2話
日課になっている朝のジョギング途中、休憩しようと公園近くを早歩きする。
ちょうど入ろうとしていると、カラン、という乾いた音と砂が滑る音がきこえた。
「?」
そのまま中に入ると、両手を地面について尻餅をついてる黄色いワンピースの女の子がいた。
乾いた音の正体は女の子が手に持っていた虫採り網。
同い年くらいに見えるけど……。
「……いたい」
手のひらを擦りむいたみたい。
部活中ではないため流石に救急箱は無いけど、怪我をした時の為に少しだけ持ってる物はある。
慌てて女の子に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……いたいの」
わたしを見上げるその目は潤んでる。
この時間の人通りはあまり多くないから、ちょうどランニングコースで良かったと、少しホッとする。
「あそこで手を洗いましょ? わたし、消毒しますから」
素直に頷くと自分で立ち上がった。足は怪我してないみたい。
洗ってもらったあと、ベンチに座って消毒液を染み込ませたガーゼを当てる。今にも泣き出してしまいそうな顔をしたので、少しでも気が紛れればと話しかける。
「虫採り、してたんですか?」
「うん」
「ダメですよ、そんな露出の多い服でしちゃ」
「うん」
言いながら改めて女の子の格好を見ると、ワンピースは袖のないノースリーブタイプで、腕を守る布地は無い。膝も足も隠れていないし、ヒールがないとはいえサンダルだ。
山の中ではなく少し大きめな公園。とはいえ、対策はしているかもしれないけど、虫刺されの心配もあるし、やっぱり虫取りをするには軽装過ぎる。
それに……
思わず、広く開いた首元から伝う、汗の行先を追ってしまいそうになる。ハッとして差し出された手に集中した。
「足、捻ったりしてませんか? お家まで送りましょうか?」
今度はふるふると首を横に振る。
「寮、すぐそこだから」
寮? って、もしかして。
「星花生ですか? わたし、そこの高等部1年なんですけど」
「私、3年」
と、年上だったんだ……。
「桜花なら一緒に帰りましょう? 心配ですし」
「うん」
なんか、大きな小学生でも相手にしてる気分……。
「何か採れたんですか?」
「この子。連れて帰るの。もう少し捕まえていたかったけど、失敗しちゃった。公園はやっぱりあんまりたくさんはいないな。山に行きたい。」
相当虫が好きなんだなぁ。でも連れて帰るって……。
「寮って、生き物飼うのダメですよね?」
「バレなきゃいいの」
ぶぅ、と頬を膨らませてる。年上だと分かっても、つい可愛いと思ってしまう。
まあ寮監さんは、そういうとこちゃんとしてるから見逃されるなんてことはないよね。多分この感じじゃいつも持ち帰ってるんだろうな。
「終わりましたよ」
ちょっと痛々しくなっちゃったけど、菌が入ると大変だものね。念の為に足を捻ってないか、軽く足首を回してみたけど問題なさそうだ。
「ありがとう。……これ、食べて帰ろ?」
コンビニ袋から出てきたのはおにぎりだった。
「いいんですか?」
「うん。お礼。梅、食べれる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
おにぎりはわたしの大好物。ちょうど運動して少しお腹も空いてたし、ありがたく受け取ることにした。
◇ ◇ ◇
「山津〜。お前はまた性懲りも無く……」
はぁ、とため息をつく寮監さんは、もちろん先輩を寮に入れずに立ちはだかる。
すぐ後ろは寮なんだけど、止められてしまっては無視出来ない。
「おはようございます」
「おはよう。それで? 今日は何を採ったんだ?」
「……バッタ」
「そうか。いつも言ってるな? 寮は生き物禁止だ。放しなさい」
やっぱりいつもこんなことしてるんだ……。
「やだ!」
あぁ……駄々っ子だ。あの言い方じゃ、最終的にはちゃんと放してるのかな。
「えっ」
グイッと腕を引っ張られたかと思うと、後ろに回った先輩が勢い良く寮に入ってしまった。
えっと……盾にされた?
「はぁー……全く……」
「わ、な、なんかごめんなさい……」
あからさまなため息に、なんだかこっちが申し訳なくなる。
「いや、見たところ、別に協力してたってわけじゃないんだろう?」
「あー、はい。転んでたから消毒してあげたんです。それでそのまま一緒に帰ってきて」
「名前は?」
「有原はじめ、です」
「よし、有原。お前を今日からあの山津菜々花の保護者に命じる。とりあえず今はバッタを奪って外に放してくれ」
「えっ、わたしが?」
「あぁ。あたしもこれだけが仕事じゃないし、同じ生徒の言葉なら聞くかもしれないし。じゃ、頼んだよ」
「えっ、あっ」
寮監さんは先輩の部屋の場所を告げると行ってしまった。今日はこの後予定も無いし、別に良いんだけど。先にシャワー浴びてからでも良いかな。
菜々花先輩、か。わたしが言ったところで放すとは思えないんだけど……。
メモ:菜々花先輩は痛いのに弱いみたい