欲の写身 15
ジェベリン大洲の居たオフィスの遥か垂直に上──晶叢シナツは夜風に銀髪を揺らしていた。
「フォビアがやられた──か」
『名残惜しいか?』
晶叢の手に持つ端末から上がる声の主は桃城レイスケだ。
「同胞が。同じ釜の飯を食う学友でもなければ兄弟でも無い。でも、あの男とはどこか語り合えたところがあった、貴重なことだと思う」
『ならば、この勤め果たさなくちゃならないね。そちらの調子はどうだ?』
「良好だよ」
高層ビルの最上階。黒い煙が空に上がり、火の粉がまるで花火大会の様に巻き上がる。それは溶岩の噴出のそれにも思え、数秒後には大地がかち割れ、岩石の柱が空に向かって斜めに付き上がる。
その光景を観る晶叢──そして、その後ろで眺める黒髪の少女。
「目が覚めたかい?」
中空で磔のようにして浮遊するその少女は月詠サラク。虚ろな目で、男とその先に広がる殺戮の現場を見て言葉を漏らした。
「あなた達の目的は何?」
「何って……見ての通りのことだけど?」
「人がたくさん死んでいるね」
どこか高く、細い声。一層、幼い顔つきとなった少女は困惑を隠せないで被りをふっていた。
「私をどうするつもりなの?」
「感じ取っている様なことだけど?」
「……力が抜けていく」
「そうだ。良くわかってるじゃないか」
少女の背後には青黒い巨影が浮かんでいた。やや透明なその影は、肋骨のような突起を伸ばし、少女を包み込むようそこにあった。
肋骨の付け根からは左右に二つの太い影が伸びて、そして前方向には球状の──人の頭部のような影が夜闇に浮かび上がっていた。
「君は最悪の月影『視界臨空のゼフトクリューゲル』へと変わるのだ。融合と言うべきか、それとも転送、書き換えと言うべきか……まあそんなところだ」
「晶叢……さん? その後私はどうなるの?」
「月影の死亡も消滅も知らない。そこにあるものがなくなって、新たなく殺戮の化身が姿を現すだけだ」
「止められるんじゃないの? この世界にはおせっかいな治安屋が居るけど」
「ネストかい? まあ、そいつらがこちらに手に終えないよう、同法を雇ったまでだ」
ぼやく月詠サラクを尻目に、晶叢シナツは表を向いて景色を眺める。
遠くから聞こえる人の絶叫。人が人を殺し、殺し続ける中で奏でられる叫びの唄が、低く響いてまるで地獄の門か何かが開く最中のようなおどろおどろしい空間へと街は変化していた。
「さてと、僕は最後の勤めと行こう。無事に視界臨空の骸が、銀咲のハウライトを取り込んで完全な姿に変わるまでの見守りを──」




