第一話 はじめましておじいちゃん
ガダガタと何かが動く音がして目が覚めた。
スマホで時間を確認すれば、まだ朝の六時だ。
メガネを掛けて音のする方を見ると、机の引き出しがガタガタと揺れている。
何だ?何が起きている?
もしかしてこれは、まだ夢の中なのかなと思った次の瞬間、引き出しがガバッと開き、中から美少女が跳び出してきた。
「はじめましておじいちゃん!私はあなたの孫の真子です!」
は?
「つまりこういうことか、お前は未来から来た俺の孫で、この時代の高校に留学しに来たと」
「流石おじいちゃん!飲み込みが早いね。じゃ、一緒に高校行こっか」
「ちょっと待て、俺はまだお前が孫だと認めたわけじゃないぞ。某猫型ロボットみたいに、引き出しから出て来た以上、未来人てことは信じるが、俺とお前は顔が全然似てないじゃないか」
「私はおばあちゃん似だから。よかったねおじいちゃん、将来は私似の美少女と結婚できるんだよ」
「自分で美少女って言うなよ……」
とは言え真子は、確かに紛うことなき美少女だ。
サラサラ黒髪のショートカットで、胸も大きい。
ハッキリ言ってメッチャタイプだ。
将来、真子みたいな人と結婚できるなら、俺の人生は、ほぼ勝ち確ではないだろうか!?
しかも自分とは全然似てない真子に、さっきからずっと親近感を覚えている。まるで真子が子供の時に、抱っこをしてあげたかのような……。
もちろん実際はそんなことはないので、ひょっとしたら真子が現代に来ることによって、未来の俺の記憶が、現代の俺に一部流れ込んできたのかもしれない。
「ま、まあ、あくまで仮にだけど、お前が孫だってことは信じてやるよ」
「ありがとう!やっぱりおじいちゃん大好き!」
「なあ、その『おじいちゃん』ってのは、やめてくんないかな。確かに俺の苗字は御地井だけどさ、俺はまだ高校二年生なんだし」
「えー、でも私にとっては、おじいちゃんだしなー」
「ちょっと礎普夫!さっきから女の子の声が聞こえるけど、誰か来てるの?」
母さんが勢いよく、俺の部屋のドアを開けて入ってきた。
「あら?こちらはどなた様?」
「はじめましてひいおばあちゃん!私はあなたのひ孫の真子です!」
「え?」
何て説明しよう……。
「なるほど、よくわかったよ。君は僕達のひ孫なんだね」
「流石ひいおじいちゃん!相変わらず冴えてるね!」
「まさかこの年でひ孫の顔が見れるなんて、思ってもみなかったわね父さん」
「そうだな母さん。未来の科学の進歩に感謝しないとな」
「いや待ってよ!父さんも母さんも、受け入れるの早すぎじゃない!?俺達と顔も全然似てないし、何でそんなすぐ信じられんの!?」
「祖父であるお前が、真子ちゃんのことを信じてあげなくてどうするんだ礎普夫。真子ちゃん、この家には、いたいだけいていいんだからね。遠慮はしないでね」
「ありがとうひいおじいちゃん!」
俺達四人は食卓で、朝食を食べていた。
両親は何故かすぐに真子のことを受け入れ、まるで俺がおかしいみたいな空気にされてしまった。
大丈夫なのか、うちの両親は!?
「でも私の分の生活費は、未来から持ってきたから心配しないで。とりあえず五百万円程、お渡ししとくね」
そう言って真子は札束を五束、ドサッと食卓の上に置いた。
えっ!?
「ま、真子……何だそのお金は……」
「心配しないで、変なお金じゃないよ。私のお父さん、つまりおじいちゃんの義理の息子が、大企業の社長でね。お金は腐る程持ってるから、留学費にって持たせてくれたの。未来のおじいちゃんも、お父さんのおかげで、悠々自適な生活が送れてたんだから」
「マジかよ……」
「アラアラ悪いわね、助かるわ真子ちゃん」
その話は正直俺としては、微妙な気持ちにならざるを得なかった。
未来の俺は、義理の息子に養ってもらってるのか……。
それってちょっとカッコ悪くない!?
何で娘がそんなやつと結婚するのを許したんだよ、未来の俺!
「おっ、そろそろ二人共学校に行く時間じゃないか。真子ちゃんの学校での面倒は、礎普夫がちゃんと見てあげるんだぞ」
「よろしくね、おじいちゃん!」
「お、おう……」
はっきり言って不安しかなかったが、こうなったらやるだけやってみるしかないか。
俺と真子は、二人並んで我が家を出発し、学校へと向かった。
「しかしお前の戸籍とか、転校手続きとかはどうなってんだ?」
「その辺は全部、未来パワーで何とかなってるから、気にしないで。この通り学校の制服も着てるしね。一応私とおじいちゃんは従兄妹ってことになってるから。私の苗字も御地井だし」
「えっ?じゃあ俺の義理の息子は婿養子なのか?」
「そうだよ。おじいちゃんが、婿に来て同居しないと、結婚は許さないって言ったらしいよ。おじいちゃんは、お母さんを溺愛してたから」
「そうなんだ……」
何故俺は孫から、未来の俺の恥ずかしい話を、次々と聞かされなければならないのだろう。
俺何か悪いことしたかな?
「そう言えば、真子は何でこの時代に、留学しようと思ったんだ?」
「んー?それはもちろん、おじいちゃんと同じ学校に通いたかったからだよ」
「……何で俺と同じ学校に通いたいんだ?」
「決まってるじゃん、おじいちゃんが大好きだからだよ!」
「あ、そう……」
マズいな。
実の孫とは言え、同い年のこんな可愛い子に大好きなんて言われたら、ドキドキしてしまう。
イカンイカン!気を引き締めなければ。
「あれ?礎普夫、誰だその可愛い子は?」
「お、おう、名治道。おはよ」
こいつの名前は戸成名治道。生まれた時から、隣に済んでる幼馴染だ。
「あ、戸成のおじいちゃんだ!若ーい!」
「えっ?おじいちゃんって?俺君に会ったことあったっけ?」
「いや、違うんだ名治道!こいつ俺の従兄妹でさ!今日から俺らと同じ学校に、転校してきたんだ」
「そうなの?君みたいな可愛い子と同じ学校なんて、ラッキーだね」
「あはは、戸成のおじいちゃんは変わってないね」
「?だから俺、君にどっかで……」
「名治道!実はこいつちょっと天然でさ!よく訳わかんないこと言うけど、気にしないでくれよ!」
「……ふーん」
俺は真子をグイと引き寄せ、耳元でこそっと言った。
「オイ真子!お前が未来人なことは上手く隠せよ!バレたらエラいことになんだから!」
「あっははー、大丈夫だよおじいちゃん。多分バレないって」
「その自信はどっからくるんだよ……」
前途多難過ぎる。
学校に着いた頃には、俺は心身共に疲れ切っていた。
朝のホームルームで、早速担任の琥太狼先生から、真子の紹介があった。
「こいつが今日からお前達の新しい仲間になる、御地井真子だ。御地井の従兄妹だそうだ。席は御地井の隣が空いてるから、そこに座ってくれ」
「はい、皆さんよろしくお願いします」
「か、可愛い……」
「天使だ……」
「オイ、御地井!あんな可愛い従兄妹がいるなら紹介しろよ!」
早速人気者になったみたいで、祖父としてはなによりだ(白目)。
ちなみに琥太狼先生は、ドイツ人と日本人のハーフで、フルネームはレーヴェンブルク琥太狼という。
琥太狼先生の活躍が読みたいという方は、同じ作者の『機鎧大戦』と『高校一年生』という小説をチェックしてくれ(ダイマ)。
一限目は英語だった。
真子は、とても流暢に教科書の英文を読み上げた。
二限目の数学でも難しい問題をノータイムで解き、午後の体育のサッカーではハットトリックを決めた。
なんだコイツ。
言動はバカっぽいくせに、才色兼備で、文武両道なんて、とてもザ・凡人の俺の血を引いているとは思えない。
俺は孫にコンプレックスをグサグサと刺激され、半泣きになりながら帰路についた。
が、みんなで夕飯を食べながら、俺は重大なことに気が付いた。
「そう言えば、真子はどこで寝泊まりすんの?」
「ん?そんなの礎普夫の部屋に決まってるだろ」
「そうよ。うちは狭くて空き部屋なんてないんだから。真子ちゃんもそれでいいかしら?」
「もっちろん!」
「え、それは……」
「礎普夫、ご飯食べ終わったんなら、さっさとお風呂入っちゃいなさい」
「あ、うん……」
いくら孫だからとは言え、若い男女が同じ部屋で寝泊まりするというのはどうなのだろう。
いや、孫に対してそんなことを考えるのがおかしいのか!?
でも、急に現れた自分と似ていない美少女を、孫だと思えってのも無理あるよ。
俺は悶々としながらも、狭い湯船に浸かりながら、ため息を吐いた。
「おじいちゃーん!一緒にお風呂入ろー!」
全裸の真子が、風呂場に突入してきた。
「うおおおい真子ー!!それはダメだろー!!」
「えっ、何で?もしかしておじいちゃんは、自分の孫に欲情しちゃう変態さんなの?」
「いや、違うけど……」
「じゃあいいじゃん。私が子供の頃は、よく一緒に入ってたし」
いいのか!?
本当にいいのかこれ!?!?
ただでさえ狭い湯船に、二人の男女が入ったので、浴槽はパンパンだった。
何だか柔らかいものが、身体のいろんなところに当たっているが、俺はひたすら素数を数えて、心を落ち着かせた。
だが、俺の本当の地獄は、寝る間際になって訪れた。
「おじいちゃん、私おじいちゃんと同じベッドで寝たい」
「はあ!?ダメに決まってるだろそんなもん!俺は床で寝るから、お前はベッドで一人で寝ろよ!」
「ヤダ!絶対おじいちゃんと一緒に寝る!一緒に寝てくんなかったら、いろいろと歴史変えちゃうぞ」
「それは絶対にやめろ!!……わ、わかったよ。一緒に寝ればいいんだろ」
「やったー!おじいちゃん大好き!」
「はいはい」
なくなく俺は、真子と並んで狭いベッドに横になった。
とは言え、童貞の俺にこのシチュエーションは刺激が強すぎる。
風呂上がりの真子は、シャンプーの良い匂いがした。
うおお、イカンイカン!
アメリカの歴代大統領を暗唱して、心を鎮めるんだ!
そんな俺の狼狽をよそに、真子は早くもイビキをかき始めた。
しかもイビキがメチャクチャうるさい。
これじゃ俺は、いろんな意味で寝られないぞ。
すると、真子が寝ぼけて俺の腕に抱きついてきた。
俺の二の腕辺りに、とても柔らかいものが当たっている。
フオオオオオ!!
これはもう、三国志の全武将を暗唱するしかないのか!?!?
「おじいちゃん……」
「!」
今のは寝言だったようだが、真子の顔を見ると、とても悲しそうな顔で涙を流していた。
……そうか。
今わかった。
きっと真子がいた未来では、俺は既に死んでるんだ。
思えば、真子が未来の俺のことを話す時は、常に過去形だった気がする。
おじいちゃん子だった真子は、元気だった頃の俺に会いたくて、この時代を留学先に選んだのだろう。
……しょうがない。
祖父として、少しくらいは孫の我儘に付き合ってやるか。
俺は可愛い孫に、小声で「おやすみ」と言ってから、眠りについた。
翌朝目が覚めると、全裸の真子に抱きつかれていた。
「うわああああ!!!真子ー!!!何してんだー!!!」
「フワアア、おはよーおじいちゃん。ごめんね。私寝相悪くて、寝てると着てる服全部脱いじゃうの」
「どんな寝相だよ!早く服を着ろ!!」
「ふあ~い」
ちょっと待て。
もしかして俺は、これから毎日、全裸の真子に抱きつかれながら寝なきゃいけないのか!?
……次は封神演義の全キャラでも、暗記するかな。