五話【ヒイナとルリネのお宅訪問】
白たちが馬車に戻ってすぐ、真っ先にライルが口を開いた。
「えっと、〈龍滅姫〉さんでいいのかな?」
「燃やしますよ?」
割と本気の殺意がこもっているように見える白の視線にライルはたじろぐ。
「す、すまん。じゃあハクさん」
「呼び捨てでもいいんですが、なんですか?」
「いや、な、まだ助けてもらったお礼を言ってなかったからな、多分あんたがいなかったら俺たちは全員死んでた、だからありがとう」
「私からも感謝を、盗賊たちを撃退して怪我の手当までしていただき、ほんとうにありがとうございます」
ライルとアンガはそう言って頭を下げる。
「偶然通りかかったから助けられただけなので気にしないでください」
白がそう言うと、ライルとアンガは顔を上げ、ヒイナの方を向く。
「護衛、あまり役に立てなくてすまなかったな」
「ほんとうに、盗賊との戦いで役に立てず申し訳ない」
ライルたちはそう言って今度はヒイナに頭を下げる。
「い、いえ、そんな気にしないでください、こうしてみんな無事にここに居れるんですから」
ヒイナがそう言い、ライルたちは頭を上げた。
「じゃあ、俺たちはこの辺で失礼するな」
「また縁があったら共に依頼を受けましょう」
ライルたちはそう言うと、馬車を降りてどこかへと歩き去って行った。
二人が去っていくのを見送った白も続いて腰をあげる。
「それじゃあ僕もこの辺で失礼しようかな、ここまで乗せてくれてありがとうね」
そう言って白はヒイナとルリネの頭を撫で、馬車を降りようとした。
だが、扉の方を向く前に白のその行動は止められることとなる。
「あ、あの、お兄さん!」
白が馬車を降りようと動く前にヒイナから声をかけられたからだ。
「ん?どうかしたの?ヒイナちゃん」
白はヒイナの方に体を向け直して問いかける。
「あ、あの、その、良かったら一度私のお、おうちに来ませんか?そ、その、助けてもらったお礼もできてないですし、よかったらご飯でも...」
ヒイナは恥ずかしそうに顔をわずかに赤らめながら白にそう提案してきた。
その横では、ルリネもヒイナの提案にうんうんと頷いている。
「僕がヒイナちゃんたちの家に?」
「は、はい、両親にも助けてくれたお兄さんのことを紹介してあげたいですし...あ、でも、もし迷惑とかだったら別にいいんですが」
ヒイナはそう言って上目遣いに白を見上げてくる。
だが、ヒイナの提案は白にとってはそう悪いものではない。
時刻的にももうそろそろお昼と言った時間であり、白自身このあとなにか予定があるというわけでもないからだ。
「いや、全然迷惑だとかそんなことはないよ。じゃあ、せっかくだからお邪魔させてもらおうかな」
白がそう言うと、ヒイナは、そしてルリネもぱーっと顔を輝かせて顔を見合わせる。
「じゃあさっそくいきましょうお兄さん」
ヒイナはそう言うと、馬車を自分の家に向けて移動を始める。
白たちはゆっくりと馬車に揺られながらヒイナの家へと向かっていく。
「着きました!」
白たちを乗せた馬車が1軒の家の前で止まり、ヒイナが白にそう告げる。
その家は、トータスの街で白が泊まっていた宿屋よりも大きく、立派な外観をしていた。
「あの、馬車を置いてくるのでお兄さんは少し待っていてもらえますか?」
「あ、私も手伝うよ、ヒイナ」
白がヒイナの家を眺めていると、ヒイナが白にそう声をかける。
確かに馬車をここに置いておくわけにはいかない。
どこかに馬車を停めておく場所があるのだろう。
「僕もなにか手伝おうか?」
「いえ、お兄さんはお客さんなのですし、私たちだけで大丈夫です」
「わざわざお兄さんの手を借りるほどの事じゃないから大丈夫だよー」
白の申し出を断った二人はそのまま、さっと馬車を引いてどこかに歩いて行く。
しばしその場に一人残されることになった白はぼーっと家を眺めていた。
「お待たせしましたお兄さん」
「お兄さん、終わりましたよー」
二人はほどなくして馬車を停めて戻ってくる。
そして、二人はそれぞれ片手ずつ白の手を握り、玄関の方へと向かっていった。
「「ただいまー!」」
「お邪魔します」
ルリネとヒイナ、そして白はそう言いながら玄関をくぐって家の中へ入る。
家へ入るとすぐにヒイナが白の前にスリッパを用意した。
この世界でも多くの家では日本のように玄関で靴を脱ぐスタイルを取っている。
日本にいた時の記憶はない白だったが、そのスタイルはとても馴染みのあるもののように感じた。
「ありがとうヒイナちゃん」
白はヒイナにお礼を言うと、靴を脱いで揃えて置き、スリッパを履く。
その間にヒイナとルリネも靴を脱いでスリッパに履き替えていた。
「リビングはこっちです」
ヒイナはそう言って白の手を引き、そして反対側の手は当然のようにルリネが取って歩き出そうとする。
だが、ヒイナとルリネが手を握った直後、階段を降りてきていると思われる足音が二人分聞こえてきた。
「ヒイナちゃんのご両親かな?」
「多分そうです」
「私たちの他はヒイナのお父さんとお母さんしかいないもんね」
白たちが足を止めてそんな話をしていると、階段のに降りてくる人の脚が見え、それからその人が降りてくるにつれて全身が見えてくる。
ほぼ間違いなくヒイナの両親なのだろう、わりと若そうに見える男女二人だが、二人とも具合が悪いのかマスクをして少し顔色が悪かった。
「ゴホッゴホッ...ヒイナにルリネも、ちゃんと無事に帰ってきたわね、おかえりなさ...あら?」
「おかえりヒイナ、ルリネ。ゴホッ...無事に帰ってきたようで嬉し...ん?」
元気な姿のヒイナとルリネに若干咳き込みながらも安堵したように声をかける男女二人だが、二人に手を握られて立つ白を見て不思議そうな顔を浮かべる。
「ただいま、お父さん、お母さん。えっと、このお兄さんはハクさんっていう名前で、私たちを助けてくれたの」
「ただいまです、おじさん、おばさん。ヒイナの言う通りお兄さんが助けてくれたので無事に帰れました」
誰だろうと言った様子のヒイナの両親に、ヒイナとルリネは帰宅の挨拶をし、白について軽く紹介をした。
「突然の訪問失礼します 。僕は星神 白といいます」
白は二人の軽い紹介を受け、そう言ってお辞儀をする。
最初は不思議そうな様子だったヒイナの両親だが、二人の説明と、白の礼儀正しい様子に居住まいを正して向きなおった。
「こんな格好で申し訳ないね、僕はヒイナの父のエイルだよ。娘たちを助けてくれたようで、ありがとうね」
「私もこんな格好でごめんなさいね。私はヒイナの母のレイナです。娘たちを助けていただきありがとうございます」
ヒイナの両親はそう言って白にお辞儀をする。
「お父さん、お母さん、具合はどうなの?」
「ああ、薬が聞いてきたのかだいぶ楽になってきたよ。まだまだ本調子ではないけどね」
ヒイナの問いかけにエイルさんはそう言って穏やかに微笑む。
見た目からも予想はついていたが、ヒイナの両親はとても優しい人物のようだ。
「それで、ヒイナとルリネがハクさんをお連れした理由を教えてほしいのだけど」
「あのね、お兄さんに助けてもらったけどお礼らしいお礼が出来てないからご飯でもご馳走しようかと思ったの」
レイナさんの問いかけに対するヒイナの答えに一瞬驚いた顔をしたレイナさんだったが、それからあらあらといった様子の微笑みを浮かべる。
「つまり、ヒイナとルリネちゃんがハクさんにご飯を作ってあげるのね?」
「「うん!」」
ヒイナとルリネはレイナさんの言葉を元気に肯定した。
「ふふふ、じゃあ二人は腕によりをかけて美味しいあげないとね」
「ああ、緊張して怪我しないように頑張るんだよ?」
レイナさんとエイルさんはそう言って微笑みを浮かべると白の方を向く。
「ではハクさん、こちらへどうぞ。娘たちの料理、楽しみに待っていてくださいね」
レイナさんがそう言い、レイナさんとエイルさんは白をリビングに案内しようとする。
「あ、すみません。ちょっと待っていただけますか?」
だが、そんな二人を白は呼び止めた。
「あら?どうかしましたか?」
「うん?なにかあったかい?」
白が呼び止めたことでレイナさんとエイルさんは足を止め、再度白の方を振り返る。
「えっと、お二人は今病気にかかってらっしゃるんですよね?そしたら、試してみたい回復魔法があるのですが」
「お気持ちは嬉しいのだけど、病気は回復魔法じゃ...」
「ああ、回復魔法じゃ病気は治せないんだよ」
白の提案にレイナさんとエイルさんは申し訳なさそうにそう答える。
そう、この世界の回復魔法では傷は治せても病気を治すことはできないのだ。
そのため、この世界でも病気にかかると医師に薬を処方してもらって薬を飲んで治すのが一般的だ。
「ええ、それは分かってるんですが、一つ効果がありそうな回復魔法がありまして」
「本当かい!?そんな回復魔法があるなら是非お願いしたいところだけど...」
「お兄さんは凄いんだよ!空からいんせき?っていうのを落として十人くらいの盗賊をぱぱっとやっつけちゃったり、あいてむぼっくす?っていう空間魔法を使えたりするの」
白とエイルさんの会話にルリネも口を挟み、白が使った変わった魔法のことを教える。
「まあ、お若いのにすごい魔術師さんなんですね」
「ああ、いんせき?というのはよく分からないけど、空間属性や《アイテムボックス》の魔法が使えるというのは凄いな」
レイナさんとエイルさんはそう言って一度顔を見合わせ、そして白に頭を下げた。
「もしハクくんの言うように回復魔法で病気を治せるならむしろこちらからお願いしたいくらいだ」
「ええ、治り始めてると言ってもまだまだ時間はかかるでしょうし、娘たちも私たちが早く元気になった方が安心でしょうし」
「わかりました、でも、もしかしたら効果が出ないかもしれないのでその時はすみません」
白はそう言うと、レイナさんとエイルさんから一歩距離をとる。
「「「「え?」」」」
回復魔法は相手に触れることが基本。
にも関わらず逆に距離をとった白に白以外の全員が不思議そうな顔をする。
「この回復魔法はこういうものなんですよ、それじゃあ行きますね。我奏でるは癒しの旋律、我が旋律は癒しとなりて病魔を祓いて安らぎを与える《病癒のしらべ》」
そう言って白は白固有の回復魔法《病癒のしらべ》の詠唱を始めた。
そして、白の詠唱が終わった直後、白を中心に周囲に優しい音楽が奏でられ始める。
「これは...!」
「いいね色ですね...」
「なんか体がぽかぽかしてきます...」
「体の中から元気が出てくる感じ...」
《病癒のしらべ》が奏でる音楽は数分間奏でられ続け、やがてゆっくりと余韻を残して音が鳴り止む。
「どうですか?今のが《病癒のしらべ》っていう回復魔法なんですが」
すっかりと《病癒のしらべ》が奏でる音色に聞き入っていた四人だったが、白が声をかけたことで意識を引き戻す。
「あ、ああ...すっかり体が軽くなってる、さっきまでの気だるさが嘘みたいだ」
「ええ...さっきまで病気だったというのが嘘みたいに体が楽になりました」
どうやらしっかりと《病癒のしらべ》は効果を発揮したようで、レイナさんとエイルさんの病気はすっかり治っていた。
「ちゃんと効果があったみたいでよかったです」
白はそう言って笑顔を浮かべる。
実際、この魔法を使うのは初めてで、効果があるだろうという予感はあったが、確信はもてていなかった。
「お兄さん、ありがとうございます!」
「やっぱりお兄さんは凄いです!」
二人はとても嬉しそうにそう言いながら両脇から白に抱きつく。
その様子を微笑ましそうに見つめていたレイナさんとエイルさんだったが、不思議そうな顔で首をかしげた。
「しかし、こんな回復魔法があるなんて聞いたこともなかったよ」
「ええ、どんな回復魔法も病気は治せないというのが常識ですもの」
「えっと、そのことなんですけど・・・」
それから、白は自分にしか使えない未知の固有魔法があることを二人、いや、四人に話す。
流石に《神鳴》のことは話さなかったが、それでも白の使える不思議な固有魔法の話に、四人はとても驚いていた。
それから、しばらく玄関で話し続けていた白たちだったが、突然ヒイナとルリネのお腹の音が鳴り響いたことで話は終了する。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらヒイナとルリネは台所へと向かい、白はレイナさんとエイルさんと共にリビングへ行き、二人の料理を待った。
最後ちょっと駆け足な感じで締めちゃいましたね。
というわけで五話です!
なんか二章の一話はあんなに時間かかったのに二話からは毎日更新なほどぽんぽん書けてますね。
その更新ペースがいつまで続くかは謎ですが、よければ六話出でまたお会いしましょう。
それでは!