発火2
岸和田家庭裁判所に申し立てを行い、事案を受理された帰り道、乗って来ていたバイクを道端に停車させ、ひと息就いてタバコを吸っているとスマホに着信があり、警察署からかと画面を見ると、恒太の養母である叔母が入所している老人介護施設からだった。
施設からの電話によると、叔母は下血を起こし、心拍数が低下しており、危険な状態に陥った為に、施設系列の病院へと救急搬送されたとの事だった。
慌てた恒太は、タバコを揉み消すと、急いでバイクをUターンさせ、叔母が搬送された茨木市の病院ヘ向けてバイクを走らせる。
コロナ禍で外出自粛が続いているせいで、阪神高速道路は走る車の数も少なく、そのおかげで一時間少しで病院に到着することが出来た。
これもコロナの為に、搬送された叔母の顔すら見る事が叶わず、一時間ほどの入院手続きを済ませると、今来た道を引き返し、馴染み深い街から引っ越したばかりの馴染まない街へとバイクを走らせる。
バイクを運転中に激しい空腹を覚え、そう言えば、昨日の昼から何も口にしていなかった事を思い出した恒太は、料理を作る気にもなれずに、自宅近くのスーパマーケットで寿司やら惣菜などを大量に買い求めて帰宅した。
叔母の入院の方は手続きも完了し、当初に掛かる費用も支払いを済ませたので一安心だが、朝行った裁判所で貰った訴訟に係る書類を眺め、記入して行く途中で、不意に恒太の眼から涙が流れ出して、嗚咽が止まらなくなる。
『なんで俺の息子が…なんで俺の息子が、こんな目に遭わなあかんねん…。昨日、中学校に電話した時に住所を教えてくれんで正解やったな…。もし聞いてしもうてたら、その足で別れた嫁の家まで行って道具を振り回してたやろな…。そないなったら、親権回復の裁判どころやのうて、俺も今頃取り調べの最中やったやろ。
こないなったら短気なんか起こさんと、今はホンマに冷静に事を進めて行って、涼太を救い出す事だけが最優先や。』
そう、恒太は心に誓った。
そう誓いながら食事をしていた夕方に、K警察署の担当から電話が入った。
容疑者である同居の男は逮捕され、涼太は児童養護施設に移送されたとのこと。
児童相談所の担当者の名前と電話番号を教えて貰い、恒太は慌てて教えて貰った番号に電話を入れる。
若い男性の担当者と暫くのあいだ話しをしたのだが、親権者ではない恒太には、お気持ちは分かりますが、今の時点で詳しい事を伝える事は出来ないとの一点張りで、結局判明したのは、涼太がどこかの児童養護施設に収容されているのみだった。
抗っても通じない無い遣り場のない怒りと情けなさが交差するが、先だけを見据えて、あらゆる方面からの正攻法を模索し始める。
表現の仕方は悪いのだけれども、係争事の仲介を生業として、如何に依頼者を有利に導き報酬を得る弁護士の必要性を否定し、徒手空拳で相手方に立ち向かう決意をした。
『誠は俺と涼太にある。ダラダラやる弁護士を雇うんやたら、その金で涼太の進学やらの費用に充てたいからな。
もしも裁判所が、俺に助けを求める涼太の叫びと、それを手助けしようとする俺を否定するようやったら、トラックで裁判所にカチ込んで大暴れしたるわ』
そう考えた恒太は、元嫁とは一切係累のない知人や友人に事情を話して助言を得る事にした。
居酒屋の自営時代に恒太の店でアルバイトをしていて、家庭裁判所の元調査官だった元バイト君からは、話せる範囲内で流れや内容を教えて貰えた事は非常に助かった。
そして事件発生から約一ヶ月半程した八月の暑い日。
兵庫県のH家庭裁判所から分厚い封筒が送られて来たので、恒太は早速、担当となった調査官に連絡を入れ、初めて裁判所に向かう事となる。
調査官三名と恒太との四人で、約二時間ほどの聴き取りを行う。
同じ日に時間をずらした形で、元嫁も裁判所に出頭しており、互いの主張を聴き取りした上で、一ヶ月後に再びH裁判所へ向かう事となった。