発火
涼太からの通話が、まったく不完全なまま一方的に切れてしまい、何度も掛け直してみるが繋がる事はなく、苛立ちと不安ばかりが重く恒太の心にのしかかる。
そのまま会議をエスケープして、勤務先である店舗に戻った恒太は、バックヤードの小さな事務室に閉じ籠もり、現状把握の為の様々な手段を探るべく、考えを張り巡らせていく。
『確かK市に引っ越しするとか言うてたな…詳しい住所は、まだ教えたくないとか言うてたけど…』
恒太はスマホを握りしめると、神戸市在住時に通っていた小学校に電話をしてみる事にした。
「はい、◯◯小学校でございます。」
「私、昨年の十二月まで、御校にお世話になっておりました、戸嶋涼太の父親でございます。その節は、涼太が大変お世話になりました。実は、大変申し上げ難い事ではございますが、私、先年離婚を致しまして、親権は離れているのですが、つい先程、涼太から新しい父親に殺されそうだから、私に助けて欲しいとの切羽詰まった電話があったのですが、途中で切れてしまい、困惑しているのです…。どうにかして、助けてやりたいのですが、私は引っ越し先や転校先を知らされておりません。もしも可能でしたら、涼太の転校先や住所を教えて頂く事は叶いませんでしょうか?無理を承知でお願い出来ればと思いまして…」
個人情報の扱いが厳しい現在、駄目元で、縋るような思いで以前通っていた小学校に電話をして、思いを述べた恒太。
「恒太君のお父様ですね。私、恒太君が転校される六年生まで担任をしておりました根岸と申します。何度かお父様ともお会いさせて頂きましたから、お声で解りました。涼太君、一体何があったのでしょうか…。心配ですね…。いま、涼太君の資料を見ているのですが、転校先の小学校と、お母様の電話番号しか記載が無く、住所が書かれてないんですよ…。もしも宜しければ、転校先の小学校と、お母様の電話番号をお伝えさせて頂きますが…」
学校開放の日や、発表会などに参加して顔を知っていた根岸教諭に感謝の言葉を伝え、何か進展があれば御連絡させて頂きますと伝えた恒太は、涼太の転校先の小学校から、スライドして上がる公立中学校をネットで調べると、すぐさま当該中学校へと電話をした。
転校先の中学校に電話をし、担任の先生は不在で、学年主任の先生が代わりに対応をしてくれ、自分と涼太との関係。そして、つい先程起こった事態を努めて冷静に伝えると、学年主任の教諭からは、ここ二日ほど、涼太は体調不良で中学校を休んでいると返答があり、以前から涼太の頬等に殴られたような痣が見受けられたので、涼太にも尋ねたりしたのだが、サッカーボールが顔に当たったからだと涼太が返事をしていたそうだ。
そして、今回の事態は学校としても大変心配なので、今から職員で手分けして、周辺を探してみると伝えてくれた。
その後、校長と電話を替わって頂き、どうか涼太の住所を教えて頂く事は叶わないかと懇願したのだが、お気持ちは非常に理解出来ますが、現段階ではお教えする事が叶わないのです…。しかし、もしも何かが解りましたら、直ぐに御連絡させて頂きますと。
恒太は縋るような思いで礼を言い、見えない相手に頭を下げて通話を終えた。
次に連絡をしたのは、恒太が居酒屋を営んでいた折に知り合い、廃業時や離婚の折にも心配して頂き、相談にも乗ってくれた友人に電話を入れる。
友人は事態に驚き、現在解る範囲で様々な方面に、最善の対処法を聞いてみると快諾してくれ、その言葉で恒太の心のざわめきが少し落ち着く。
苛立ちと不安のなか、何とか平静を装い、勤務を終えて社宅である単身者マンションに帰宅した恒太。
焦燥を鎮める為にハイボールを呑むが、一向に酔いを感じる事等なく、寧ろ冷静になった恒太は、ネットから様々な知識を得ようとして調べを続けていく。
二十ニ時を過ぎた頃に、見知らぬ電話番号から恒太のスマホに着信があった。
電話に出るとK警察署の刑事だと伝えてきた。
「はい、戸嶋です。」
「夜分に大変申し訳ございません。私、K警察署、少年課の刑事をしております沼島と申しますが、戸嶋涼太君のお父様のお電話で間違いございませんでしょうか?」
「私、戸嶋涼太の実の父親で、戸嶋恒太です。涼太に何かございましたか?」
「繋がって良かったです。実は、涼太君が、夜中に公園で蹲っているのを不審に思った方が涼太君に声を掛け、顔が腫れているのを確認したので通報があり、先程署員が急行して涼太君を保護、決してお母様には連絡しないで欲しい、お父様に連絡をして欲しいと懇願され、涼太君が覚えていた、この電話番号に掛けさせて頂いた次第なのです。現在涼太君は、同居している新しい父親と称する男よりの暴行を受け、唇と瞼が切れて出血しており、医務室で手当てを行いながら、婦警が事情を聴いているところでございます。」
「えっ!?私の息子を血が出るまで殴った…確かに今日の昼過ぎ、息子の涼太から助けてくれと泣いて電話があったのですが、途中で電話が途切れてしまい、心配で居ても立っても居られなくて、様々な方面に連絡をしたり、涼太が通っていた小学校や、現在通っている中学校にも連絡をしていたのです。涼太は怪我はしているが無事なんですね?」
「はい、容疑者である同居の男は逮捕し、現在取り調べ中です。涼太君は我々警察が保護しておりますので安全です。ご安心ください。今後の事は、また担任の刑事から、お父様に御連絡させて頂きます。」
約二十分程の通話を終えると、先程までの不安と苛立ちから一転して、生まれて以来初めて覚える凄まじい怒りが、恒太の全身を覆い尽くす。
朝六時頃に、一睡すらできず、何とも言えない朝を迎えていた恒太のスマホが鳴る。
昨夜のK警察署からだ。
担当刑事からの電話で、涼太は病院で治療を受けた後、現在は警察署に戻って来て、仮眠室で眠っているとの事だった。
会わせて欲しいと恒太は懇願したが、親権が外れている立場上、申し訳ないが面会は不可能だとのこと。
ただ、涼太が私どの交流、救援を主張していることは警察署でも確認出来ているので、これからに向けての親権回復手段を、担当の刑事が教えてくれた。
ちょうどその日は公休日だった恒太は、朝の登校時を見計らい、中学校に電話を入れて事の詳細を伝え、その足で恒太が住む岸和田市の家庭裁判所へ向かう事にした。