初界穿の翼 3
焦土と化した大地からはかすかな火花が登る。下から照り付く紅色の光。銀白の髪と、鉛色の髪を煽るのは陽炎か夜風か。
「鬼道……」
足元で横たわる肉塊を見た鴉丸はそうぼやいた。
「お友達か?」
「そんな立派な関係でも無い」
「なら……その握った拳は何によるものか」
「……」
眉間にシワを寄せる鴉丸。睨みつける先は涼しい顔をしながらも彫刻の様に美しい無表情を見せる青年。
「月詠を返してもらうぞ」
「この月影か?」
顎をしゃくり、背後の漆黒の巨影を指す晶叢シナツ。胸郭と思わしき輪郭の中には、ゆりかごの中で眠るかの如く丸くなった少女が浮遊している。
「見てない内に随分ガキ臭くなって」
「好みでは無かったかい?」
晶叢の横を素通りしようとした鴉丸だが、挙動が止まる。夕日の色を帯びた殺気が肌を舐める感覚。鴉丸はそれを感じ取っていたからだ。
「……!?」
「遅い」
瞬時に足場のコンクリートが粉砕される轟音が響く。砕かれた瓦礫の中、二人の男は墜落するコンクリート塊を足場に跳躍し影で斬りあった。秒速で数千に登る攻防。鴉丸がその手を早めれば、晶叢もその手に追いつく。
「くゥ!」
「どうしたんだい?」
だが、晶叢がギアを挙げて息切れする素振りは見せなかった。まるで鴉丸の速度に合わせるよう、呼吸と合わせるように蒼と茜の闇を振るった。
砂塵が天高く巻き上がる衝撃。ビルを縦に割るように直下した2つのエネルギーの塊が爆裂し、蒼黒の影が天高く弾き飛ばされた。
「見せてくれよ。あの銀咲を認めさせる程の力をォ!」
鴉丸の浮くそら目掛けて、茜の光と深淵の闇が渦を巻いて集約する。その刹那、無音の轟音が弾け地に亀裂を入れた。まるで巨大な鉄球が直下したかのように。
「……空間消滅? 内包影力とやらは──」
間一髪の所で回避し、逆方向の空へと影を放出していた鴉丸がぼやいた。
「いいや、この世の理に反したエネルギーの開放により空間を削りとってしまっただけだよ。──君もできるだろう?」
「野郎」
隕石の如く着地した鴉丸は、片目から青色の閃光を火花の如く散らしていた。
「深淵の瞳──」
「黄仙からはつまらない諸刃だとか言われていたが、どんなことをしても勝ちをぶん取らなくちゃならないときがあるんだ」
「──すばらしい」
稲妻の如く空気を裂いて駆け抜ける鴉丸。瞬き一つ──いや肉眼が捉えることのできるフレームレートの境界を超えて鴉丸は晶叢の懐に接近していた。
「フゥッ!」
「クッ!」
鋭いボディブローが晶叢を捉える。その瞬間肘を使った防御で晶叢は対応する。その対応がされた時には晶叢の脊髄を粉砕する鈍い衝撃が一帯に広がって居た。
(……速度そのものが上がったわけではない。あれくらいの事なら可能だが”読み”が冴えすぎている──)
衝撃を受け止めきることができず、胴を境にしてぶった斬られる晶叢。影を紐の様に使い、その2つを繋ぎ止めて癒着させ見事に着地する。膝を地に付けながら顎を撫でる晶叢は黙り込む。
「眼に影を集中させ、脳への伝達速度を最上限まで上げている。その関係でコンマ数秒の事の”先”まで見えちまってるがな」
「成る程。読みではなく、眼で見て確認をしていた──いや、君がその眼で見たものがある程度は現実になる。こうして僕が蹲っているのもそうであると」
「物分りが良いな」
空力の弾丸。巨大なエネルギー塊が──鴉丸スイレンが蒼黒の殺意を持って晶叢に飛び込む。再び音速を超えた攻撃があらゆる角度から叩き込まれる、それが晶叢には予測できていた。
「君が確認して攻撃の選択を行っているのなら。確認できない速度で動けば良いだけの話だ」
「何だと?」
晶叢を中心として球形を描くが如く光速移動。中心へと殴打を叩き込む鴉丸。360°のオールレンジ集中火力。
だが、晶叢はその全てを防ぐよう、鴉丸の速度を超えて防御を行っていた。
「はァッ!」
「ガッ!」
僅かに見えた減速。鴉丸の隙を見計らって晶叢は掌底をねじ込んでいた。
「フゥーフゥー」
遠方で着地──いや、着弾し瓦礫を巻き上げてうずくまる鴉丸。息を絶え絶えに震える頬を使い問いかけた。
「まるで……全力を出して敵わない相手を初めて見つけたみたいな表情だね」
「アンタ──なにもんだよ」
「君は本当に他人に興味が無いんだね。晶叢だ。晶叢シナツ」
「フン。どうせ殺すことになるから、名前を聞くまでも無いと思っていたが──」
「そうはならないつもりでねッ!」
全神経、全筋肉に蒼黒の紫電を纏わせて鴉丸は駆け出す。
対して、晶叢も片腕には茜色の閃光を、片腕には深淵の闇を纏って、水平に跳躍した。
「これで終わりだァッッ!!」
空間が圧縮され、崩壊する。ひび割れた宙空からは白色のエネルギーがまばゆく光り、一帯を吹き飛ばした。




