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ライラックの恋

作者: 鈴雲ミキ

初めて会ったっ時はまだ私が4歳の頃だった。

昔からあなたはあなたのままで、捻くれてるんだけど優しくて、小学校に上がった頃にはずっと一緒にいたいと思ってて。

あなたが中学に上がったら小学校の帰りにランドセルを背負って、夕暮れの中毎日のように迎えにいった。ずっとあなたの隣で笑っていたいと夢見た事もあります。

 2つという年の差をどうにかして埋めたかった。あなたを見つめるしか出来なかった私はお願いしました。あなたの隣であなたと一緒に笑いたい。

 子供の私が言うとあなたは笑って照れて素直に「ありがとう」とも言ってくれないかもしれないけど、1つだけ言わせて下さい。

 あなたの事がずっと好きでした。




 高校2年の夏。五月蠅い蝉の鳴き声にイライラしながら毎日上らなくてはいけない坂を目の前に、憂鬱な気持ちが続いていた。

 その坂は入学当初から少しだけ面倒だなと感じていて、去年の夏に最悪と確信していたのだが、高校というものは当然の如く3年間ある。

 何かの理由で退学、転校等のイベントが無いなら必ず通わなければいけない。

 そして、うだるような7月の太陽からの直射日光は坂を上る程近く感じ、上るのに労力が必要になる。

 早く楽になりたかったら坂を上るしかない。坂を上ったら太陽におよそ数メートル近づき、気分的に暑くなる。少しずつ上ればその分直射日光を浴びなければいけない。

 よって結論は―――

「早く家に帰りたい」

 口から突いて出た言葉は取り戻せないと言うが、口から出た不平不満は帰って来ないで欲しい。むしろ誰かなんとかして。

 坂の上に生い茂る緑は存外涼しげに葉を付けて、涙ぐましくも太陽に向かって大きく伸びている。とても健気なその姿勢に涙を流したくなるのだが、実際には坂の方まで影が伸びていない。

 もう少し立派に成長しろよと心の中で呟く。

 ウダウダ坂を上っていると、他にも何人かの生徒が同じ様に坂を上っている。

 見ているだけで暑さが増したような気がする。向うも思っているのだろうが、もう少しシャキッと歩いて欲しいものだ。

 そうこう言っていると後ろから背中を叩かれる。

「よっ!(あきら)

 そいつは鞄で叩いたのか結構な威力を俺の背中にぶつけた後に悪びれた様子もなしに話しかけてくる。

「ずいぶん酷い顔してんな。寝不足か?」

「……お前と太陽への殺意だよ」

 目の前にいる朝からハイテンションなコイツは双葉蒼司(ふたばそうじ)。目の前に広がる金色に染まった髪の毛はまるでライ麦畑のように光を放つ。

 暑い中反射しているんじゃないかというくらいの輝きを見せ、さらに性格も嫌ってくらい明るい。

「失礼な。折角憂鬱な朝っぱらだというのにこのテンションで挨拶してやってんのに」

「それが迷惑なんだよ」

 夏服用の白いワイシャツに身を包むコイツの髪の毛との相性はとても良いのか、視る人間によってはホントに輝いているように思えるんじゃないだろうか。はっきり言って俺にとっては苦手なヤツでしかない。

「なぁ、英語やった?出来れば見せてくれよ」

「やってるわけないだろ。面倒くさい。千歳にでも借りろよ」

 千歳というのはコイツ―――双葉の彼女である。

 入学して間もなく、噂だけは立っていたので付き合っているものとばかりに思っていたのだが、去年の今頃に双葉からの相談を受けた。

 なんで知りあって間も無いヤツから恋の相談をされなければいけないのかとイライラしていたので適当に答えたのだが、成功したらしかった。本当に腹の立つヤツだ。

(ゆう)とは英語のクラス違うんだから無理に決まってんじゃん」

「そういや、そうか」

 面倒くさいな。

 そうこう話していると下駄箱に到着し、無言で靴を履き変える。ココまで来てしまえば後は冷房の利いている教室まではすぐだ。

 双葉の話は右から左へ聞き流す。とりとめも無いような話で実のあるモノでは無い。教室に着くと、既にほとんどの生徒が登校済みで思い思いの行動をしていた。

 窓辺ではなく、廊下側の席の一番後ろというこの時期最高の環境を手に入れた俺は教室に入ってすぐに席に着く。

 隣には既に到着済みである件の千歳悠が座って読書をしていた。

「なぁなぁ、今日は何読んでんだ?」

 一緒に教室に入ってきた双葉は千歳にいつも同じ事を聞く。

「カーミラ」

「かーみらって何?」

 読書中の千歳ではなく、俺に話を振ってきたという事は多少なりとも読書中の人間に対する気遣いというのは知っているらしい。

「吸血鬼モノじゃなかったか?」

 先週はシャーロックホームズの冒険を読んでいたような気がする。千歳にとってはジャンルというのはあってないようなモノの様だ。

「吸血鬼って人間の生き血を吸う奴だろ。蝙蝠になったり棺桶に入ってて弱点は十字架とニンニク?」

「あと、太陽とかだろ。最近じゃ、色々克服してる様な吸血鬼モノの映画とかやってるみたいだけどな」

「2人とも五月蠅い」

 暑いからだろうか、読書の邪魔をしたからか、いつもより少しイライラした様な口調で注意を促す。口は悪いし、一人称は変だし、彼氏に対して彼女らしい事をしているところを見た事がないような人間だ。

 正直こんなのを彼女にしようとは思わない。

「僕が今、読書中だと見ればすぐわかるだろう。兎川(うがわ)君、いつも言うけど静かにしてて」

「……俺だけかよ」

「双葉君に言っても、どうせ直す気なんてないだろ」

「確かに」

 人差し指を読んでいたページに挟んで会話をするという事は少ししたら読書を再開するのだろう千歳は、名字で呼んでいるものの彼氏の事はそれなりに分っているらしい。

 正直、いつもいつもこういう事を隣の席でやられていると口から砂を吐きたくなってくる。

「それより、君たちは授業の準備をしなくていいのか?特に兎川君は」

 兎川亮―――名字の方はかなり珍しい部類の様で、初めて会った人間には一度説明しなくてはいけないのが面倒だ。

 ほんの16年程の日数しか生きていないのだが、それだけで面倒だという事は理解している。

「さぁ?そもそも今日が何の授業があったかも覚えてないよ」

 教科書などは全てロッカーか机の中に入れっぱなしになっている。忘れ物が無いのは良いのだが、宿題を一個もやらないという徹底さを見せなければいけないので、進学校という謳い文句を掲げているこの学校では、あまり良い評価は貰えない。

 さっと千歳の席を確認するが、彼女の方も準備をしてはいなかった。彼女の場合、口調が変わっているだけで、他は真面目だ。机の中にでも入れているのだろう。

 そうこう考えていると、双葉がいつものニコニコとした顔で喋る。

「とりあえずは数学だろ。朝から眠くなるんだよな~」

「双葉君は寝ていない授業を探した方が早いよ」

「体育だろ。あとは―――」

「他にあるのか」

 指を折って数え始める双葉に早々にツッコミを入れる。何が楽しいのか、ニコニコしながら本人も、だよなと言ってくる。

「そんなことよりさ、今日三人で遊び行かないか~。カラオケとかさ」

「2人で行って来いよ。デートだろ」

「カラオケは人数集めた方が楽しいだろ普通」

「居心地が悪くなりそうだからパス」

 カップルとその友人って、聞いただけで頭おかしいんじゃないかと思う。

 それでも双葉はどうしてもカラオケに行きたいのか、すでに行く事が自分の中で決定しているのか引き下がろうとしない。

「ならお前も彼女でも連れてこいよ。そうしたら4人でダブルデートっぽくなるだろ」

「生憎と相手が居ないんだ。そういう魂胆で良いなら他のカップル誘え」

 聞いていて面倒くさい。年齢が彼女いない歴と同じな人間に彼女連れて来いって、これがリア充爆発しろって言葉を作りだしたヤツが感じていた感情なのか。

 腹にドス黒い物を飼いながら双葉を自分の席周辺から追いやる。


 チャイムが鳴り、全ての授業が終わった。

 荷物をカバンに詰めてさっさと帰り支度を整える。それも速やかに。普段放送とかで速やかに下校しましょうって言ってるんだから、偶にはそれに倣うのが生徒の鑑というものだ。

 荷物を仕舞い終えると面倒くさい人間がやってきた。

「本当に行かないのか?今なら一緒に連れて行ってやるぞ」

「行かないつってんだろ。しつこい」

 教室を出て、昇降口で靴を履き変える。

 そうしているとある人物が近づいてくる。

 栗色の髪は肩に罹り、夕日に照らされたその顔はとても綺麗だ。

「帰ろう。亮君」

 声をかけてきたのは近所に住む1歳年上の植達希実(うえたつのぞみ)だった。

「ああ」

「今日どうだった?」

「どうって、普通。今やってる勉強が社会に出て何の役に立つのか考える方が有意義」

「捻くれ者」

 普段となんら変わらない会話。

 10年以上の付き合いになると、ほとんど姉弟のような会話になっているように感じる。

「今日寄ってく?」

「まぁ、行こうかな。最近行ってないし、由唯の顔も見てないし」

「平気そうな顔してるけど寂しがってると思うよ由唯」

 希実というのは麗莉の妹で3つ下の、今は中学3年生である。

「昔は学校まで向かいに来てくれてたのにな。なんかあったのかな」

「亮君にベッタリだったもんね」

「お姉さんが優しくないから、おのずと優しいお兄さんの所に来たんだろ」

「うわ、きもーい」

 揶揄する様な顔と声で言ってくるが、麗莉は知らないらしい。高校2年生くらいになるとキモイという言葉は結構胸に突き刺さるということを。




 私の初恋は4歳の時だった。

 それは近所に住んでいる男の子で、私はいつもお兄ちゃんと呼んでいた。

 初めて会った時から彼に夢中だった。彼はいつも私に優しく、いつも味方になってくれた。お姉ちゃんと喧嘩らしい喧嘩はした事がないけど、でも彼の事が好きになって少しして、私は気付いた。

 お姉ちゃんもまた彼の事が好きで、彼もお姉ちゃんの事が好きなんだとわかった。

 お姉ちゃんはいつも彼と一緒にいる。別の友達とはあまり約束しないし、何より先に彼の予定を聞く。

 お姉ちゃんと彼はいつも一緒に歩いている。

 私はそれを邪魔しているにすぎなかった。

 傍から見ても、お姉ちゃんと彼はお似合いのカップルに見えた。お父さんもお母さんも彼とお姉ちゃんが付き合う事を望んでいる。

 私は勝てない。彼の気持ちがお姉ちゃんに向いている以上。

 その感情に達したのは中学に入った頃だった。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。どうどう?初制服」

 私は誰よりも先にお兄ちゃんに見せたいと思い、お兄ちゃんが遊びに来た時に制服を着て披露した。

「へ~。中1だもんな。似合うじゃん」

 にっとした笑顔を見せてくれて、私は顔が熱くなり、照れ隠しも兼ねてクルッと回ってみた。スカートが遠心力でフワッと浮く。

 それを見ていたお兄ちゃんはとても言いづらそうな顔をしていた。

「ん~。残念なお知らせだ」

「なに?」

「首の値札が付けっ放しだぞ」

 クスクス笑い始めたお兄ちゃんと恥ずかしさのあまり顔を赤くさせたのはほぼ同時だった。

「くくっ。今度ファッションショー開く時は値札を取ってからしてくれよ」

 ありがたい忠告はどちらかというと皮肉交じりで、本当に捻くれている。

 そうして話していると、トイレに立っていた筈のお姉ちゃんがやってきた。

 お姉ちゃんは高校の制服を身に纏っていた。

「姉妹そろって、考える事は同じか」

 私の姿を確認してから少しだけ笑う。

「ほら、後ろ向いてみ。タグ取ってあげる」

 私の後ろに立って鋏を構えるお姉ちゃん。私は髪の毛を両手で持ち上げ、切りやすい体制を取る。すぐに首の後ろについているタグを切ってくれた。

 その時、お兄ちゃんは少し顔が赤くなっていたように思える。

 つまりお姉ちゃんに見とれていたのだと思う。

 それは私にとっては完璧なる敗北だった。

 お姉ちゃんがお兄ちゃんの事を好きだと言う事は一緒に生活している上ですぐに分る。

 それだけだったらよかったのに。

 私はその日から、お兄ちゃんとはあまり、合わなくなった。


 中学の入学式が終わって、しばらく経ったある日、私はある男子生徒に呼び出された。

 隣の席の男子で、何度か会話をした事があるのだが、仲が良いかと聞かれれば正直首を傾げてしまう。

 少しは少女マンガや恋愛ドラマも見る私なので、告白なのではと思ってしまった。

 予想は的中して、告白だったのだがすぐに断った。

 理由はあまり思い付かなかったので、ただ付き合う気はないとだけだったように思う。

 どうやら私はモテるらしい。

 とは言っても自分の目標としている人物はお姉ちゃんに傾いている。

 誰とも付き合う気もない。

 よくある、誰かと付き合って相手に心配される、とかは大抵が失敗する形で終わっているように思える。さすがに現実とフィクションを一緒にするのはどうかしている。

「告白だけでもしてみようかな~」

 思った事を口にしてみる。それでも何も変わらない事は明白だ。

 そして事件は起こった。

 中学の3年にして夏休みの1週間くらい前の事だ。

 しばらく会っていなかったお兄ちゃんが学校帰りに遊びに来た。最近はめっきり来なくなっていたのだが、どういう事なのか。

「ただいまー」

「おじゃましまーす」

 その言葉を聞いて、すぐにお兄ちゃんがやってきた事を知り、最初に考えた事は着替えなくてはという事だった。

 恋する乙女としてはよろしくないジャージ上下という出で立ち。

 ベットに寝転がっていたので急に立ち上がり、タンスから服を引っ張りだそうとした時、部屋に設置してあった低いテーブルに足の指をぶつけた。


 ドンッ


 大きな音共に大きな痛みというか電流が流れた。足の指を抑え、涙を堪えながらも、とりあえずと、脱ぎ捨てた制服を着直す。

 少しして、リビングに行くと3人分のコップと飲み物の入ったペットボトル、お菓子類が並べられていた。

 2人はなにか話していたようだが、私に気が付いてお兄ちゃんが話しかけてきた。

「おっす。ひさしぶり」

「……うん、ひさしぶり」

 ひさしぶりに自分の心臓が動いたのを感じた。

 心臓の鼓動はいつもより高鳴り、血液は全身を駆け巡る。まるで運動した時のように身体中と顔が熱い。

 最後に会った時とそれほど変わっていない彼の姿はやはり私には輝いて見えた。

「そんな所に突っ立ってないでこっち来て座れよ」

 勝手知ったるという風にお兄ちゃんは手招きする。その隣にはお姉ちゃんもいて、飲み物を注いでいた。




 帰り際、希実に夏休みが入ってすぐにお祭りがある事を聞かされ、一緒に行かないかと言われた。

 俺はともかくとして、むこうは受験生なのだから正直どうかとも思ったのだが、その点はむこうにも考えがあるのだろう。

 夏休みが始まる事のを心待ちにしたのはいつ以来だろう。

 ひさしぶりに由唯の顔も見れた事も相まって、気持ち的にはとてもすっきりとしている。

 家が近所なので植達家を出てすぐに、自宅である兎川家へとたどり着いてしまう。

「ただいま~」

 玄関に入り、靴を抜いで階段を上る。

 一軒家の2階の一室が俺の部屋であり、隣には兄貴もいる。大学生なのですこし鬱陶しく思い始めてきている今日この頃。彼女も作って、毎日が楽しそうである。

「おっ!びっくりした~。おかえり」

 急に扉が開き、開けた方も驚いたのか兄貴が少し心臓の方を抑える。

「ただいま」


 それから1週間ほどして、待望の夏祭りである。

 現地集合を言い渡され、渋々人混みの中、出来るだけ分りやすい位置を陣取った。

 件の人間は来ないまでも、同じ様に待たされているであろう男は恐らく彼女待ち。周りはカップルだらけで悲しいかな男だけで来ている輩も所々見受けられる。

「それに比べればマシなんだろうけど……」

 左手首の時計は既に待ち合わせ時間をオーバーしている事を告げている。

 藍色の空の中でも屋台の明かりははっきりと分る。

 次第に暗くなっていく空に対して、人はどんどんと増えていく。ついでに焼きそばなのかたこ焼きなのか、ソース系の匂いが腹の虫を鳴らせる。

 しばらく、人混みを眺めていると件の人物がやってきた。

 時間がかかった事と祭という条件があれば誰しもが理解出来るであろう浴衣を着た見知った顔がやってきた。

「あっ、いたいた。亮君」

「遅い」

「浴衣に関してはノーコメント?」

「似合う似合う」

「てい」

 正直、感想を伝えるのが恥ずかしかっただけなのだが、脇腹を人差し指で突き刺されるとは思わなかった。

「さて、行きますか」




 私は聞いてしまった。お姉ちゃんがお兄ちゃんをお祭りに誘っているのを。

 でも私にはどうする事も出来なかった。お姉ちゃんはお兄ちゃんの事が好きだし、お兄ちゃんもたぶん、お姉ちゃんの事が好きだった。

 さっきお姉ちゃんはお祭りに向かった。お姉ちゃんのとっておきの可愛い浴衣を着て。

 たぶん、お姉ちゃんは今日告白をするつもりなんだと思う。

 そしてきっと、お兄ちゃんはそれに応える。

 私は………。

 私は浴衣ではなく、私服―――一番お気に入りのワンピースを着ていく。

 サンダルを履いて、急いで夏祭りの会場に向かう。

 人がどんどんと増えていき、夏祭りの会場が見えてくる。

 そこには手を繋ぐお兄ちゃんとお姉ちゃんの姿があった。

 お互いがお互いに照れている様な、顔が赤くなっているのが、離れた場所からでも分る。

 私はそのまま、家に帰った。


「ただいまー」

 お姉ちゃんが家に帰ってきた。

 私は部屋から出て、声をかける。

「おかえり」

 慣れない下駄での移動に疲れたのか、玄関で足を摩っているお姉ちゃんが顔を向ける。

 にっとした笑いを私に向けて、とても嬉しそうな顔をする。

 私は聞いてはいけない質問をする。

「……お兄ちゃんに、告白したの?」

 言葉にした瞬間、まるで心臓をなにかに鷲掴みにされたかのように苦しくなる。胸に突き刺さるこの痛みと、頭の中にお姉ちゃんの言葉を聞いてはいけないと警報が鳴る。

 それでも、聞かなくてはいけない。

 お姉ちゃんは少し顔を赤くしてから答えた。


「うん。今日から彼女さん」


「そう……、なんだ」

 私の心臓は凍ったかのように冷え、心は闇の中に落ちていく。

「希実もがんばって彼氏さん作りな」

「……うん」




「あの時は本気で泣いた」

「兄貴の事でしょ。今でもしっかりと“妹”って思ってるみたいだぞ」

「お兄ちゃんには私の気持ちは分らないよ。お姉ちゃんとよろしくやってるみたいだし」

 3年前まで、希実はお兄ちゃんお兄ちゃんと兄貴に懐いていた。

 俺の方は末っ子同士、由唯と一緒に遊んでいたのだが。

「夏祭り、あれ以来なんだろう。吹っ切れたのか?」

「まだわかんない。でもあれから心臓の場所をはっきりと分った事はないかな」

「変な言い回しだな」

「そうだね」

 彼女は吹っ切れてはいないのだろう。あれだけ好きだった兄貴の事を、そう簡単に吹っ切れはしない。

 嫉妬深いと言ってしまえばそれまでだが、彼女は頭では前に進もうとしているのだ。それを応援する事は悪い事ではないだろう。

「あのさ」

「なに?」

「付き合わねぇ?」

 彼女が昔から兄貴を好きだったように、俺は昔から……。

 彼女が前に進むなら、俺も同じ様に前に進まなくてはならない。ずっと同じ場所にいてはいけないのかもしれない。

 居心地のいい停滞は死んでいるのと同じだ。

 彼女が前に進んでいくのなら置いてかれる訳にはいかない。

 彼女は俺の告白に驚いたような顔をしてから、にっと笑って……。

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