僕は懲りない
さて、GBに肩を借りてなんとか『旧校舎』を脱出したわけだが僕にも体力的な限界というものがある。いろいろ語るべきこともあると思うが、まずは現状を端的に一言でいこうか。
三日たった。
三日たって僕は再びこの場所に戻ってきた。残念ながら体調は万全とは言い難い……というかむしろ満身創痍に近い状態なのだが四の五の言っていられない。ジローはあれから一度も学校に来ていないのだから。
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嘘だ。
ジローは無事無傷で家に帰ったらしいし、僕の件で気まずくて学校にこれないとしてもそこまで面倒を見る義理はない。思うところが全くないわけじゃあないけれど、そもそもクラスメートであっても友人では無いのだ。あいつはあくまでトラブルメーカーなのである。別段人気者とかじゃない。話題にするやつがいないとは言わないし、心配するやつがいないとも言わないが、どうしても焦点は『旧校舎の七不思議』の恐ろしさの話題に流れる。『僕がジローに何をしたのか?』そんな風聞のせいで学校に居づらいということがない訳ではないが、そんなことはさして気にならない。人の噂も何とやらである。確か七十五日。
じゃぁなんで今僕はこんなとこに居るのか。左腕の手首から先は動かないし、右足骨折してるから松葉杖だし、ついでに言えばあばらにもひびが入ってるからコルセットのせいで息が詰まりそうだ。
そんな状態で『旧校舎』の『裏門』の前に居る。
簡単だ。
知りたいから。
あの日何があったのか。GBってのが何者だったのか。あいつが何を言ってたのか。知りたいことはいくらでもある。その全部を。
「よう? 元気かい?」
あの日と全く同じように振る舞う、このとぼけたやつに聞かなきゃ気が済まないからだ。
改めて、真正面から相対するのはこれが初めてだと思う。背は僕とそんなに変わらない。むしろ細見だけどかすかに丸みのあるシルエット。髪は長いようだけど、随分高い位置で侍のようなポニーにしてる。声を含めてもやはり女性のようだ。前回はなかったと思うけど左腰のその長いものはまさか本物ではないですよねバットには見えないし。あとそのでかいサングラスはなんなんだ。
と、心の声が聞こえたわけでもないだろうに彼女(?)はサングラスを外し、僕を見据え。
「馬鹿か君は!?」
一瞬前のとぼけた顔が焦りと驚きに染まる。え、僕何かした?
「なんだそのとぼけた顔! っていうか包帯! ギブス! 松葉杖! 顔面ガーゼ!」
「コルセットもしてるけど」
「馬 鹿 か 君 は !!」
天に向かって吠えても無駄でしかないと思います。というか今更なんだ? サングラスで見えてなかったとでも言うのか。
とりあえずあんたには言われたくない。というのが正直なところなのだけど。
とぼけた顔もさることながら、バットで飛び散った木片が刺さりつけざるおえなかった顔面ガーゼ。横で引きずってただろう今更だなぁ右足ギブスと松葉杖。あんたが俵担ぎにして落としたからじゃないのかと疑ってるんだが肋骨コルセット。扉をくぐるとき思い切りぶつけてくれたよな骨折してる包帯巻きの左手首。
まぁ、口にしたら愚痴にしかならない類のことは実際のところどうでもよくて、今この瞬間が決定的だと思う。だってあんた……
「でも、ここで待ってたじゃないか」
「む」
いまさら別の人間を待ってたなんて話は聞きたくない。もしほんとにサングラスで前が見えなかったのだとしても、多少僕に自意識過剰なところがあったとしても、こいつは、GBは、僕を待ってここに居たんだ。僕が来たから顔を上げた。僕が来たからサングラスをはずした。
「僕を待ってたんでしょ?」
「うん、まぁ」
「まぁ、会えると思って来た僕も僕だけどね。お互い様?」
歯切れが悪くても引き出したい答えを引き出せたのでとりあえず満足しておく。以心伝心とかって言うほど確たることじゃないと思うけど、僕だって会えると思ったからここに来たんだ。そうじゃなかったら、それこそ眞弓野にでも誘われない限り二度とこないつもりだった。たとえジローが行方不明になっていたとしたって、だ。
まぁGBがいなかったらありがちありえない未来でもないよな。僕が行方不明のほうが可能性としては高そうだけど。
「ちなみにいつから待ってたの?」
「お、一昨日?」
翌日からじゃないか。昨日はともかく一昨日は世間一般から見たらとてもここには来ないと思うんだが。っていうか怪我を押してでも来てよかった。
「まあ、俺のことはいいんだよ」
「じゃあ僕のこともいいよね」
「えー……まあいいか」
本当に、意外と、というかもともとそうだったかもしれないが、ノリだけは軽い。なんかキャラにあってない気もするけど、ともあれせっかくけがのことは言及しないでくれるというのだから、わざわざ話題に出すことも無いだろう。お互い都合の悪いことは黙っているに限る。
「さて、中に入る前に聞いとくことがある」
「うん」
外したサングラスを長ランの内ポケットにしまい、彼女(言及はしていないが僕の中ではGBは女性ということで落ち着いた)はそう言って鼻先に指を突き付ける。左手は腰にさげたいかにも本物っぽいそれに添えられている。
爪にはマニキュアすら塗ってあるし、彼女は見れば見るほどコスプレした普通の女の子にしか見えない。太ももからスリットの入ったそのジーパンは何ほつれてるけど自作なの? あまりにも前後にぱっくり開いてるから、いっそスカートか袴みたいだよ? そもそも三日前に会ったときはもっと普通の……気のせいじゃなきゃスーツ姿だったよね? 名乗りのポーズすごく決まってた。
「なんか変なこと考えてない?」
「いや」
「そうかな。ていうか君さ、なんか気安くなってない?」
変なこと言われた。言われてみれば初対面の時は敬語を使ってた気もするけど、どうだったろうか? 少なくとも今はそういう気持ちにならないのは確かだ。というかあんた本題に戻したかったんじゃないのか? 本題がなんなのかは知らないけど。なんだかグダグダだな……初対面の印象が薄れていく。もしかしてそういう印象操作をしてこっちを都合のいいように……?
「それが聞きたいこと?」
「違うけど……ああもう!」
頭をガシガシかきまわしながら後ろを向く。そして深呼吸。右足だけできれいにターンして、再び鼻先に指を突きつける。
「一つ聞こう。君に覚悟はあるか?」
「無いです」
「うんうん。そうか。そうだよね。そこまでの覚悟があ……、っ無いの!?」
見事なノリ突込みだった。……ノリ突込みってこういうのだよね? とりあえず僕は対抗して、こいつ絶対ノリであるって言って欲しかっただけだっ!? なんて驚いてみたりする。いや、ぜんぜん驚いてないけれど。そして冗談でもなんでもなく、覚悟なんてものは持ち合わせていないけれど。
「無い」
改めて宣言すると、あーとかうーとか唸りだし、ついでにオロオロとまごつきだした。キャラ崩壊して暴力性が感じられない今なら言える。正直うざい。
これ以上ごたつくのも面倒なので、カツカツと松葉杖をついて旧校舎の玄関に向かった。正確には玄関脇の事務員室扉に、か。階段を五段、さして苦労もせずのぼり、ドアノブを捻って体重をかける。事務員室の扉を押し開けても一見殺風景な部屋で行き止まりだが、部屋に入ってこの扉を閉めると影からもう一つ扉が出てくる。下と左から半分ほど埋まっているが、ここから中に入れるのだ。
この建物は『旧"校舎"』と言うだけあって入口自体はいくつかある。L字の縦棒の外側、今いる場所『裏門』。その向かいにある『正面玄関』。L字の両端にある通称『小口AB』。Lの縦棒と横棒は実は独立した建物だった! 脇には梯子もついてる『連絡路口13』。じゅうさんじゃないよ? 1階と3階にあるってことだよ。
そして今入ったのは『隠し通路』と呼ばれている。
この建物は一階が地上1.5メートルに作られているのでどの入口の前にも本来階段があるのだが、連絡路口は先に述べた通り梯子なので少し使いにくい。小口A(縦棒の先端)と正面玄関は階段が壊されており、裏門は一応幾重にも張り巡らされた鎖で封印されている。お札とかも貼ってある。そして小口Bは道なりにくると遠い。よって『旧校舎』に入る場合はもっぱらこの『隠し通路』からになるわけだ。
「ちょ、ちょっと待ってここ入っても何も!」
あわててついてきたGBはしまった扉の陰から出てきたもう一つの扉に絶句した。ほんとに何も知らないで来てたのこの人? ここから入るのだって、ある意味この七不思議の醍醐味みたいなもんなんだけど。
「え、なにこれ? こんなのあったの?」
「前回はどこから入ったんだよ」
「普通に、正面玄関から」
鍵はかかってなくてもそれなりの重みがある扉を、しかも下のふちが自分の顔と同じくらいの高さにある扉を、"普通"に開けて中に入れるイメージって全然わかないんだけど。まぁ出るときは急いでたから開けて飛び降りたけどね。大体裏門には道が通ってるけど、正面玄関は建物をぐるっとまわりこまないとたどり着けないし。
「ていうか勝手に入らないでよ! まだ話してる最中なのに!」
「どうせ僕は一人じゃ中に入れないよ」
歩くのに支障は無いが、なんだかんだ言って松葉杖なのだ。梯子を上るのは大変だし、腰程度の高さでも壁をよじ登るのは相当辛い。
「ここはまだ外なんだ。だからさ、するべき話はここでしよう」
「覚悟が無い人間を巻き込むわけには……」
「覚悟ってあると何かいいことあるの?」
「え……とぉ、リングから炎が出たり、未知の物質召喚できたり?」
なんかの漫画の話ですかそれ?
「覚悟はない。どうあってもない。でも代わりに欲求がある」
「知りたい。それにならたぶん命だってかけていい」
「だからさ、つきあわせてよ?」
「……しょうがない、か。情報がほしいしね」
「ここは『旧校舎』と呼ばれる建物だけど、実際はうちの学校の管轄でも何でも無い」
「それは知ってる。といっても元々学校ではあったんだよね?」
「まぁ、一応」
詳しい話は知らない。昔学校だった建物をどこかの会社が買い取った。で、そのまま放置している。中は一度整理されたそうだがあまりにも学校然とした内装はそのままなので、そのままお化け屋敷に改造する予定だと言われても納得してしまいそうだ。
つまりここに侵入するということは校則で禁じられてるとかいうレベルではなく、単純に不法侵入罪にあたる。
けど、ここを買い取った会社も特に侵入防止柵を作りもせず、誰かが入っても何の文句も無い。
そのかわり、最初の犠牲者の親御さんが問い合わせても、何の答えも返ってこなかったそうだ。というか5年以上いろんな会社をたらい回しにされ、未だに何も始まってすら居ないらしい。アンブレラの実験施設かなんかか。ここは。
「とにかく、この旧校舎にはいくつかの怪談が伝わってる。通称『人喰い旧校舎の七不思議』」
「人喰い? 中で死人がでてるからかい?」
まぁ、普通はそう思うよね。思うよね、っていうかそれで全く間違いじゃないけど。
「ここの入り口は見ての通り、施行不良で半分埋まってるでしょ? そのせいで一度入ったら中からは扉を開けられないんだ。それに、中に入るとどこにあるかよくわからないしね」
「ちょっと下品だけど、入った扉からは出られないからってこと?」
「いや、単にそこで」
件の入り口を指差す。
「最初の犠牲者の下半身しか見つからなかったから」
「ほう」
「まぁ普通に考えたらありえないよね。人間の下半身だけが転がってるなんて。しかも断面が扉にぴったりくっついていたから、扉に挟まれたわけでもないらしい」
「それで、人喰い旧校舎?」
「上半身はついぞ見つからなかったしね。人呼んで『七不思議の七番・人喰い旧校舎』」
今目の前にある扉。今は綺麗にされているのでとてもそうは見えないが、その扉にまるで突き刺さるように彼はあった、という。管理者に連絡したが取りあわれず、数名の警官とか教師とかが強行調査? したそうだが、結局当時建物の中では血痕ひとつ見つからなかったそうだ。
「ちょっとまって、さっきは『人喰い旧校舎の七不思議』って言ったよね? 当時は別の七不思議があった?」
「そうだよ。うん、『彼』の第一発見者はクラスメートだったんだ」
半分だけになった『彼』を発見したのは親しかったクラスメート二人。あまりの衝撃に丸二日口を閉ざし、その後親を通じて警察に連絡したそうだ。きっと彼らの心の傷は深かったろう。けれど恐ろしいことにその後何度も二人はこの場所に立ち入り、時には行方不明になり、あるいは補導され、それでも『彼』の残り半分を探し続けたという。
そしてその折の二人の体験こそが、
「『人喰い旧校舎の七不思議』?」
「そういうこと。最終的に二人は転校したとか入院したとか言われてるけど、それまでの間に彼らが学校中に広めたの話がそれらしい。そのかわり、当時の七不思議は全然聞かなくなったそうだけどね」
「詳しいね」
「詳しい知り合いが多いんだ」
「ところでさぁ、それって」
意味深な一拍。
「君の学校に限った話かな?」
ほんとに情報が必要なのか? こいつ。
……まあいい。追求する必要は感じない。こいつが満足したんなら先に進もう。