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影使いの街  作者: やぎざ
第四章 欲の写身
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欲の写身 17

 「『天微鏡スカイアイ』がやられたみたいだな」


 桃城レイスケの絶滅を肌で感じた、或いは予感。己を覆っていた情報のベールが切り払われる感覚を晶叢シナツは味わい、同時に細く長い息を吐いた。


 「取り込まれる前に言っても良いだろう。月影キミらの正体を」

 「……」


 ボヤく晶叢の背中を眺めながら、薄れ行く意識の中その少女月詠サラクは耳を立てる。


 「椅子取りゲームだ。魂というモノが仮に存在していたとしよう。この世に生まれる『ヒト』としての席には限りがある」


 晶叢シナツは一度呼吸をして、その後紡いだ。


 「一番、欲望を叶える器にふさわしいのは人間だ。生理的欲求と安全、そんなものより高度な物の実現を考えたら、この肉体の他生まれる他無い。空を飛んで、海を泳ぐ。好きなだけ大地を闊歩し、技術を突き詰めてこんな街を作り出すんだ」


 手を胸の高さにまで上げた晶叢。


「誰だって生まれたい。善のイデアに導かれるよう、僕らは人の営みを遺伝子よりももっと前の段階から刷り込まれている」

 「……」

 「じゃあ、その限りある『ヒト』の席に座れなかった、ヒトを求める存在は?」


 少女は、ハッとしたように目を見開く。同時に流れ出る一本の脂汗。


 「簡単だ。席を占領するものは殺せば良い。来世と言うものがあれば、殺して、その椅子に座れば人になれる。虚ろな存在を捨てられる」

 「……貴方はなんでそれを」

 「観てきたからさ」


 漏らす様に言った月詠の声を耳にして、晶叢シナツははにかんだ表情を振り返って見せる。


 「生きて殺して、殺されて、また仮初めの生を受けて殺す。そうやって僕という存在が、僕以外の存在で時代を歩いてきた。思い返せば、僕を僕の手で殺したこともあったかもね」

 「……」

 「欲の写身だ。人と言う欲、人として生まれたいという欲。人として生まれ出て生を実感したいという欲。生きた屍の考えそうなことだ」

 「……貴方は、晶叢さんは、人でないの?」

 「今は、影使い……そうカテゴライズされた存在さ」


 膝を叩いて立ち上がる。腕を開き、夜空に浮かび上がる魔神の骨格の透過度が下がってゆく。実態を持つのはもうすぐだ。


 「貴方は、何を求めて人を殺すの? 人を殺す衝動も、何も抱かない生粋の人に生まれて、そうして何を掴もうとするの?」

 「……」

 「……教えて」

 「そうだな。……!?」


 殺気。

 それを感じ取ると共に輝く夕闇の影。透き通った白い影が晶叢に向けて矢のように飛んできたところだった。


 「隣のビル……」


 ぼやいてそちらを眺めれば、やや背の低いビルの上階で黒い外套の男が晶叢の方を見上げているところだった。


 「ネスト特殊機動部隊、『δ-12(デルタトゥエルヴ)』隊長、式宮ラウドだ。観念してもらおうか、犯罪者の頭領」

 「……これはこれは」


 口角を上げる晶叢。その表情は退屈を紛らわすおもちゃでも見つけたかのような悪戯小僧めいた物だった。


 「礼絶のイズナラク」


 高々に上げた腕を振り下ろす。同時にどす黒い漆黒の闇が、茜色の閃影を纏ってビルの上から直下した。

 ドスン、と粘度の高い流体が地面を穿つ轟音を上げる。着弾地は、深くえぐり取られ黒い煙を上げていた。


 「期待はずれか」

 「……悪かったな」


 晶叢の背後から声が響く。同時に裏拳を繰り出すのは黒い外套を纏った青髪赤メッシュの青年。声を上げて名乗ったとおり、ネストの一員式宮ラウドだ。


 「あの距離を一瞬で」

 「ツレが面倒な索敵妨害をしていたみたいだが、誰だかしらんが電波塔を折ってくれたおかげでな。面妖なことしてるお前を見つけ出すことができた。同胞……か? あの力の使い方がなってないチンピラ共も、時期にウチらネストが鎮圧する。テロ活動もこれで終いだな」

 「……か……か」

 「なんだ?」


 立ち尽くして、ボヤく晶叢。


 「挑戦者チャレンジャー頂点チャンピオンか……」

 「何を言ってる?」

 「余興にはプロットが必要だろう。僕はどちらでキミに立ち向かえば良いんだ?」

 「コイツ……ッ!」


 駆け出すのは式宮ラウド。

 瞬時に複数の白い影を生み出し、それを蛇の様にうねらせて襲いかかる。標的は晶叢。一度その対象は目を細めたと思えば、片手だけを立てて眼前に指を二本立てる。


 「ッ!」


 闇と茜色の影をまたわせた指で、晶叢は最小限の動きをし白い影を振り払う。

 同時にその根元、式宮ラウドは体勢を崩し吹き飛んだ。複数に生えていた白い影は消え去る。


 (!? なんて馬力だ。あれだけの動作で俺の一撃をいなした!?)

 「影力戦の基本がなっていないな。安直なロングレンジはこうやって潰される」


 驚愕の表情を隠しきれない式宮に、晶叢シナツは告げるように言った。


 「やってくれるじゃねえか!」


 吠える様にそう言って、式宮は白い影を滞空させる。同時にそれらが渦巻き、無数の槍や剣、武具へと姿を変えて流星の様に晶叢に襲いかかる。


 「凌ぎきれるかァ!?」

 「手厳しいね」


 そう言う晶叢は、白い武具を軽い身のこなしで回避、時には弾いて防御を行う。だが、時雨の如く降りかかる武具の乱打は留まることがない。


 「そこだッ!」


 防御に意識を削ぐ晶叢の頬目掛けて、式宮の裏拳が叩き込まれる。めり込むように直撃して、晶叢は数メートル吹き飛び受け身を取ることな横たわった。


 「……もう終わりかよ」

 「……貴様がな」


 むくりと、仰向けのまま浮き上がり立ち上がる晶叢。低く唸るようにそう言った後に見せた眼力は、万物の身震いを誘発するに容易い。


 「元来殺し合いに峰打ちも、手加減も不要なものだ。何時から僕は娯楽か何かかと錯覚していた」

 「何言い聞かせてるんだよ」

 「……うるさいなぁ」


 蒼炎と陽光。2つの炎がほとばしり、衝撃波を巻き上げた。


 「クッ!」


 凌ぎ切ることができず、式宮はビルの外へと追いやられ上空で身を小さくしていた。


 「……ハァァァァァアアアアア!」


 渦巻く闇と光。相反する2つの色が螺旋を描いて、空に跳ね飛ばされた人間ただ一つを捉えきる。

 収縮するエネルギー。歪む空間。高エネルギー物質がぶつかり合い陽炎の様に空に巨大な渦を上げた瞬間、それらは1点へと縮み、その次には大爆発をあげ街を轟音と衝撃で震わせた。


 「これは痛む。まるで力に目覚めた時のそれを思わせるそれだな」


 こめかみ付近を指で添えてうずくまる晶叢。膝をついて脂汗をたらし、数秒間呼吸を整えた後、月詠サラクの方を向いた。


 「もうすぐだ。同胞たちが作り上げてくれた時間……無駄には出来ん。僕は成し遂げるぞ……」


 もう意識はなく、十字のまま脱力する月詠。その背後に浮かぶ巨影。目と思わしき器官が複数、赤い光を鈍く夜闇に照らし出し浮かんでいる。

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