初界穿の翼 4
白色の宇宙。上も下も無いが足場はある。輝く粒子。その中から、涼し気なシャツとジーンズ姿の男が歩み寄ってくる。髪色は、この世界に溶け込んでいた。
身構える鴉丸。
「ココはなんだ?」
「あの世界にとっては異物と言える高エネルギーの異形。それらがぶつかり合い、新たに生まれた世界──そのタネだね」
「はァ!?」
「初界穿だ。世界を穿ち、新しく創造する現象──」
雄弁に語る晶叢。肘を曲げ、上腕の腹を上に向けて天を仰ぐ。
「何だ? ここでさっきの続きでもするか?」
「良いだろう。男子たるもの──決着を付けないと気が気でなくて仕方ない」
「殺す」
「来い」
蒼黒の槍と化した腕を振るい飛び出す鴉丸。晶叢の力を込めた一撃が叩き込まれる前に、それは相手の胸を貫通した。
「ガハッ!」
吐血が宙空に吐き出され墜落する。次第に空間に溶け込むように消滅した。
「テメェ……わざと手を抜いて……ッ!」
「フフ……願ったり叶ったりだ──」
血を吐きながらも、晶叢のその顔は喜びに満ちていた。
「僕は呪ったよ。前世の記憶とでも言えば良いのかな。ずっと──人に生まれて、月影に生まれて互いに殺し合う輪廻。転生することでこの世に存在を得るのならまた生と死を繰り返せば理想に辿り着くことができる。だが、その根源は変えられない。だから僕は君を待った。既存の器に嫌気が差して、別の器を願った。そのざまがコレだ。殺意も無ければ人に関心も持てない月影──そして、人の様に何かを追い求め歓喜することもできない虚ろで孤独な人形。人でも月影でも無くなったとしても、それが良いとは限らない。それが”あの”世界から消え去ることもできない」
「何を言って──?」
「鴉丸スイレン──君には悪いけどこの世界は一時的に偶発した、特異中の特異だ。維持もできずやがて消失する」
「……どうすれば良い?」
晶叢の胸から腕を引く抜き、次には首を鷲掴みに鴉丸はした。
「どうすることもできないよ。僕が──いや一つの魂と言われる物の壮大で孤独な自殺──消滅。それの為に僕は強いモノを求めた。ココを生み出せるように……」
「だからあんな面倒な月影でお膳立てをして……ッ!」
「まあ、この結果──この場所が生まれたのも誤算だ」
「!?」
鴉丸の握る腕。晶叢の首を確かに捉えたソレに実感が無くなっていた。
「に、逃げるなッ!」
「逃げてないよ」
「じゃあ」
「教えて上げるよ君の内包影力を」
「……!?」
既に片頬に差し掛かってるひび割れ。ガラス細工の様にきらびやかな破片を上げる中、晶叢の頭部が言葉を紬立てていた。
「君は己の消滅を願っていた。己を否定し孤独に沈み込み、どうすることもできない現状と腐った世の中を──腐った己自身の終焉をどこかで待ち望んでいた」
「……」
「それが君の影の根源だ。モノを消す力──万物を無に返すための力を、圧倒的なその力の矛先を僕に向けて貰えるため、僕は、僕自身を殺したその時から待ち望んでいた」
「お、おい!」
「さよならだ」
小さく煌めく破片は空間に溶けていった。
白色の光の中で沈黙する鴉丸。煮えたぎらない鼓動と孤独。自分の中でも信じ切れないことだが、あの銀髪の男に確かに共感を鴉丸は抱いていた。
「お前は──俺か……」
その突如、空間が集約する轟音が響いた。縮こまる世界。白色の空間。
その高度が段々と増す中、金属音めいた悲鳴が鳴り響く。それはまるで、この世そのものが嘆くかのような、赤子が死を迎えることを確信した瞬間の様な声──
「クソがッ! うるせえ!」
まばゆい世界に包まれながら、鴉丸は伸ばす自分の指先を見た。
晶叢シナツの様にガラス細工のように散りばめられ、消え去る己の一部。
「俺は──消えるのか?」
その胸にあったのは充実感──ではなかった。以前の彼ならばそれを抱いて、すんなりと定めを受け入れることができただろう。
「待っていろよ」
その世界に最後に響いた言葉は、青年の覚悟の声であった。




