踊り場のカガミ 2
ヒーローは無駄を好む。
のだろうか? 他に会ったことが無いから知らん。だいたいこいつがヒーローかどうかもわからないし。
「今何枚目だっけー?」
「まだ7枚目」
最初に割ったのは、いざと言うときに一番外の光が入りやすいと思った3階と4階の間、東の階段だ。今は三日月すぎて上弦の月になるかどうかと言うところだから、横側の窓からかすかに月明かりが入っていた。まぁ、有効と言われてるのはそもそも日光なので、どんなにがんばってもどうにもならない気もしないではない。が、気休めでも何でもいいから欲しいんだ、安心が。安全が。
これって甘えかな? まぁ、どうでもいいけれど。
とにかく、普通は階段を降りながら1枚ずつ鏡を割っていき、下まで行ったら今度は隣の階段まで行ってまた上りながら鏡を割っていく。普通はそういう動きをすると思う。だと言うのに、こいつは各フロアを横に移動し、各踊り場まで進み、そんでもって再び前のフロアに戻りまた横に移動する。
……面倒だけど、4階にいた頃はそれでも良かった。現在3階。既に割った、4階と3階の間の踊り場まで確認している。結構疲れるんだけど。しかも階段の一部が別棟にある上、その別棟に移動する通路が3階にある、と言うのに、全く同じ作業をしている。
要するに、移動する作業と鏡を確認する作業、上って鏡を確認する作業と下って鏡を確認する作業を全部別のカウントにしてるんだ。
「それでも階段の下で待ってたりしないのは……」
「何か言ったかい」
「いや、別に」
こいついないとこでハサミとかに会いたく無いからなんだよな。
っていうか、少しくらい僕が怪我人てことを意識してくんないかなぁ。
「よっと」
さすがに階段5段飛ばしで降りるのは怖いなぁ。
3段くらいにしとくか。
「うひひ。もーいーかーい?」
鏡を粉砕する音が響く。
「もーいーかい? もーおいーかーい? もっおいいーいかあーい?」
階段降りながら歌うのやめて欲しい。さっきから頭の中で『もおいいかい?』が軽くゲシュタルト崩壊を起こし始めてるんだけど。現在はちょうど10枚目。記念すべきかなんなのか知らないが、階上からまずバットを投げつけ、鏡を粉砕してからの進撃。次はライダーキックでも決めてくれるんですか。っていうか、白雪姫の鏡じゃないし返事は返ってこないだろう。そういう怪談じゃなかったと思うし。ましてや先に粉砕してたらどうしようもない感じだ。
これ、僕に言ってる訳じゃないよね?
「そういえばさ、君ちゃんと見てる?」
「は」
カーテンの向うで粉砕された鏡のかけらは、こちらには当然こぼれていない。っていうかこの人ついに鏡と顔もあわせずに粉砕しやがったよ。派手な音がしただけかと思ったけど、きっかり粉砕されて一欠け残らず床につもってる。懐中電灯に照らされてある種宝石の山みたいだよ。うん。
っていうか七不思議駆逐しにきたのはあんたであって、僕はあくまで付き添いなんだけど、何を見てると?
「は? じゃないよ。せっかく回ってるんだ。ちゃんと見てないと困るな。テリトリー」
ああ。他の怪談のテリトリーを知らないだろうことも把握されてるのね。説明してなかったけど。基本的な下調べ済んでるの? 済んでないの? どっちさ。
まぁ、僕自身を把握はしてないことがわかっただけ収穫かな。
「さっき説明してくれた理科室、美術室、音楽室の内の一つや2つはそろそろ見つけたよね」
「まぁ、二個くらい把握してますけど。そんなことより目の前の怪談はいいんですか?」
「え? これはもうただの鏡だよ?」
ただの鏡。
ただの鏡と言ったかこの人は?
ただの鏡? ただの鏡? ただのかがみ? ただの……って何だ?
そりゃまぁ鏡は鏡だろう。鏡の中に怪談がいるのかなんなのか知らないけど、少なくとも昼間日が当たってる時間は鏡としての用途を満たすことは出来る訳だし、鏡はカガミでただの鏡? 鏡……カガミ……かがみ……? 確か、ジローのカンペのには『カガミ』はカタカナで書いてあった。彼奴だってそれくらいの漢字は書けるはずだ。何か意味があるのか?
怪談の名前は『踊り場の”カガミ”』。解説文には踊り場にある”鏡”と書いてあったはずだ。
……もう少し詳しく思い出そう。
ジローのカンペは怪談本来の一文と、類似する怪談から彼奴が考察した詳細をこまごまと書いていたはず。問題なのは本来の文章だ。まぁ本来のとは言っても、どっかで広まった怪談に、そのまたどっかの誰かが気取った文言をくっつけただけなのだろうけど。どんなだっただろうか……僕の持ってるのはジローのカンペを要点を搔い摘んで写し取っただけだから完全に記憶力の勝負だ。
——踊り場のカガミ——
旧校舎の踊り場には必ず鏡がある。昼は良いが夜はその鏡を見てはいけない。鏡の中の隣人と目が合ってしまえばあなたの影は二度と何かに映ることは無く、その目が光を捉えることは無い。
確かこんなだったか。気取り過ぎてて意味が分からない。どこにも鏡の中の世界に連れて行かれるとは書いてないしな。カンペの方がずっとわかりやすい。わかるのは隣人が襲ってくるだろうと言うこと。ついでに多分、この世からいなくなるってこと。影が二度と何かに映ることは無いって言うのは、幽霊になるってことか? でもその目が光を捉えることは無いって、物が見えなくなる? 盲目の幽霊? 意味が分からなすぎる。
「なにしてるの? いくよ!」
「い、いやちょっと待って、それがただの鏡ってどういうこと!? ……ですか!?」
正確には少なくとも、元鏡だったガラスと金属の集合体だと思うけども!?
16枚目の鏡が割れて、GBはただ一言『今夜はここまでだ』と言った。
正直すこしばかりやけにもなって、GBに先んじて鏡の前に飛び出してみたりもしたけれど、『隣人』とやらと目が合うことは無かった。ちなみに、ここはもう既に鏡の国……なんて落ちが無いとは言い切れないけれど、少なくとも文字が逆になっていたりはしないし、火が冷たかったりもしない。影はしっかりあるし、ケータイのライトはまぶしい。
踊り場のカガミはもはやただの鏡だ。もはやと言うかもうなんというか、いつからだったかはさっぱりわからないけどとにもかくにもただの鏡だ。拾い上げてGBの魔の手から掬い取った掌サイズの鏡のかけらにも、何も映ることは無い。……記念に持って帰ってやろうか。
うん。持って帰ろう。
「今夜はここまでってどういうことですか」
「するべきことはしたと言うことさ!」
そのくるくるビュッてバット振り回すアクションも大分慣れました。ただちょっ! こっち向けないで! 二週目やめて! 鏡のかけらが! ガラスの粉が! ぺっ! ぺっ! あ、目にも入った!? 痛い! 痛かゆい!
「さぁ凱旋といこう! この不思議はもはや存在しないのだと触れて回らなければね!」
「そんなんどうやって……」
「鏡が無いならばこの不思議は成立しない! 誰から見ても明らかな、終わりさ。」
そうか? 不思議ってそんなに簡単なものなのか? ハサミに追われたときの恐怖はまだ全身に染み付いている。あの声はいまだ脳を揺すっている。ジローが助かろうと必死になって、僕につけた傷の数々は、まだ全身を蝕んでいる。
「君にもわかるよ。日がたてばね。」
「……」
「君は黙って明日、新しい怪談へとオレを案内すれば良いのさ。」
バットを振り回しながら、肩で風を切るようにGBは歩いて行く。入るときと違って、でるときは別段決まりは無い。連絡路口から、ひょいと彼女は飛び降りていった。覚悟を決め、続いて飛び降りる。1.5メートル。
「悪いけど、先に帰るよ。外にはでないようだしね」
その場に倒れてしまい、動けなくなる。苦しい。痛い。せめてと思い、寝返りをうって仰向けになる。
月が綺麗だ。
そんなことを考えると同時にふと思いたった、飛び降りた拍子に落とさなかっただろうか? 鏡のかけら。
「えっと……いづっ」
ぬるっとした感触、指を切ってしまったらしい。ついてない