三話【束の間の同行者】
白が少女のところへ着いた時、いまだに盗賊は跪いたまま微動だにしていなかった。
それを見て、ちょっとやり過ぎたかと思わないでもなかったが、相手は盗賊だ。
命があるだけマシだろうと強引に納得してそれ以上は気にしないことにする。
そして、白が少女の方を向くと、少女は剣を構えた姿勢のまま完全に固まっていた。
歳は白と同じくらいだろうか、白より少し背が低いその少女は、剣を構えた姿勢は変わらずにぽかんとした顔で固まっている。
ちなみに、白は背を向けていたため気づいていなかったのだが、白が盗賊たちの剣を切り裂いたあたりで既にこの少女は固まっていた。
「えっと...」
白はちょっと困った顔をすると、少女の顔の前で手を振ってみる。
しかし、少女は固まったままだ。
それでも、白は少女の顔の前で手を振り続けてみる。
それからしばらくして、ようやく少女は正気に戻ったようだ。
ハッとしたような感じで一瞬体がぴくりと跳ね、それから顔をぶんぶんと振り始める。
少女が正気に戻ったことで手を振るのをやめた白は、その様子をただ見ていた。
そして、ようやく落ち着いたのか、顔を振るのをやめた少女は白の存在に気付く。
「「............」」
白と目が合った少女はぴたっと動きを止め、そのまま互いに無言のまま相手を見る白と少女。
そして、先に動いたのは少女の方だった。
「ひゃあっ!」
少女は驚いたような感じで可愛らしい悲鳴をあげてぴょこんと後ろに跳ぶ。
そして後ろに跳んでから白が自分を助けてくれたと気付いたのだろう。
「え、えと、えと、た、た、た、助けていただいてありがとうございます!」
少女はそう言って勢いよく頭を下げる。
「怪我とかは大丈夫かな?」
「は、はい!おかげさまで私は怪我とかはしてません!あ...でもライルさんとアンガさんが...」
少女はそう言って表情を翳らせた。
恐らくライルとアンガというのは、あそこで倒れている男たちだろう。
白は少女の肩を軽く叩くと、男たちが倒れている方を指さす。
「えっと、そのライルとアンガってあの人たちのこと?」
そう白が聞くと、少女は白が指さした男たちを見て頷く。
「はい...、あの人たちは盗賊たちが襲ってきた時に真っ先に向かって行ってやられちゃって...」
「あー、あの人たちならちゃんと生きてるよ?負っていた怪我は治したし、しばらくすれば目を覚ますと思う」
白がそう言うと、少女は弾かれたように顔をあげる。
「ほ、ほんとですか!?よかった...」
少女はそう言うとほっとしたように胸を撫で下ろす。
「あ!ヒイナにもう大丈夫って伝えてこないと!」
だが落ち着いたのも束の間、少女はそう声をあげて馬車の方へと向かう。
コロコロと表情が変わる子だなぁと思いながら白が眺めていると、少女は馬車の中に入っていった。
少女が馬車の中に入ってから少しの間が過ぎた頃、少女は馬車から出てくる。
しかし、入って行った時とは違い、少女はもう一人の少女と一緒に出てきた。
恐らく一緒に出てきた子が先ほど名前をあげていたヒイナだろう。
ヒイナと同い年くらいだろうか、ヒイナと同じくらいの身長で、ヒイナとは違いちょっと気が弱そうに見える。
それから、二人の少女は白の前に並んで歩いてきた。
「自己紹介が遅れてごめんなさい、私はルリネっていいます。一応Dランクの冒険者です」
「は、初めまして、ヒイナです。えっと、その、冒険者とかはしてません」
二人はそう簡単な自己紹介をすると白にお辞儀をする。
「「助けていただいてありがとうございますお姉(お兄)さん...え?」」
そろってお礼を言う二人だったが、最後の白の呼び方だけが異なっていた。
一人目の少女、最初に会ったルリネは白をお姉さんと呼び、二人目の少女、馬車から出てきたヒイナは白をお兄さんと呼んだ。
二人は驚いたように顔を見合わせている。
しばらく顔を見合わせていた少女たちだが、やがて気まずそうに白の方に顔を向けた。
二人のうちの片方は命の恩人といっても過言ではない白の性別を間違えたことになり、二人が気まずそうな顔になるのも無理はないことだろう。
二人の様子に白はちょっと困ったような笑みを浮かべ、それから口を開いた。
「僕は星神 白、一応はAランクの冒険者かな」
そこで白は一旦言葉を切る。
「ちなみに、僕は男だから一応ヒイナちゃんが正解だね」
白がそう言うと、ルリネはちょっぴり泣きそうな顔になってしまう。
「ま、まあこんな見た目だし女の子に間違われることも多いからルリネちゃんも気にしなくて大丈夫だよ」
白は慌ててルリネのフォローをし、手を伸ばしてルリネの頭を優しく撫でる。
頭を撫でられたルリネは、嬉しそうな、そして恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう。
そしてヒイナはそんなルリネをちょっぴり羨ましそうな顔で見ていた。
「ヒイナちゃんもよく僕が一目で男だってわかったね」
ヒイナのそんな様子に気付いた白はもう片方の手でヒイナの頭を優しく撫でる。
頭を撫でられたヒイナは、ルリネと同じように嬉しそうに、そして恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう。
それからしばらくの間、白は二人の頭を撫で続け、どこかほんわかとした空気が辺りに漂っていた。
ちなみに、余談ではあるが、白がAランク冒険者と言った時に盗賊たちの肩が怯えたように跳ねたのだが、それに気づく者はいなかった。
しばらく続いた白と二人の少女のほんわかムードだが、白が頭を撫でるのをやめたことで一応の終わりを見せる。
ちょっと残念そうな表情を浮かべる二人だったが、このままだと永遠に話が進まない。
なので白は頭を撫でるのをやめて話を進めることにした。
「そういえば、僕はこの辺りに来るのが初めてで地図上でのなんとなくの方向でしか分からないんだけど、二人...というか四人?はクリネイトって街に向かうところ?」
「はい!お兄さんもクリネイトを目指してるんですか?」
白の質問に、しっかりと呼び名をお兄さんに変えたルリネが答えてくれる。
「うん、僕はちょっと前までトータスの街に居たんだけど、他の街とかにも行こうと思っててね、それで最初はトータスの街から一番近いクリネイトの街に行こうと思ってるんだよ」
白がトータスの街と言った直後、ルリネとヒイナはとても驚いたような顔になった。
「と、トータスの街ってえ、Sクラスのドラゴンに襲われてたんですよね?」
「出現したその日のうちにドラゴンは倒されたって話だったけど...」
「「お兄さんもそのドラゴンと戦ったんですか!?」」
驚いたような顔から一転、瞳を輝かせながら二人は白に尋ねる。
「うん、まあクリムゾンドラゴンとの戦いには参加してたよ」
「うわぁ...!Sクラスのドラゴンと戦ったなんて凄いです!!」
「そ、その時のお話を聞かせてもらえませんか?」
更に輝きを増した瞳を白に向けて二人は詰め寄ってきた。
「ま、まあ大した話はできないけどそれでいいなら」
白がそう答えると、二人は顔を一度見合わせると、嬉しそうに頷いた。
「あの、折角ですし、よかったら馬車に乗って行ってください」
「馬車の中の方が落ち着いて話も聞けると思うし」
二人のその申し出を、特に断る理由もなかった白はありがたく受ける。
それから白はルリネとヒイナの二人に手を引かれ、馬車へ乗り込んだ。
「あ、そういえば、ちゃんとあのライルとアンガって人も連れて行ってあげなね」
白は思い出したように二人にそう告げる。
怪我の手当はしたが、その後すっかり存在を忘れていた。
「「す、すっかり忘れて(まし)た...」」
どうやらそれは、二人も同じだったようだ。
というわけで三話でした!
ちなみに、トータスの街にドラゴン襲来の可能性が出てきた時に他のギルドへ救援要請は出ていましたが、トータスの街は少々辺鄙な場所にあり、討伐隊が準備されている間にクリムゾンドラゴンが襲来、そしてその日のうちに討伐されたということで他のギルドからの救援はありませんでした。