第二話 はじめましてお義父さん
「うん……うん……わかった、待ってるねー」
「真子、誰と電話してたんだ?」
「お父さんとお母さん。今からおじいちゃんに挨拶に来るって」
「え、それって……」
俺の机の引き出しが、ガタガタと揺れ出した。
このパターンは!?
次の瞬間、引き出しがガバッと開き、中からダンディなナイスミドルと、超絶美女のマダムが跳び出してきた。
「はじめましてお義父さん。私はあなたの義理の息子の儀曽貴です」
「はじめましてお父さん。私はあなたの娘の夢須美です」
うわあ。
「いやあ、当たり前ですが、流石この時代のお義父さんはお若いですなぁ」
「はぁ」
「当たり前じゃないあなた。この時代のお父さんは真子と同い年なんですもの。ねえ?お父さん」
「あ、そ、そうですね。あはは」
オイオイ勘弁してくれよ。
なんなんだよ、このシチュエーションは。
何で俺は自分の親ぐらいの年代の、自分の息子と娘に、圧迫面接まがいのことをされてんだ。
いや、圧迫面接だと感じてるのは俺だけで、向こうはただの里帰り気分なんだろうが。
「あ、あの、儀曽貴さん?でしたっけ?いつも未来の俺がお世話になってるみたいで、本当にありがとうございます」
「いやいや、お世話をしてるだなんてとんでもない。そう畏まらないでくださいよ。いつものように、『この馬の骨野郎』と呼んでくださって構いませんよ」
「未来の俺がそんな失礼なことを!?」
「僕が悪いんです。僕がお義父さんの反対を押し切って、どうしても彼女と結婚したいと言ったものですから」
「アラ、それは違うわあなた。結婚は私がしたいって言ったのよ。それなのにお父さんたら、私と離れたくないって、子供みたいに泣きわめくものだから、私本当恥ずかしかったんだから」
「あ、そうですか……」
恥ずかしいのはこっちだよ!
これは何て名前の拷問なんだ!?
何で俺は身に覚えのない醜態を、美女のマダムに責められなくちゃいけないんだ!?
何だこれは!?新手のプレイか!?!?
だが冷静になって俺の娘だという、この美女を見てみると、やっぱり真子にはよく似ているが、俺にはまったく似ていない。
実の娘が、こんなに似ていないなんてことがあるだろうか?
本当にこの人は俺の娘なのか?
だとしたら、俺の遺伝子どんだけ弱いんだよ。
「ちょっと礎普夫。さっきから聞き覚えのない声が聞こえるけど、もしかして私の孫達が来てるの?」
母さんが勢いよく、俺の部屋のドアを開けて入ってきた。
母さんはエスパーか何かなのか!?
「はじめましておばあさん。私はあなたの孫の儀曽貴です」
「はじめましておばあちゃん。私もあなたの孫の夢須美です」
「アラアラ、遠いところいらっしゃい。今お茶を入れるんで一階に降りてきて。日曜日だからお父さんもいてよかったわ」
うちの親がオレオレ詐欺とかに引っ掛からないか、俺は本当に心配だ。
こうしてリビングに、曽祖父母から孫までの、計六人が一堂に会した訳だが、俺からしたら、あまり面識のない、叔父さん叔母さんと従兄妹が遊びに来たようにしか見えなかった。
俺の両親と真子の両親は、年も近いせいか、世間話に花が咲いている。
俺は所在なく、一人でスマホをいじっていた。
するとそんな俺に、真子が話し掛けてきた。
「ねえおじいちゃん、私達は二人でおじいちゃんの部屋に行かない?」
「え、でも……」
「ああそれがいい、父さん達は孫達と積もる話もあるから、礎普夫は自分の孫の相手をしてあげなさい」
「初対面なんだから積もる話はないだろ……。まあいいか、じゃあ行こうぜ真子」
「うん!」
俺と真子は、俺の部屋で将棋を指すことにした。
将棋は俺の数少ない趣味の一つで、真子も未来で俺とよく指していたそうだ。
未来ではフジ〇四段がどうなっているのか気になったが、それを聞くのはタブーな気がして我慢した。
将棋を指しながら真子は言った。
「ごめんねおじいちゃん。急にお父さんとお母さんが来て、ビックリしたよね?」
「ん、そりゃあ、まあ、ビックリはしたけど。自分の子供が親に会いに来るのは、普通のことだろ」
「ふふ、そうだね。おじいちゃんは相変わらず優しいね」
「……身に覚えはないけどな」
将棋の方は、終わってみれば俺の完敗だった。
その後も飛車落ち、飛車角落ちとハンデをつけて再戦したが、俺ではまったく話にならなかった。
俺もそこそこ腕には自信があった方なのだが、ふと気が付いた。
未来では今よりも、もっと将棋の研究が進み、まったく新しい戦法が、次々に編み出されているのかもしれない。
そう思えば、いくつか真子の指した手に、違和感があった気がする。
まさかこれから人類が歩んでいく歴史を、こんな形で実感することになるとはな。
外を見れば、辺りはすっかり日も落ちていた。
儀曽貴さんと夢須美さんが俺の部屋に入って来て言った。
「お義父さん、僕達はそろそろお暇させていただきます。お邪魔しました」
「あ、ええ、大したお構いもできませんで……」
「フフ、いいのよ。お父さんにそんなの期待してないわ」
「あ、そうですか……」
「お義父さん」
「はい?」
儀曽貴さんは真剣な眼で、俺を見つめて言った。
「真子のことを、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「……はい」
「真子が可愛いからって、襲っちゃダメよお父さん」
「おそっ!?襲わないですよ……」
……多分。
「じゃあな真子。お義父さんの言うことを、ちゃんと聞くんだぞ」
「うんお父さん!」
「ああそうだ、これはお小遣いだ。取っておきなさい」
「わーい。ありがとうお父さん」
儀曽貴さんは真子に札束を二束渡して、夢須美さんと共に引き出しの中に帰っていった。
いや、義理の息子、真子のこと甘やかし過ぎじゃね!?