ、ようやく助けを求めて、それが叶い、希望だった父親の元へ辿り着いたら、見知らぬ新しいお母さんが居たとなると、絶対に涼太の心は開かないと思った結果である。

 恒太自身、幼少期に父親が二度の離婚をして、祖母と叔母の元に預けられ、小学生の折には叔母が結婚をして、その男性が好きになれずギクシャクした関係になっていた事で、こうなった場合の涼太の気持ちが、手に取るように理解出来たからだ。


 午後の聴き取り調査は、約一時間程で終了し、次回、来月十月の日取りを決め、一礼をして恒太が部屋から退出しようとすると、担当の女性調査官が恒太を呼び止めた。


 「お父さん、すみません。もう一件だけ確認させて頂きたいのですが、先程お預かりした養育費の振込明細書を確認したのですが、お父さんは、今回の事件が発生して以降も、毎月養育費として月額四万円を支払われていますよね?涼太君が児童養護施設に入所された現在では、養育費の支払い義務は発生しないとして、先日お伝えしたのですが…?」


 「それはケジメと確認ですわ。そりゃぁ、毎月四万円の支出は痛いですけど、何やら、これを支払わんと、涼太と繋がった細い糸が切れてしまいそうで…。それに、相手方である元嫁が、支払い義務の無い養育費を果たして黙って受け取るのか、其処を見たいとも思うて、支払いを続いてるんですよ。

 もし仮に、元嫁が自分の通帳を見て、アホや、まだ養育費を振り込んでるわ、ラッキー。くらいに考えてるようやったら、それまでの人間やった。言う事やと思うんです。この争いに、私は負ける気が一切ありませんので、その時に、元嫁が、余分に振り込まれていた養育費を、これからの涼太の進学費用に充てて下さいと言うて来たら、その時は、やっぱり母親なんやなぁと、そう思う事にしたんです。」


 女性調査官に、そう言って頭を下げて退出し、JR姫路駅までの、十分少しの道を歩く。

 その途中で、緊張が解けたのか、果てしない空腹感に襲われたのだが、一つの思いに囚われた恒太は、空きっ腹を我慢して、神戸方面行きの新快速列車に乗り込んだ。

 真っ直ぐ岸和田市の自宅に帰るのであれば、そのまま大阪駅まで直行すれば良いのだが、恒太は三ノ宮駅で下車し、神戸市営地下鉄山手線に乗り換えると、数ヶ月前まで暮らしていた懐かしい街の駅で列車から降りた。

 地下から地上に出ると、ほんの半年足らずの間ではあったが、目に写る風景すべてが懐かしい。


 『あぁぁっ。この本屋で、涼太の好きな本を良く買ったよなぁ、あそこのゲームセンターで、UFOキャッチャーして遊んだな…。この家まで続く道を、バイクで二人乗りして走った…。帰る前には、バッティングセンター行ったなぁ…』


 恒太は感傷的な思いに囚われながら、涼太と良く通っていた、チェーン展開をしている中華料理店に入った。

 その店内は、数ヶ月前と全く変わらない景色と匂いがしていて、働いている人も同じで、恒太の顔を見ると、笑顔で手を振ってくれる、おばちゃんのスタッフも変わらない。

 いつも涼太と座るテーブルではなく、恒太はカウンターに腰を降ろす。

 取り敢えず、餃子を二人前と瓶ビールを注文して、以前と変わらない傷だらけの小さなコップにビールを注ぎ、それが妙に懐かしく、一気にビールを飲み干すと、不意に目頭が熱くなって視界が潤んだ。

 人目を憚りながら、ハンカチで何気なく瞼を拭うと、恒太はレザーのビジネスバッグから、先程の資料を取り出して目を通して行く。


 『辛いし、しんどいやろうけどな、待っとけよ涼太。お父さんと、また前みたいに一緒に遊ぼうや。それまで我慢して、しっかり勉強しとけよ。ちゃんとメシ喰ってるんか…?』


 結局、裁判所からの資料は全く頭に入ら無かったが、感傷的だが、恒太にとっての、かけがえのない時間が、横には居ない涼太を含めるようにして、優しく包み込んでいく。


 

 

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