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影使いの街  作者: やぎざ
第五章 初界穿の翼
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初界穿の翼 1

 一日でそう変わることはなかった。自他共認めていた自分のキャラクター。ムードメーカー。そんな記号的な印象にすがり、少年は翌日からも同じ立ち振舞をした。

 自分の意思で。自分が行うことによって輪を作り、中心に立つ。笑いを生み出すエンターテイナー。だがそれを認めない者が居ると知ってからは、どこかその言葉の最後に『モドキ』がつき、胸の内側に引っかかる。


 「班で活動しましょう」「班で作ってくださいね」


 教師の言う言葉に従い、同年代の生徒らと協力して取り組む。率先して声を上げるが、最終的にその結果は十分でなく、他の班、他の生徒と比較した場合と比べても劣ったものであった。

 この時少年は他者との比較を知り、そして自分の意思により人を巻き込んで不幸にさせてしまうことを覚え込んでしまう。


 そこからは早かった。授業中も休み時間も喚き散らしていた少年は、空っぽになったかのごとく自分の席に座り虚空を眺めていた。周囲からの目線は、心配の色を帯びていたがそれは他の生徒の介入により別の色を帯び始める。


 「アイツには喋るな。うるさくて嫌だった。黙らせておこう」


 直接的な攻撃は無い。しかし、段々と孤立していく少年と、変わり果てていくその顔つきと風貌を眺めることを愉しむ生徒たちが増えていったのだ。


 「金持ちだからなアイツ」

 「どこかでウチら見下してる」

 「ナナヒカリって言うんだろ? アイツ」


 意思を持つことに意味を見いだせず、目に見えない悪意の滞留に身を任せて少年は日々を過ごした。


 「オレが皆の為に良いことと思い込んでしていたことは、全部オレの勝手な思い込みだったのか」


 そんな水中が如く、呼吸すらもままならない学校に少年は放課後遅くまで残っていた理由は簡単だ。

 車の音が怖いから──親の乗る自動車のエンジン音、それが止まって靴底がコンクリートの地面を擦る音が怖くて仕方ないからだ。


 増える青痣。放課後遅くまで呆ける少年。教師はその姿を見て切り出した。


 「下校時間過ぎてるの。お父さんお母さんに連絡するよ?」


 少年は泣いて縋り付いてそれを拒否した。同時に、その中でも次は何処で時間を潰すかどうかに思考を働かせていた。


 「……ここもアイツが父さんに言うからダメか」


 ボヤキながら、少年は公園のベンチに座った。以前父親に手を挙げられた場所だった。高い柱時計の短針は8をまたぎ、9に差し掛かるところだった。


 「あ! またいた!」


 高い声でそう言ってベンチに座る少年の隣に腰掛ける人物。以前、少年の泣き顔を拝もうと体を揺すったりした人物だった。


 「どうしたの? ずっと公園来てなかったけど」

 「どうもしてない」

 「こんな遅くに一人で居るって変だよ?」

 「そういうおま……アンタはどうなんだよ」

 「ちょっとね」


 はぐらかして言う人物。中性的な顔つきの少年と同年代の子供だ。白い歯を見せて笑う。


 「帰らないの?」

 「……鍵無くした」

 「鍵っ子?」

 「……うん」

 「嘘だよね?」

 「……」

 「嘘だそれ!」

 「……そうだよ。探らないでよ」

 「でもキミ自分のこと何もしゃべらないじゃん! こっちが探らないと!」

 「だからオレを探って、何の特がアンタにあるんだよ!」


 何時にもなく大声を出して声が裏返る。少年は一瞬硬直したが、内頬を噛み締めその同年代の子を睨みつけて威圧していた。


 「ごめん」

 「……なんだよ。こっちが変な奴みたいじゃん」

 「お父さんが怖いの?」

 「ッ!?」


 何時にもなく強い眼光を少年は光らせる。


 「ごめん」

 「謝んなよ。こっちが変な奴みたいだろ」

 「そのさ、キミがすごい辛そうだから何かこっちができることないかなって思ってね」

 「……アンタはなんでこんな時間まで外出てるんだよ」

 「ちょっと色々あってね。その何ていうの? こうしてぶらぶらしてたらキミが見えてね」

 「暇つぶしかよ」


 吐き捨てる様に言う少年に、同年代はそういうことかも、と返した。鍵っ子という嘘が瞬時に見破られたところを見ると、そいつは本物の鍵っ子なのだろう。鍵っ子特有のイロハを把握しきった上での嘘じゃないからそうバレた。少年はそんな予測をしていた。


 「もう誰とも話したくないし関わりたくないんだ」

 「なんで?」

 「迷惑かけるし。オレには人を嫌わせる何かがあるんだ。きっとそうだ。でもオレはそれが分からない。知らない間にそんなのを振りまくのは嫌なんだ」

 「でも私は全然キミの事嫌いじゃないよ?」


 そう微笑みかける表情。街灯に薄く照らし出された表情を見て、少年は呼吸が止まった。熱を帯びた弱い電流が皮膚を伝う。これまでの人生で無かった感覚だ。


 「きょ、今日は帰る」

 「そうなんだ。やっぱ鍵がどうとかは嘘なんだ」

 「……またココに居るのか?」

 「え?」

 「暇だったら来てやるよ。ココにこの時間に居るのか?」

 「う、うん」

 「……じゃあ、また」

 「待ってるからねー!」


 公園を背に、少年は歩を進めた。向かう先は自宅。親の放つ瘴気に触れての食事や睡眠が待っている。でも、今日だけはちょっとばかし耐えられる。そんな気がして足を動かした。


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