欲の写身 14
夜風を頬に受ける獣。獣人の如く殺意に満ちた眼下には煌めく街の灯り。
高層ビルの鉄格子の外、絶壁に腰を下ろすフォビア=トライシスは携帯端末を一つ取り出して声を上げる。
「おい、お前ら聞こえるか? 23時30分これより人類種の殲滅を開始する。優先スべき破壊対象は鉄道、車道、片手間に人だ。破壊の限りを尽くせお前ら」
静かにそう呟く。冷淡だが、迫力ある言葉だった。
フォビアがそう言った数秒後には、街の東の方で大爆発が起きた。ガソリンスタンドのある辺りだと思い出す。
「ノリノリじゃねえかあいつら。成る程、そこから潰すのもアリだな……桃城ォ!」
フォビアが再度携帯端末に呼びかける。先程の多人数通話とは違い、特定の個人ホットラインだ。
「なんだい?」
「俺が昼間やりあってた糞ガキの位置を寄越せ」
「なるほど。ココから西に3キロほどある駅前の大通りだ。君の下僕が混乱を起こしたせいで、そこについたとき、相手が居るかは保証できないけどね」
「じゃあまた連絡を寄越す」
夜空に向かって跳躍するフォビア。虹の影が尾を引いて、暗闇に浮かぶ雲を突き抜ける。
「何ィ? 例のブロックで火災事故? 無差別テロだって? 火種は『糸吊ブラックラスプ』の反応……くそったれ」
駅前は大渋滞を起こしていた。クラクションが忙しなく鳴らされ、大小様々な車が敷き詰められている車道。それらを目にしながら、黒い外套の金髪少女は鉄塊を引っさげて端末に吠えていた。
その刹那──
「よぉ! メスガキちゃんよォ! ぶち殺しにきたぜぇ!」
「……お前は昼間の!」
連れている数人の戦闘員に目配せをし、他を当たれと呼びかけるその少女、来灯丸。眼前に現れたのはバスごと大地を穿ち、黒鉛を背景に歩を進める野獣の様な眼光の男。
「お前から来てくれるとは光栄だな。狙いはなんだ?」
「テメェはそれなりにやり手だろうからな。俺の可愛い下僕どもが刈り取られないよう、ここで俺が足止めってわけだ」
「なるほど──なァ!」
雷刀牙! と吠えて来灯丸は横一閃に鉄塊を薙ぎ払った。
「弱っちいぞメスガキィ! ホラァ! もうちょっと力強くあがいてみろよォ!」
片腕を立てて、尺骨の面で防ぐフォビア。無数の刃を携えた鉄塊が、肉に組み込むことなく攻撃は防がれていた。
「ラァ!」
黒い虹が来灯丸に向かって伸びる。それを腕で払い、防いだように見えた来灯丸だが、相手の影を拭ったそこには男の姿が無い。
「真下ががら空きだぜェ!?」
「くぅ!」
瞬時に来灯丸の懐に潜り込み、蹴り上げで駅の外壁にフォビアは蹴り飛ばす。鉄塊で不正だものの、来灯丸は弾き飛ばされ、ビル外壁に鉄塊を突き立てる様にして衝撃を緩和し、壁に立つよう動きはそこで止まった。
「よっと。しぶといメスガキだなぁ……ほゥら。もっと俺を楽しませて見ろよクソがァ!」
壁に垂直に腰をかがめる来灯丸。その眼前5メートル前後に垂直に着地したフォビアがそう喚いた。
「お前の……お前たちの目的は何だ?」
「言うかよアホがァ! 甘ったれてんじゃねえぞォ!?」
暗い虹が鎌を型取り、来灯丸に襲いかかる。弾くべきか、回避するべきか、数秒思考の遅れがあってからの回避は、来灯丸の外套を引き裂いた。後退するように外壁を跳ね、最終的には屋上へと身を引く。
視線を上げたときには、再び虹の影を纏った男が、来灯丸目掛けて複数に虹を射出した。
「人に何か聞くってことは取引なんだよ。テメェは何か差し出すもんはアンのかァ? あぁ?」
「品の無いチンピラだな。お前ごときに寄越すものは何も無い」
「お高くまとまりやがってよォ! 姫騎士気分か!? よぉぉぉぉ!!!」
着地と同時に片足を高く上げる。コンクリートを引き裂いて突き上げる虹の刃。
それを横方向へと回避し鉄塊で斬りかかる来灯丸。
「効かねえよ! 雑魚がァ!」
「喚いていろォォォ!!!」
横一閃になぎ払い、フォビアトライシスを屋上の外へ弾き飛ばした来灯丸。空かさず、足場のコンクリートを斜めに切り払い、電撃の刃が外壁まで届く。
三角形に切り取られたコンクリートの塊が、土ホコリを上げながら動く。やがてそれは落下し、直下するそこはフォビア=トライシスの地点だ。
「終わりだァ!」
来灯丸が飛翔し、鉄塊を追いかけるように落下する。その刹那──フォビアが虹の影を全開にして、コンクリート塊の中心をかち割って姿を表した。
「こんなものかよメスガキィ!」
中空で来灯丸を捉えるフォビア。だが、それよりも早く来灯丸の鉄塊──雷刀牙がフォビアの胴部の中心目掛けて貫通し、その後地面に串刺しになるよう二人は墜落した。
野次馬は映画の撮影か、だとか早く避難しろだとか声が上がる。その中心で、血を吐いて仰向けで地面に釘付けになるフォビアと、それを見下ろす来灯丸。共に疲労困憊で生命を呼吸一つ一つで繋いでいる状況だ。
「教えろ。お前らの目的は何だ?」
「フ……もう遅いが、言ってやっても良い。人の殲滅だ。人に憎悪を持つクズどもと俺らがこの腐った世の中を創生する……」
「寝言も寝て言えだな。で、なんでそんなことをお前はやろうと?」
「同情か? ケッ……どうもこうも」
血の混じった痰を来灯丸目掛けて吐き出すフォビア。頬にそれをかすめた来灯丸は目を細くして眼下の男を冷たく見据えた。
「ムカつく奴をぶっ殺せねぇ世界にムカついてんだよ。ルールが決められ、安息に生きられるような毎日を手に入れられた様に見えるが、人は皆立場というナイフを握ってにらみ合い、脅して脅されている。本質は力で物事を解決する野蛮な猿時代と何ら変わらない。間違ったことを間違ったということも出来ない歪んだこの世界を、一度月影の力でぶっ壊した方が、本当の人間が生まれるんじゃないか。そう思っただけだ」
「……そんなことか」
「作り上げられた強者の偶像に飽き飽きしてきた。俺はそうだ。お前はそうじゃないのか?」
「そうかもな」
胴部を貫いて串刺しになる鉄塊。その柄の部分を握った来灯丸は、一度息を吹いてから影を流し混む。
空に向かって竜が登るが如く、雷鳴が轟いた。
黒くくすんだ鉄塊。その先には蛋白の焦げた臭いを上げる黒い物体がそこにあるだけで、数秒前血を吐いて喚いていた人物には見えはしない。
「こちら来灯丸。テロリストの一人を始末した。こちらも負傷。しばらくした後応援に向かう」
鉄塊を地面から引っこ抜いて背中に携える。
少女は弱々しい足取りで街の中心へと歩を進めた。口元を手の甲で拭って、頬に付いた血のカスを拭って。




